【コミカライズ化】「所詮は政略結婚だ」と言い張るツンツン婚約者が、私を溺愛している件について
今作はコミカライズされ『訳あり令嬢でしたが、溺愛されて今では幸せです アンソロジーコミック2巻』に、収録されております!
※追記 2022年8月より、今作のコミカライズが単話で配信されることになりました!(収録されている内容は上記と同じ)
気になる方は、BookLive!様にて先行配信しておりますので、ぜひぜひチェックしてみてください!
「所詮は政略結婚だ。親同士が決めた結婚にすぎない」
伯爵家の次男ゼノン・フローレン様の言葉を聞いて、十歳の誕生日を迎える私、モニカ・ベニートは言葉を失った。
親同士で勝手に話が進み、互いの家のために行う政略結婚。今日初めて出会ったばかりの私と婚約することに、まだ納得できていないんだろう。
気持ちはわかるけれど、互いに領民のために仲良くするべきだと思い、私は二人だけで散歩がしたいとゼノン様を誘ったのだ。
ベニート領の広大な自然の中を散歩すれば、少しは気が晴れると思ったから。
それなのに、あまりにも痛烈な一言だった。仲良くする気などない、そう言われた気がする。
「政略結婚だったとしても、私はゼノン様と共に歩みたいと考えております」
「……ふんっ」
怒りが込み上げているのか、ゼノン様の顔は赤く、ムスッとした表情をしていた。
もしかしたら、散歩が嫌いだったのかもしれない。長旅をしてきた影響で、歩きたくなかった可能性もある。
一つだけ間違いないのは、明らかに私たちの関係は最悪で……。
「お前と二人じゃ落ち着かん。屋敷に戻るぞ」
早くも嫌われてしまっていた。
政略結婚に良い出会いを期待していたわけではないけれど、こんなことになるなんて。情けない。
この街で暮らす領民のことを思えば、見た目だけでも円満な結婚をするべきであり、初対面で嫌われている場合ではなかった。
まだ散歩を始めたばかりなのに、本当に一人で帰ろうとするゼノン様を見て、私は大きく取り乱す。
何とかしないと……! その焦る思いから、咄嗟に彼の手を握った。
「さ、さ、さ、触るな!」
「でも、私たちは婚約者なのですから――」
「いいから、放せ!」
焦り過ぎたと自覚して、そっと彼の手を放す。が、先ほどよりも彼の顔を赤くさせてしまい、私は完全に空回りしていた。
「ごめん、なさい」
「つ、つ、次からは、気を付け……ろ」
あれ? すごく顔が赤くなったのに、怒られない? 気遣ってくれたのかな。
少しばかり疑問を抱いたものの、彼との関係が変わることはなかった。
屋敷に戻るまでは何を言っても無視されたし、用意しておいた手作りクッキーは「普通だ」と言いながら、重苦しい雰囲気のまますべて食べられてしまう。
挙句の果てには「目印だ」と言われ、赤いガーベラのヘアピンを渡された。
私の顔なんて一度しか見てくれなかったから、覚えられなかったんだろう。朝早くに起きてオシャレしたのに、無駄に終わっちゃったな……。
それでも、この話を無駄にすることはできない。一生懸命に縁談を結んでくれた父のため、今後のベニート家のため、そして、領民のために結果を出さなければならなかった。
「婚約相手が私では、ダメ……ですか?」
「だ、だ、だ、ダメとかそういう問題ではない。しょ、所詮は政略結婚だ」
やっぱり印象は最悪で間違いない。ゼノン様の顔はずっと赤いままで、明らかに私に対して怒り続けていた。
問題なのは、どうして怒らせているのかわからないこと。今まで貴族と交流する機会は何度もあったけれど、ここまで酷いのは初めてだった。
馬車に乗りこむ時でさえ、ゼノン様とは目が合わない。そのままフローレン家の皆さんを見送ると、私は自室に戻って大泣きした。
互いに歩み寄らなければ、政略結婚で仲良くなれるはずがない。生涯を共にすると決まった人から嫌われるなんて、何かの間違いだと言ってほしかった。
私、今日が誕生日だったのに。一緒に祝ってくれるだけでも幸せだと思って、クッキーまで自分で作ったのに。
誤魔化しようがない思いが止まらず、赤ちゃんのように泣きじゃくっていると、部屋をノックして父が入ってきた。
当然、縁談を決めた父は責任は感じていて、とても表情が暗い。
「ツラい思いをさせてしまい……本当にすまない」
生まれて初めて父に頭を下げられ、ハッとした。政略結婚が大泣きするほど嫌だ、そう言っているようなものだと悟ったから。
ベニート家にとっても、領民にとっても、これが最良の選択だった。私も貴族である以上、父の判断を責めるなんてできない。
ゼノン様がダメだと言わない限り、政略結婚の話は生きているはず。この街を救えるのは私だけなんだ。もっとしっかりしないと。
「政略結婚でも、私はいいの。だって……、貴族だから。領民のみんなが生きていくためには、仕方のないことなんでしょう?」
「……本当にすまない」
どうして父に謝らせてしまっているんだろうか……そう思っていると、珍しくドタバタと音を立てて、大慌てでメイドがやって来た。
「し、失礼します。モニカお嬢様、クッキーの味見はされましたか?」
「いいえ、焼いてる途中にフローレン家の皆さまが到着したから、味見する時間はなかったわ。途中であなたに任せたでしょう?」
「確かに、焼き具合は私が拝見しておりました。しかし、他の作業はモニカお嬢様だけで行われましたよね?」
「ええ。せっかく食べてもらうなら、できるだけ自分で作った方がいいかなって」
広大な大地が自慢のベニート領は、悪く言えば、何もない。貴族でも農家の手伝いをするほどやることがないので、私は趣味でお菓子作りをしている。
だから、手作りクッキーなら挽回できると思っていた。しかし「普通だ」の一言で終わり、食欲を失った私はまったく食べられなかったのだ。
「大変申し上げにくいのですが、クッキーのために用意しておいた砂糖がすべて余っております……」
一瞬、メイドが何を言っているのかわからなかった。
砂糖が残っているというのであれば、クッキーには何か別物を入れて作った、ということになる。まさか、砂糖と塩を間違えるなんていう古典的なミスをしたのだろうか。
嫌な予感がしながらキッチンへ向かうと、緊張で焦っていたみたいで、明らかに塩を使った形跡があった。
言い逃れができない最悪な接待をしてしまったことが発覚し、申し訳ない気持ちで溢れてくる。とてもではないが、泣いて悲しんでいる場合ではない。
でも、どうしてだろうか。不思議な気持ちが溢れてくる。
ゼノン様は、政略結婚がダメではない、そう言ったのよね。塩で作ったクッキーも、普通だと言って、全部食べてくれたわ。
口が悪いだけで、実はとても紳士的な方なのかな。
そういえば、焦った勢いで手を繋いだ時もそうだった。「放せ」とは言われたけれど、私の手を振り払うことはなかったもの。
ガーベラのヘアピンも「目印だ」とは言っていたものの、誕生日プレゼント……だったのかな。
もしかして、嫌われているわけではない……? そう思えた出来事だった。
******
フローレン領に訪れた私は、ゼノン様の誕生会に呼ばれたため、精一杯のオシャレをして出席した。もちろん、ゼノン様にもらったガーベラのヘアピンを付けている。
今度こそ仲良くなろう、そう強く思ってゼノン様に近づいていくと、目が合っただけで顔が赤くなり、怒りに満ちた表情を作られてしまう。
来てほしくなかったのかな……と思いつつも、私は彼の前で満面の笑みを浮かべた。
「お誕生おめでとうございます」
「………」
何が気に入らなかったのかはわからないが、ゼノン様は無言でその場から離れ、退室していった。
どういった理由であろうと、誕生会の主役を追い出す形になったため、私は傍にいたフローレン家の当主様に頭を下げる。
「大変申し訳ありません。ゼノン様の気に障るような行動を取ってしまったのだと思います」
「いや、君が悪くないのは一目瞭然だ。謝るのは私の方だろう。不快な思いをさせてしまったね。ところで、そのヘアピンはどうしたんだい?」
「以前お会いした時に、ゼノン様にいただきました。失礼ながら、私の顔がお好きになれないようでしたので、ヘアピンで誤魔化そうとされたのかと」
ゼノン様からの誕生日プレゼント……なのかは、未だにわからない。目印だと言われた以上、私をヘアピンで認識していると考えるべきだと思っている。
しかし、私の意見を否定するかのように、温かい笑みを浮かべた当主様は首を横に振った。
「それは私の亡き妻のものだ。息子には、生涯を共にする婚約者だと思う人が見つかれば、手渡すように言ったことがある。無くしたと言っておったが、あいつめ」
大切な母親の形見だったと知り、私には一筋の光を見た気がした。
やっぱりゼノン様はとても紳士的な方で、前回お会いしたときに嫌われたわけではなかったのかもしれない。
でも、それならどうして今日は避けられたのだろうか。
「このようなことを聞くべきではないと思いますが、この婚約に対して、ゼノン様は後ろ向きではないのですか……?」
「決してそのようなことはない。君に傍にいてほしくて、思わず母親の形見を手渡したのだろう。私の言うことよりも、直接見に行った方がいいかもしれないな」
話を聞いていたメイドさんに、ちょいちょいっと手招きされたので、私は誕生日会場を後にして、案内してもらう。
すぐ近くに控室があったみたいで、口元に人差し指を当てたメイドさんがシーッとしながら、部屋の扉をゆっくりと開けてくれた。
すると……。
「うぁぁぁあぁぁぁぁあぁ! 可愛すぎるだろ……。目が……目が幸せに汚染されてしまった! なぜ、なぜ俺は同一人物に二回も一目惚れをしなければならないのだ!」
私は自分の耳を疑った。二回も一目惚れ、という言葉の意味が理解できなかったからだ。
もしかして、顔が赤くなって怒っているように見えていたのは、照れ隠し? ヘアピンをくれたのも、本当に婚約者として傍にいてほしいという意味だったのかな。
いやいや、さすがにそんなわけがないと思いながらも、期待を胸にそっと扉の隙間から部屋を覗く。
「どうして話せなくなるのだ。綺麗だと言うだけでいいのに、その一言が出てこない」
誕生日会場で見せた表情とは全然違う。私のことを思い出しているのか、そのうっとりとした横顔が可愛すぎて……。
ゼノン様のムスッとした表情の下に隠れていた優しい笑みに目を奪われてしまった。
えっ、やだっ。どうしてドキドキしているのかしら。これじゃあ、私まで一目惚れしたみたいじゃない。
メイドさんに肩をトントンと叩かれると、スッカリ見入ってしまったことに気づき、ハッとして控室から離れていく。
どうやら私の顔も赤くなっているみたいで、メイドさんがとてもニヤニヤしていた。
「もしよろしければ、坊ちゃまとお手紙のやり取りをしていただけないでしょうか。坊ちゃまから送るにはハードルが高すぎますので、モニカ様から送っていただけると嬉しく思います」
「……はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
手紙で仲を深めてください、そう言われた気がした。
******
二人で同じ学園に通うことになった、十二歳の時のこと。男子寮と女子寮とで分かれるものの、初めて遠距離恋愛ではなくなった。
月に一度の手紙のやり取りや、年に数度しか会えない日々から卒業して、これからは毎日会うことができる。互いに一目惚れして、ぎこちない関係ではあったけれど、きっと素敵な学園生活を送ることができるだろう。
一緒に過ごす時間は格段に増える。それでも、一分一秒でも早く会い、僅かな時間でも長く一緒にいたいと思ってしまう。
今日の入学式が始まるのが待ち遠しくて仕方がなかった。
「モニカお嬢様、ゼノン様がお迎えに来られました」
「えっ? この寮から学園までは徒歩三分だし、まだ入学式の二時間前よ?」
「私も目を疑ったのですが、実際に来られていますので、急いで支度をしましょう」
「あまり待たせるわけにはいかないし、手短にお願い」
何かあったのかしら、という思いと共に、ゼノン様も同じ気持ちだったのかな、と期待してしまう。彼がそんなことを口にすることはないけれど、行動で表してくれるタイプだから、きっと……。
そんな思いを胸に、制服に着替えて寮の外に出ていくと、早くも顔を赤くしたゼノン様が待ってくれていた。
気持ちの答え合わせは完璧かな。ゼノン様の雰囲気に慣れてくれば、色々とわかりやすくて助かることが多い。
「お待たせしました」
「散歩に付き合ってくれ。リベンジだ」
「リベンジ?」
「い、いや、こっちの話だ」
何のことかわからないまま、寮を出発して、私はゼノン様の隣を歩き続けた。
話しかけても生半可な返事ばかりで、いい雰囲気とはいえない。ただ、二年も遠距離恋愛で過ごしてきた私にとっては、一緒にいられるだけでも幸せだった。
ゼノン様は不器用で、どうしていいのかわからないだけ。とても口下手な方だし、普通の恋愛と比較してはいけない。緊張して何もできないとわかれば、妙に可愛く見えてくるものだ。
朝早くから迎えに来てくれて幸せだな、そう思っていると、不意にゼノン様に手を繋がれた。
目をパチクリとさせた私は驚きすぎて、思わず彼の顔を覗き込む。当然、恥ずかしがり屋のゼノン様が顔を合わせることはないので、あさっての方を向いた。
「ゼノン様? いったいどのような心境の変化ですか?」
「せ、政略結婚とはいえ、周りの目がある。が、が、が、我慢しろ」
一応確認してみるが、どう見ても周りには人がいないし、ここは互いの領地ではない。誰にどのような光景を見られようとも、若い二人がイチャイチャしているとしか思われないだろう。
本人の言い分としては、政略結婚でも仲睦まじく見えるべきだから手を繋ぐべきだ、ということかな。
リベンジと言っていたのも、このことだろう。私の十歳の誕生日のとき、ゼノン様と手を繋いだら、放せと断られたから。
当時は悲しかったけれど、ずっと気にしてたと思えば、とても可愛いゼノン様との思い出に変わってしまう。
うふふふ、もう十二歳なんだし、普通に手を繋いでくれたらいいのに。政略結婚という言葉を使わないと、恥ずかしくてできないのかな。
「手を繋ぐくらいであれば、私はいつでも大丈夫ですよ。ゼノン様は嫌ではございませんか?」
「歩行に支障はない」
「そうですか。では、二人で歩くときだけでも手を繋いでいただけると嬉しく思います」
「め、め、面倒なやつめ。しかし、周りの目を気にすることは、貴族として当然のこと。政略結婚なら、なおさら意識するべきだな」
この日から、学園に向かう二時間前に散歩することが私たちの日課になった。
朝から毎日手繋ぎデートする姿を見られ、一か月も経たないうちに、学園で一番のバカップルと呼ばれていることを、彼はまだ知らない。
******
学園のクラスも同じ私たちは、学生の大半の時間を共に過ごした。
さすがに男女で寮が違うため、夜は一緒にいることはないが、それ以外の食事や休日はもちろん、買い物も二人で行く。
そして、多くの生徒たちが一人でテスト勉強するなか、必ず図書館の勉強部屋を借りて一緒に勉強もした。
「これくらいのこともわからないのか?」
「ゼノン様のように聡明ではございません。教えていただけると助かるのですが……」
「政略結婚だったとしても、互いに学園の成績は良くあるべきだ。理解するまで俺が教えよう」
「ありがとうございます」
流暢な言葉を並べて、ゼノン様はわかりやすく勉強を教えてくれる。そんな彼の姿を見るだけでも、可愛く見えて仕方がなかった。
学園で先生たちに何度も質問へ向かい、夜遅くまで勉強していることは、ゼノン様のメイドから聞いている。
目に大きなクマまで作って勉強しているのは、良い点数を取るためではない。私に教えるために、わざわざ苦手な科目まで猛勉強してくれていた。
こんなふうに、とても不器用なゼノン様の言葉には必ず裏があるのだ。素直に受け取ってはいけなくて、いつでも私のことを考えてくださっている。ちょっぴり言い過ぎかも知れないけれど、溺愛してくれていると思う。
その証拠にジーッと見つめていると……。
「おい、聞いているのか?」
「………」
一秒ほど目が合うだけで、パッと離されてしまう。真っ赤な顔で怒りに満ちたような表情を浮かべられるが、これは彼が照れた時に見せる顔。
まだ私と目を合わせるだけで照れるほど初心なのだ。もう二年もの付き合いになるのにね。
「すいません。ゼノン様に見とれておりました」
「せ、政略結婚だからな! 互いの親が決めただけの結婚相手だ! 間違えるな、愛なんて……愛なんて……」
「愛なんて……?」
「知らん! 今日は自主勉強する気分になった!」
少し意地悪したくなるくらいには、愛しく思えてしまう。素直になれない彼が、本当の気持ちを伝えてくれる日は来るのだろうか。
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もうそろそろ三年間の学園が終わり、結婚に向けて動き始めようとしている大事な時期に、私は風邪を引いてしまった。
「ゼノン様に風邪をうつしてしまいます。どうか私の看病をせず、学園へお戻りください」
「看病などしているつもりはない。座って見ているだけだ」
とても心配そうな表情を浮かべてくれるゼノン様は、いつもと違って弱々しい声だった。風邪を引いている私よりもツラそうな印象を受けるのは、心配のしすぎだと思う。
風邪を引いた私は人恋しい気持ちがあるけれど、我が儘を言えるような立場ではない。どんな小さな病気だったとしても、貴族の命は与える影響が大きいから、彼に風邪をうつしたくなかった。
どうにかして早く帰ってもらわないと、そう思っていると、不意に手を繋がれてしまう。
「今日は散歩に行けていないからな」
毎朝の散歩に行けないという理由で手を繋いでくるなんて、どこの子犬なのかな。こういうときくらいは優しい言葉をかけてくれてもいいのに。
ふふふ、本当に不器用なんだから。
「どうして笑っているんだ?」
「毎朝の散歩、そんなに楽しみにしてくれていたんですね」
「ち、違う。朝日を浴びる趣味があるだけだ」
「手を繋ぐことと、朝日を浴びることは関係ありません。ゼノン様のメイドさんからは、早起きが苦手だと聞いていますよ」
「ば、ば、バカな! 早起きは貴族の基本だと教わってきてだな……、あまり意地悪はしないでくれ。心配くらいはするだろう。婚約者、だからな」
いったいいつ頃からだろうか。気が付けば、ゼノン様は政略結婚という言葉を使わなくなった。
私の婚約者だとハッキリ言うだけでなく、何かあれば家族以上に心配してくれる。その姿が愛おしくて、ついつい意地悪をしてしまう癖がついていた。
「ゼノン様、可愛いですよね。こんなにも力強く握ってくださらなくても、私はどこにも行きませんよ」
「男はこれくらいが普通だ」
「もう少し素直になって下さると嬉しいですね。肩の力を抜いてください」
「……今日はもう話さん」
ゼノン様はいじけてしまったけれど、この日はずっと手を握りしめてくれていた。
その影響もあってか、翌日はゼノン様が体調を崩してしまい、今度は私が看病することになった。
珍しく素直だったなーと思うのは、私が部屋に入ったら、横になったまま手を伸ばしてきたことかな。
そんなことをされては仕方ない。今日も散歩に行けていないから、しっかり手を繋いであげようではないか。
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いよいよ慣れ親しんだ学園の卒業式当日を迎え、毎朝の日課だった散歩も最後になってしまった。
今日も手を繋いで歩いていると、不意にゼノン様が立ち止まり、真剣な表情で向かい合ってきた。
「幸せにすることだけは約束する」
突然の愛の告白ともいえる言葉に、私は首を傾げる。
「急にどうしたんですか? 今でも十分に幸せですよ」
「まだ何もしていない。勝手に幸せになるな」
「無理な話ですね。ゼノン様は幸せではないのですか?」
「茶化すのもよくない。今日は学園の卒業式で、最後の散歩だぞ。雰囲気を大切にしてくれ」
私にとっては、ゼノン様に意地悪するのが幸せであって、毎朝からかうために早起きをしている。とてもではないが、茶化さないなんて無理な話である。
「学園生活は最後でも、今後は一緒に――」
「待て。それは親が決めた政略結婚だろう。そんなものは破棄だ」
突然の婚約破棄発言に唖然としていると、すぐにポケットから小さな箱を取り出し、差し出してきた。
「いいか、一生に一度しか言わんぞ。も、モニカ……愛している。け、結婚しよう」
ぎこちない動きで指輪を手にしたゼノン様は、私の薬指にはめてくれた。
どうして私の指のサイズを知っているのだろうか。予想だにしないプロポーズに、嬉しさよりも驚きが勝ってしまった。
まだ返事もしていないのに指輪をはめてくるところが、不器用な彼らしさでもある。
しかし、何よりも驚いたのは……。
「こういうときに初めて名前を呼ぶのは卑怯です」
何年も一緒にいて、名前を呼んでもらったことが初めてだったのだ。
これはもう、とてもズルいとしか言いようがない。そのため、罰を与えなければならない。私もたまには、態度だけで愛情を表現しようと思う。
プロポーズの返事、まだ返していないから。その口でしっかりと受けとるがいい。
「仕方ないだろう。名前で呼ぶのは、照れくさ――」
わかりきった言い訳は聞かないし、もっと私の名前を呼んでほしい。一生に一度とは言わず、愛しているとか、好きとか、もっとちゃんと言葉にしてほしい。
そんな思いを込めて、私はプロポーズの返事を唇で返すのだった。
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