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俺は入院生活ですら平和に過ごせないようだ

人間どう転べばドラマ的な展開をホイホイ引き起こせるのでしょうか?

 入院生活二日目の朝。特に何か変わった事があるか?と聞かれれば答えは否だ。強いて言うなら起こしてくれるのが零達の誰かからナースに変わったくらいでそれ以外の変化など特にあろうはずもなく、今日も今日とて退屈な日常が始まる……はずだった


「すみません、もう一度言ってもらっていいですか?」

「灰賀君のリハビリ担当は君のお父さんになった。そう言ったんだよ」


 往診に来た俺の担当医である鉄仮面。診察を開始した時は目覚めた日と同じ世間話をするでもなく、血圧と体温を測り、心音を聴くだけだった。さすがに入院二日目となるとそうもいかず、伝えるべき事は伝えなきゃならないのは誰だって分かる。だからってよぉ……


「冗談ですよね?」

「僕は冗談が嫌いでね。悪いけど本当だよ。灰賀君のリハビリ担当は君のお父さんになった」


 病院のシステムは知らんけど、リハビリとはいえ身内を担当にするのってどうなんだ?手術だって医者が身内の担当なんてしないだろうに……


「リハビリとはいえ身内を担当にするのっていいんすか?」


 田舎の病院なら百歩譲って身内が担当でもいい。下に見るわけではないが、田舎だから人が少ない。当然、病院で働く医師の数も。その辺は仕方ないで妥協するさ。ここはそれなりに都会だ。医者や技師だって結構な数いる。なのに何で俺の担当が親父なんだよ?


「さぁ?命に関わるようなものじゃないからいいんじゃないかな?」


 この鉄仮面投げやりである!


「いやいや! 命に関わってなきゃいいってわけないでしょ! それに、何で俺はリハビリを受ける必要があるんですか?」


 病室から出て歩き回ったというわけではないから歩行面に関しては正常に行えるか不明だ。腕を動かすのは問題ない。朝食に焼き鮭、みそ汁、ご飯、ほうれん草のお浸しだったが、箸が使えるのと腕が上がるはその時に確認済みだ。


「必要はないと思ったんだけどね、一応、歩行面と腕が上がるか、手が使えるかを確認しておきたい。簡単に言うなら検査の為だよ」


 検査するだけなら別に病室(ここ)ですればいいと思うのは気のせいだろろうか?


「は、はぁ、そうですか……で、俺の担当なんですけど、今からでも変更は……」

「無理だよ。潔く諦めたまえ」

「はぁ~……」


 “検査は十時からだ。その時にナースが迎えにくるからちゃんと起きてるように。ああ、それから、間違っても逃げようだなんて考えない事だね。君の担当はこの病院で最恐のナースだから”という捨て台詞を残し、鉄仮面は去って行った。


 残された俺はというと……


「マジでふざけんな……」


 リハビリ担当が親父になったという現実を受け入れられないでいた。当たり前だよな、だってゴールデンウィーク以来まともに話すらしてないんだからよ。


『きょうも災難だね~、よりにもよって恭弥が担当になるだなんて』

「お袋、そう思うなら担当を変えてもらえるいい案を出してくれよ」


 俺は仲直りが出来ない人間じゃない。必要のない人間とは喋らない人間だ。例えば由香。彼女が同じ学校に転入してこなかったら俺は夢の中に入ったり幽霊が見えるようになんてしなかった。続いて夏希さん。彼女との関わりなんて由香以上にない。というのも生体の時はほとんど実家に帰っていない。話したのだって昨日が久しぶりだ。じゃあ、どちらも俺にとって必要不可欠か?と訊かれれば否だ。別に必要ない


『う~ん、そう言われてもお母さんは幽体離脱して昏睡状態に見せかければ~くらいしか言えないよ?』


 お袋の案はいいと思う。しかし、それだと根本的な解決にはなっておらず問題を先送りにしただけに過ぎない。


「いい案だが根本的な解決にはなってないんだよなぁ……」

『でしょ~?きょうの方に何かしたとしても何の解決にもならない。じゃあ、恭弥の方に何かしてみる?例えば霊圧をぶつけて気怠さを演出してみたりとか』


 神矢の時にやったアレか……ありっちゃありだな


「それはアリだな! それでい────」

『でも、それをやって恭弥が早退でもしたら他の人の仕事が増えるよ~?』


 それでいこう! と言いかけたところでお袋から忠告がきた。


「はぁ……それじゃあ八方塞がりじゃねーかよ……」


 親父が担当になるのは嫌だ。逃げ出したいくらいにはな。だからと言って親父に何かして同僚や部下の仕事を増やしていいという理由にはならないのなんて解かっている


『そうだね、お母さんが変わって上げられれば一番いいのにね……』


 いつになく悲しそうな顔をするお袋の瞳には涙が浮かんでいる。痛みや苦しみを変わってもらえたらどんなに楽か……。それがあってこその成長でもあるんだけどな


「痛みや苦しみを肩代わりされ続けたら俺はそれらを知らずに大人になっちまうだろ。お袋がそう言ってくれるだけで満足だよ」

『きょう……』


 お袋を泣かせずに済んだのはいい。リハビリを回避する方法は全く思いつかないけどな!


「それにしてもどうしたものか……」


 天井を見つめどうしたものかと考えたところでいい案は浮かばず、ただ時間だけが過ぎていった。そうしてついに午前十時。鉄仮面からナースが迎えに来ると言われた時間になった


「今からでも逃げるか」


 ナースを待つ間、俺は逃げる事だけを考える。策はなく、逃げようがないからやらないんだけどな


『逃げるのをお母さんは反対しないけど~、きょうを迎えに来るナースさんって病院最恐の人じゃなかったっけ?』

「そういやそうだったな。逃げる事ばかり考えていて忘れてた」


 逃げようかと思った矢先、お袋の言葉で俺は思い留まる。鉄仮面が言っていた、俺を迎えに来るのは伏古総合病院最恐のナースだと


『もう、きょうったらお茶目さん☆』


 今回ばかりは忘れてた俺が悪いから可愛い子ぶってるお袋に対して普段通り怒れない……


「そうだな、俺がウッカリしてた。それにしてもお袋って可愛いよな」


 怒れない代わりにちょっとした悪戯をしてみた


『え……?きょ、きょう、今なんて……』


 いつもなら顔を真っ赤にしながら驚きの声を上げるはずなのに今に限って何で別の表情を見せるんだ?


「聞こえなかったのか?お袋って可愛いよなって言ったんだよ」

『きょ、きょう?お熱でもあるの?どこか痛い?もしかして気分でも悪い?』


 褒めたのに何で心配されるんだ?そんなに俺がお袋を可愛いって言ったら変か?


「褒めたのに何で心配されるんだよ……」

『だ、だって、普段はお母さんに可愛いとか言わないでしょ?だから具合でも悪いのかと……』

「お袋は俺を何だと思ってんだよ……」

『息子にベッタリな母親を邪険には扱わないけど、お母さんが望んだ言葉を絶対に言わない息子』

「あ、うん、何かゴメンね?これからはもう少しお袋を褒めるように努力するわ」


 ここに来て日頃の態度が仇となるとは思わなかった。これからは少しずつでもお袋を褒める努力をしよう。


『え……?きょ、きょう?本当に大丈夫?』

「大丈夫だよ。別に気分が悪いわけでも熱があるわけでもない。ただ、これからは褒めるところは褒めようかと思っただけだ」

『そ、それならいいけど~……あっ、でも、褒めてくれなくていいからお母さんのお願い聞いてほしいな……』

「お願い?何だよ?」


 お袋の頼み事というのはもの凄く嫌な予感しかしない。なんつーか、何的にとは言わないが俺が食われる予感しかしない。とりあえず聞くだけ聞いてみるか


『時々でいいから幽体離脱してお母さんを抱きしめて。そして、キスして』

「念のために聞くが、キスってのは頬っぺたとかデコとかにだよな?」


 ハグに関しては諦めた。体育会系のノリでやれば恥ずかしくないだろうからな。キスとなれば話は別だ。場所によっては俺は実の母親にキスをするヤバい奴だ。


『ううん、唇』

「するか!! 何が悲しくて実の母親の唇にキスしないとならねーんだよ! 自慢じゃねーけど俺彼女すらいた事ないんだぞ!? ファーストキスが母親とか嫌すぎるだろ!」


 女々しいと笑いたければ笑えばいい。それでも俺はファーストキスは好きな人に捧げたいんだよ!!


『幽体離脱してのキスはファーストキスに入らないから大丈夫だよ~』

「だとしても嫌だ!」


 幽体の状態でも実の母親とのキスは嫌すぎるだろ


『え~! ケチ!』

「ケチで結構。実の母親とキスしてるところを知り合いに見られたら俺は立ち直れなくなる」

『知り合いに見られるって、お母さんが見えるのは零ちゃん達と由香ちゃん、夏希っちしかいないでしょ~?』


 確かにお袋が見えるのは零達と由香、夏希さんだけだから不特定多数の人間に見られるという不安はない。つか、夏希っちって何?いつの間に渾名で呼び合える仲になったん?


「そりゃそうかもしれないけどよ……っていうか、いつの間にお袋は夏希さんと渾名で呼び合える仲になったんだよ……」

『ん~?昨日きょうが寝た後で幽体で夏希っちと会って話した時からかな~?』


 俺が知らないところで夏希さんに幽体離脱のやり方を教えた挙句、ちゃっかり会ってたのね……話の内容は……訊かない方がいいか。女同士……特に俺の母親同士の話し合いの内容なんて聞きたくない


「そうかい。夏希さんと仲良くなれたようで何よりだよ」

『うん~、案外話せたよ~』

「そりゃ何より。にしてもナース遅いな……」


 時計を一瞥すると針は十時半を示していた。言われた時刻は十時。三十分は経っているというのに未だナースは現れない。何がどうなってんだ?


『何かあったのかもしれないよ~?』

「何かって何だよ?アレか強盗とかか?ドラマじゃあるまいし」


 ドラマだと国の重要人物が入院している病院にギャングが押しかけて~なんて展開はある。あくまでもドラマじゃって話で現実でそんな展開あるか?ないだろ


『ん~、でも~、何か外騒がしくない?』

「言われてみれば……」


 お袋に言われ耳を澄ませると微かに聞こえてくるのはサイレンの音。それに混じって聞こえてくるのは何かを訴えているだろう男性の声。


『もしかすると外はドラマ的展開になってるかもよ~?』


 そう言うお袋だが、危機感は全く感じない。幽霊だからか?


「そんなバカ、そんなのはドラマだけで十分だ」

『じゃあ、確認してみよっか』

「だな」


 ベッドから出た俺は左側にある窓の外を見る。病院にギャングが押しかけるとかドラマの世界だけにしろと悪態を吐きながら。そんな俺の予想は一気に崩れ去った


「嘘だろ……」


 外を見下ろすと大量の警察車両と野次馬が集まっていた。マジで?嘘だろ?


『本当にドラマ的展開になってるね……』

「ああ、こういうのはマジで勘弁してほしい」

『うん、お母さんも半分ふざけて言ったけど、実際にあるとは思わなかったよ』


 俺とお袋は揃って深い溜息を吐いた














今回も最後まで読んでいただきありがとうございました

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