プロローグ
この世界では、才能が全てである。
ほとんどの人間は「スキル」という名の能力を持ち、12歳でそれが開花するのだ。
もし『剣士』というスキルを持っていれば、それまでにどれだけ剣を握ったことがなくとも、剣を上手く使えるようになる。
逆に言うと、『魔法使い』系統のスキルを持っていなければ、どんな人間であろうと魔法を使うことは決して出来ない。
それほどまでにスキルがこの世の全てを左右するのだ。
――だからこそ、スキルを一切持たない俺が冒険者をやるのはきっと間違いだったのだろう。
■
「ヨハン、お前が囮になれ!」
その言葉とともに、俺は背中から大きな衝撃を受ける。
「……え?」
何が起きたか分からない俺は、ただそのまま前のめりに倒れ込む。
先程の衝撃が、信頼していた仲間の蹴りであることに気付くのに、そう時間はかからなかった。
眼前には、体長が1メートル以上ある蜂型の魔物、キラービーが3体。
振り向くと、倒れた俺を残して逃げ出しているパーティーメンバーが3人。
……ああ、そうか。
俺は奴らが生き残るために、生贄にされたのか。
ようやく、先程言われた『囮になれ』という言葉の意味を脳が理解する。
俺もすぐさま立ち上がり、逃げようとした。
だが足がもつれて、たたらを踏んでしまう。
しかも最悪なことに、キラービーは全員が俺だけを獲物として捕捉していた。
……もう、逃げられないか。
それは、諦めにも似た心の声。
キラービーは、もともと全速力で逃げたとしても追いついてくるぐらい動きが早い。
「クソが……!」
俺は逃げるを諦めて、手に持っていた刃渡り30cmほどのナイフを振り回す。
勿論そんなもので、魔物を追い払えるとは思っていない。
だが、このまま何もせず殺されるのを待つことは出来なかった。
獰猛な音を立てて飛び回るキラービー。
と、そのうちの1体が俺を目掛けて飛びついてくる。
咄嗟のことに俺は避けきれず、キラービーの太い毒針が俺の左腕を突き刺した。
「あ"あ"あ"ッ……!」
左腕から感じる激痛に、俺は叫び声を上げた。
痛みのあまり右手に持ったナイフを離しそうになるが、必死に堪える。
そして、ちょうど針を抜こうとしていたキラービー目掛けて突き刺す。
「ピギッ……!」
気色悪い断末魔を上げて、キラービーは地面へと落ちる。
地面でまだ少しだけ蠢いているが、あと数十秒もしないうちに死ぬであろう。
「あと、2体!」
俺は痛みに気を失いそうになりながらも、残りのキラービーたちを見据えた。
だが、そいつらは俺を襲おうとせず、じっと距離を保ち続けている。
キラービーが厄介なのは、その速度ではなく戦い方であった。
奴らが持つ毒は、人間であれば数分で全身に回る麻痺毒。
ゆえに、1度でも獲物を針で刺した場合、後は毒が回るまで待ち続けるのだ。
俺は必死に奴らへと追いすがるが、それを嘲笑うかのように逃げていく。
……ああ、俺は此処で死ぬのか。
そう諦めそうになった瞬間――
『経験値が一定値に達したため、レベルが1から2に上昇しました。振り分け可能なステータスポイントが5ポイントあります』
「は?」
突如として脳内に流れた声に、声を上げる。
けんけんち? レベル? 一体何のことだ?
知らない言葉に俺は戸惑う。
しかし、俺に迷っている時間はない。
だからこそ藁にもすがるように、俺は叫ぶ。
「あいつらを殺せる速さを寄越せ!」
『命令を確認。移動速度に5ポイントを振り分けます。移動速度が5から10に上昇しました』
その時の俺は知らなかった。
たったの5ポイントでしかないその数字が、どれほど効果があるのかということを。
単純計算で速度が2倍になったという事実が、どれだけ凄いことなのかを。