二度目の侵入
「っ……ここは…」
ここはどこだろうか。 確か、私は隼輔とルーブリックっていう変態の研究者に潜入して…
「…?」
体を動かそうにも、私の両手両足はうんともすんとも言わなかった。 けど、首は自由が効くので原因を探ると、金属の金具で固定されていた。
「一体、何が…」
意味がわからない。ルーブリックは倒せたの? それとも…
「お目覚めですか」
「その声は…」
声の方に反応し首を向けるがその時、辺りに眩いほどの光が発生した。
「っっ…」
眩しい…
「エルフを施術するのは初めてなのでドキドキしますよ」
「…なに、なんなのっ…しゅ、隼輔は」
どういう事なの…状況についてこれない。訳がわからなかった。
「ああ、彼ですか? 逃げましたよ。 貴方を置いてね。 いやはや、薄情な人間ですよね彼も、自分の命が一番可愛かった訳だ」
「違うっ! 隼輔はそんな人間じゃない!」
「では、貴女のこの状況はどう説明するのです? …理解できてますか? 貴女はこれから私たちと同じ同族になるのですよ」
「っ、それは…」
隼輔がそんな事をするはずない。 短い付き合いだけど彼の人間性は少なからず理解してきたつもりだ。 仮にそうでも何か、考えがあったに違いないはず。
「…まあ、いいです。 少し、余興でもしましょうか。 …さっ、入って来ていいですよ」
彼が何かに向けて促すと、灯が徐々に弱まり部屋の全容が明らかになった。
「…」
この部屋を私は知っている。 確か、鋸で体を…
「うっ…」
喉元から嗚咽に近い吐き気がこみ上げてくる。すると、悲鳴のような声を上げながら何かが近づいて来た。
「嫌っ!嫌よっ!? やめてっ」
メタルガードに運ばれて来たモノは人だった。 体を固定されている彼女はひどく怯えていて、その声は酷く悲痛に満ちていた。
「さっ、先ずは彼女から体験してもらいましょうか。アリシアさんでしたっけ? 君も楽しんでくださいね」
部屋の真ん中に配置された彼女は、身動きが取れず騒ぎ立てている。 程なくして、彼女の頭上からキュイーンと音を立てて何かが近づいて来た。
…丸鋸だ。
「ヤダ!やめてっやめて下さい! わたしには子供がいるんです! だからっ…」
「大丈夫です、安心して下さい。貴女の番が終われば、次はその子をオペしてあげますよ」
「っ!? あぁぁぉぁぁあっ」
絶望で顔がクシャクシャに歪む彼女に対して私は、傍観する事しかしか出来なかった。
…カチカチと歯が震える。心臓が凍りついたようにひどく寒気がする。 私はこの現場に恐ろしく恐怖していた。
「っがぁぁぁぁぁぁ」
やがて、丸鋸は降下していき彼女の肉を深く食い込ませていく。
「いだっ、いだいっいだああぁいいぃぃ」
彼女の声におもわず、目を背けてしまう。
(ごめんなさい、ごめんなさいっ…)
やがて作業は終わったようで、丸鋸は上昇していき定位置に戻っていった。
血濡れの現場にメタルガードが入っていき、テキパキと胴体と頭部だけの彼女を引き上げていく。
「ダメではないですか、目をそらすなんて。 せっかくの余興が台無しですよ」
「…ゃ…っ」
「んん? 何ですか、大きな声で、ハッキリとおっしゃって下さい」
「やだ! 死にたくない!?ヤダヤダヤダっ」
意思とは関係なしに涙が流れる。まるで駄々っ子だ。 最早この状況を気丈に振る舞えるほど、私の心は強くなかった。
「はは、面白い事を言いますね! 大丈夫ですよ。死にはしません、寧ろ生まれ変わるのですよ」
泣き叫ぶ私に一切動じないメタルガードが固定台を牽引し、部屋の中央に移動させる。
「ひっ、ひぐっぃ、イヤァァァっ!」
丸鋸がゆっくりと降下していく。 事実を受け入れられない私は、ただ迫りくる悪意に対して、声を大にして生の執着を必死に求めた。
下腹部が徐々に熱くなっていく。それは次第に水溜りを作り上げた。
「…うっかり屋さんですねぇ。怖いのですか? 」
ゆっくりと私の頭の中には大切な人が、想い出がフラッシュバックする。
…お母様、お父様。
……お兄様。
それに…
「しゅ、隼輔ええええぇぇ!!」
後、数ミリほどで丸鋸は私の四肢を蝕むだろう。
「っ!」
私はきつく目を閉じた…
しかし、丸鋸が私に触れようとする最中。
何か、耳をつんざくような爆発音が部屋中に響いた。 何の音だろう。
そんな事、今はどうでもいいか…
「よし、間に合ったっ」
「っ!」
その声に私は目を開ける。 それは聞き覚えがある声で、いつも隣で聞いていた大事な人の声。
「隼輔えぇ!」
私を食い殺そうとした丸鋸の動きは止まっている。 横を見ると本体のような立方体の機械が黒煙を上げて破壊されていた。
「アリシア! 待ってろ、今助けるからな」
天井には大きな穴が空いており、その隙間にひょっこりと顔を出した隼輔がこちらに向かって降りてくる。
「ふっ、えぐっ、ぐすっ…」
安心からか、涙がとめどなくポロポロと流れてくる。 その様子に隼輔は、そっと私の頬を優しく撫でた。
「よしよし、怖かったよな。 …もう大丈夫だからな」
「うん…うんっ、ありがとう…」
「いいさ、お礼なんて…それよりも…ふんっ!」
隼輔が私を拘束していた枷を引きちぎる。 きっとイマジンで左手を強化したのだろう。
「よし、これで動けるな。 アリシア、立てるか?」
「ご、ごめんなさい…た、立てないっ」
立とうとしても、力が入らない。 腰を抜かしたように私の両足はプルプルと酷く震えていた。
「…じゃあ、おぶるよ。 掴まってくれ」
「え? …えっと、…お願いしますっ」
隼輔が背を預け、私は隼輔の背中を抱くようにひしと掴まる。
彼の温もりがこちらに伝わり、一種の安心感で心が満たされていく。
…ひどく、恥ずかしいシュチュエーションだ。 顔、赤くなってないかな…
「上でダーリヤが控えてる。 彼女に保護してもらってくれ…?」
「…?」
隼輔は何か、疑問を抱いたように顔をくの字にしてる。
「なにか…濡れてないか?」
「…あっ、あっ…あぁ」
私はそこで思い出した…あまりの怖さに…その…出しちゃったのを…
「あ、ああ! ごめん。なんともなかったわ! 気のせいだ。ごめんごめん。 それより、上に運ぶから掴まっててくれよな」
「……っ」
赤面し涙目の私に隼輔は、状況を理解したようでこの話は水に流れた。
私は恥ずかしすぎて声を出せず、ただコクコクと頷くだけだった。
…うぅぅ。
「ふう…」
無事、アリシアをダーリヤのもとに届けた。 まずは彼女が無事で良かった。
彼女に何かがあったらきっと俺は、自分を許していなかったから。
あの状態の彼女が、戦いを続行できるとは思えない。
とりあえず今は、ダーリヤが応援に来るまで1人でなんとかするしかないだろう。
ーー隼輔、覚悟を決めろ。こんな状況、何度も経験してきたじゃないか。
「…で、何故アンタは俺たちの邪魔をしなかったんだ?」
ジロリと向かいのガラス面に睨みつける。
そこには腕組みをしたルーブリックが立っていた。
「…少し、懐かしく思いましてね。わたしにも想うところがあるのですよ」
「そうかよ…それで、死に場所はここでいいのか?」
「ふふふ、物騒な人だ。 少しは気取った会話ができないのですか?」
「…お前と話すことなんか、これっぽっちもない」
「…釣れないですね。 いいですよ。 場所を変えましょう。 付いてきて下さい」
「無理だ。 信用できるかそんなの」
「罠ではないですよ…ここで暴れられては私の研究物や機械人形さん達に被害が及びますからね 」
「…分かった」
「ふふ、聞き分けがいいですね。 嫌いじゃないですよ。 さ、行きましょうか」
通路を抜けて歩いて数分、目的の部屋についたようだ。
その部屋はイマジンで生み出した見取り図の開けた部屋に一致していた。
歩くすがら、機械人形達がわんさか俺たちの通行を観察するように整列していた。奴の命令で動きを止めているのだろう。
「…何の部屋だ。ここは」
他の部屋とは違い、この部屋はえらく殺風景だ。 ただ、天井には大きな照明が備え付けられているだけの無機質で灰色の鉄の空間だ。
「おや、興味があるのですか。 …ここは、いわば運動場みたいなモノですよ。 …何に使うかは、そうですね。貴方のように多少骨がある不埒者を排除するために、ですかね」
「……」
「貴女は私との闘いを望んでいる。 …私に矛を向けるなんて久方振りなので興奮しますよ。その余興、楽しませて下さいね。目一杯に」
「…くだらねえ、一瞬で終わらせてやる」
ここに、コールマールの英傑との対決が始まる。
勝利の女神はどちらに微笑むか。それは天のみぞ知る…




