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4話

* * *


翌日、僕は抜け殻のようにベッドに横たわっていた。

大学を見るためのオープンキャンパス。のはずだったのに、正直オープンキャンパスのことはあまり覚えていない。

本当に無気力で何もしたくない。だから今日はもう何もせずに寝よう。そう思っていたが、そんな時間も束の間だった。

10分くらい経った頃だろうか。自室の扉をノックする音に僕は目が覚めた。


「どうしたの?」


僕はどうせ母親か妹だろうと思って扉を開けると、そこに立っていたのはそんな予想を軽々と裏切るような意外な人だった。


「遊びにきたの!」


無邪気な笑みを浮かべてそこに立っていた少女は間違いなく、昨日(僕の中で)初めて会ったはずの冬野 美海だった。


「って、えぇ!?」


「驚いたでしょ? それにしてもおばさんまだまだ若いね。全然変わってなかったよ」


「驚いたでしょじゃなくて、なんでここにいるんだよ。てかなんで僕の家が分かったのさ!」


僕は驚きのあまり怒鳴るような声を放ってしまったが、彼女はあまり気にした様子ではなかった。


「あぁ、実はね……その、昨日オープンキャンパスでプリント見せて貰ったじゃん? で、最後にあったアンケートに住所と電話番号書くとこあったでしょ?」


「つまり、その住所を覗き見してここまできたってこと?」


「正解!」


「正解! じゃないよ! はぁ、とりあえず入って」


僕は閉めた扉を再び開けると彼女に催促をした。

長くなりそうだし、あくまでお客さんを廊下で立ちっぱなしにさせるのも気が引けた。


「じゃあ、遠慮なく! お邪魔します!」


彼女は言葉の通り遠慮など一切せずに部屋に入ると真っ先に僕のベッドにちょこんと腰をかけた。


「男の子の部屋ってエッチな本とかおいてあるんでしょ? どおれ、このベッドの下とか気になるなぁ」


全国どこの男子もがエッチな本を所有していると思ったら大きな間違いだ。偏見にも程がある。と、言いたくなったが敢えて無視した。


「あれぇ、ないなぁ。この本棚とかにないの?」


「あるわけないだろ。そこには教科書とか参考書とか楽譜があるだけだよ」


「楽譜? そうちゃんピアノとかしてたの?」


「いや、中学から吹奏楽をしてたんだよ。この前の県大会はダメ金でもう引退したけどね」


「ダ、ダメ金? ごめん、なにそれ」


「簡単に言ったら次の大会には出られないけど賞としては1番上の賞ってことなんだよ」


彼女は頬をかきながらふーんと呟いて丁寧に楽譜を取り出すと珍しい物を見るかのように凝視していた。


「私には楽譜は読めないからわかんない」


「そうか……って、いつの間にか話が逸れているじゃないか。……はぁ、取り敢えず何処でもいいから座って」


「はーい!」


元気よく返事をすると彼女はさっきと同じくベッドにゆっくり腰をかけた。


「それでなんで君はここまできたのさ」


「え、だってそうちゃんに会いたかったから……それに、そうちゃんからも全然連絡来ないからなんか寂しくて」


「そ、そんな理由で来たのかよ……」


「そんな理由とは何さ! 私にとっては正当な理由だよ!」


強気に返答するが、次には悲しそうな顔を浮かべて俯いた。


「そうちゃんはやっぱり……まだ私のこと思い出せない?」


「……うん、まだ分からない。ごめん」


「ううん、全然良いんだよ。ちょっとずつで良いから思い出してね」


そんな彼女の表情は言葉とリンクしておらず、作り笑いが下手なのが目に見えて分かった。

罪悪感からというのはちょっと違うけど、なんとなく無責任かもしれないけど、僕はもう昨日と同じ過ちはしない。と心に決め、気持ちだけでも1歩前進した。


「うん、思い出すよ」


僕がそう言うと彼女はキョトンとして僕をじっと見つめた。


「どうかしたの?」


「いや、だって私がいうのもあれだけど、昨日はあんなに知らない知らないって言ってたから正直驚いたよ」


「確かにそうなんだけど、昨日はなんかちゃんと考えてなかったというか、よくよく考えたら小1の頃の記憶ってないんだよな」


「ふ、ふーん。そうなんだ。記憶ないんだね……」


「あ、悪い! その、だから君としっかり向き合いたいって思って!」


「ほ、ほんと!?」


彼女は目をキラキラと光らせた。


「う、うん……」


「じゃあ、そうだなぁ。私のことを美海って名前で呼んでよ。君だなんて他人行儀な呼び方嫌だよ」


「わ、わかった」


「ふふふ。そうちゃんはね、12年前も最後に会った時以外は私のことを君って言ってたんだよ」


「そ、そうか。……ていうか、最後に会った時って!?」


「それは秘密。そうちゃんが思い出してよね」


「……はい」


こうして普通に話しているが僕にとっては正直まだ慣れない。当然だ。僕の中ではまだ彼女は昔会ったことがある"らしい"人という認識の中にある。

だからどう話しかけたら良いのか分からない。どうやって思い出せば良いのか分からない。分からないことだらけだ。


「あのさそうちゃん」


「……ん?」


「そうちゃんはまだ私のこと思い出せてないらしいから戸惑いとかはあるかもしれないけど、私は今こうやってそうちゃんと話せていることだけでもすごく嬉しいんだ。だからあまり変なことは考えずに気楽に話しかけて欲しいな」


僕は驚きのあまり硬直した。

もしも偶然だったとしても、彼女に心を見透かされたかのように感じたからだ。

でも、何故か同時に安心もした。


「ありがとう……美海」


「え……」


初めて(?)名前を呼んでみたが、恥ずかしさと照れくささで顔が熱くなっていくのが自分でも感じ取れた。慣れないことはしない方が良いのかもしれない。

そんなことを思っているとすぐさま彼女はベッドから離れ、僕を押し倒すと上半身に跨っていた。


「もう1回――――」


「……は?」


「お願い! もう1回言って!!」


「……」


状況が状況なだけに僕は何が起こったのかが理解できずに彼女を見つめた。

彼女の目は至って真剣だったが、その瞳の奥に何が映っているのか僕には分からなかった。


「と、とりあえず離れてくれないか?」


「は――――」


彼女は自分の状況にやっと気がついたらしく耳まで真っ赤になっていた。


「ごめん、すぐにどくから!」


「頼むよ」


彼女はそろりと僕の上から離れるとまるで叱られた後の犬のように大人しく正座をしていたが、顔は依然としてタコのように赤く染っていた。

その後はお互い話を切り出すことができず、気まずい雰囲気だけが部屋の中に残った。

それからどれだけ時間が経っただろうか。いつの間にか時刻は17時を過ぎていた。


「あ、あの……ごめん。私そろそろか、帰らなくちゃ」


「あ、そ、そっか。途中まで送っていこうか?」


「う、ううううん。ぜ、全然大丈夫だから!」


「そ、そっか。気をつけて帰れよ」


「あ、ありがとう。そ、それじゃあね」


彼女は長時間正座をしていた為か、立ち上がると1度派手にコケるが、何事も無かったかのように部屋の扉を開けると足早に去っていった。

にしても結局なんだったんだろうか。

それに改めて考えると彼女のしたことはなかなかにヤバいことだ。勝手に住所や電話番号を見てたり、その、押し倒したり……。

でも、なんとなく今は昨日ほど罪悪感はなかった。むしろ彼女のことが気になり始めている自分がいるくらいだった。


「結局、美海にしてやられたって訳か」


僕は手を額にのせ、今ここには居ない彼女に降参の意を示した。

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