今回ばかりは自分で察するしかないようだ
前回の続きです
バカな人間はどこにでもいる。例えば、コールセンターや飲食店で横柄な態度をとり、自分の要求を無理やり通そうとするバカ。例えば、自分の知識を絶対だと信じ、俄か知識でものを語るバカ。挙げるとキリがないからこの辺にしておくとしてだ、自分が常識的な人間とは言わんが、何とかならんもんかねぇ……
「帰りてぇ……」
警察署に到着した俺は今回の騒動を聞かずして帰りたくなっていた。何が悲しくて北海道まで来て警察署の────それも取調室へ連れてこられなきゃならんのだ……。特に犯罪を犯したわけでもあるまいし。理由は理解していてもそう思ってしまう
「まぁまぁ、灰賀君。この一件が終わったら時計台に連れて行ってあげるから」
俺の呟きに苦笑を浮かべるのは山本さん。彼が言う時計台というのは札幌時計台の事だろう。昔のアニメなんかだと自然豊かな場所に建っている描写がされているが、実際はビルに囲まれ、自然豊かの『し』の字もない残念スポット。行くならもっと別の場所がいいんだが……
「別に観光したいワケじゃないんですが……」
「そうかい? 北海道はいいところだよ?」
「観光するかどうかはこの騒動が終わった後で考えます。それより、本題に入りましょう。いくつか聞きたい事もありますから」
北海道に着いてからというもの、俺は何も聞かされてないし、何もしていない。やったのは山本さん達を早織と想花が見えるようにした事くらいだ。幽霊二人を初めて目にした山本さん達のリアクションは……何も言うまい。見た目を調節したとはいえ、親父と同じ反応だったと言っておこう。ちなみに当の早織達だが、今は外で待機してもらっている。いや、そうさせざる得なかった
「だろうね……何でも聞いてくれ」
言われなくてもそうする。北海道の地理は詳しくないし、教えられたところで分からん。この警察署があるのが手稲区と言われる場所だと分かれば十分だ。それよりも重要なのは────
「では遠慮なく。この警察署どう見ても人が少ないですし、勤務してる人も心なしかゲッソリしてて暗いのはどうしてですか?」
「…………やはりそこを聞いてくるか」
「当たり前です。普通の警察署がどんな感じかは分かりませんが、ここの雰囲気は異常です。署員全員がまるで何かを恐れている。そんな気がします」
警察署に明るさとか活気を求めるのは間違っているとは思う。ただ、この署に限って言えば異質。山本さん、幸田さん、大人版飛鳥と清楚版琴音以外はやつれてて中には今にも倒れそうだった人もいたくらいだ。それに、移動中の車内で呼ばれた理由を聞いた時の反応……いるかどうかすら分からない幽霊を見えなきゃ話せない理由なんてあるか? ないだろ
「恐れているさ。この署に勤務している全員が人間の強すぎる想いをね」
自傷にも似た笑みを浮かべながら虚空を見る山本さん。彼────いや、この署全体に何が起きたら日々犯罪者と向き合っている警察署の口からこんな言葉が出てくるのだろうか?
「強すぎる想い……ですか。一体全体何があったんです? そろそろ話してはくれませんか」
いい加減回りくどいのは飽きた。さっさと何があったか話してもらうとしよう
「ふむ……まずはこの写真を見てほしい」
山本さんが捜査資料が入ってるだろうファイルから取り出したのは一枚の写真。そこに映っていたのは洋風の建物。写真の建物にはパッと見たところ人気がなく、整備されている様子もなかった
「廃墟ですね。この建物が何か?」
「この建物には出るという噂があってね。もちろん、安全面を考慮して我々警察も役所でもこの建物に限らず廃墟には近づかない、入らないように注意を呼び掛けてはいるんだが、肝試し感覚で入る人間が後を絶たなかった。SNSや配信サイトで有名になりたい若者なんかは特にね」
今の時代、SNSや配信サイトで一躍有名になれば働かなくても稼げる。小・中学生がなりたい職業の上位に配信者、動画投稿者、インフルエンサー等が並んでいるのを時々ニュースで目にする。多分、目立ちたいとか、楽して稼ぎたいというアホみたいな理由が大半なんだろうが、それとこの建物に何がとは言わんが出るって噂とどう関係があるんだ? 噂は噂。これだけなら婆さんに頼んでまで文化祭中の俺を呼びつけなくとも役所と警察が連携してバリケードを強化したら解決するんじゃ……
「なら実害が出る前にバリケードを強化したらよかったんじゃないですか? 口で言ってダメなら物理的に入れなくしたら全て丸く収まったと思いますけど?」
「そうしようとしたし、実際そうした。この建物を取り壊そうって案が出て取り壊そうともした。しかし、その作業中に事故が多発してね」
「事故?」
「ああ。今のところ建設ケガ人が出たくらいなんだが……侵入した若者達はそうじゃなかった……」
「と言いますと?」
「……済まない、これ以上は口で説明できない。あまりにも酷すぎる」
今の山本さんの話はホラゲ的の展開で言うところのバッドあるいはトゥルーエンド。何となくだが、俺には廃墟に入った若者達の末路が分かってしまった。俺が呼ばれた理由がそこにあるのだろう。じゃなかったら警察が高校生の俺を頼ったりしないだろう
「えっと……無理だとは思いますが、その廃墟に入った若者の一人に会わせてもらえませんか? 俺が呼ばれた理由って多分ですけど、今回の事は警察や役所、カウンセラーの人がどうにかできる範囲を大幅に超えていておそらくですが、然るべき人でも対処できなかった。違いますか?」
「その通りだ。もっと言うと最初は自業自得、精神的な部分が大きいだろうからカウンセラーを頼れと言っていたのだが、今回の相談が多くなってきた頃に我が署から何人も調査に向かった。その結果は……君も見ただろ? あのザマさ。私達にはもう灰賀君しか頼れる人間がいないんだ……」
『頼む……』と言って山本さんは頭を下げた。婆さんも面倒な事を引き受けたものだ……中学生の俺だったら相手の職種や身分、年齢関係なく突っぱねていただろうな……中学卒業して全てがどうでもよくなった今となっては断りはしない。面倒は早く片付けるに限る
「分かりました。どこまでできるか分かりませんが、やるだけやってみますよ」
「ありがとう……本当にありがとう……これでやっと安心して眠れる……」
そう言って顔を上げた山本さんの目元には薄っすら涙が浮かんでいた。きっと何日────いや、何か月も眠れぬ夜を過ごしていたんだろう。他の署員程じゃないにしろこの人も少なからずダメージは受けていたのか
「礼なら全てが解決した後で改めて聞きます。ところで廃墟に入った若者の一人に会わせてもらう事って可能ですか? 何がどうなってるか詳しく把握しておきたいので」
「もちろんだ! 既に相手には許可を得ている! 今すぐにでも案内しよう!」
「なら早く行きましょう。善は急げって言いますし」
「ああ!」
今後の方針が決まったところで俺達は取調室を出た。悪い事してないんだから応接室でもよかったんじゃ……同じ警察官でも見られちゃ困るモンもあるから取調室にしたのか? 何はともあれ入っちゃダメだって言われている場所へ入ったバカに会わない事には前に進まない
取調室から出て早織と想花の方へ眼を向けると大人版飛鳥、清楚版琴音、幸田さんと何かを話合っているご様子。邪魔しないようにそっと通り過ぎようとしたのだが、ちょうど話し合いが終わったらしい
『お話終わったんだね、きょう』
「ああ、当事者に会いに行く事で一応、山本さんとの話は終わった」
『そう。こちらもこちらで今後どうするか決まったの。結論から言うと私と早織さんはここに残る事にしたわ。当事者の方には恭様一人で会いに行ってもらうわ』
「だろうな。山本さん含むここの署員は見た感じ何かを恐れてるようだ。万が一を考えると残ってその判断は正しいと思うぞ」
この署員全員が二人を目視できるわけじゃないが、万が一を考えると二人はここへ残ってた方が安全だろう。詳しい話を山本さんの様子から察するに今回も面倒な事になりそうだし
『きょう……今回は前の二つとはまた別の意味で厄介だよ』
『私も早織さんと同じ意見よ。もしかしたら私達は数日恭様と離れ離れになるわ』
いつにもなく真剣な表情の早織達。前の二つというのは病院と夏休みのアレだろう。別の意味で厄介……今ので当事者の家に行って話を聞かずとも察してしまった。山本さんが説明できない理由も俺が警察から呼ばれた理由も。確証はないけど
「マジか……もしかしなくても幽霊関係の云々に関する解説は……」
『ごめんけど、今回だけは無理かな……そもそものそもそもが……ううん、こればっかりはきょうが直接行って自分の目と耳で確かめて。お母さんからはそれしか言えない』
『恭様、今回ばかりは私達大人が簡単に説明できる問題じゃないの。それに、子供の気持ちは子供にしか理解できないわ』
「はぁ、よく分からんが、今回は二人が口で説明できないって事か?」
『そうじゃないんだけど……なんて言えばいいかなぁ……』
『考え方が固くなってしまった私達じゃ価値観の押し付けになってしまう。今はこれしか言えないわね』
苦笑を浮かべる早織と想花。何が言いたいのか全く分からん。山本さんと同じじゃねーか……まぁいいか。自分の目で確かめた方が早いだろうしな
「さいですか。今回ばかりは呼ばれた理由含めて何が起きてるか自分の目で確かめた方が早いって事か」
『ごめんね……』
『一から全部解説してあげたいのは山々なのだけど、今はここの人達を守らなくちゃいけないの……恭様なら分かってくれるわよね?』
心底申し訳なさそうにする早織と駄々っ子を諭すような目で俺を見る想花に俺はそっと溜息を吐くしかできなかった
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