旅はまだまだ続くよ
ーー夢をみていた。 多分…旅をしている夢だ。
やや狭い馬車に揺られて、俺は外の景色を楽しんでいる。
馬車には仲間だろうか、四人の女の子がいた。
魔法書だろうか…耽読するように読書に集中している少女。 俺と同様に、ボーッと外を見ている少女。 愉しげに歌いながら馬車の操縦している少女。 そして、小さな像に祈りを捧げている少女。
すると俺の視線に気付き、お祈りを中断して1人の少女が声をかける。
声はまるでノイズのように遮られているが、ニコニコと何かを話している。
すると、読書をしていた少女も、景色を見ていた少女も会話の輪に加わった。
話している内容も、向かい先も分からないが、この夢はどこか現実味がありそうな夢だった。
ーー俺は。
「…」
眼が覚め、上半身を勢いよく起こした。
ふかふかのベッドがやけに気持ちがいい。 ここはどこだろうか?
一面真っ白な部屋。 必要最低限の家具。 何かの部屋だよな?
俺がキョロキョロと室内を見渡していると、鎧を身にまとった男が部屋に入ってきた。
「っ! 目を覚ましたのですか!?」
「え…えっと、はい」
「おお、それはよかった!」
男ははしゃぐように喜んでいる。 まるで、その時を待っていたかのように。
……なんだ?
「えっと、ここは?」
「待っていて下さい! すぐにお仲間様をお呼びいたします」
男は興奮しているのか、俺の質問は投げられたまま早足に部屋を出て行ってしまった。
「…えっと、なんで俺はここにいるんだっけ?」
要因を振り返る。
確か、ルーブリックと…
「そうだ。 ルーブリックを倒したら建物が
壊れていって…それで、脱出をしようとしたら俺は意識を…」
勝利した代償に満身創痍だった俺は、ダーリヤに担がれていた気がする。
するとこう生きているってことは、無事にどこかに辿り着いたという事か。
「隼輔!」
慌ただしく息を切らせながら、部屋に誰かが入ってくる。 聞き覚えがある声だ。
「アリシア…」
「もう、体は大丈夫なの?」
「ああ、何ともないよ」
元気なことをアピールするように関節を動かすと、多少のピリッとした痛みが生まれるが動けないほどではない。
「よかった…貴方、怪我が酷すぎて1週間眠っていたのよ」
「1週間も!?」
マジか、そんなに…確かに激戦だったもんな…ルーブリックの攻撃をまともに何度も受けていたし。 寧ろ、よく生きてたな俺。
「ええ。それほど、ひどい怪我だったのよ…でもよかった。 隼輔が目覚めて。 このままだったらどうしようかと思ったわよ」
「…ダーリヤは?」
「ああ、彼女なら今は自宅じゃないかしら? ちょうど、ダーリヤも…お父さんの件で怪我をしていたでしょ? それでしばらくここで休養していたけど、昨日帰ったわ」
「そっか…よかった」
彼女も無事だったことに、ひとまずホッとする。 お互いボロボロだったからな。
「私も最初はどうなるかと思ったわ…崩れていく研究所で助けに行こうかと迷ってたら、貴方を担いだダーリヤがボロボロで出てきてその場で倒れたのよ…どうしようかと思ってたら、異変を感じた王国の兵隊さんたちが来てくれて無事、貴方たちを助けられたわけ」
アイツの聖遺物を破壊して、機械人形達の動きが止まったからな。 異変を感じたのは自然な反応だろう。
「そんな事が…てことは、ここは城の中か?」
「ええ。 コールマール城よ」
そうか…ここはいわゆる衛生室なんだな。 それにしても上等なベッドだ。
「失礼します」
しばらくアリシアに話を聞いていると、ノックの音と同時に兵士が入ってきた。
「隼輔殿、眼が覚めたばかりで申し訳ないのですが陛下が是非、貴方のお話を聞きたいと…」
「ああ、分かった。 すぐ行くよ」
ベッドから体を起こし、立ち上がる。 一瞬、立ちくらみのように足元がフラつくが、俺は彼女達に悟られぬようにすぐさま体を正した。
「では、準備が出来たら申し付けて下さい。 私は外で待ってますゆえ」
「…王様か」
コールマール王国の長。 どんな人間なのだろうか。 一体、彼はこの現状に何を思っていたのだろう。
「いい人だったわよ。 民のことをよく考えていらっしゃったわ」
アリシアが俺の胸中を察したように答える。
「そっか。 なら、早めに会いに行かないとな」
「そうね」
兵士に声をかけ、謁見の間に案内される。
扉を開けると、王はすでに俺たちを待っており、玉座に座っていた。
付近には大臣やら近衛兵達が待機している。 荘厳な雰囲気に飲まれぬよう一種の緊張感を持ちながら、俺は玉座の近くまで歩いた。
「そなたが伊東隼輔か…?」
「はい、お初にお目にかかります。 伊東隼輔です」
きわめて丁寧に一礼をする。俺はこういった所作がわからないが、必要最低限の礼儀はわきまえているつもりだ。
「傷はもう大丈夫なのか?」
「ええ、お陰様で随分軽やかになりました」
軽く腕を回す、その様子に王は軽く微笑んだ。
「それは何より…して、早速本題に入るが
此度の我が国の英傑の件、礼を言う。 そなたがおらねばこの国は崩壊の一途を辿っていただろう」
「俺1人が成し遂げたことではありません。 アリシアやダーリヤ、大切な仲間たちと行動した結果です」
「そうか…仲間思いなのだな。 詳しい経緯は彼女から聞いた。 なんでも、旅をしているそうじゃないか」
「はい、目的は言えませんが…強いていうなら苦しんでいる人たちを救う旅をしています」
「ほう、なんと立派な。さぞ、殊勝な志を持っているのだろうな」
「そんな事はないです…それより」
「何故、こうなるまで放っておいたのですか? あれだけの人が機械人形に変えられたのに…王はただ救いの手を待っていただけなのですか?」
先程までの空気が一変した。 そりゃそうだ、一国の長をこう堂々と非難したのだから。
「貴様! 陛下に向かってなんと言う口の利き方を!」
「お前無礼だぞ!」
「よせ」
憤る兵士たちを王は手で制す。 彼は俺の目をジックリと見据え、重々しく口を開いた。
「…お主がそう思うのは最もな事だ。 当然、ワシにも責任がある。…ルーブリックの能力を知っているとは思うが、我々王国は、何も手立てをあげられなかった。 実際に場内の兵士の何人もがあの醜い人形に変えられている。そして…奴の脅迫に国王のワシですら恐怖し、屈した…」
「……」
「何度も奴を葬る手だては考えた…しかし、計画は失敗した…何度も何度も…」
「…そうですか」
言いたいことは沢山ある。 けど、彼だけの責任ではない。それは分かっている。
でも、犠牲になった人たちをこの目で見たら、言わずにいられなかった。
「思えばルーブリックを国民の総意で…ワシの推挙で…彼を英傑に代表したのが間違いだったのかもな。それを境にヤツは…」
「以前のルーブリックはどんな奴だったのですか?」
「ああ…純粋に国の発展と豊かな暮らしを想う素晴らしい科学者だった。 …この世界の電灯はルーブリックの発明だ。奴が闇を照らす光を作った。それに、旅の必需品となった固形糧食や農地の土壌具合を計測する機械も彼の発明だ。…コールマールは言わずもがな寒冷地。 北に進むにつれて生き物の生存すら厳しい寒さが年中襲う。 それを人が住めるように開発を進めていたのも奴だ」
話を聞く限りだと教科書に載る程の偉業だ。 狂わなかった彼は、本物の英傑だったのだろう。
「しかし、魔対戦の魔族達が使う兵器…ルーブリックはそれに魅了されてしまった。 そこからはまるで、自分の秘めていた感情を正義と履き違えていたのだろうな。…ヤツは孤独だった、それ故に人の心がわからなかったんだ」
「…そうですか」
ルーブリック…アイツにも家族や友人…恋人。愛する人が側にいたら、もしかしたら…
いや、この世にifなんて存在しない。 たられば何て今さら言っても机上の空論だ。
「…コホンっ。話を戻そう。そこで、お主らに何か礼がしたい。 君たちはこの国を救った英雄だ。何でも言ってくれ。何を所望だ?」
…おおう。やけに唐突だな。
「え、えっと…どうするアリシア」
「そうね…無難なところだと、路銀と食料かしらね」
…そうだな。路銀にはまだ余裕があるとしても、多い方に越したことはない。
それよりも食料だ。今の手持ちで加工食品や保存食なんてものはない、実質ゼロだ。だから、食べ物は頂いておきたい。
「分かった。 …そうですね、では食料と路銀を少しばかり頂けないでしょうか?」
「うむ、よかろう。…もう一度言うが、そなた達は国を救って英雄だ。言った手前だが、旅を辞めるならこの場所にとどまる事も考えてほしい。 お主らなら相応の仕事と役職、住居を与えよう」
「…いえ、私たちは旅を続けます。 せっかくのご厚意を無下にするようですが、目的を達成するまでは特定の場所に根を下ろしたくないのです」
悩みもせずキッパリと断った。 俺の目的は勿論、カーズとの約束も果たしていないからだ。
「そうか…ならば仕方がないな。引き止めはしない。出立はいつにするのだ?」
「慌ただしくて申し訳ないのですが、直ぐにでも出発いたします」
「よし、分かった。 要求したものは即刻用意しよう。 それ以外に何か所用があれば、ワシに相談してくれ」
「はい、ありがとうございます」
王との対面を終え、俺たちは城を出て城下街に入った。
城下街をゆっくり散策すると、ザルツラントに及ばないものの、なかなかに規模が大きい市場を目にする。
そこには先日までの陰鬱な空気はなく、打って変わって人々が曇りない表情で自身の生活を営んでいた。
機械人形から隠れて行動していたから、こうやってじっくりと街の様子を見るのは初めてだな。
…これで彼らはルーブリックの恐慌に怯えなくてもいいんだ。
自身の暮らし、家族との団欒、それに労働に励むことも出来る。
一件落着だ。これ以上、俺が出しゃばる必要はないだろう。
「ねえ、隼輔…よかったの? 直ぐに城を出て。 意識が戻っても怪我がぶり返したら大変よ。私は数日だけでも留まった方がいいと思ったのだけど」
先ほど露店で買ったクレープ(ブリヌイって言うらしい)をもくもく頬張りながらアリシアは俺の体を心配している。
「いいさ。怪我も大方回復したしな。 早くにも旅を続けるべきだ」
確かに、療養目的で滞在期間を設けた方がよかったのかもしれない。
しかし、痩せ我慢というほど体調が悪いわけでもない。 それなら早くに移動するに越したことはないだろう。
「…そう。 隼輔がいいんだったら反対はしないわ。けど、絶対に無理はしないでね。無茶だと判断したら嫌でも休ませるから!」
まるで突きつけるようにクレープをずいっと顔面ギリギリまであてがうアリシア。
「わ、分かってる。 逆だったら俺もそうしてるからな。 …はむっ…おっ、結構いけるなコレ」
眼前にあるクレープを一口頬張った。
ブルーベリーのジャムとカスタードクリームがお互いを尊重するかのように、いい具合に混ざり合っている。
つまり美味い。
「あぁ! クリームが沢山詰まってる部分なのに…」
「はは、悪い悪い…」
「もう……でも、次のところへ行く前に一つ寄る場所があるわよね」
「勿論だ。 場所、わかるか?」
俺たちは先ほどの和やかな雰囲気から仕切り直す。
「ええ、任せて。 隼輔が眠っている間にここら辺は探索していたからね。彼女の家ならここからほど近いから、すぐ着くわよ」
目的は勿論、彼女に会いに行く事だ。
彼女の家に着き、ドアをノックする。 気づいていないのか、二度三度扉を叩いても反応はなかった。
「…いないのか?」
「留守みたいね…どうする?」
「っ! 隼輔!?」
後方から驚いたような大きな声が響く。 振り返るとダーリヤがいた。
その手には手提げ袋を掲げている。 何か買い物をしていたのだろう。
「怪我は大丈夫なの?」
「ああ、お陰様で大分回復したよ。 それよりもダーリヤこそ、怪我は大丈夫か?」
「うん。無事完治。この通りピンピンしてる。 …それよりもどうしたの?」
「ああ、ルーブリックも倒せたし、コールマールはこれで平和になると思ってな。 次の場所に行く前にダーリヤに挨拶しに来たんだ」
「そう…」
俺たちが去ることに悲しいのか、俯いてしまうダーリヤ。
…彼女の愛する家族はもういない。天涯孤独になった。 これからは独りぼっちで暮らしていく事になるだろう。
「…それでなんだけどさ」
恐らく同情もあった。 けどそれ以上に…
「ーー俺たちといっしょに行かないか?」
彼女と旅がしたくなった。
「…え?」
「ふふ、貴方ならそう言うと思ったわ」
俺の言葉にニヤリと笑うアリシアの対になるように、ダーリヤは困惑していた。
「俺、ダーリヤと旅がしたいんだ」
「で、でも…私が居てもきっと役に立たない。 国外には行かなかったから、そういった知識もないし…」
「大丈夫だよ、俺だって分からない。 それに、ダーリヤには剣の腕があるじゃないか。 君の剣の腕は一級品だよ」
「…同情なの? 1人になった私に対して」
「…ないと言ったら嘘になるな」
「なら!」
「けどっ、俺はそれ以上に君と旅がしたい! あの時、一緒にルーブリックと戦って君が必要だと思ったんだ…そう! 俺には君が必要なんだ!」
「…隼輔」
ダーリヤの手を取る、彼女は深く考えるように一度目を閉じた。 想うのは失った家族か、それとも…
「本当に私で…いいの?」
「いいもなにも、ダーリヤなら大歓迎だ。なあ、アリシア?」
「そうね。 短い付き合いだけど貴方なら即戦力だし文句はないわ。 それに、私も貴女とは旅がしたいしね!」
「2人とも…」
花が咲くようにダーリヤはクシャッとした笑顔を浮かべた。その瞳はウルウルと涙で滲んでいて彼女の可憐さを一層引き立てた。
「…分かった。 これから私はあなた達と共に生きていく。 …よろしく、2人とも」
「そうこなくっちゃな! よろしくダーリヤ!」
「そこでお願いがある」
先ほどの空気から反面、何か深刻そうにモジモジと挙動が変な彼女に俺とアリシアは不審がる。
「…? どうした?」
「私のことはダーリヤじゃなくて、ダーリャと呼んでほしい…私はあなた達ともっと仲良くなりたいから…」
徐々に声はか細くなっていき彼女の顔はほんのりと紅くなった。
「お安い御用だよ、ダーリャ」 (かわいい)
「そういえば、コールマールは仲良い人同士だと愛称で呼ぶものね。 分かったわ、ダーリャ」
「うん…よろしくっ」
こうして、2人目の仲間が加わった。
アリシアの時と違って、こうして勧誘したのは初めてだったからドキドキしたぜ…
「…それで、次はどこに行くの?」
「それなんだけど…次こそはカメリアにしようかなって」
「やっとね」
「暑い国…砂漠…想像つかない…」
「そっか。 雪国育ちだもんな」
「隼輔殿!」
「?」
兵士だ。息を切らせてこっちにやって来た。
「至急、城へお願いします! 王が伝えたいことがあると」
「ああ、分かったよ」
王の間についた。
因みにダーリヤは、準備をしてくると言いあそこで別れた。
…両親に旅に出る事を伝えるのだろう。
俺たちもいく旨を話したら彼女はやんわりと断った。 一人になりたかったのだろう。
「旅立ち早々に呼び出してすまぬ。 火急の件が入ってな」
「いえ、それでお話とは」
「よく聞いてくれ…ウッドランドの英傑…ガラムハルトの封印が解けた」
「え…」
ウッドランドって、アリシアの故郷じゃないか…
声をこぼした彼女の顔を横目で見ると、アリシアはひどく顔を青くしていた。 それに心なしか震えている。
「被害は出ているのですか?」
「ああ、聞いたところによると、封印の洞窟周辺は既に甚大だと」
「…そんなっ」
アリシアがこう焦るなんて…
そのガラムハルトって一体…
(カーズ…ガラムハルトって…それに封印って)
(ふむ…詳しい話は後にするが、ヤツは理由あって体を封じられていた。 無論、外に出したら危険だったからだ )
(それが世に出たってことは…)
(先ず間違いなく、状況は芳しくないだろうな)
「アリシア…」
アリシアの肩に触れる。俺の視線に気づいた彼女は決断したように開口した。
「隼輔…次の目的…変えてもらってもいいかしら?」
「…ああ、勿論だ」
覚悟が決まった顔をしている。 彼女は何を想っているのだろうか。
けど、何があろうとも俺の意思は変わらない。
困っている人がいれば助けてやるのが俺の使命でもありアシュリーとの誓いだ、
そして、目の前の仲間達を守ることも。
ーー行こう、ウッドランドへ。




