敵の本拠地へ
「ここ…だよな」
「寧ろこれじゃなかったら、ビックリよ」
首都を抜けて約3キロくらいのその場所には、深い木々が生い茂っている森林があった。
その奥を進むと、森に相応しくない外観の建物が目立つように立っている。
ここがルーブリックの研究所なのだろう。
森の中には無数に機械人形達が排行していた。
こんな深い森の中にいるってことは、ここは敵の本拠地だからなのだろう。 でなければ説明がつかない。
「どうする? 入り口からぶち破る?」
「いや、今回はここから侵入する」
アリシアは空を指した俺に一瞬、怪訝な顔を浮かべるがすぐに納得した。
「空から? …たしかに、メタルポット達もこの森では飛んでないし、ちょうどいいわね」
まさに樹海と呼んでもいいくらいの仰山の木々。 この森の中での飛行は困難だ。
「ああ。じゃあ、早速行こう。 掴まってくれ」
「ええ」
イマジンでプロペラを形成し空を飛び、研究所の屋根に降りる。
木や枝にプロペラがぶつかるが、回転率をまとったそれはまるで高度な刀のようにヒュンと障害物を切り裂いた。
屋根に降りた俺はレーザーを形成し、円を描くように外壁を取り外した。
「よし、降りよう」
続けてロープを作り、するすると施設内に侵入する。
今回の目的はルーブリックを倒すこと。 全てを終わらすために速やかにヤツを駆逐する。
いわば暗殺だ。
「ここは?」
中は暗い密室のようだ。
…しかし、この部屋やけに寒いな。
「待ってて、今照らすわ」
アリシアが魔法で小さな種火を作り、部屋の様子が伺えた。
辺りを見渡すと、ここは倉庫のようで何かがガラス瓶の中に棚一杯に入っていた。
「ひっ」
アリシアがガラス瓶に近づき、それを認識すると短い悲鳴をあげた。
「…これは」
脳みそだ。 ホルマリン漬けになっているのか、大小の脳みそが棚に所狭しと並べられていた。
「この部屋は一体何なんだ…」
確か、機械人形にされた人たちは…脳みそを…
「…行きましょう隼輔。 このままここにいても埒があかないわ」
「ああ、でも肝心のルーブリックはどこにいるかだな…」
そう、ダーリヤに貰った地図は研究室の道のりしか記されていない。 肝心の施設内の地図はなかったんだ。
「そうね…何か見取り図でもあればいいのだけど」
(あるぞ)
(あるのか? どこに?)
(何を言っている? お前の手で作ればいいだろう)
(あ、そうか。盲点だったよ)
「アリシア、いい案が浮かんだぞ。俺のイマジンで地図を作るよ」
「ああ、なるほど…ほんと、便利な力ね…」
地図を作り、2人で内部をジックリと確認する。
しかし、見取り図を見るとどこも個室ばかりだ。 どれがヤツの部屋なのかも分からない。
けど…
「この奥のひらけた部屋が気になるわね…」
奥の一点だけ、広い部屋がある。 何の部屋なのだろうか。
「よし、ここを目指そう」
「隼輔は後ろに下がってて、私が前に出るわ。能力を使えない以上、私があなたをカバーするしかないからね」
地図を頼りにしている以上、俺にアタッカーの役割は期待できない。 ここは素直に彼女に従うことにした。
「ああ、よろしく頼むよ」
「ええ、任されたわ」
俺たちはメタルガードに見つからぬように建物の壁や柱、オブジェクトを隠れ蓑にしながら慎重に進む。
どうやらここは、加工工場ほど機械人形の数は多くないようだ。
しばらく先を進んでいると、奥から叫び声が木霊した。
つんざくような怒声やら悲鳴に似たこの声…人だよな。
「何の音よ…」
「人の声だよな…悲鳴…」
「どうする? いきましょうか?」
「…行こう。 もしかしたら、助けられる命かもしれない」
目標の場所を避けて、俺たちは音が聞こえる方向の部屋に向かった。
「…っ!?」
ガラス越しのその部屋はまさに、悪趣味な光景そのものだった。
「やめてっ、やめてくれええぇ」
部屋の中には縛られた大人が、まるで赤ん坊のように泣き叫んでいた。
長机に四肢を固定されいる彼は、首を力強く振り子のように動かせながら叫んでいる。
彼の頭上には二つの丸鋸が音を立てて接近していた。
その丸鋸は両足と両腕をまとめて切断するように音を立ててゆっくりと下降していく。
「嫌ダァァァ!」
「…隼輔! 」
「分かってる、助けよう!」
「無駄ですよ」
聞き覚えがある声だった。 それは一度聞いたら忘れない程の無機質で、悪辣な男の声。
「今からではもう遅いです。 どうやっても間に合わないですよ」
「ルーブリック…」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
気を取られている隙にノコギリが彼の体に触れ、徐々に体が切断されていく。
その光景はまるで地獄のような恐ろしきモノで、俺たちはその惨状に戦慄してしまう。
「☆▷◻︎◯ーーーっ!?」
男は獣のような声を上げる。その声は人間の声とは認識できないほどに歪だった。
やがて、作業を終えた丸鋸は上昇していき元の場所に戻っていく。
四肢を失った男は気絶しているようで、切断面から血が蛇口のように湧き出ている。その胴体はミミズのようにピクピクと痙攣させ、口からは泡を吹いていた。
すると、その部屋にメタルガード達が入っていき手慣れた様子で、即座にダルマ状の男を引き上げていった。
「このままでは死んでしまいますからね。 一旦、救命措置を施すのですよ」
「…っ…ふざけないで! あなたの洗脳の能力を使えば、彼は痛みなんか感じなかったはずよ! どうして洗脳を解いたの!?」
意識を戻し、感情という火山が噴火したようにルーブリックに憤るアリシア。
「ふふ、そんなの簡単な話ですよ」
「自身の肉体が、進化の過程が身をもって知れるのですよ。 それを体感できないなんて気の毒ではないですか」
当然のように返すルーブリック。 こんな猟奇的な事は、彼にとって日常茶飯事なのだろう。
「俺は、お前が人間だとは到底思えない…お前は人の皮を被った悪魔そのものだよ」
「悪魔、ですか。どう解釈しようが個人の自由ですが…その言い方は不本意ですね。…そうそう、逃げた連中はその後どうなりましたか? 教えてくださいよ」
「…! やっぱり、お前の仕業だったんだな!?」
「勿論ですよ。 …彼らは進化を拒んだのです。 劣性遺伝の彼らにはそれ相応の罰を受けてもらわないと、ケジメがつかないではないですか」
「お前のせいで、ダーリヤの両親が! ダーリヤが…! っ!お前は今ここで倒すっ!」
怒りで頭が沸騰しそうだ。 家族の営みを、温かい家庭を、これからの未来をアイツは全てぶち壊したんだ!
俺は左腕をヤツに向け、イマジンを起動させる。
「ほお、私に対して武器を向けるのですか? …いいでしょう」
「ですが」
突如、辺りに火炎を纏った爆発が俺に襲いかかる。 ここまで間近の攻撃に気づかないことはない。 衝撃で俺は地面に倒れた。
「がっ!」
「大事なお仲間さんを、貴方は殺せるのですかねぇ?」
見上げると、アリシアが立っている。その目は酷く虚ろだった。
それは、ヤツの能力に引っかかってしまった事を意味する。
「アリシア!? なんで…」
「……」
すっと無言で俺に手を向けるアリシア。
まさか、彼女は既にヤツの…
「くそ!いつのまにっ」
「あなた方があちらに見とれていた間ですよ。 駄目ではないですか、注意しなくては」
彼女が俺に向けて二発目の魔法をぶつける。イマジンで返すわけにもいかず、俺は体を捻って攻撃を避けた。
「アリシア! どうしたんだよ、目を覚ましてくれ」
「無駄ですよ。彼女は最早、私の支配下にあります。どんなに貴方が問いかけようとも彼女は反応しないでしょう」
「く、クソがあ!」
「さ、余興はこれで終わりにしましょう。 貴方も私の傀儡になりましょうね」
ルーブリックの手が怪しく光り出した。 ヤツの能力が発動しているという事だ。
(カーズ! 何か、考えはないのか!?)
(…目をつぶれ)
(目を閉じるって、…正気かよ!?)
(いいから言う通りにしろ!)
言われた通りに俺は目をつぶる。しかし一切の視界がなくなるということは、非常に危険極まりない行為だ。
「ふむ…目を瞑るなんて、安易な発想だ。単純で愚かですね。体がガラ空きですよ」
ヤツの両袖から何か筒のようなものが飛び出す。その筒の先から剣が現れた。
それはダーラヤが使っていた武器と似ている。
ツカツカと余裕そうに歩み寄るルーブリックは俺を斬りつけた。
「ぐあっ」
血飛沫とともに切っ先が左肩に食い込む。 切断しようと剣はみるみる圧が入っていく。
「まずは貴方のその左腕を頂きましょうか。 その力、実に興味深いですからね」
(隼輔! その血を目で拭え!)
(は!? どういう事だよ!)
(詳しいことは後だ。 まずは実行しろ)
肩から湧き出た血を目で拭う。 カーズの意図が全く分からない。
「? 何をしているのです?」
(よし、目を開けていいぞ)
(…洗脳は大丈夫なのか?)
(いいから)
俺はおずおずとルーブリックを視界に入れる。
相変わらず、ヤツの掌は怪しく光っていた。
「…おや」
「…ふむ。意図が分からなかったのですが…貴方、私の能力を回避しているようですね。 ふふ、面白い」
仕組みが全くわからないが、カーズのお陰で助かった。 俺は内心を悟られぬようにヤツに左手を向ける。
「ーーイマジン」
「ほう、その力。 また見れるのですか光栄ですねえ」
「ですが…」
アリシアがルーブリックを庇うように前に出る。
「…くそ、汚ねえぞ。盾にするつもりか?卑怯だぞ」
「卑怯?いえいえ、これは戦略ですよ。 勝つための、ね」
「……クソガあ!」
出力を大きくした光線をルーブリックに向けて放つ。 その光線は無論、アリシアにも向いていた。
「私ごと巻き込む魂胆ですか…それは合理的な考えですが…」
しかし、レーザー砲はアリシアを外れてルーブリックに直撃した。
「ぐあっ」
まるで磁石のようにピンと曲がって自分に被弾したルーブリックは、壁に激しくぶつかるように派手に転げ落ちた。
「よし…」
勿論、レーザー砲にはルーブリックだけに当たるように追尾機能をつけた。 ヤツが俺の能力を未だ理解できていないからできた芸当だ。
しかし、次からそれは通じるのか。
「く…ふふ、なるほどなるほど。ようやく、貴方の能力が分かりましたよ。 想像を具現化する力ですか。 面白い力だ」
起き上がるルーブリック。 痛みを感じさせない彼は恍惚そうに被弾した腹部を優しく撫ででいた。
しかし、やつに攻撃を浴びせたことはチャンスだ。
「まだだ!今度は思い切り行くぞ!」
「ふふふ…いいですね。 英傑としての本気。 見せてあげましょうか」
続けて光線を放とうとすると、ヤツも呼応するように掌を開く。
その掌から穴ができ、光が漏れる。すると、太い光線を生み出した。
高速で動いたお互いの光線が衝突し、爆発を巻き起こす。
「お前…自分も改造しているのか」
「当たり前です。 完璧な体のオリジナルは私ですからね」
「やっぱり、一筋縄ではいかないか…待ってろよアリシア。今助けてやるからな」
「…ああ、そうか。 君は彼女を傷つけたくないようだ。 それならこれはどうです?」
ビーム砲をアリシアに放とうとするルーブリック。 アリシアは不動としており躱す動作は微塵もない。
「っ!くそ」
アリシアに向けて放たれるビームに俺は、呼応するように光線を打つ。
すると、アリシアがガラ空きの俺に向けて魔法を放った。
…迂闊だった。
「あがあ!」
派手に上半身に攻撃が当たる。 ひどい火傷のようなジリジリとした痛みが俺を襲う。
「つつ…! があっ」
倒れ伏した俺の頭部をアリシアが踏みつける。 鋭く鈍い痛みが脳に響き渡るように反応する。
「どうですか? 悔しいですか? 惨めですか? ふふふ、答えてくださいよ」
ーー駄目だ。 どうすればいい。 せめて、せめてヤツの聖遺物を見つければ…
(隼輔…いいか、よく聞け)
この状況に何か秘策でもあるのだろうか。 カーズはゆっくりと何かを決断したように口を開いた。
(逃げるぞ…こうなってしまっては無理だ。体制を立て直すぞ)
「はぁ!? …無理だ!絶対に嫌だからな! アリシアを置いていくなんて、出来るわけないだろうがあ!」
「んぅ?幻聴でも聴いているのですか?」
ルーブリックは訝しむように俺を見下ろす。
俺は心を読まれないように極めて冷静になって、カーズの意見を両断する。
(…兎に角、それ以外の方法で頼む)
(もう一度言うぞ。 無理だ。 この状況で彼女を救い且つ、ルーブリックを倒すのは不可能だ。 お前のイマジンの力は複数には発揮できない。 マルチタスクではないからな)
(けど!)
(…今は引くしかない。 この娘を助ける事以上に今肝心なのは、お前が死なない事だ。 いいか? このままお前らがヤツの人形になったら終わりだ。 アリシアを助けるために、ルーブリックを倒すために今ここは逃げるんだ)
(……っ)
「わかってくれ…)
「…っ…イマジン」
踏まれたまま左手を宙に向ける。 何かを形成する合図だ。
「ほお、次は何を作るのですか?」
左手は徐々に変化していき、オモチャのロケットを作り上げた。
やがてそれは勢いよく振動し飛翔する。ロケットはアリシアを見捨てるように上昇していき天井を破壊した。
「…ほお、まさかお仲間を置いて逃げるなんて、可哀想なお嬢さんですね。 ですか、心配しなくてもいいですよ。貴方も私たちと同じ理想の肉体を手に入れましょうね」
木々ごと突き破り俺はロケットをリセットし、パラシュートで降下し着地した。
今の今まで受けた傷がじりじりと酷く痛む。 俺はたまらず地面に大の字で寝転んだ。
「っっっっっっっ!!!!!!」
「ちくしょうっ!ちくしょうっ! アリシアが!? 俺は…助けられなかった…俺のせいだ」
(隼輔…今は立て直すぞ。 まずは休め)
「……」
(…隼輔)
「なあ…どうすればいいんだ。どうすればよかったんだ」
(もっとよく、話し合えばよかった。 怒りで身を任せて行動した結果かもしれない。 …私も止めればよかった)
「っ……クソがぁぁぁぁぁ!!」
…完敗だった。俺の絶叫が森に響き渡る。 もはや、それは一つの獣の慟哭のようだった。
いや、負け犬の遠吠えか。
「っ!」
すると、こちらに向かってザッザッと足音が聞こえる。 メタルガードか? 俺は警戒しながらイマジンを起動させる。
いつでも反撃ができるように立っていると、そいつは姿を現した。
そこには、見慣れた甲冑をまとっている少女がいた。
「…ダーリヤ」
「ほっ、この声。やっぱり隼輔だった」
「なんで、ここに…」
「これ」
双子石だ。 彼女はこれを元に俺たちのところに来たのだろう。
「アリシアが双子石をまだ持ってたお陰で貴方たちの居場所が分かった。…でも、アリシアは? 」
「……アリシアは」
言い澱む俺に彼女は悟ったように言葉を続ける。
「言わなくてもいい。 …その様子だとおおよそがつく」
「俺のせいだ…俺のせいでアリシアが…」
「ううん、隼輔が悪いわけじゃない…それに、そんな事を考えてもアリシアは戻ってこない」
「そうだよなっ…ダーリヤは大丈夫なのか? その…」
「…少し考えてた。お父さんのこと、お母さんのこと…私は何もできなかった…気持ちの整理をつけようとも、後悔しか浮かばなかった…」
「でも、それだと誰がお父さんとお母さんの仇を晴らすの? 隼輔たちがルーブリックを倒してくれるかもしれない…でも、それではダメ。 私も、貴方達と一緒にルーブリックを倒す。 そこにきっと意味があるはずだから…だから、ここに来た」
「ダーリヤ…」
「隼輔…動ける?」
「ああ、なんとかな…でも、思ったより傷が深い…それにダーリヤも大丈夫なのか? その、怪我は…」
「…本当だったら病院に行くほどの傷だと思う。 …けど、ここでモタモタする時間はない。 それに、アリシアを助けなきゃ」
「……ああ…くっ」
「隼輔っ大丈夫?」
よろける俺をダーリヤが支える。 ちくしょう、思ったより重症かもな…
「日が沈む頃…夕刻になるまで…隼輔は休んでて…貴方がこの状態ではきっと戦闘が不利…だから、今は休もう。さ、怪我の手当てをするからそこに寝て」
「でも」
「いいから、聞いて」
「…分かったよ」
「うん、それでいい…少しでも魔力と体力を回復させた方がいい。 …少し痛いかも、我慢して」
「…いつっ」
ダーリヤに負傷した左肩を消毒してもらい、きつく包帯でぐるぐる巻きにされる。
「…アリシアが心配だ。 ルーブリックに改造されたらなんて考えちまう…」
「私の見立てだと、直ぐに機械人形にされるなんて事はないはず。 …大丈夫だよ。 それに、決着をつけるべきだと思う。今日中に…」
「そうだな…ああ、カタをつけよう」
お互いを鼓舞するように、俺たちは励ましの言葉を投げかける。
アリシアが囚われている以上、最早時間はない。
林の中に隠れながら、刻限まで俺たちは士気を高めた。
ーー決着を、つけないとな。




