ルーブリックという男
「ルーブリック…」
「ほう、私をご存知で? …そりゃそうですよね。 わざわざここに忍び込むほどですもの」
ラバーマスク越しに喋るやつの声はまったくくぐもらず、抑揚のない淡々とした声色にはどこか人ではない何か、得体の知れないものに感じた。
「ん? おやおやぁ」
ルーブリックの視線は奥の収容場に注目していた。
「ほお、彼らを逃したのですね。 しかも扉を壊さずに解除して…それはそれは…彼らの枷も外したのですか? よく外しましたね。あれは特注のものですので、さぞ骨が折れたことでしょう」
「お前は…」
「はい、どうぞ」
「お前は何がしたいんだよっ…」
「んん? どういうことですか? 言葉はよく考えて具体的に話してください。 人間は知性ある生き物です。 もっと賢い発言をしましょう」
「何が目的であんなひどいことをするんだよ! 人を機械に変えるなんて…しかもあんな方法で。お前っ、狂ってるよ」
「狂っている? 私が狂人と言いたいのですか? ふふ…面白い冗談を言いますね。 あれはいわば救済ですよ」
ルーブリックはまるで水を得た魚のように愉快そうに声を弾ませる。
「救済?」
「そうです! 救済なのです! …時に貴方は未来の事を考えたことがありますか?」
「はあ?」
「魔対戦も終わり、平和な世の中になりました。 平和な世界で人々が目指すものといえば、国の繁栄でしょう。 …繁栄のために必要なものは国民。 子孫を残すことは生き物の本懐です。 ですが、このままだと人が多すぎる。 限りある食料は有限なのです。 特にコールマールは痩せた大地。 人口問題は必然的に解決されるべき問題なのですよ」
「そしてそれは私の永遠の研究対象となる不老不死と合致しています。 …人は必ず死にます。 不死とは生者にとって永遠の憧れです。 私は不死の研究を長年してきました。 …ですが、この課題は魔大戦のおかげで大きな進歩を果たしたのです。 それを実行に移す事ができる知識と技術を私は手に入れたのですよ」
「…故に私は考えました。 人口を増やし且つ死者を生み出さない理想の世界。 そのために浮かんだのがこれですよ」
「どうです? 素晴らしい考えでしょう? この体はいわば不死の象徴! 新しい時代の幕開けなのですよ。 新しき体は食料を必要としないですからね、彼らは水を糧に活動します。 どうです?エコロジーでしょ? それにちゃんと子孫も作れますよ。 生殖器を残していますからね。 精子も卵子も彼らの中で活動しています」
「なんだよコイツ…」
狂ってやがる。 おおよそコイツの考えを理解できる人間なんていない。 本物のサイコパスだ。
「おや? 嬉しくないのですか? 感動しないのですか? 私がこうもお話をしているのに」
「…こんな事をしてなんとも思わないのか? 嫌がる人を無理やりっ」
「…そうですねえ。 ないといえば嘘になりますねえ」
「皆最初は痛いと泣き叫んだり恐怖で失禁なんてする人もいますよ。 大の大人が情けないですよね。 ですがそのような事、人類史に刻む偉大な発展に比べたら些細な問題です。彼らを見てください、このハッピーな顔をっ!」
メタルガード達はうんともすんとも反応せず、創造者の声を静かに聞き入れている。それはまるで主人と従者のような関係に見えた。
「どうせ、お前のその能力で黙らせているんだろ」
「ほお、私の力もご存知なのですか。 それなら話は早いです。若い男性は枯渇していたので、研究対象として是非、私のラボに連れて帰りたいのですよ」
ルーブリックが手をこちらに向けて構える。 直後に何か不気味な闇のような煙が辺りに立ち込める。
(隼輔っ、来るぞっ。奴の姿を絶対に見るな!)
「っ!」
カーズの助言に俺はすぐさま目を瞑り、奴の攻撃に身構える。
…どうする? 盾でも形成するか?
と、その瞬間大きな爆発音が俺を飛び越えてどこかに被弾した。
目を開けると廊下の壁がメラメラと燃えている。どうやら、魔法のようだ。
ルーブリックを狙っていたのだろう。ヤツの側で燃えているそれは生憎避けられてしまったものの、俺は攻撃を免れたと安堵する。
「…新手ですか」
「隼輔! こっちよっ」
「アリシア!」
呼ぶ声に振り向くと、アリシアがいた。
救援に来てくれたのだろう。ありがたい。
「何でここに? 他のみんなは?」
「無事に入り口まで見送ったわ。 勿論、メタルガード達を退かせてね。 それに、貴方が…心配だし」
「ほおほおほお!少女…それもエルフですか! いやあ、実にいい。 持ち帰りたいっ。中身をじっくりみたい」
「ひっ、何よコイツ」
ヤツの発言にアリシアは顔を凍りつかせる。
「ルーブリックだ…」
「そんな…彼はここにはいないんじゃ…」
「なにぶん、責任者は私しかいないですからねえ。 たまにこうやって点検に訪れるのですよ。 いやあ、今日は実に僥倖だ。 東の大陸の人間とエルフが私達の新しい仲間に加わるのですから!」
「そんな事、絶対にさせねえよ。 俺がお前の野望を止めてやるっ」
「ふふっ、この状況でよくそんな事が言えますねぇ。あなた方は完全に包囲されているのですよ? 彼らは私の命令で動くことができます。この工場内のメタルガードさん達を全て集めて貴方達をすぐに解体してもいいのですよ?」
「だから、それはごめんだっつの!」
俺はイマジンを形成し、ガトリングを作る。
ーー狙うはルーブリックだ。 奴をここで倒す。
この力を奴はまだ知らない。この能力が悟られない今がチャンスだ。
「おや? …その手。 形を変えるのですか? ふむ、興味深いですね」
まったく動じない彼を尻目に、俺は弾を放出する。
こいつ相手に躊躇なんてものはない。初めから全力だ。
勿論、メタルガードは狙わない。目標はあいつだけだ。
ダダダと何発も連射される砲弾がルーブリックに直撃し、奴の胴体に鉛玉が埋め込まれていく。
奴は不動としている。どうやら、あまりの事でルーブリックは避けられなかったようだ。
「……ほお」
激痛を我慢しているのか、血が滴り落ちる傷口をおくびにも出さずにえぐり出した彼は弾痕を興味深く観察する。
だが、目的を果たした弾丸は瞬時に消滅した。
「…これは不可思議な! 材料は何でできているのですか?これは貴方が生み出したのですか? 素晴らしいっ大変素晴らしい!」
恍惚な声色の彼は感情が爆発したように気色悪く、天を仰ぐような格好をする。
その光景は、およそ攻撃を食らった者の反応とは思えない。
痛みを感じないのは聖遺物の力か。
「…今のうちに逃げるわよ。 隼輔」
その様子を横目にそっと耳打ちをするアリシア。
「なんでだよ。 ここでコイツを倒せばいいだろ?」
「今の出来事を見てないの? コイツはさっきの事をもろともせずに傷口をえぐり出したのよっ!? 正気じゃないわ…何をするかまったく理解できない。 だから、ここは一旦態勢を立て直しましょう。 だいたい今回の目的は彼を倒す事ではないわ」
確かに今回は奴と会うと言う事は予想の範囲外だった。 故に奴への対策を全くと言っていいほどしていない。
それに、奴の能力も俺は完全に理解していない。…聖遺物も分からないしな。
…悔しいが、ここは退却するべきだろう。
「…分かったよ。 俺が煙幕を出す、そのうちに一気に飛び出すぞ」
「ええっ」
奴が油断している隙に俺は左手で筒をつくる。その瞬間、モワッと煙が辺りに立ち込める
俺たちは奴の逆の方向に勢いよく駆け出した。
「ほお、逃げるのですか? …残念ですねえ。 貴方のその力。もっと見たかったのですが…さあ、君たち、行きなさい。 殺しちゃダメですよ? 生け捕りになさい」
奴の言葉にメタルガードが一斉に動き出し、俺たちを追いかけてくる。
その最中、俺は考える。
このまま逃げるのも時間の問題なのではないだろうか。
奴らに疲労の概念はあるのか? それに工場内は相手の土俵だ。 数も多すぎるしこっちは逃げ道を知らない。 このまま知らない道に四苦八苦しては余計に時間がかかるだろう。
「ああ、もうじれったいな! アリシア、下がってろ」
「え!? な、何をするの?」
驚くアリシアを退かせ、壁に向けてイマジンで大砲を作り巨大なビーム砲を放つ。
高熱の光線で鋼の壁はドロドロに溶けてゆき、外の光景が広がる。
「外だ。 外なら広いし逃げるのに都合がいい。行こうっ」
外に出ると、ビュオーっと冷たい風が俺たちを襲う。
「ううー、寒いぃ」
「…我慢するしかないな。とりあえず、どっちに行こうか? というか、ダーリヤの元にたどり着けるのか?」
「そこに関しては、心配しないで」
アリシアがポケットから何かを取り出す。 石だろうか? その石は深いダークブルーの色をしており微かに小さいながらも輝きを放っていた
この石。 どこかで見たことがあるな。
…確か、道具屋でダーリヤが買っていた気がする。
「双子石よ」
「双子石? なんだそれ」
「そのままの意味よ。双子石は揃いあい効力を発揮する。二つで一つなの。この石は簡単に言うと、 もう片方が近づくにつれて光が大きくなっていくの。 道しるべやはぐれた時に役立つ道具ね。…もう一つはダーリヤが持ってる。 だからこの石があればダーリヤの場所には行けるはずよ」
「なるほど、便利な石だな。 よし、なら話は早い。アリシア、ここから一気に突っ切るぞ」
「え?」
俺たちを捕縛しようと後ろにはメタルガード達が、上空にはメタルポットがこちらに向かって飛行している。
スタミナ知らずの彼らに対して、このまま走っていたら奴らをまけないだろう。
俺は左手を地面にかざし、人が二人ほど入れる小さな乗り物を作り上げる。
「これは何?」
「乗り物だよ。 これでダーリヤのところに行く。 さ、後ろに乗ってくれ」
「う、うん」
小型のソリのような外観のそれに、アリシアは戸惑いながらもオズオズと後部席に座る。俺もつづけて前の運転席に座わった。
ーー俺が想像したのはスノーモービルだ。
雪道に適した乗り物だしな。これなら奴らよりも早く移動でき、目的地までかっ飛ばせる。
幸い、地面は深い雪で覆われている。 運転するコンディションは良好だろう。
…ただ、片手運転になるけどな。
「よし、飛ばすぞ! しっかり掴まってくれよ!」
俺の背中にギュッとアリシアの温まりが伝わる。 俺はそれを確認し、一気に稼働させた。
「行くぞおぉ!」
「キャァァっ!? ちょっと速すぎでしょ!」
「喋るな!舌を噛むぞ」
スノーモービルは思いの他、いや俺の期待以上に加速して行き一気に機械人形達と距離をつくる。
「アリシア! 石は!?」
「ええと、三時の方向に向かって走って頂戴!」
「了解だ! アクセル全開ぃ!」
「ちょっとほんとに速すぎ…キャァァァ!!!」
アリシアの悲鳴を聞き入れながら、スノーモービルは加速していく。
…今はダーリヤと再会することが優先順位だ。 それに、目的は達成できた。 奴にあったのはアクシデントだったけどな。
「けど、次は必ず倒してやる。 待ってろよルーブリック!」
「え、何! 何か言った!?」
「何でもない!」
辺り一面が白いキャンパスとなった雪原をスイスイと進んでいく。
俺が、俺たちがあいつの狂気を止めてみせる。 改めて決心した。
「ふむ」
ここは加工場内にある彼の私室。 隼輔達が逃げている中、彼はコーヒーを飲みながら床に開けられている穴を肴に物思いに耽っていた。
「悲しいですねぇ。 せっかく、理想の肉体になれるというものの彼らは逃げるなんて…理解に苦しみます」
「ですがもっと悲しいのは、この後の彼らでしょうね…ふふっ、良心が痛みますよ」
彼の言動は行動と一致していなく、ただただ静かに笑っていた。
それはまるで無邪気な子供のように楽しげだった。




