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あまのじゃくの恋  作者: 立川マナ
第四章
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第三十話 眉間の皺、似合ってないよ

「いや……まあ……」

「なんなの、そのはっきりしない返事は!? 女の子泣かしといて!」


 これが鬼の形相というやつなのか。万里はそれでなくてもきりっと鋭い目を吊り上げ、真っ赤な顔で俺に詰め寄ってきた。


「あんた、何したの!?」


 ずいっと顔を寄せられて、俺はたまらず身を引いた。


「それがだな……正直、なぜ泣かせてしまったのかさっぱりで……」

「はあ?」

「球技が苦手な人だとは思わなかった……と言われたんだ」


 さきほどまでの憤怒の表情はどこへやら。万里はぽかんと惚けてしまった。


「何それ?」

「バスケの練習に付き合ってほしい、て言われて、それを断ったんだ」

「バスケ? なんで?」

「好きらしい」

「ふーん……?」と万里は納得いかない様子で眉をひそめ、小首を傾げた。「まあ……あんたは球技はことごとくダメだもんね。練習相手には向いてないわ」

「だろう!? 俺もそう言ったんだ。俺には向いてないから、遊びでやるくらいなら付き合える、て。そしたら……『そんな人だとは思わなかった』――って、泣きながら言われたんだ」


 今にも耳にこびりついて離れない。痛々しく掠れた、瀬良さんの寂しげな声。思い出すだけで、ずんと心が沈む。自然と、視線が落ちていた。

 夏休みの到来に喜び沸き立ち、「ええじゃないか」「ええじゃないか」と踊るように教室を飛び出していったクラスメイトたち。今も校舎のどこからか誰かのはしゃぐ声が聞こえてくる。そんなお祭り騒ぎも、もはや他人事だ。教室に取り残された俺たちの間には重たい空気が漂い、わいのわいのと歓喜に揺れる校舎の中で、まるでここだけ異空間。ずんと静まり返った教室で、万里のため息つくのがかすかに聞こえた。


「んー……なぁんか怪しい話ねぇ。そうだったんだーとも言えないし……怒ろうにも怒れないんだけど」


 そりゃそうだ。当の俺だって未だに理解できていない。

 しかし、だ。

 万里は以前、俺の連絡先を渡さないと瀬良さんが心配する、と預言者のごとく謎のアドバイスをしてきたことがあった。俺にはさっぱりだったが……女子にしか分からない乙女心というやつがあるのだろう。実際、瀬良さんは確かに何やら心配していて、俺は連絡先を渡すことになった。

 だから、今回もそうなのかもしれない、とちょっと希望を抱いていた。万里なら、もしかして、瀬良さんが涙を流した理由が分かるんじゃないか、と……。

 その万里が分からないとなると……もうお手上げだ。


「だから、言っただろう」と俺はしゅんとしおれた葉っぱのように背を丸め、ぶつくさ言った。「なぜ泣かしてしまったのか分からない、て」

「他に思い当たることはないわけ?」

「他……かぁ」


 とはいえ、瀬良さんと話したのはそれが最後だ。思い当たることも何も、そのあとの瀬良さんとの思い出がない。

 心に溜めこんだ淀みのようなものが、はあっと深いため息となって漏れた。

 いったい、なんだ? 俺は何をしてしまったんだ?

 頭をひねって黙り込んでいると、ぺしん、とおでこを平手うちされた。


「痛っ……! いきなり、何だよ!?」


 ぎょっとして身構える俺に、万里は哀れむような、呆れたような、そんな笑みを浮かべた。


「眉間の皺、似合ってないよ」

「似合ってないって……今、そんなこと言うか!?」

「考え込んでもしょうがないでしょ。あんたはアホなのが取り柄なんだから」


 俺は反応に困って、ぽかんとしてしまった。

 慰められているのか、貶されているのか、分からん。


「ほら、部活行くぞ」ひらりと短いスカートをなびかせ、万里は身を翻した。「印貴ちゃんも来るんだから」

「は……!?」


 聞き逃しそうなほど、さらりと放たれたその言葉に、俺は思わず大声をあげていた。


「瀬良さんが……来る!? 映研ウチに!?」

「そーよ」と、万里はこちらに背を向けたまま答えた。「だから、ちゃんと話しなよ。言いたいこと、あるんでしょ」

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