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君は永遠の片思い  作者: はなざんまい
3/6

俺にかまうな

北野の頭は混乱していた

ただでさえワインを飲みすぎたというのに


目の前の男と

見知らぬ【いおり】という男と

峰希と

美女の関係が


「わからない…」

思わず口からこぼれ出た

「ゲイなのに子供?養子?」

「え?!そこですか?」

「え?!違うの?!

北野と違い、南出はさっきまでの緊張感が緩んだようだった

「俺、結構重大なことを告白したと思うんですけど」

「ゲイってこと??


実は北野はゲイには慣れていた

何を隠そう北野と30年来の友人がゲイなのだ

だからこそ、理科子がその幼馴染みを自分の友達のように受け入れてくれたことが嬉しかったのだ


「養子ではなく実子です。伊織の、ですが。でも俺とも血のつながりはあります」

「どういうこと?」

そこまで言っても、まだ迷いがあるようだった

深い秘密の関係に、北野を入れてもいいものか迷ってる風だった

だがやがて続けた

「こないだ北野さんが見たという女性が峰希の母親なんです。そして俺の姉です」


なるほど

北野は一瞬で理解した


伊織と南出はゲイカップルとして、養子縁組をして事実上の婚姻関係にあった

二人は子供を育ててみたかったが、どうしたらいいかわからない

それを南出の姉に相談したところ、常日頃弟カップルを応援してくれていた姉は、自分が伊織の精子で子供を産むことを提案した

もちろん体の関係はもたず、精子だけを注入するやり方で


「だからあんなに峰ちゃんに似てるのか」

「そうですか?峰希は伊織に似てると思いますが」

好きな人の面影を残す子供

南出にはそう見えるんだろう

「で、肝心のいおりさんは?別れたの?写真もないところを見ると手酷くフラレた?」

北野は重い空気をなごませようと軽く笑った

視界の隅に南出が拳を握りしめる姿が映った

北野の軽口は、さらなる重い空気を上塗りしたただけだった


「伊織はこの世にはいません」


いつの間にか外はどしゃ降りの雨だった

雨が屋根を激しく打つ音が体の奥にまで響いた



その夜、北野はそれ以上追及することをやめて、南出の勧めるまま泊まらせてもらった 


雨もひどかったし、気がつけば足がふらつくほど飲んでいたのだ


翌朝目が覚めると、英はすでに南出親子とホットサンドを作っており、北野は起き抜けにそれを食べた

食後に南出が豆からいれてくれたコーヒーを飲んでも頭がボーッとしたままだった

(二日酔いなんて何年ぶりかな)


そうじゃない


わかってる


わかってるんだ


※※※※※※※※※※※※


理科子の実家は、新幹線を使っても3時間はかかるところにある

2月の連休を利用して、お墓参りと、理科子の両親に英を会わせに来たのだ

義実家に妻不在で行くのは居心地が悪いが、英にとっては血をわけた祖父母だし、義両親にとっても、亡き娘の面影を残す唯一の孫である


せいぜい大切にさせてもらうことにする


それに、男の子なんて、あと10年もすれば誘ったってついて来なくなるだろう

そしたら自分ひとりでこっそり墓参りに来ればいいと北野は思っていた


理科子の墓を地元にしたのは理由がある


「理科子は海が好きだったわねえ」

理科子の実家から海までは歩いて5分とかからない

理科子が生きてる時は毎年実家に泊まりに来て、毎日のように海で遊んだものだ

だから理科子の墓は大好きな地元の海が見えるところに、と北野が決めた

義両親が「ありがとう」と泣いたことを今でもよく覚えている


墓参りを済ませて理科子の実家に帰ると、義母が英を連れて近所のスーパーにでかけた

自分は海に散歩にでもいこうかな、と支度をしていると、義父が声をかけてきた

「数人くん。話があるんだが」

「はい?」

義父は茶の間に北野を通すと、対面に座らせた

「理科子が死んでもう3年になるか」

「そうですね」

「去年の3回忌法要もよかったな」

(よかったって言い方あるか?)

義父が口下手なのは前からだが、今日はどこか違う

何か言いにくいことがあるのだろうか。逡巡している

やがて決意したかのように顔を上げ

「数人くん、再婚についてはどう考えてる?」

切り出し方がヘタなのは理科子と同じかもしれない

何を言うにも直球なのだ

「いやあ、まあ、ご縁があれば、ですかね。いまはまだ…」

「そうか。実は君に紹介したいこがいてね」

義父は話を聞いてなかったのか

いや、始めから、北野がなんと答えようと、義父のなかではシナリオが書き上がっていたに違いない

「今日の夜、その人を呼んであるから、試しに会ってみてはくれないか?」

「え…」

「実はその人は理科子の中高の同級生でね、ずっと仲良くしてたんだが、訳あって地元を離れて、最近また戻ってきたんだよ」

「お名前は?そんなに仲良くしてた方なら存じ上げているかもしれません」

「片桐まどかさんと言うんだけど、結婚式や葬儀にも来てくれたが、君は覚えてないだろう?」

記憶を遡っても覚えはない

「顔を見ればわかるかもしれませんが…つまりその方を再婚相手にどうか、ということですか」

「単刀直入にいうとね」

義父は普段、北野と英が帰省中には吸わないタバコを取り出して一服した

「私と妻も人柄をよく知っているし、なにより理科子の親友だった女性だ。英のこともかわいがってくれるはずだよ」

本音はそこか

大事な孫をシングルファザーには任せておけないのだろう

北野は悲しくなった

あまりにも悲しい仕打ちだ

飛び出して、英を連れて東京の端の、理科子と選んだあの新興住宅地に帰りたかった

が、義両親の気持ちもわかる

自分達が仲介した地元の女性と再婚すれば、英との関係も途絶えることはない

「きっと、俺が嫌だと言ってもお膳立てはしてあるんでしょう」

この程度の嫌みは言わせてくれ

義父は決まりが悪そうに頭をかいた

「まあ、今夜にでも…向こうも今夜はあいてるというし…」

「会ってみないとわかりませんから」

この言葉を肯定ととらえたのか、義父が安堵の表情を浮かべた

会うことは構わない

だが、どんな魅力的な女性でも断る自信はある

会って、はっきり本人に向かって断るのが最善で最短な気がした


スーパーから帰った義母は、午後もまだ早いというのに夕飯の支度を始めた

今夜来る客のためだろう

北野の返答如何によっては買い物も少量で終わったはずだ

英は、水を混ぜてグミを作るお菓子を買ってもらって、ひとりで遊んでいる


どんな女性なんだろうな 


その時ふと南出の顔が浮かんだ


あいつよりきれいだったら考えるかな


自分が笑ってることに気がついた



片桐まどかは、はっきり言って美人だった

南出のようなクールビューティーでもなく、理科子のような、人間性に裏づけされた美しさでもなかったが、おそらく10人中、9人が振り向くような華やかさがあった


「はじめまして、ではないんですけど、数人さんは覚えてらっしゃらないと思うので、はじめまして、ですね」


理科子にこんな友達がいるなんて知らなかった

だが顔はなんとなく見覚えがあった。写真か何かで見たのだろう

確かに理科子の知り合いらしい

(偽物をでっち上げるほどゲスではないか)

義両親を嫌いなわけではないが、理科子の生前から気になる点はあった


独善的、ではあるよな


だからか、理科子は実家に帰ってきても日中は外に出掛けてしまうことがほとんどだった

毎日のように孫をつれだしてしまう娘をいさめる義母の声を聞いたことがある

そのあと理科子が階段を上ってくる音がして、英を寝かしつけてうとうとしてた北野の背中に抱きついてきたのだった



そのときは親子だから色々あるよな、くらいにしか思ってなかったが…


義父母の頑張りで、まどかも交えた会話は途切れることなく続き、夕飯は滞りなく済んだ

義父が自室に戻るのを合図にしていたのか、義母が英をお風呂に連れていった

こんな風に二人きりにされると、逆に冷めることを知らないのだろうか

「英くんはいい子ですね」

「理科子の子ですから」

「よく似ていると思います」

まどかはお酒が入ったことでより色気が増したように思う

北野も男なので、まどかのとろけた表情やくずした足につい目がいってしまう

しかし今は守らなきゃいけないものがある

「明日、もしよろしければ遊園地に行きませんか?」

義実家から車で30分ほどのところに大きな公園と併設した遊園地がある

理科子が生きていた頃、英を連れて2回ほど行ったことがある

ありきたりなアトラクションしかないが、それがちょうどよく、小さい子ども連れに人気のスポットだ

「ありがたいんですが、知り合ったばかりの人と遊園地に行っても楽しめませんし」

まどかはシュンとしてうなだれた

これを機に言うべきことはすべて言おう

義父母がいないのが逆に幸いだ

「片桐さん、理科子の親から話は聞いています。あなたはそれで本当にいいと思ってるんですか?」

まどかはきょとんとしていた

もしかして聞いてないのか?

もしかして義父母にはめられた?

瞬時に様々か憶測が頭を巡る

「あ、そのことなら承知しております。私から言い出したことでもあるので…」

そうだったのか

「なぜそこまでするんです?正直あなたなら、子持ちの30代など選ばなくても引く手あまただと思うんですが」

「あなたが理科子の旦那さんでなければ…」

「え?」

「いえ、私はそんなこと気にしません。それだけ理科子は大事な友人でしたし、理科子が遺した家族は私の力で幸せにしたいんです」

瞬時に、北野の頭に怒りの火種がついたような気がした

「あなたの力を借りなくても、俺と英は幸せにやっています!理科子は死んでも俺らの助けに成ってくれていて、俺らはそれで十分幸せなんです」

「とはいえあなただって一人の男でしょう?」

まどかの目つきが変わった

男を落とそうと決心したときの女の目だ

吐き気がする

「確信しました。俺はあなたみたいな人間は嫌いです。嫌いな人間とは結婚できない!以上です」

まどかの目から光が消えた

さすがにここまで言うつもりはなかった

「ずいぶんはっきり言うんですね。聞いていた話とは違うわ」

まどかはため息をついた

「とはいえ私も複雑なんです。これであなたがひょいひょい私と再婚するようなら、私が冷めていたかもしれませんし」

「どういうことですか?」

「それだけ理科子が私にとっても大きな存在だった、ということです」

まどかは立ち上がって会釈をすると、義父母に挨拶もせずに帰っていった

(なんだったんだよ…)

北野は嵐が去った後のように呆然としていた

英とお風呂から出てきた義母は、まどかの姿がないことにあからさまにがっかりした

義父はとうとうそのまま自室から出てこなかった

もしかしたら北野とまどかの話し合いを聞いていたのかもしれない


北野と英に用意された部屋にはすでに布団積まれていた

二人で協力して敷いていく

「英、明日は遊園地に行くか」

「どうしたの、急に」

「久しぶりだろ?あそこに行くのは」

「ママが死んでからは行ってない」

「そうだな」

「あの人もいくの?

「残念。お父さんと二人きりだ」

「じーじとばーばは?」

「遊園地は嫌だって」

英の顔が明るくなった


遊園地は真冬ということもあって、それほど混んではいなかった

英はジェットコースターとお化け屋敷にそれぞれ2回ずつ乗って、お腹が空いたと言った

小さなレストランのメニューは、ラーメンやカレーといったお決まりの物しかなかった

「パパ、あのひとと結婚するの??」

カレーを食べながら英が切り出してきた

「なんでそう思った?」

「ばーばにあの人がお母さんになったらどうかって聞かれた」

あのババア…

「ママの友達なの?」

「親友だったんだって」

「会ったことないねえ」

「ママはパパと結婚して引っ越ししちゃったからね」

「ふーん」

「英はどう思う?」

「僕は今のままでいいかな。東京のおうちに帰りたい。峰ちゃんに会いたい」

声が次第に細くなっていく

「ねえ、パパ、僕のおうちはあそこでしょ?パパと英と二人のおうちでしょ?」

「そうだな」

北野は英の頭を撫でた

英が堰を切ったように泣き出した


予定を繰り上げて、帰京したのはその日の深夜だった

義両親に理由を聞かれたが、さすがに気まずいのか、強く追求されることも引き留められることもなかった

(ヘタ打つからだよ)

しばらくは英に会えないと悟ったんだろう

義母は帰り際に英を抱き締め、なかなか離さなかった


バスのなかで寝てしまった英をベッドに寝かせてから、冷蔵庫にあった缶ビールを手に分譲地区の一角にある公園に向かった

都内でも、都心から離れると綺麗な星空が見える

かじかむ指で缶ビールのプルトップを引っ張る

「この冬の深夜に、よく外でビールなんて飲めますね」

缶ビールに口をつけたとき、後ろから声がした

公園の入口にスーツ姿の南出が立っていた

「あ…」

「どうしたんですか?こんな時間に」

手にはコーヒーを持っている

普通は温かいものだよな

「帰り遅いんだな」

「年度末が近づいてきているので」

「残業がある日は、峰ちゃんどうしてるんだ?」

「大抵姉が来てくれています」

「そうか。もしお姉さんが来られない時はうちに来てもいいから」

北野は空っぽになったビール缶を握りしめた

「何かあったんですか?」

南出が北野の横に座った


「…伊織さんってどんなひとだったの?」

「こっちが質問したのに…まあいいや、伊織は登山家でした」

南出が夜空を見上げた

電灯の明かりに照らされて、形のいい横顔が浮かび上がった

「大学で出会ったんです。俺より3年先輩なんですが、その頃から登山に打ち込んでいたので留年を繰り返していて、同じゼミに所属していました。おおらかで…」

南出が声をつまらせた

「いつも自然と周りに人が集まる、そんな人でした」

「理科子と同じだな」

「理科子さん…」

「理科子は会社の同期だったんだ。俺より男みたいな性格で、バリバリ仕事をこなすキャリアウーマンで、俺より収入も多くて…」

鼻の奥がツンとしてきた

「その日は俺は出張でいなくて、理科子は保育園のお迎え時間ギリギリで急いでいたんた。酔っぱらい運転の車が歩道に突っ込んできて…」

「それが通学路なんですね」

「やっぱり知ってたのか」

「こっちはあなたが気づいていたことに驚きました」

「相変わらず嫌みなやつだなあ」

でもいまはそんな嫌みに救われる

「いつの話ですか?」

「3年前」

「まだ最近なんですね」

北野はハッとした

(こいつも伊織さんを亡くしてるんだ)

北野は話を続けた

「昨日、理科子の親に再婚相手を紹介されたんだ。ショックで…」

自分の声が震えてることに気がついた。いつの間にか涙が頬を伝っていた

「相手は理科子の昔の親友だって。理科子が大切だから俺と英を幸せにしたいって言われて」

「それでどうしたんです?」

「あり得ないだろ?!まだ3年なんだぞ?!理科子はまだ俺たちのそばにいる。気配があるんだ!この街にも、会社にも、英の中にも!至るところに」

涙は次第に嗚咽に変わっていった

南出の腕がそっと北野の肩を抱いた

大きくて、安心できる腕だ

こいつも同じ痛みを知ってる

それだけで癒される気がした

そのとき唇に熱を感じた

理科子の唇と同じ感触だった

思わず、理科子、生きていたのか!と叫びそうになった

(理科子…?)

北野はパッと目を開けた

南出の睫毛が北野のまぶたに触れていた

南出の唇がそっと開き、北野の上唇を噛んだ

「クソッ!」

北野は南出を突き飛ばし立ち上がった

南出は動じる様子もなく北野を見上げている

「お前なんなんだよ!なんでみんな俺のことそっとしておいてくれないんだよ!!お前なら、わかってくれると思ったのに!」

南出が北野を追うように立ち上がった気配を背中で感じながら、北野は走って家に戻った



つづく

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