ウッドランド連邦
「ふぅ…ふう」
あの後、コールマール首都を発った俺たち一行はウッドランドに行くために険しい山道を登っていた。
山道は舗装されていないゆえにデコボコの通路だ。 登っていくにつれて胸や首すじから汗がダラダラと湧き出てくる。
「そろそろここらで休憩にしようか」
「ん…賛成」
俺が休憩を切り出すと、ダーリャは賛成の意を唱える。
「……」
「アリシア?」
「え? ごめんなさい…何かしら?」
先程から上の空の彼女には、どうやら聞こえていなかったようだ。
「ここら辺で一度休まないかって」
「ああ…そうね。 分かったわ」
適当な岩場に腰を下ろす。
乾いた喉を潤すため、俺はリュックから水筒を取り出した。
「んく…っ…はぁ〜」
思ったより体が水分を求めていたようで、が
ぶ飲みしてしまった。
「…それでなんだけどさアリシア。 そろそろ、ウッドランドのことを教えてくれないか?」
彼女の様子が一変したのはコールマール城からだ。
やはりそれは、ガラムハルトが関係しているのだろう。
「…そうね。どこから話せばいいかしら。隼輔はウッドランドがどういう国かは知ってる?」
「詳しくは知らないけど国民の大半がエルフ族って事は」
「そうね。ウッドランドはエルフが大多数を占めるわ。 祖国はエルフ至上主義を国是としているの。だから、人族や獣人族、ドワーフ族や他の種族は滅多にいないわ。それは国が人の流動を制限しているからよ」
昔よりはだいぶ緩和されてはいるのだけれどね…とアリシアが小さくぼす。
なんというか、俺の世界にもそんな思想を持った人間もいるが…色々問題になりそうだな。
「聞いたことがある…ウッドランドは魔法の
先進国。外部から最新魔法の情報漏洩を恐れて規制してるって」
「その通りよダーリャ。でもそれは概ね外向けの理由ね。…エルフは差別意識が強いの。だから、昔のことが起因してウッドランドは半鎖国状態なのよ」
「昔のことって?」
「エルフ族が魔大陸からクレテセリアに移り住んだ事はご存知? 何千年前の話だけどね…そのとき人に魔法の知識を与えたのはエルフなの…人間はたいそう喜んだわ」
「けど、そこから扱いが変わったのよ。 ウッドランドは元々荒れた土地で木々も作物も一切育たなかった不毛の大地なの。人はそこにエルフの土地を与えたわ。そして、先人達は一生懸命働いて緑豊かなウッドランドに変えたの。そこで、豊かな土地になったウッドランドを各国が領土に加えようと侵略をしてきたわ」
「酷い話だな…」
「そうね…私たちは決死で領地を守った。だから、今があるの。昔から人とエルフは争いが絶えなかったわ。 その橋渡しに抜擢されて、クレテセリアの英雄となったのがガラムハルト様よ」
「ガラムハルト…」
「ガラムハルト様は弱き者に常に救いの手を差し伸べ、悪を断ち正義を指針にしている偉大な魔法剣士様よ。彼のおかげでウッドランドは大きく発展したわ。…魔対戦で魔王を討ち取ったのもガラムハルト様よ」
魔王って…魔族の長だよな? そんな大物をガラムハルトは倒したのか。
「けど、そんなにすごい奴がどうして封印なんかされているんだ?」
「…分からない」
「え?」
「分からないのよ。 けど、ガラムハルト様はこう言っていたわ。 …俺はこれから悪鬼になり果てるだろう。その時は迷わず殺してくれと。けど、殺せる訳ないでしょ。私たちの英雄なのよ? 」
「…クレテセリアを救った偉大な英雄を葬るわけにもいかず、私たちが取った選択は彼を封じ込めることだったのよ。そこには希望的観測があったわ…いずれ彼を救ってくれるお方が現れるだろうと」
「…そして聖者は来ず、封印が解けたってことか」
「そうなるわね…」
「…アリシア。 ウッドランドは切羽詰まった状況の筈だ。もしかしたらガラムハルトを倒すことになるかもしれない。そしたら… 」
「分かってるわ。…本音は嫌と言いたいけど、それが祖国を救う事になるなら私は…」
思い詰めた表情で風でたなびく木々を眺めるアリシア。
けど、聞きたいことはもう一つある。
「ずっと疑問だったんだけど、アリシアは何でウッドランドを避けていたんだ? ガラムハルトの封印の件は最近のことだし。思えばザルツラントからだよな?」
「それは…」
言い淀むアリシア。 何か事情があるのは分かっている。
実際、俺もカーズの件は2人に話していない。
「…隼輔、待とう。アリシアが話せる時に話せばいい」
ダーリャが空気を察したのか、アリシアに助け舟を出した。
「あ、ああ。そうだよな」
「…ありがと、ダーリャ。 さ、そろそろ休憩は終わりにして先を急ぎましょう」
「そうだな」
「この橋を超えると、ウッドランド領よ」
ここは山の中腹だろうか。
先導しているアリシアが前を指すと、50メートルはある木製のつり橋があった。
橋に近づくにつれて、爆音のような水が流れる音が聞こえる。
ちょうど橋の真ん中には、大きな滝が流れ落ちていた。マイナスイオンなのか、ここら一帯は妙に涼しかった。
「うへぇ、高いなあ。 やっぱり結構登ったんだな」
恐る恐る、下を見ると谷底が見えなかった。
しかも、直瀑の流れは荒々しい。 触れたら垂直線に巻き込まれるだろう。
「…わっ!」
「うひゃい! おおい、びっくりしたわっ」
「…ふふ、ジョーク」
背後から声をかけられ情けない声を出してしまう。 振り返るとダーリャがニコニコと笑っていた。
ダーリャ…こんなこともするんだな…
しかし…つり橋から下を見下ろすと結構な高さだ。落ちたらひとたまりもないだろうな。
「ここは人があまり通らないから、橋は老朽化しているかもね…」
涼しい顔でアリシアが恐ろしい発言をする。
「え、じゃあマズくないか?」
「まあ、大丈夫よ。きっと」
「うん、…さっさと渡ろ」
おいおいマジか。なぜうちの女子たちはこうも逞しいだ。
…くそう。近道とばかりに山を登らなければよかった。 遠くても下道で行くべきだったよ。
アリシアが先陣を切り、俺がしんがりを務める。 2人はこなれた様子でスイスイと渡っていた。
「…うぉ」
強い風が吹くと橋はブランコのように左右ギコギコと揺れる。
おお…足がプルプル震えてきやがる。
高い所は平気な筈なんだけど、これは違うベクトルで恐怖を感じる。
「なぁ! やっぱりやめようぜ」
「ここまで来たなら進むべきよ。何よ、隼輔怖いの?」
「こわいよ」
「…正直」
「こんなの大人数で通ろうものならすぐバラバラになるぞ! もっと、安全なのを…!? 二人とも屈め!」
「えっ?」
雰囲気に察した二人は急いで屈む。 すると、岩のつぶてが俺たち目がけて飛んできた。
「ーーっ」
石つぶては頭一つ分ギリギリにかすめた。
しゃがんだから直撃は免れたが、当たっていたら大変な事になっていた。
魔法か?
「なんだ!」
魔法が放たれた方を見ると、なんとも面妖な刺繍を施した白コートを羽織った男達が、真上の丘に立っていた。
顔を隠しているのか彼らはフードを目深に被っている。
「何者だ!」
男達は俺の言葉を無視し、魔法の詠唱をする。
「敵意がはっきりあるわね…仕方ない。 二人とも下がってて」
しかし、こちらの攻撃より奴らの魔法の方が一足早く放出される。
飛来してくる岩のつぶては微弱な耐久の橋を狙っていた。
アリシアの詠唱はまだ終わっていない。
まずい。
「ーーイマジン!」
対抗するように俺はガトリングを想像して砲弾する。
「待たせてごめん! 全力で行くわよ、三重火炎魔法!」
砲弾と石つぶてが相打ちになった隙を狙って
、アリシアが魔法を放つ。
何層にも重なり合った重厚な炎の矢が空を切り裂いて男達を襲う。
「ぐわ!」
「ぎゃっ!」
火は男たちを狙い一直線にぶち当る、被弾した男たちは火を消化しようと地面でのたうち回っていた。
「いまだ!怯んでる隙に渡り切ろう!」
俺の合図を皮切りに早足で急いで渡る。
橋は先程の爆風の衝撃で大きく揺れながらもアリシアが渡りきり、続いてダーリャも地面に足がつく。
「隼輔、急いで!」
彼女らから数歩遅れていた俺も急ぎ足になる。
「よくも、同胞を! 喰らええ!」
執念深く立ち上がった男は何か丸い物を橋の方に投げつけてきた。
ーーこれは…爆弾か。
付近に落ちた爆弾は時間を与えずして、それは弾けた。
大きな衝撃を生み、木の橋はバラバラに崩れていく。
「隼輔ぇぇ!」
重力の流れに逆らえず、俺は落ちていく。
「イマジンの力を使って!」
そうだ。これさえあれば…
「ーーがっ!?」
しかし、男は狙ったかのように俺の頭めがけて石を投げつけた。
ぐわんと意識が揺れる。
ーーまずい、考えなきゃ。想像…しろ。
俺の意識はそこで途切れた。
「ーーん?」
穏やかな水の音が聞こえる。 それに、頭を支えている地面がやけに柔らかく気持ちがいい。
俺はゆっくりと目を開ける、すると上から
女の子が覗き込んでいた。
「あ、起きた?」
「…………っ」
状況を理解して即座に身を起こした。
「わっ、何も飛び起きなくってもいいじゃん!失礼だなあ」
抗議するようにプクーっと頬を膨らませる彼女。
「ご、ごめん。突然でびっくりして…ここは?」
「ウッドランド近くの川べりだよー。魚を釣っていたら君が上流から流れてきて驚いたんだから」
なるほど。漂流していた俺を引き上げて助けてくれたらしい。
…というか、あの高さから落ちたらいくら下が水でも普通死んでるぞ。 なんで生きてるんだ俺。
「そっか、ありがとう。きみは?」
「私はライラ 。商人の卵なんだ!君は?」
ライラという少女はハツラツな笑顔を俺に向けて名乗る。彼女はアイスブルーの大きめの羽織に黒のシャツを来ており、短めの黒のショートパンツを履いている。
服装こそ商人には見えないが真横の大きなリュックは商人の証なのだろう。
「伊東隼輔だ」
「隼輔だね!よろしく 」
「ああ、よろしくライラ」
にこりと微笑んだ彼女は俺に手を差し出す。俺も同様に返した。
男のゴツゴツした手とは違い、彼女の手はフニフニとしていて柔らかかった。
「……ひぅ」
彼女と目が合う。すると、ススっと彼女が視線を逸らした。 心なしか頬が少し赤い気がする…それよりも注目するのは彼女の耳だ。
丸くて平たいツバのないベレー帽?のような物を被っている彼女は、アッシュのセミロングがとてもよく間に合っている。
その帽子の両脇には猫のようなケモ耳がぴょこんと生えていた。
「ん? ああ私、獣人族なの」
視線に気づいたライラが自身の耳を触りながら答える。
「そっか。 獣人族に会うのはこれで2回目だよ」
「へえ、そうなんだ。 そうなると隼輔はここら辺の人間じゃないんだね」
「ああ、東の大陸から来たんだ」
「そんな遠いところから何しに…っていうのは野暮だよね。 …そろそろ私はご飯にするけど隼輔もどう?一緒に」
「いいのか?」
「いいよお。たくさん釣れたからねえ」
実際腹が減ってはいたので俺は、ライラの勧めをありがたく受け入れる事にした。
けど、アリシアとダーリャはあの後どうなったのだろうか? 無事にウッドランドへたどり着けたのだろうか…
まさか…あの辺な刺客に…
いや、よそう。彼女たちならきっと大丈夫だ。
ともかく今は、五体満足なことに感謝しよう。
川べりに寄り添い、ライラが火を炊き始める。 そこに釣れた魚を串に刺し焼き始めた。
「どお?美味しそうでしょう? 沢山食べていいからね。 売る分は確保してるし」
「あ、ありがとう」
彼女がなんで、こんな見ず知らずの男に親切なのかは分からないが行為に甘えよう。
それよりも今は食事に集中しよう。
腹減ってるしな。
二人で焼き魚を頬張る。 シンプルに岩塩で調理されていた魚は程よく脂が乗っていて満足のいく味だ。
川特有の水が流れる音が心地よい。 まるで夏休みにキャンプをしているようだ。
「あ、あとこれって君の荷物だよね? 一緒に流れていたけど」
彼女が指す方向には、大きめの焦げ茶色のリュックが置いてあった。
「ああ、俺のだ。ありがとう」
「あと、これも」
彼女がポケットから取り出したのはか細く光る小さな石だった。
ーー何か見覚えがあるな。
「君の双子石? ダメだよ。 ちゃんと持ってなきゃ」
双子石を所持しているのはアリシアとダーリャだ。 と言うことはどちらかが投げ入れてくれたのだろう。
これさえあれば彼女たちの行方が分かるはずだ。
「ということはお仲間さんがいるんだよね。一体どうしたの?」
「ああ、まぁ…ちょっと魔物に襲われて橋から滑り落ちたんだ。 そこではぐれてしまって」
「凄いトラブルだね…目的地はどこなの?」
「ウッドランドだ」
「おお! それなら同じだね。どう? ウッドランドに行くなら私と一緒に行かない?」
彼女の申し出はまさに渡りに船だ。
俺だけじゃウッドランドに入るには不安だったからな。
「ライラがよければ助かるけど」
「うん、じゃあ決まりだねっ」
「ああ、よろしく頼む」
「…ちなみにウッドランドの入国は厳しいけど、隼輔はちゃんと通行許可証持ってるの?」
「…え」
「この感じ…持ってないのね…まあ、私は商人だから商い許可証持ってるし私のお供と言っておけばいいか」
「えっと、俺は入国できそうなのか?」
「まあ、なんとかしてみるよ」
「あ、ああ」
ーーこれがライラとの出会いだった。




