高校生になった俺は親父から意外な場所で一人暮らしを始めた
始めまして謎サト氏です。
今回は意外な場所で一人暮らしをする主人公の話です
では、どうぞ
『恭、お前は高校入学したら一人暮らしをしろ。大丈夫、駅から近い場所に住む場所はすでに俺が用意してある』
俺が親父から一人暮らしをするように言われたのは中学校生活最後の三学期が始まってすぐだった。
「一人暮らしをするのはいいんだけどよ……」
四月。俺、灰賀恭はこの春から無事高校生になり、ものの見事に親父から家を追い出され一人暮らしをする事となった。それはいいのだが……
「デカすぎるだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! ってゆーか!! これマンションとかアパートじゃねーだろ! あり得ねぇだろ!!」
デカすぎる!! いや、親父から一人暮らしする場所だって紹介された時から思ってたよ! マンションとかアパートレベルじゃねーよ!!
「よくここで暮らせとか言ったよな!! 一人暮らしって普通はアパートとかマンションじゃねーのかよ!! アホか!」
俺が一人暮らしをしろと言われ手ぶらで連れて来られたのはアパートとか高級マンションなんて生易しい場所じゃない。連れて来られたのは……
「アパートとか高級マンションならともかく!! どうしてデパートの空き店舗なんだよ!!」
去年の冬に親会社が経営悪化で倒産し、閉店したデパートの空き店舗。
「どうして潰れたデパートの空き店舗に息子を住まわそうと思ったよ! どう見たって人が住むのに最適じゃねーだろ!! つーか! おかしいだろ!」
普通のマンションかアパートで一人暮らしするものだと思っていた俺は目の前にそびえ立つデパートの空き店舗前で大絶叫。当たり前だ。一人暮らししろって言われて連れて来られた場所がデパートの空き店舗前だとは誰も予想しないし、まさか自分がそこへ住む事になろうとは思いもしない
「はぁ、はぁ、こ、これ以上叫ぶと周囲から変な目で見られる。中へ入るか……」
ここは駅から離れているとはいえ人通りはそれなりに多い。そんな場所で大絶叫をかましていようものなら通行人にどんな目で見られるか分かったものじゃない。ただでさえさっき大絶叫をしたおかげで周囲からは『ママー、変な人がいるー』という子供の声と『しっ! 見ちゃいけません!』という母親の声が聞こえて俺のメンタルは削られつつあった
「こんなデカい場所で一人暮らしって家賃とか光熱費とかどうすんだよ……」
アパートやマンションでも条件によっては家賃月十万は下らない。それこそ高校生の一人暮らしには身に余るというのにいきなりデパートの空き店舗で一人暮らし……
「ちゃんと一人暮らし出来る仕様になってるんだろうな……」
入口に辿り着いた俺は親父から貰った鍵でドアを開けた。営業していた当時なら俺が今開けたドアは押すか引くかで開いた記憶がある。今は営業してないから鍵を開けなきゃ開かないけどな!
「広すぎるだろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
入口のドアを開け、中に入った俺はまた大絶叫。店内は薄暗かったけど、それでも分かるくらい中は広かった。元々は店だったわけだから当たり前っちゃ当たり前の事なんだが……それを考慮しても広すぎる
「何もねーとこんなに広く感じるんだな……」
大絶叫した後、少しづつ平静を取り戻しつつある俺は自分のいる場所が本当にデパートの空き店舗だという事を痛感させられてしまう。
「とりあえず俺の部屋はどこなんだよ……」
この広すぎる店内の事や金関係、その他諸々は後で親父に確認するとして、まずは自分の部屋がこの八階建てデパートのどこになるのかを確認するために鍵と一緒に親父から貰ったメモを取り出し、そのメモをスマホの明かりを頼りに読む
「えーっと、俺の部屋はっと……」
親父から貰ったメモには一行だけ『恭、お前の部屋は十四番スクリーンだ』と書かれていた
「十四番スクリーンっつー事は八階か……」
このデパートは八階建てで映画館は八階にあった。十四番スクリーンという事はその八階にある映画館の一番奥だという事に他ならない
「エレベーターもエスカレーターも動いてないんだろうなぁ……」
上がって上がれない事はないとは思う。だとしても八階まで上がるのは正直キツイ。営業していた時はエレベーターやエスカレーターが動いていたからまだ幾分か楽だった。それが今は動いていない。つまり俺はこれから八階まで自力で上がらなきゃならないという事だ
「仕方ねーか……」
エレベーターは場所が遠かったため後で確認する事にした俺はエスカレーターに向かって歩いた。
「やっぱり動かねーか」
もしかしたら動くんじゃないかと淡い期待を胸にエスカレーターの前に立ってみたが、案の定エスカレーターは動かず。結局俺は動かないエスカレーターを歩いて上り八階まで辿り着いた
「元々暗かったのに電気が点いてないとマジで薄暗い場所だな」
営業していた時は薄暗い中でも活気があったシネマコンプレックスのエントランスホール。本来ならそこでチケットやポップコーン、コーラ、パンフレットやグッズを買ったりする。そんな場所も今じゃただ薄暗いだけのだだっ広い場所でしかない。辛うじて出入口から外の光が差し込むだけでそれがなかったら本当にただ暗くて広い場所になってしまう事は考えるまでもなかった
「スマホの明かりを頼りに十四番スクリーンまで行くしかないか……」
俺はスマホのライトを頼りにエントランスホールを通過し、入って右側十四番スクリーンを目指す
「人で賑わってる時には思いもしなかったけど人がいないと薄気味悪いんだな……」
従業員や客がいる時には薄気味悪さなんて全く感じなった。それが今じゃただ広いだけの空間に自分一人だと考えただけで薄気味悪い。それこそお化けでも出てくるんじゃないかと邪推してしまう程度には
「それにしても親父はどうやってこんなデカい建物を好き勝手出来るようになったんだよ……」
俺の親父は不動産関係の会社に勤めているわけでも何でもない。親父は病院のリハビリテーション科で働いているから不動産関係とは全く無縁だ。そんな親父がどうやってデパートの空き店舗を手に入れたのか、どうやって好き勝手出来るようになったのかと謎は残る
「考えても仕方ない……後で電話して聞いてみるか」
親父がデパートの空き店舗を好き勝手出来る理由は後で電話して問い詰めるとして、今は自分の部屋を見る事が先決だ。
「ここか……十四番スクリーン」
あれこれ考えながら歩いているうちに十四番スクリーン手前の出入口に辿り着いた。
「扉は……二つ付いてるのが当たり前か……」
シネマコンプレックスのスクリーンは人の入退場を円滑にする為か出入口が二つある。それはいいとして、問題は中だ
「ちゃんと人が生活出来るようになってるんだろうな……」
元々は映画を見る為にある場所で人が生活するようには作られていない。となると問題はこのスクリーンは人が生活出来るように作られているかなのだが……
「元は映画を見る為の場所だからなぁ……期待はしないでおこう」
人が住めるようにというのもそうなのだが、問題は扉が開くかだ。何しろここはデパートの空き店舗で俺一人しかいない。営業している時ならば関係者以外立ち入り禁止の場所と空きテナント以外はある程度入れるようになっている
「ここで一人暮らしをしろと言ったのは親父だ。扉の鍵が掛かってない事を祈るか」
一人暮らしをしろと言っておいて指定した場所に鍵が掛かっていたら爆笑モンだ。そう思いながら俺は扉を手前に引いた。すると……
「開いたか」
若干重くはあったけど扉はちゃんと開いた。扉が重いのは仕方ない。映画を見る為の場所で防音も兼ねている事を考えるとどうしても壁は分厚くなるし扉は重たくなる
「さて、まずは電気だな」
入って早速俺は電気のスイッチを探す。部屋の中が真っ暗だとどこに何があるかや広いのは承知の上でも距離感が狂ってしまう
「元は映画を見る為の場所だから多分、部屋の片隅にあるはずだ」
部屋の片隅……座席で言うところのA列の一番左奥。実際に映画館の照明がどうやって暗転してるのか知らない俺はこの安直な考えの元に照明スイッチを探すしかないのだ。それでも出入口付近に照明のスイッチがあるんじゃないかと僅かな希望を捨てきれなかった俺は扉を開け入ってすぐ左右の壁をライトで照らした
「………………スイッチあったよ」
出入口付近に照明スイッチがあるんじゃないかという希望を捨てきれなかった俺は物は試しとライトで左右の壁を照らし、右側の壁に『照明スイッチ』と書かれたテープが張られているスイッチを見つけた
「探す必要がないのは助かった」
探さなくていいのは助かった。問題はちゃんと照明が点くかだ
「頼むからちゃんと点いてくれよ……」
照明が点灯しないかもしれないという不安を胸に俺は照明スイッチを押す。すると部屋の中はすぐに明るくなった
「照明がちゃんと点灯したのはいいが……広すぎる……」
照明が点き天井を見上げただけで部屋が広いという事はすぐに解った。そして俺は上を見たまま進もうとした時だった
ドテッ!!
「イデッ!」
何かに躓いて盛大にコケた
「いてて……何だよ……」
何かに躓いてコケた俺はそれを確認するとそこにあったのは──────
「段差?何だってこんなところに?」
家の玄関と違わぬ段差がそこにあった。でも、段差がある意味が全く理解出来ない
「ここは元々土足で入るのが当たり前の場所だろ?」
映画館で土足厳禁だなんて話は聞いた事がない。なのに俺が躓いたのは段差
「どうなってるんだ?」
そう思い起き上がろうとした時、俺は一通の封筒が壁に貼り付けられているのを見つけた
「封筒?とりあえず剥がしてみるか」
張り付けられている封筒を剥がし、差出人を確認するも送り主の名前や誰宛てなのかは書いてなかった
「差出人と宛先不明か……まぁ、親父からだろうな」
差出人と宛先が不明ではあったが、差出人は間違いなく親父で俺に宛てた手紙が入っているのだとすぐに確信した俺は躊躇なく封を切り、手紙を開いた。そこに書いてあった事は──────
『恭、部屋は全て土足厳禁だ。ちゃんと靴を脱げ。PSこの潰れたデパートの空き店舗全体がお前の家だが、部屋は十四番スクリーンだゾ! 部屋に関しては大事な事だから二回言った』
この一行と余計な追伸のみだった
「口頭で言えや!!」
親父の手紙にイラっとした俺はすぐさま手紙を破り捨てた。俺はデパートの空き店舗で一人暮らしをしていくのかと思うと気が重たくなった。
どうも、謎サト氏です
今回は最後まで読んでいただきありがとうございました。この作品で主人公が一人暮らしするデパートの空き店舗ですが、ぶっちゃけ、幼い頃の『デパートに住んでみたい!』という私の願望と言いますか、夢を形にしてみました!