告白はいつも突然
一週間経ち、南出が朝の社交場に顔を出した
「聞いたわよ。南出さん、インフルエンザだったんだって?」
「知ってたら手伝いに行ったのに」
寒空の下に賑やかさが戻ってきた
(俺じゃ役不足っと)
「おい、行くぞ」
北野は英の手を引いたが、なかなか動こうとしない
峰希が人の輪から出てくるのを待っているのだ
北野家に泊まってから、英と峰希はより親密さを増したようだ
幼馴染みとはいいものだ
北野にも幼馴染みがいるのでわかる。人生の各ステージを通して、数えきれない人間関係を築いてきたが、いまだに根強く続いてるのは幼馴染みだけと言ってもいい
南出親子は集まってきた近所の人たちとそつなく挨拶を交わしながら近寄ってきた
「北野さん。この度はお世話になりました。本当に助かりました」
「いや。初日だけだしね」
そうなのだ。気になってはいたものの、結局初日以降は何の接触もしなかった
さすがに踏み込みすぎはよくないというのは北野にもわかった
それと…
(いおり)
なぜか頭のなかに何度もあのシーンが浮かぶ
これ以上踏み込んで【いおり】の存在が明確になるのが怖かった
元妻なんだろう、とは思う
よくあることだし、当たり前のことのはずなのに
別れ方は違っても、北野にだって理科子がいるのだ
なんでこんなに気になるのか、自分でも不思議だった
「それでお礼と言ってはなんですが、来週末に峰希の誕生日会をやるので、ぜひいらしてくださいませんか」
英が目を輝かせた
「峰ちゃん、いいの?」
「もちろんだよ!」
英と峰希がうなずきあった
「いや、さすがにそれは…そんな大事な記念日にうかがえませんよ」
「えー?!」
英が頬を膨らませた
「おじさん、いいでしょ?!」
峰にすがられると北野も弱い
「いやだって、峰ちゃんのお母さんとか…」
言いかけてやめた
(最後のとこは聞こえてないよな)
ちらりと南出の表情を伺う
「いつもは二人きりなんですが…」
聞こえてて、スルーしたか?
しかし顔色ひとつ変えない
(鉄面皮め)
心のなかで毒づく
大方峰希に押しきられて嫌々誘ってるんだろうが
北野の視線に気づいたのか、南出が顔を上げた
一瞬目が合った気がしたがすぐに反らされた
気がづくと、南出の頬が耳まで赤くなっている
照れてる??
(こんなキャラだったか?)
北野はおもしろくなってきた
「人数が多い方が楽しいし。峰希も英くんなら呼んでもいいというし」
「そうなの?!峰ちゃん」
「うん!絶対来てね!」
子供たちは無邪気だ
まあ、いいか
いおりが来たら、どんな女が拝ませてもらうぜ
お前がどんなにパーフェクトな女性を過去に選んでいようが、俺の理科子には敵うまい
北野は心のなかで早くも勝利のガッツポーズをした
週末、北野は英と峰希の誕生日プレゼントを買いにでかけた
狙っていた商品を無事に手にいれ、ファミレスで休んでいると、英がうとうとしだした
朝からはりきって歩き回ったから疲れたんだろう
そのままソファ席で横になって寝てしまった
周りを見渡しても客はまばらだ
このまま少し休ませてもらおう
北野は頬杖をついてスマホに目を落とした
そのとき、視界に見知った顔が入った気がして窓の外に目をやった
向かいのビルの前に南出親子が立っていた
今日の用事が用事なだけに、北野は思わず身をかがめた
早く立ち去ってくれと願う北野の思いとは裏腹に、南出親子は立ち止まったままキョロキョロと周囲を見回している
(誰かと待ち合わせか)
息を潜めて成り行きを見守る
そこへ一人の女性が近づいてきて、二人に声をかけた
(いおり)
瞬時にあの名前が浮かんだ
(あれが、いおりか?)
細身のレギンスと無地の白Tに、高めのヒールのパンプスを合わせるというハイレベルなファッションに身を包んだモデル並みの美人だ
女性と南出が並ぶと、周りが振り返っていくのがわかった
それほどの美男美女だ
峰希にもよく似ている
(南出クラスになるとやっぱりあんな美人と結婚できるんだな)
なんだか虚しくなって、北野は英を揺さぶって起こした
「お父さん…僕寝ちゃってた?」
「ちょっとすっきりしたか?帰るぞ」
「うん」
あの三人がこれからどこへ行くかなど、自分の知ったことじゃない
峰希の誕生日会は翌週の日曜に行われた
英は南出親子と一週間通学したことで、父親の方ともすっかり仲良くなったようだ
英が臆することなく呼び鈴を押すと、すぐに峰希が出迎えた
「いらっしゃいませ!」
「お誕生日おめでとう!」
英がどうしても渡したいと用意した花束を差し出すと、峰希の顔がどんどん赤くなった
それに呼応するように英も赤くなる
北野は父親として英を誇らしく思った
キッチンでは南出が料理を作っていた。峰希は英を、飾りつけが途中のリビングにつれていった
飾りつけは峰希自身が担当してるようだ
「これ、差し入れなんだけど、南出さんていけるクチだっけ?」
アイランドキッチンの前のカウンターネーブルに持参したワインとシャンメリーを置く
「ありがとうございます。それなりには」
カウンターテーブルにはすでに華やかに盛り付けられた料理が並んでいた
「すごいごちそうだな。何か手伝うことある?」
「…じゃあ具を盛り付けしてもらっていいですか?」
南出は、目線で大皿に盛られたちらし寿司をさした
周りにはサーモンやいくらといった具材がパックのまま置かれていた
これを盛り付ければいいのか
北野にだってちらし寿司の盛り付けの経験ぐらいあるのだ
とはいえ手慣れたわけでもなく、四苦八苦しながらなんとか盛り付け、南出にチェックをあおぐ
「これでいい?」
「センスないですねえ」
北野が自分の持てる知識と技を総動員した盛り付けは一蹴された
南出は手が空いたのか、ささっとちらし寿司を整え、サーモンを丸め始めた
「こうやると…ほら、バラに見えるでしょ」
「本当だ!」
「やってみてください」
しかし、なかなかうまくできない
「ムリッ!」
北野はねをあげた
「本当にシングルファザーですか?」
「む…」
痛いところを突かれた
料理はやってるつもりではあるが、凝った料理はからっきしで、英の誕生日は理科子が死んでからは外食だ
「長いの?」
北野が聞いた
「何がですか?」
「シングルになって」
「そうですね。5年になります」
「聞きたいことがあるんだけどさ」
「はい?」
二人とも手を止めることなく会話を続ける
「伊織って、奥さんの名前?」
南出の手が止まった
北野はサーモンを丸める手を止めずに続けた
「インフルの時さ、うなされながらその名前呼んでたよ。元の奥さん?」
「あなたには関係ないことだと思いますが」
「やっぱそうだよな」
熱でうなされながら元妻の名前呼ぶとかどんなドラマだよ
先週末の南出といおりの姿が脳裏をよぎる
(少なくとも嫌いあっている二人には見えなかった)
夫婦にも色んな形がある
北野はリビングで飾りを作っている峰希を見て思った
…どんな事情があるってんだ
あんなかわいい子と離ればなれになってまで別れる理由が自分には理解できない
結局いおりはパーティーに来なかった
「わー!すごい!ケーキみたい!」
バラを形作ったサーモンがのったちらし寿司を見て、英が歓声をあげた
「うちのパパ料理上手なんだよ」
峰希か自慢気に胸を張った
「それでは、峰ちゃん。ハッピーバースデ!!!」
各々隠し持っていたクラッカーを打った
「チャッティペッツ!ほしかったの!おじさん、英くん、ありがとう」
英が選んだプレゼントはいま女子の間で人気だという手に巻き付けるぬいぐるみだ
「困ります、こんな高いの…」
「いやいや、ここだけの話、ドンキで安かったから…」
峰希がチャッティベッツに夢中になっている間に北野が南出に耳打ちした
「ドンキって」
南出が吹き出した
「聞かなきゃよかった」
爆笑した南出の口から並びのいい白い歯が見えた
南出がこんな風に笑う姿、初めて見たな
さっきの質問で微妙な空気が流れたから心配していたのだ
笑い顔は子供みたいに無邪気なんだな
北野は胸が踊るのを感じた
ドキッ…??
(ん?なんだ?)
鼓動が早くなる
南出から目が離せない
(ワイン飲みすぎたかな)
早くなる鼓動を抑えようと、グラスに残っていたワインを飲み干した
いつの間にか英と峰希はソファで寝ていた
夕飯のあと、みんなでホラー映画を観たのだ
峰希から、ホラー映画は好きなのだけど、怖くて一人じゃ観れないから、誕生日のお願い!と言われたからだ
正直北野は怖い話は苦手だ
時々目をつむっていたのもあって、どんな話かよく覚えていない
それに…
子供たちに毛布を掛ける南出を盗み見る
映画鑑賞中、なぜか隣に座っていた南出の気配が気になって、映画に集中できなかったのだ
「寝ちゃいましたね」
「楽しかったんだろ」
「あんな楽しそうな峰希、久々に見ました」
南出が峰希を見て目を細める
「そうか?こないだいおりさんと会ってた時だって」
北野は自分が口を滑らせたことに気づいた
「いまなんて言いました?」
南出の顔色がサッと変わった
しまった、と瞬時に感じた
でも、南出の視線からは逃げられない気がした
「先週の日曜に街で偶然見かけたんだよ。その、南出さんと峰希ちゃんが女性と待ち合わせしてるのを。あんな風に会ってるから、あれが元奥さんのいおりさんだろ?」
「…さっきからなんなんですかあなたは」
南出が声が震えてる
「いおりいおりって、そんなに気になりますか?!」
「気になるよ!」
思わず大声を張り上げる
南出も北野も興奮して肩で息をしている
「なぜですか?」
「なんでって…同じシングルだし、峰ちゃんのことだって気になるし…もし元の奥さんに未練がまだあるのなら…」
「伊織は男です!」
「…はい?」
自分の聞き間違いだろうか
あの女性はいおりではなかった
元妻でもなかった
いおりは、男
「俺はゲイなんです」
「…はい?」
北野は耳に手を当てて聞き返した
こんな古典的なジェスチャーで返すなんて、終わってる
つづく