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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

か え せ

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 なあ、あんたはかくれんぼってやったことあるか?一人鬼を決めたら、残りの奴らが隠れて、それを一人ひとり見つけていくゲームだよ。もちろん、俺も何度か遊んだことがある。いつも決まった面子でやるから周りはすぐに飽きてたっぽいけど、俺はずっと好きだったな。特に探すのがさ。


 そんな俺も中学生になる頃にはかくれんぼなんかやらなくなって、高校、大学と進学していったんだ。んで、大学二年生の夏休みにサークル友達二人と一泊二日の海水浴へ行くことになったんだ。


 俺が運転手やって、隣に君嶋っていう女友達が座って、後ろに徳村っていう悪友が座った。馬鹿みたいな話をしながら、久しぶりの遊びに三人共浮かれていたんだ。


 俺たちはとある海水浴場近くの民宿へと向かい、荷物を置いたらソッコーで海へ走っていった。あれは楽しかったな。君嶋が笑って、徳村がナンパ相手のカレシにボコられて、それ見た俺がまた笑って。


 夕飯を外で済ませて帰ってきてみれば、あっという間に夜でさ。馬鹿言いながら民宿に帰って、2階に上がって部屋の電気を付けたんだ。そしたら、ちゃぶ台っていうのか?小さいこたつみたいなやつの上に、変な冊子が乗ってたんだよ。パンフレットっぽいんだけど、妙に色褪せてたのを覚えてる。


 パンフレットの中身は別段おかしくもない、この近くにあったホテルの物だった。君嶋が言うには結構昔に潰れた廃ホテルで、今は肝試しによく使われているらしい。


 それより問題は、パンフレットに挟まってたもっと古い紙の方だ。何故かカタカナと漢字で書かれてて、酷く読みにくかった。大昔の新聞って言えばわかるかな。


 もうその時点で気持ち悪いから、こんなもの民宿のおばさんに渡して早く寝ようって俺は言ったんだ。でも、徳村のやつは「サスペンスっぽくね!?」とか大笑いしててさ。面白半分に紙を開いて、中身を読み上げたんだ。


 そこに書かれていたのは難しい内容じゃなかった。ある物を3つ用意して、それぞれが一つずつ持つ。誰が鬼でも良いから、それ以外の二人は持ったものを握りしめたまま隠れる。鬼は大きな声で9まで数えてから「返せ」と叫んで合図を送り、残りの2つを探し出す。そして絶対に持ってたものを無くさないこと。


 使う物は3つともすぐ用意できるものだったし、やること自体は簡単だった。オカルト好きの君嶋と、青春の一ページだとうるさい徳村に押し切られる形で、俺も含めた三人は肝試しも兼ねて廃ホテルでそれをやってみることになったんだ。




 民宿の裏から歩いて割とすぐのところにそれは建っていた。いかにも昭和ってデザインだったし、イメージしてたより大きくもなかったな。誰も手入れしてないから雑草も伸び放題で、あちこち落書きされた酷い有り様でさ。肝試しに使われるのも納得の、夜じゃなくても入りたくない気持ち悪さがあったよ。


 幸か不幸か、玄関ドアのガラスは誰かに砕かれたのか、くぐれば簡単に中へ入れたんだ。正面に受付があって、左右に長い通路と大量のドアが並んでいるっぽかったけど、スマホ以外に明かりが無いせいで陰が多くてよく見えなかったな。左の通路は非常口のランプが点いてたから奥だけは見えたけど、結構な長さだ。受付のすぐ横に階段があったけど、物凄い量の蜘蛛の巣が張られていて実に気持ち悪かったよ。


 流石に俺も本格的にビビリ始めてたんだけど、徳村のやつが急に大きな声でジャンケンをしようと言い出したんだ。かくれんぼの鬼を決めるためだったけど、俺もあの暗闇の中で黙ってる方が怖かったから、あの時は徳村のやかましさがありがたかったな。多分、あいつらも同じ気持ちだったんだと思う。




 使う道具は3つ。ハサミと手鏡、そして女の髪。ハサミは民宿から拝借した物を君嶋が持ち、手鏡を俺が持った。もちろん、君嶋の髪は徳村が。


 その場にいる全員が少し後悔してそうな空気の中、かくれんぼが始まった。鬼は俺だったよ。


 9まで大きな声でゆっくり数えてから、「返せ!!」と叫ぶと、通路が長いせいかちょっとだけ反響した。気を取り直した俺は、とりあえず非常口の明かりが見える方の通路から探すことにしたんだ。


 砂利だかガラス片だかわからない、何かを踏み砕くような僅かな音が靴裏から響いた。古い空き缶とかビール瓶とかも落ちてたから、こんな風になる前は溜まり場だったんだろうな。


 ドアの殆どは閉まっていて、きっちりオートロックだから開かなくなってたけど、いくつかのドアは壊されてたり、そもそもドアが無くなってたりで中に入れたんだ。隠れられるところと言ったら部屋の中くらいしかない。俺はスマホの明かりを片手に、一部屋ずつ探していく事にした。




 一部屋目。ドアが壊れて半開きだったから普通に入れた。中にはゴミ以外何もなかった。カビだか染みだかわからない物で汚れきったベッドには、これも大量の空き缶や瓶、あと古臭いエロ本が乗っていた。念の為ベッドの下を覗き込んでみたけど……あまりの汚さに深く後悔するだけで収穫は無かった。そもそも床もひどく汚れていたから、あそこに座ったり寝転がろうって気にはならないと思う。


 もちろん浴室とクローゼットも開けてみたけど、結果は同じだった。クローゼットの方も人一人入れそうだったから、面倒だけど一々開けないといけない。


 二部屋目にドアは無かった以外、一部屋目とほぼ同じだった。だけどあそこだけやたらと蜘蛛の巣が多かったな。入口のほぼ全面を覆っていたから、あそこに入ってはいなかったと思う。


 そして三部屋目は廊下の突き当りにあった。対面のドアは開かなかったし、多分この通路で入れそうな部屋はここくらいだと思った。二手に分かれたならここにいるはずなので、僅かに期待しながら壊れたドアを開けてみると、非常口の明かりだけで中が見えたんだ――




 そこには、鏡がたくさん落ちていた。いや、落ちているだけじゃなくて、姿見まで大量に置かれていた。一面の鏡、鏡、鏡、鏡、鏡。正面の鏡には表情を固くした俺が写り込んでいる。どういう訳か壁にまで鏡が掛けられていたから、そこら中合わせ鏡になっていた。しかもここだけやたらと清潔で、鏡も汚れていなかったが、ベッドすら入っていない徹底ぶりだった。浴室のドアとクローゼットだけが妙に汚れていて、その歪さが恐ろしかった。


「おい!ここに隠れてるのか!?」と鬼らしからぬ声を掛けたけど、当たり前ながら返事がなかった。中に入って確認する必要があったんだ。


 だけど……この部屋には入ってはいけない。そう直感したんだ。握りしめた手鏡が嫌に熱く感じて、俺は即部屋から離れて、受付まで走って戻った。


 もしあの時、あのまま入っていたらどうなっていたんだろう。或いは、手鏡を床に置いて中に入ったとしたら。そう考えたら本当に恐ろしくなって、さっさとかくれんぼを終わらせて帰りたくなった。


 これを提案した徳村を絶対ボコす。そう決意した俺は、真っ暗闇になってる方の通路へ向かった。スマホの明かりでは突き当りがよく見えなくて、ドアを一つ一つ確認するしかなさそうだった。


 例の蜘蛛の巣まみれの階段を通り過ぎて、まず一部屋目は……やはり、汚れた部屋でしかない。浴室とクローゼットの中も同じだった。ただ、何故かクローゼットには大量の髪の毛が残っていて、また別の気持ち悪さがあった。


 二部屋目には、何も無かった。……文字通り、何も無かったんだ。まるで、建設途中みたいに。ベッドも、ごみも、クローゼットの中にも、何も。だけど不思議と、ポタリポタリと何かが滴る水音だけは静かに聞こえてきたよ。浴室にはバスタブも蛇口も無かったのに。


 そして……また突き当りにぶち当たった。最初の廊下と違ってここの非常口にはランプが点いていないようだった。そりゃそうだ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。




 ……じゃあ、何故、さっきの廊下では緑色のランプが点いていたんだろう。




 ゾッとした俺は、もう後ろを振り向くことさえ出来なかった。何故かあの表示板が俺の事をじっと見ているような気すらしてさ。自分がこんなに怖がりだなんて思わなかったよ。


 カタカタと手鏡を持つ手が震えているのを感じながら、俺は突き当たって右側の壊れたドアをゆっくりと足で開いた。もう片方の手に持ったスマホのバッテリーは、時間をかけて探したせいでだいぶ減ってきてた。ここだ。絶対にここにいる。ここにいてくれないとかくれんぼが終わらない。もうこれ以上探したくないって、泣きたくなった。


 最後の部屋の床には、大量のハサミが突き立てられていた。床だけじゃなくて、壁にも、天井にも、ベッドにも、びっしりとだ。


「うわあ!」って、思わず悲鳴を上げて尻もちついたよ。で、まずったのがさ、その時に手鏡が割れちゃったんだよな。本当に粉々に割れちゃって、どうやっても回収できなくなったんだ。




 やばい。どうしよう。鏡がなくなった。あの部屋のを使うか?いや最初のやつじゃないときっとだめだ。あそこはやばい。どうする。どうする。どうしよう。非常口の緑色の明かりが見える。水音がする。明るい。バッテリーもない。


 完全にパニックに陥りかけた俺は、ふともう一つの手に握ってたものを思い出した。俺は明かり代わりにスマホを持ってただろ。それであいつらに電話掛けちゃえって思ったんだ。希望を見出した俺は無我夢中でかけたよ。


 頼む、頼む鳴ってくれ!!って、すっげー祈った。だって多分、二人に一回ずつ掛けるくらいしか出来そうになかったから。


 まず君嶋のを鳴らした。なんか遠くから明るい音楽と「きゃあ!?」って悲鳴が聞こえてきたから、すぐにそこへ走ったよ。君嶋がいたのは、大量の髪の毛があったクローゼットの中だった。


「ちょっ、いきなり鳴らさないでよ!?心臓止まるかと思ったじゃん!しかも反則だし!」


「あ……ああ、ごめん。全然見つからないし、バッテリーもなくなりそうだったからさ。もう帰ろうぜ」


 ようやく一人目を見つけた俺は、逸る気持ちを抑えつつもすぐさま徳村のやつのスマホにも電話を掛けた。君嶋のスマホを借りれば焦る必要もなかったはずなのに、今すぐ帰りたくて思い付かなかったんだよな。


 で、すぐにアイツの音楽が鳴った。場所は、さっきハサミがあった部屋だった。


 だが、ドアを開けてすぐのところで音楽は聞こえるのに、全然アイツの姿が見えなかった。クローゼットの中、浴室、ベッドの下、どこにもいない。音は相変わらず入り口で聞こえてくる。天井?床下?いや、有り得ない。入れる構造にはなっていない。


「いい加減出てこいよ!!帰るぞ!!」と、大きく叫んだその時だった。




 音楽が消えた。あいつが電話を受けたかと思って、スマホに耳を当てたんだ。「徳村か!?」って叫んだら俺の声が聞こえたから、本当にすぐそこにいたんだろうな。で、しばらくして返事があったんだけど。








「か え せ」








 その囁きが聞こえてきたのは、()()()()()()()()()()()()()。君嶋だった。いや、君嶋じゃなかった。君島の髪の毛は白くない。こんなに長くない。君嶋はこんな声じゃない。誰だ、誰だ、誰だ、誰だ!?


 俺は悲鳴すらあげられなくなって、君嶋だったはずの誰かを避けて走って逃げた。走って、走って、遠くに見える非常口へ。とにかく非常口から外に出られるだろ、避難しなきゃ、逃げなきゃ。振り向くな。俺は無我夢中になって非常口のドアを開けて外に出た。








「おっせーよ!まだ中にいたのかよ!?何度も掛けたんだぞ!」


「もー!心配させないでよ!」


「……え?」


 外にはあいつらが立ってたんだ。よく見ると空が少し明るくなってきてて、どうやら俺は相当長い時間探していたらしい。


「い、いつから?」


「結構最初の方だよ。君嶋のやつが怖いから一緒に隠れてって言うから何にもない部屋に隠れたんだけど、やっぱなんか気持ち悪いから止めようってなったんだよ。そしたらお前、スマホ切ってたのか全然出ねーしさー」


「そんなはずは!?……あっ」


 俺はほんの僅かに残ったスマホの画面を見てみると、電話を受信できないドライブモードになっていた。ここまで運転する前に切り替えたまま、戻してなかったらしい。


 じゃあ、中で掛けたときに出たのは誰だったんだ?って思ったけど、目の前にいるあいつらを見てると悪い夢だったような気がしてさ。


「ご、ごめん……夢中になってたわ」


「本当にかくれんぼが好きなんだね。……大学帰ったら学校の中でやる?」


 んで、もう疲れてた俺はニヤニヤしている君嶋の額にデコピンかまして、民宿に戻っていった。バカ言い合いながら帰る前にもう一度だけ海で泳いで、まっすぐ車で帰った。そして今ここで()()()に経緯を話してるってわけさ。




 なあ、もういいかな?


 ちゃんと最初から最後まで話しただろ?()()()()()()()()()()()()んだ。だって割れちゃったんだから、仕方なかっただろ。


 あそこにあるんだよ。俺はもう行けないんだよ。だから、頼むよ。




「この部屋から出してくれよ!!頼むからぁ!!」




 部屋の中にはびっしりと、鏡。開きかけのドアからは非常口の明かりだけが薄っすらと差し込んでくる。開くはずのドアは、蹴飛ばしてもビクともしない。


 車で充電してたスマホのバッテリーはもう切れかかっていた。


 電話を鳴らす。君嶋のスマホが遠くで鳴る。電話には出ないけど君嶋の悲鳴と絶叫だけは聞こえてくる。


 電話を鳴らす。徳村のやつは電話には出るのに声がしない。何も聞こえてこない。君嶋の部屋は近いはずなのに、悲鳴さえも聞こえてこない。




 鳴らす。


 鳴らす。


 鳴らす。




 そして『BATTERY LOW』の表示と共にスマホが動かなくなり。




 俺は薄暗い部屋の中、あの白い髪の誰かから囁かれ続けていた。









「か え せ」 と。









 鏡の中の俺たちが笑っている。俺も、きっと。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 途中までは怖かったんですが、最後の展開に道具の種類と言葉の意味が噛み合うと思っていたので、結局何だったの?という疑問が先に来てしまい、最後はあまり怖くありませんでした。 [一言] ホラ…
[良い点] すごく良かったです。登場人物の妙な自分語りとかなくて読みやすい。 [気になる点] ラストが少しわかりにくいです。
[良い点] ちょうど良い長さで、大変面白かったです。 [一言] 是非また、読みに来たいと思います。
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