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駆け落ちのすすめ  作者: 佐久間
本編
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2/12

金色のリボン

本日のみ2話連続投稿

◇◇◇


今日は1週間に1度の王宮へ向かう日。殿下たちとの交流会は上の空だったけれど、いつも通りに振舞えていた私は結構器用だ。


小走りで王宮の裏庭へ向かい、人がいないのを確認して素早く服を気替え、転移する。大きな木の下へ。彼との待ち合わせの場所だ。

毎度思うのだが、公爵令嬢がこんなに簡単に王宮を抜け出せる仕組みで良いのだろうか。抜け出す私が言えたことではないけど。


「よぉ。来たな」

「少し、遅れてしまったわ」


片手を上げて出迎えてくれた彼―――イーサンに答える。


「前回俺が言ったこと忘れてねえよな?」

「ええ、今日は花祭りなのでしょう?忘れるわけないわ!」


走ってきたと気づかれたら私だけ気が急いているみたいで恥ずかしい。こっそり息を整える。


「へいへい。俺も初めてだからな。ホラ、お手をどうぞ。精々エスコートしますよ、お嬢様?」


差し出されたイーサンの手の上に手を重ねる。それ以上距離を詰めることは許されないけど。それでも恋人みたいだ、なんて浮かれた。彼に案内されて広い通りへ歩き出す。





◇◇◇



私とイーサンが出会ったのは1年前。王太子殿下の御幸の話が挙がっていたときだ。市井を知ることが目的だと。

そのときに、婚約者代理として婚約者候補の1人であるヴィヴィアン公爵令嬢を連れていくと殿下が提案したのだ。


正直、殿下は彼女を婚約者に指名すると思う。婚約者候補たちは私も含めて全員優秀だし、それならば殿下がもっとも気に入っている彼女が選ばれるだろう。

必要以上の会話をしようとしない私が指名される方が驚きだ。


第一王子殿下は、為政者としては望ましい方と言えるだろう。臣下の意見は無視せず、周囲の声に耳を傾けようとする。帝王学の成績も優秀だと聞いている。


しかし恋愛対象として心からの愛を捧げられるかと言われたならば答えは否。金髪碧眼、微笑みをたたえた繊細で麗しい殿下に、私は美しい人形に感嘆する程度の念しか抱かない。


正妃になる責任感なんて持ち合わせてはいない。来るべきときが来たら自分に与えられた責務と、王国のためにできることはしようとは思っているが。

あるのはただ、義務と取り繕われた上っ面だけ。

私以外の5人の候補も心持ちは違えど待遇は同じなのだから、そんなことを思う私はとても不遜で我儘な令嬢なのでしょうけど。



そのときにある令嬢が言ったのだ。わたくしも殿下とともに平民の生活を学びたいです、と。彼女は確か侯爵家だったかしら。


私は単調な日々にうんざりしていたから、その言葉を聞いてこれ幸いと乗っかった。


「ええ、そうですわ。私たちは平等に彼らの暮らしに触れなければいけません。市井を知ることでより良い国をつくっていけるのだと思いますわ」


殿下は珍しく前に出た私に驚いたのか、軽く目を見開いた。


「そう…だね。君たちの言うことも尤もだ。陛下に提出するとしよう。」




・・・・・・・・・・・・・


私の希望は叶えられ、私たちは回を分けて下町を見学することになった。ただし殿下が同伴したのは初回だけとなったから初めに声を上げた彼女は不満気だったが。


そして私は騎士数人とともに馬車に乗って通りを回った。案内係がついて平民の暮らしが紹介された。


馬車の中から見る街並みは息を飲むほどの絢爛なものではないけれど、私の知らない食べ物が積まれ、市場は活気に溢れていた。


周りの全てが輝いて見える。


入ってくる空気にも様々な香りが乗り、まるで貴族の街とは違う、別の国みたいだ。


これだ!と思った。


私の違和感がなくなる場所。私が幼いときからずっと求めていたものはこれだったのだ。



そうはいっても馬車から下りることはできず、私はあくまで高位の令嬢として丁重に扱われた。

それにしたって彼らの会話を直接聞けるわけでもないし、市場の食べ物を見せつけられて食べさせてもらえないというのはちょっとした嫌がらせだと思う。


世間知らずなお嬢様である私はあっという間に魅せられた。口を出して正解。まさかこんな世界があったなんて……



……もう一度、いや、何度でも訪れたい。

しかしそれは許されない…………





私の胸の内に、ひとつの企みが顔を出した。





・・・・・・・・・・・・


お礼を言って送り届けてもらう。いつもより帰りが遅くなった私は、お母様の元へ報告に行く。

いいえ、でもただ報告だけじゃない。ちょっとした作戦があった。初めて、お母様にする、隠し事。





大丈夫。落ち着くのよ私…



息を吸って―――






「お母様、今日は殿下の提案で市井に連れて行っていただきましたのよ。もちろん、婚約者候補全員に与えられたものでしたが、とても素晴らしい機会でしたわ。そこで、今後も王宮に伺うたびに下町へ行くことになりまして…」


言った!言ってしまった!


嘘じゃない。提案したのだはあくまで殿下からで、そして私は自分の意思でまた行きたいと思い、そうすることにした。


「平民の生活場へ…?」


お母様は訝しげに眉をひそめた。


「ですから今後は帰りが少々遅くなりますが、日が落ちる前には引き上げますわ。私付きの護衛は王宮に待たせておくので待遇はこのままで問題ありませんわ。」


口の中がカラカラだ。

すっと息を吐いて、微笑みをつくる。


「殿下のご意向に沿い、立派な王妃となれるよう励みます」

「そう、陛下もそれをお認めになったのね」


お母様は得心がいったように頷いた。

私は笑みを浮かべたまま、無言を保った。


「では、お出かけ用にエルちゃんのドレスを数着仕立てさせようかしら。あなたのお話を楽しみに待っているわね」




…良かった、乗り切った。勝算はあったとはいえ、まだ心臓が痛い。


これで、きっと大丈夫。

お母様は私の動向を定型文化している護衛報告以上は詳しく聞こうとなさらない。お父様もお母様に口を出すことはない。

殿下に特別扱いされていると言ったわけではないと暗に告げたから、お母様は社交界で顔が広いといってもわざわざ話題にはしないだろう。


ちなみに、私の王宮での“お話”に対してもめったに尋ね返さない。今までにされた質問は「それで、お心を害されたわけではないのね?」だったかしら。



「失礼しました」



一礼してお母様に背を向ける。



扉を開けて……


「…っ!!」



扉の外にいた異母兄と目が合った。

彼は少しびっくりしたような顔をして反射的に頭を下げる。



もしかして聞かれてた!?





あわてて目を逸らして足早に自室に戻る。


聞かれてたらどうしよう。もし万が一何かがあって、お兄様にばれて、お母様に告げ口したら?

私はお母様を騙したようなものだ。きっと監視は厳しくなる………





「お嬢様、アルメリア語のお時間ですがどうかなさいましたか。ファレノース夫人がお待ちですよ」

「…いいえ、お待たせしてごめんなさい。今行くわ」


余計なことは考えないようにしよう。今日のお勉強を終わらせなければ。夫人は私が失敗を取り返すまでは帰してくれないのだ。


・・・・・・・・・・・・・・

やっと長い一日が終わった。ベッドに入ってからようやく休息が訪れる。

落ち着いて考えれば、部屋の外からでは小さな声の会話を聞きとれるはずがないのだ。なんたってお母様の部屋は防音魔法がしっかりかかっている。


それよりお兄様に何も言わずに出てきてしまった。ツンとすまして、嫌な女だったのではないかしら。お辞儀は許されなくてもせめて挨拶だけはきちんと彼らにしようと決めていたのに。


後ろめたいことをしている自覚があるからか、いつにも増して落ち着かない。

…勝手に下町に行こうとなんてしなければ良かったのかしら。


いいえ、それでも1度くらい心のままに行動してみたい。それを私だけは肯定していたい。

それに殿下に言った言葉はある意味本当だ。

国母となって政治をするにしても、実際の民の様子を知らなければ始まらないと思うから。

完結している貴族の世界よりもっと多様で流動的で。だってあんなにキラキラしていて……





枕に顔をうずめて意識が闇に飲み込まれていく


ああ、あと7日、いや6日…



・・・・・・・・・・・・・

遂に1週間が経った。交流会が終わるや否や物陰に隠れる。用意していたローブを深く被って、空間転移用の術式を取り出す。


この前見たあの活気のある市場へ!…だと誰かに見つかったら困るから、ええと、近くの人目に付きにくい道へ!


目の前が白く染まる―――――――



余談だが、私は異常に空間転移魔法に適性があった。1人で短時間にこんな術式を展開するなんて普通は出来ないらしい。その他の魔法の成績は優秀程度に留まるくせして、何故だろう

私が外の世界を望む気持ちが奇跡を起こした――――なんてね。

でも今だけは思う。転移の才能はこのときのためにあったのかもしれない、と。



ふっと視界が戻る。薄暗い小道に出たようだ。

幸い、周囲に人影はない。


心臓が強く波打っている。


自由!誰も私を監視しない!



道はよく分からないから賑やかな方へ歩き出す。

この前の市場に繋がるはず。


つまさきにごつごつとした石が当たって歩きにくい。汚さないように気をつけないと……





夢中で歩いていると、左手の先に何かが当たった。




体が傾く





!?

なっ…!


腕を引っ張られてる!?




「いやっ、ん…………!!!」


どうしようどうしよう

口を塞がれて、声が出せない




「おい、こいつお貴族様だぜ」


数人の男たちが視界に入った

顔から血の気が引くのがわかる



「はあ?1人でこんなとこ来て襲ってくださいってコトかよ!」

「………!!!」



フードが脱がされる



「おいおいたいそう上玉なこって」

「待てよ、売り飛ばすと足がつくからかったりぃんだ」

「ヤっちまう前に1回くらい楽しんどこうぜ!」


強く押さえつけられていて逃げられない

必死に頭を動かす




…!


向こう側の通りからこちらを見た青い目とちょうど目が合った。



!お願い!助けて!




その人は…顔を顰めて視線を外し、通り過ぎて見えなくなった


そんな…!


「…っ!やめっ……!」

「まあまあ、とりあえず金になりそうなモンだけちぎっとけ」


私のドレスに着いた飾りに手が伸びる





「いやっっっ!!!」


「おい」




瞬間



ドゴッッッ




目の前の男たちが吹っ飛んだ




「あっ……」




私に背を向けてたっていた人が振り返る。

深い青色の瞳。さっき目が合った人だ。助けに来てくれたのだ。


短く刈り込んだ硬そうな黒い髪に、雄々しい顔立ち。背が高くて筋肉がつき、がっしりとした体。



それはとても素敵な…………






一瞥して、彼が再び私に背を向けた


あ、待って……!



「あのっ!」


息を吸う



「本当にありがとうございました…っ!!」



淑女にあるまじき震えた声だけれど、私ができる精一杯綺麗なカーテシーをした。


顔を上げると彼は面食らったような顔をしてこっちを見ていた


「いや…」


視線を彷徨わせて、再び口を開いた


「あんた馬鹿か?ここはあんたが来る場所じゃねーよ。帰りな、お姫サン」

「いえ、私は姫などでは…」


ローブを被り直す


「だったらまずはそのお綺麗な格好をどうにかするんだな」


あわてて視線を下げる。

彼らに手を伸ばされたドレスの装飾具は綺麗なままで、ほっと胸を撫で下ろす。

しかし同時に、それらが光を集めて騒がしいほどにぴかぴかと輝いていることに気づいた


…確かに、これはどう考えても私の責任だ


「……その通りですね。お恥ずかしい限りです…つい、浮かれてしまって思い至らず…」


ハァ…と彼はため息をついて黒い短髪をくしゃりとかき混ぜた。


「あんた金持ってるか?」

「ええ。貴方にお礼の品をプレゼントできるくらいには」


母は一定の金額を常に私に自由にさせている。その中から適当に持って来たから大抵のものは買えると思う。次女の目を盗んでお金の単位も事前に学んでおいたし、対策は万全だ。


「あー、服買えそうな店まで連れてってやる。次お前が引きずり込まれててももう知らねえ」

「っはい!」


駄目だ。どうしても彼の前だといつも通り落ち着いて振る舞うことが出来ない。



・・・・・・・・・・・


彼はなんだかんだ言っても、あんな目に合いながら懲りずに街をうろつく私に最後まで付き合ってくれた。


彼はイーサン。名前を聞いたら嫌そうな顔をしながらも教えてくれた。私は愛称をとってエルと呼んで欲しいとイーサンに言ったけど、彼は頑なに私の名前を呼ばなかった。

それでも「姫さん」だとか「アンタ」って目を合わせて呼ばれる度に心が踊った。


だって、仕方がない。

端的に言ってしまえば、私は彼に一目惚れしたのだ。舞踏会でも全く見かけないような厚く頼りがいのある体つき。感情をはっきりと伝えてくる鋭い目つき。日に焼けた肌に精悍な顔立ちは彼のこれまでの人生を表しているみたいだ。

間抜けな貴族の小娘を助けてくれたこともそうだけれど、彼は結局優しかった。私がこんなに自然体でいられるのはきっとここだけ。

それが…どうしようもなく嬉しかった。



もう戻れそうにない…




◇◇◇



「おい、着いたぞ。どうした」


イーサンの声で我に返った


「いえ、貴方と初めて会ったときのことを考えていたの」

「あーそれは、」


彼は気まずげに目をそらした


「なんだ、まあ…悪かったよ。あんな光景なんて特に向こうの方では飽きるほど見てたんだ。でも本物の貴族の嬢ちゃんなんてのは予想外…っと」


しまったと言うようにはっと口を噤む

珍しいその表情がおかしかった。あけすけな所もとても安心する。

私が一応身分を言っていないから気をつかってくれたのか、それとも厳しい街の側面を隠してくれようとしたのか。どっちだって…


「それなら、私の今の完璧な溶け込みようをあのときのあなたに見せたらきっと褒めてくれるわ!ええと、あなたを責めようとしたのではなくて…その…」

「…そうだな。良いと思うぜ。服装も口調もあんたは立派な下町の娘だ。商家のお嬢様くらいのな。それより…」


イーサンは周囲を示す


「ほら、祭りだ」


目の前には、いつにも増して賑やかな通りが広がっていた。街路樹には先週咲きかけだった色とりどりの花が見事に咲いている。

その下では屋台を構えた市場の人々が今日限りの特別な品々を売っていた。まだ10数回しかここに来たことがない私では、見たことのないような食べ物がたくさん。


「イーサン!あれは何?ケーキ?みたいなものが棒に刺さっているわ!」

「あーあれは異国の焼き菓子だろうな。チャグとかいう…前居た国で見かけたような。1本買うか?」

「あら、あなたも食べたことがないの?お兄さん、2本下さいな。」


串を2本受け取る。表面には薄く粉が振ってあって魅力的に光っていた。

あっ、イーサンの返事を聞いていなかった。


「つい…あなたの分も買ってしまったけど…。食べないなら私がどっちも貰うわ。」

「姫さんがすぐ買うから俺が強請ったみたいじゃねえか…かっこ悪ぃ…ほらよ。1本くれ」



彼は懐から銅貨を数枚取り出して私に放った。あわてて片手で受け取る。

ふた串にしては多いのだけど…

言い出したのも勝手に買ったのも私だからなんだか申し訳ない。


「イーサン、これ、」

「いいって。普通立派な商家のお嬢様は従者に買い物をさせるもんだと思うぜ?」


彼はいたずらを思いついたかのように口の端を歪めてにやっと笑った。

違うわ!商家のお嬢様は事前に従者にお金を渡して買い物をさせるのよ!だからイーサンが多めに払ってくれるのって従者とお嬢様の関係ではおかしくて、それなら私たちの関係は…まるで…


…ってああもう!何を考えているのかしら。

今日くらいはただの町娘になったって良いでしょう?

買った串を食べるところを探す。


「どうした?そんなに物珍しいか?」

「いえ…ああ、珍しいってことはそうなのだけど、何処かこれを食べられるところを探していたの」

「そうか、ん…」


彼は少し逡巡した。


「んー姫さん、このまま食うのはどうだ?」

「それは…もちろん串のまま齧って食べるに決まってるじゃない!貴方が教えてくれたことだもの、ちゃんと覚えているわ!」


数ヶ月前にイーサンと市場で野菜が薄皮に包まれたティルクのようなものを買ったのだ。いつもと違ってナイフとフォークがないため、どこから手をつけて良いのかわからず困っていたらイーサンが食べ方を教えてくれた。

彼が私に見せてくれたたくさんのこと。お城に行っても誰も教えてくれないこと、全部鮮明に覚えている。


「そうじゃなくてだな…歩きながら、ってこと」

「まあ、だからここには座れる場所がないのね」


お母様がご覧になったら何とおっしゃるのかしら、きっと卒倒して倒れてしまうわ、とおかしくなって笑みがこぼれた。


「いいじゃねえか。折角だしあんたも悪いこと、しようぜ」


つられて彼も薄く笑った。



お行儀悪く目に入ったものを買っては食べながら、賑やかな通りを歩く。気兼ねなく、他愛もない話を好きな人とする。

なんて幸せな世界なんだろう。



彼も少しでもこの気持ちを共有してくれているだろうか。

愛を囁き合うことはないけれど、私が彼に気に入られていることくらいは分かる。明確な言葉など無くたって。

彼は独立した立派な大人で、私はなんの力もない小娘だ。金銭的に考えると、彼には何の得もない。その気になれば、私程度を振り払うことなど造作もないはずだ。



ふと、街の一角に目が止まる。そこでは小柄な男が装飾品を広げて売っていた。

その中の1つ、青と黒の紐を編んだアンクレットを見つけた。彼の髪と瞳の色。

金と青のものも見つけた。あれは私の色だ。

もしも自分自身の色を買って、交換してお互いに身につけられたなら。


…望みすぎてはいけない。買って帰ったとして、必ず見つかるだろう。そこからお母様が隠し事に気づいたら。それはイーサンとの、終わりのときだ。


やめやめ!

頭を振った。今は楽しまなきゃ損よね?


代わりにひとつ、目立たない程度の金色のリボンを買った。

髪に巻き付けてみる。

…解けて落ちてきた


「なに、それ買うのか?いいじゃん。貸しな」


彼にリボンを渡すと、あっという間に私の髪をひと房取って編み込んでくれた。


「器用ね………!」


決めた。今度から髪の結い方も学ぼう。

彼と一緒にいると私の欠点がいくつも明らかになる。これでも、大抵のことは難なくこなす令嬢だと言われていたのに。


でもこれは良い変化だ。



手をくいっと引かれた。


「おい姫さん、見ろよ。有名な楽団が来てるんだとか言ってたな。姫さんも踊ってこいよ。」


前を見ると、楽器を持った人たちを中心に周囲に何十人もの人が集まって思い思いにステップを踏んでいる。手拍子を打っている人もいれば、歌っている人もいる。

型なんてない。だからこそ本当に楽しそうに見える。


「わあ、それはいいわね!でも、嫌よ。せっかくなのだから、貴方も一緒に踊りましょうよ!」

「あー悪ぃ、俺踊れねえんだわ」


彼は視線を外して頬を掻く。


「そんなこと関係ないわ!音楽に合わせて適当に動くだけでいいのよ。ほら、皆そんな感じじゃない」


イーサンの腕をぐいっと引いて輪の中に加わる。

合わさった目が見開かれた


「おい、ちょっ…」


「できるわよ!貴方身体能力高いんだから。ほら、私を助けてくれたときみたいに!」


陽気なリズムにあわせてイーサンの手を取ってくるくると回る。型なんて無視した、今踊りたいダンスを。


敵わないな、と彼は笑って私の手を掴んだ。



手を引かれて、体を寄せて。くるりと回って、また離れる。どこにでもいるような女の子になって心のままに笑う。

再び私を見つめる彼の瞳の奥に同じ量の熱が点っている気がするのは、きっと私の気の所為じゃない。



普通の女の子のように、また、彼に手をとられてお姫様のように、喧騒の中でずっと踊っていた。

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