第十一話:かつての仲間①
大都市ナチリフ。
それはこの辺りでは最も大きい都市で、俺の住んでいるバナ街の100倍の人口を抱えた大都市。
交易の中心地でも有り、多種多様の人間が集まる場所……らしい。
馬車を最速で乗り継いでも、だいたい2日以上かかる場所にあるらしく、想像以上の長旅である。
俺は大した荷造りも出来ず(元々、持っていくものも大してないが)、リーゼロッテによって半ば強引に馬車へと連れ込まれた。
もはや文句を言う気力もなくなった俺は、素直に馬車内に腰掛ける。
当然だが、俺は馬車なんて高価なものに載ったことは殆どなかった。
窓から外を眺めるだけでも、意外と楽しい。
流れてゆく風景が、歩いているときとは違って存外に幻想的であった。
「今日は何処まで進むんだい?」
隣にいたリーゼロッテは、ウマを操る御者に話しかける。
「此処からナチリフに行くには峠を超えなきゃ行けないんで、今日はその麓の村まで行きます。日が暮れるまでには着くと思いますよ」
今が2時ぐらいだから、おおよそ5時間ほどの旅ということだろうか。
「なるほど。じゃあ、御者さんにはそれまではボクの英雄譚でも……」
「おい、御者さんに迷惑を掛けるな。あと、俺は今そこそこ良い気分なんだから、邪魔するんじゃない」
「むぅ……。じゃあ、ヨハンのことを話してよ」
別に構わないが、と俺は頭をかく。
ただし、俺はリーゼロッテと違って大した話は出来ない。
「そうは言っても、話すようなことなんて無いぞ。……せいせいが、昔パーティーに居たとき、奴らが逃げるために魔物の囮にされて死にかけた事ぐらいだ」
「確かに、聞いてもおもしろくなさそうだね」
「ああ。よくある、くそったれな話だ」
俺はそれだけ言って、再び窓の外を見つめる。
空気を呼んだのか、リーゼロッテもそれ以上は話しかけてこなかった。
「おふたりさん、着きましたよ」
気付いたら俺は寝ていたらしく、御者の声で目を覚ます。
窓から外を見ると、予定されていたとおり夕方であった。
着いた村は、先程まで居たバナ街よりも更に小さい。
宿場村として栄えているようわけでもなさそうで、いくつかの畑や建物があるだけだった。
俺は伸びをして、立ち上がる。
「肩が凝ったな……。宿はあるのか?」
「1個だけありますよ。自分は馬の世話をしないといけないので、先に行ってて下さい」
流石に宿ぐらいはあるのか。
馬車の中で寝泊まりさせられるわけでは無さそうで、俺は少しだけ安堵する。
「ボクも少しだけ村を巡ってみたいから、ヨハンだけで行ってて」
リーゼロッテは馬車を降り、そう言って何処かへ行ってしまう。
取り残された俺は、村にある唯一の宿とやらを探すために馬車を降りた。
村が小さいだけあってか、宿はすぐ見つかった。
こじんまりとした建物だが、作りは意外と頑丈そうであった。
中に入ると、出迎えの声が聞こえる。
受付に居たのは、1人の茶髪の女性。
だが、俺の顔を見た途端、素っ頓狂な声を上げる。
「いらっしゃいませー……。えっ?」
……まじか。
目の前に居たのは、よく見知った顔。
そしてかつ、会いたくないと思っていた人間のうちの1人。
「……シェフィか?」
かつて俺がパーティーを組んでいた仲間。
……つまり、俺を見殺しにした3人のうちの1人。
「ヨハン、生きてたの……?」
俺をまるで幽霊か何かのように見つめるシェフィ。
「……ああ、幸運なことにな。シェフィは此処の従業員なのか?」
俺はゆっくりと言葉を紡ぐ。
思いのほか冷静に話せている自分に、俺自身が最も驚く。
「うん、この宿は私の実家だから。ヨハンはどっか行く途中?」
「大都市ナチリフに行く途中だ」
「そっか……。あはは、でもヨハンが生きてて良かった。冒険者は辞めたけど、それが一番心残りだったから」
心残り?
目の前の女は一体何を言っているんだろう。
俺は若干頭に血がのぼるのを感じながら、必死に抑える。
「……ああ、俺も死ぬと思ったよ」
「だから良かったなって。だって、あの時はああするのが最善だったじゃない?」
その言葉に、身体中の血液が沸騰するのを感じる。
ふざけるな。
そう叫ぼうとした瞬間、宿屋の扉が開く音がした。
「この村は駄目だね、ボクのことを知ってる人が誰も……、おや、ヨハン、これはどういう状態かな?」
入ってきたのは、リーゼロッテ。
そして、俺の表情から何かを感じ取ったのか、首をかしげる。
「ヨハンのお連れさん?」
「ああ。Bランク冒険者のリーゼロッテだ」
「え、Bランクって凄っ……!」
だが当事者のシェフィは我関せずと言った感じで、素直に驚いている。
……なんだか、1周回って俺も落ち着いてきた。
こんな奴に腹を立てている自分が馬鹿らしく思えてくる。
「……で、こっちが元パーティーのシェフィだ」
俺がそう言って説明すると、リーゼロッテは得心が行ったかのようにうなずく。
「ああ、元パーティーってことは、ヨハンのことを見捨てたっていう……」
リーゼロッテの言葉に、シェフィは眉をひそめる。
「……見捨てたってなによ? アクシデントで仲間を犠牲にするなんて、冒険者ではよくあることでしょ? それの何がいけないっていうのよ」
見捨てた、という言葉に過剰反応するシェフィに対し、リーゼロッテは冷静に答える。
「まあ、確かによくあることだね。ボクもそれを悪いことだとは思わないさ」
「でしょ? だったら……」
「だけど、それは部外者の論理だ。当事者の間で振りかざすには、いささか恥知らずだと思うけどね」
「なっ……!」
淡々と答えるリーゼロッテに対し、顔を真っ赤にするシェフィ。
口をパクパクとさせて何かを言おうとしているのだろうが、言葉にはなっていない。
「そんなことより、お湯を貰えるかな? 馬車旅で髪が傷んでしまってね」
そんなシェフィを無視し、リーゼロッテは宿の廊下を歩いていってしまう。
残されたのは、未だに真っ赤な顔をしたシェフィと、もうどうでもよくなってしまった俺だけ。
……この空気、どうしてくれるんだ。
俺は仕方なく、何も気にしていないふうを装って口を開く。
「俺も、部屋にさっさと案内してもらえるか」
「……ッ!」
だがシェフィは俺のことを睨むと、受付の奥へと逃げるように去ってしまう。
そして、俺はただ1人宿の入口でため息をついた。
「はぁ……」
ったく、こうなるのが分かりきってたから会いたくなかったんだ。
やれやれと言った感じで俺は頭をかく。
ただ、リーゼロッテのおかげで少しだけ溜飲が下がったのは事実かもしれなかった。




