加工工場
「うっ、くぉ…」
ビュービューと雪を運ぶ重たい風に邪魔されながら、のしのしと俺たち一行は進む。
辺り一面の銀世界に少しばかし感動したものだが、実際はキツイものがある。
素肌を晒している部分は冷たく痛い。
ダーリヤは今日は吹雪かないと言っていたが、猛雪にならなくて本当に良かった。
気温は氷点下にまでなっているだろう。 ザクザクと深い雪道を歩きながら、俺はこの状況に辟易としていた。
首都を抜けて加工工場に侵入するため外れの地に赴いたが、予想以上の寒さに面食らう。
雪道には俺たち以外歩いている人間はいない。 この国の人間はあまり外に出歩かないのだろうか?
通行人はいないにしても行商人くらいはいるはずなのだが…
いや、こんな状況だからこそ不用意な外出は控えているのだろう。
この道には機械人形もいなかった。 案外、どこにでもいるというわけではないようだ。
ーー早く着かないものか。
その場所は体感で2時間ほどだろうか。 首都郊外を外れた加工工場は、思いのほか規模が大きく目的の場所はすぐに目についた。
「あれが…加工工場なんだよな?」
「そう。 …あの中にお父さんが捕らわれている」
白銀の世界で工場は目立つように黒煙をもくもくとあげている。 工場は稼動中なのだろう。 灰色の無機質な外観は一種の不気味さを感じる。
「…見てないでさっさと侵入しましょう。 なんだか気味が悪いわ」
「…隼輔」
「ああ。 ーーイマジン」
ダーリヤに促され包帯を取り、イマジンを起動させる。
当然、入り口から侵入するわけには行かないからな。
それに入り口にはメタルガードが立っている。 遠目でも結構な数だ。見つかったら厄介な事この上ない。
加えて、空にもメタルポットが徘徊している。 空へのルートも不可能だろう。
さて、潜入する方法だがどうするかというと、至って簡単だ。
早朝の作戦会議で話した通り、俺は左手を大きなドリルに形成する。
そう、地中からドリルで掘って建物内部に入ればいいと至ってシンプルな方法だ。
イマジンの想像力ならどんな硬い石だろうが地層だろうが軽々と粉砕できるだろうしな。
「すごい…本当に手が変化した」
見る見るうちに手の形状から鋼鉄のドリルへと変貌する様をダーリヤは目を丸くして観察している。
彼女には俺の力を説明しているが、実際に見るのは初めてなので軽く驚いているようだ。
「…その力はあなたの魔法なの?」
「そんなもんかな…よし、チャチャっと行こうぜ」
詳しい話をする訳にはいかず俺は軽く流しドリルを地面につけ、勢いよく稼働させる。
キュイーンと無機質な機械音と共に徐々にドリルは激しさを増し、回転していく。
すると、徐々に地面が削れていき人が入れるほどの穴を作る。
俺は左手を突き出すように作り出されていく穴に入り、後には彼女たちも入っていく。
石や砂をもろともせずに粉砕する、勇ましく掘り進むドリル。
地中の侵入は服や顔に砂利や泥がまとわりつくが致し方なく我慢する。
ーーだいぶ奥まで進んだであろう。
俺は方向を転換し、斜め上に掘り進んでいく。 このまま行けば工場の何処かには繋がっているだろう。
掘り進めると感触が地面特有の物ではなくコンクリートのような膚ざわりになり、俺はドリルの力を弱めていく。
やがて、地上に達したようで明かりが差し込む。 俺は這い上がるように金属の床に着地した。
「着いたみたいだな」
「案外、うまく言ったわね」
砂や泥を払いながらアリシアは辺りをキョロキョロと見渡す。
「ここはどこかしら?」
辺り一面が白い壁に覆われている。
…ここは個室か?
室内に置かれているのは、備え付けの家具のベッドやテーブルと生活感があるものだ。
テーブルには何かの資料だろうか。紙の束が綺麗に整頓されており横にはカップがある。
誰かの部屋なのだろうか?
「宿直室かなにかか? ダーリヤ、知っている
か?」
尋ねる俺にダーリヤは眉間にしわを寄せる。 どうやら初見のようで考える仕草をする。
「可笑しい…この工場に人がいるとすればあそこだけのはず…こんな部屋があったなんて知らなかった。なんで…」
「でも、明らかに人がいた形跡があるわねここ。 これを見て」
アリシアがカップを指す。 中を見ると黒い液体が入っていた。
中身はコーヒーなのだろう。 湯気はなく冷めているが、それは先ほどまで人がいた証拠だ。
「…このままここにいるのはマズイわね」
「そうだな。 バレて通報なんかされたら大変だ。 さっさと行こう」
俺が開けた穴は目立つ。この部屋の住人が入ってきたら直ぐにバレてしまうだろう。
なら、モタモタしてられないよな。早めに目的の救助に行かねば。
「うん…でも、どうやら大分奥に進んでしまったみたい。 ここがどこに位置しているのか正直分からない…手探りで収容場を見つけるしかない」
「どうする? また穴を開けるか?」
「ううん、それはリスクが大きい。そう何度も出来ることじゃない。…このまま進む」
「分かった。廊下に出るのか?」
「ううん、ここから」
上を指す彼女。 その方向には天井に続く通気口があった。…なるほど、ダクトから進むのか。
「成る程な。これなら機械人形にバレる事も
ないな。…よし、じゃあ入ろう」
「隼輔。 先に行って」
「え? なんで? ダーリヤが先の方がよくないか」
「わ、私は…」
「はぁ…」
俺のその発言に困った表情を浮かべるダーリヤ。意図が分からずアリシアをチラリと見ると、呆れているのかため息をついていた。
「え? なんかまずいこと言ったか?」
「あのねえ隼輔、女の子がこんな狭い通路を進むとなると…分かるわよね?」
「あっ…」
合点がいく。 そっか。ダイレクトに下着が見えるもんな。
デリカシーがなかったな…
「わ、わかった。 俺が行くよ」
「うん、お願い」
ベッドの上に位置している通気口を開けて、ダクトの中に入る。
通気路は思った通り狭い。 大人一人がやっとの大きさだ。
「うう」
「? どうした?」
ダーリヤが短い悲鳴に似た声を上げる。俺は後ろを振り返るスペースがないので声をかけた。
「胸が突っかかる…」
「ああ…」
ダーリヤ、大きいもんな… 鎧越しでは分からなかったけど脱いだらすごい迫力だった。巨乳と認定していいだろう。
「うっ…悪気がないのは分かるんだけど、なんだか惨めな気分になるわね…」
様子からしてアリシアが落ち込んでいるのが目に見えてわかった。
…気にしているのだろうか? 言うほど彼女は貧乳というほど小さくはないと思うけどな。
…セクハラだと思われるから脳内にとどめておくけど。
3人無事にダクトに入り込み、匍匐前進のようにズルズルと進んでいく。
所どころに格子があり格子の隙間越しから下の様子が見える。
下には入れ替わり激しくメタルガード達が慌ただしくも何か作業をしているようだ。
彼らはいそいそと何かパーツのようなものを運んでいる。 目を凝らすとそのパーツは、彼らの体に付着している機械の部分に酷似していた。
すると、奥の方で何か工場特有の作業音というか、大きな機械が稼働しているような音が聞こえる。
ゴウンとそれはやけに五月蝿く俺の耳をつんざく。
「なんの音だ?」
「…様子を見た感じだと、パーツを組み立てているんだと思う」
「パーツ?」
「機械人形にするためのパーツ」
「…」
この奥で、機械人形にするための作業が行なわれているのか…
一瞬、立ち止まりたい気持ち押し殺し俺は、前に進むことにした。
近づくにつれ轟音に似た音は激しさを増していく。
すると、作業場なのだろうか? ばかにこの部屋は広く、 配置されているメタルガードも異様に多い。
作業台の長い台の上では、ローラーのようにコロコロと同じ部品が運ばれている。
それをメタルガード達がくっ付けているようだ。
ーーあれはなんだろう?
すると、メタルガード達が何かを引き上げて来た。
「…っ!」
一瞬、声をあげたくなるが俺は瞬時に口を抑える。 それほどまでに目を覆いたくなるような光景だった。
機械人形に運ばれているそれは…
ーー紛れもなく人間だった。
台車の上では成人した男女が胸像のように置かれており、彼らの首には透明な液体を通した細い管が何本も繋がれている。
どうやら死んではいないようで、か細く羽音のように静かに呼吸を繰り返している。
ただ、共通しているのは全ての人間が四肢を切断されている事だ。
切断面は何か強い力で切られたかのように生々しく、露出している傷に俺は思わず目を逸らしてしまう。
ただでさえ離れたこの距離でも乾いた血液の不快な臭気を感じとれ、ドラマや映画でしか見たことがない猟奇的なこの空間は、俺を心の底から恐怖と怒りで支配した。
…惨い、惨いすぎる。 これじゃまるでダルマだ。
「ぅっっ!」
異常な光景に目頭が熱くなり、胃の中にあるものが口に込み上げてくる。
ーーダメだ。 吐いちゃ、ダメだ。
「耐えてっ…気持ちはわかる。 けど、耐えて…」
「ねえ? 何が起こっているの? 私にも教えなさいよ」
「…ダメだ。 アリシアは見ちゃダメだ」
「なんでよっ」
後方のアリシアは明らかに疎外感をまとった声色になる。 しかし、これを見せるのはあまりにも酷すぎる。
「頼む…アリシア、分かってくれ…これはいくらなんでも…やめたほうがいい」
「…わかった」
納得はしてはいないようだが、一応は飲み込んでくれたようだ。
再度、視線を下に向けると気になる点が浮かんだ。
彼らには目はなく何かで深く、抉られたように二つの暗闇を作っていた。また、頭頂部はぱかっと切り開かれており頭蓋や脳みそが露出している。
やがて機械人形達は連れてきた人間達を作業台のレーンに乗せ、運ばれる彼らをメタルガードがこなれた感じでパーツをつけていく。
むざむざとその様子を見せつけられ俺は、フツフツと怒りが湧いてくる。
ーーちくしょう。 俺は何もできないのか。
「…なあ、ダーリヤ。 このまま飛び出して彼らを助けることはできないのか?」
努めて冷静に俺は言う。 今にでも感情が爆発しそうだが堪えるしかない。
「隼輔…気持ちはわかるけど、無理。この姿にまでなったら…どうあがいても助からない」
心情を察してか冷静に返すダーリヤ。
「……この後はどうなるんだ?」
「…組み立てが終わった彼らは機械のパーツで溶接される。 頭が切り開かれているでしょ? あれは脳を機械の器に移し替えるため」
「…あの人たちはこの工場であんな姿にされるのか?」
「そう。 最初の工程でああなる。 …私も潜入するまで知らなかった」
「…早くお父さんを助けよう」
「うん。こっち」
後ろ髪を引かれる思いでその場を後にする。
後方には機械の音が反響するように耳に残った。
「うん、ここなら見覚えがある。 ここで降りよう」
ダーリヤが勢いよく格子を蹴り飛ばし地上に降りる。俺とアリシアもそれに続いた。
先ほどまでとは違い、彼女は道を覚えているのかスムーズに進んでいく。
途中メタルガードが目の前に現れるが、隠れてやり過ごしながら目的の場所に向かう。
彼らは作業中の事もあり、一点の場所にしか目が向いていないようで欺くのは容易だった。
「この奥が収容場」
突き当たりの廊下を曲がると、行き止まりになっていて、そこには大きな扉があった。
ーーここに囚われているのか…
「 隼輔、解除をお願い」
「よし来た」
俺はイマジンを形成し、鍵を作る。
苦戦する事もせず、扉はすぐに開いた。
扉を開けると、部屋の前には鎖で繋がれた人が何人も横たわっている。すると一様に全員がこちらに注目した。突然の来訪者に驚いているようだ。
「…お父さん!」
ダーリヤが人をかき分けて、一人の男に前に飛びつくように抱きついた。
「ダーリヤっ! なんでここに…」
彼女の父なのだろう。 驚いている彼は無精髭を生やしたやや肥満の中年男性だった。
「お父さんを助けに来た。 帰ろうっ。お家に、お母さんのところへ…」
「…お前一人で来たのか?」
「ううん、そこの二人と一緒に」
「君たちは…」
ダーリヤの父がこちらに目を向ける。
「どうも、隼輔です。 こっちはアリシア。 ダーリヤさんにあなたを助けて欲しいと頼まれたんです」
「わざわざ、こんな危険を冒してまで…ありがとうございます」
「お父さん、そんなことより早く逃げよう。…隼輔」
「ああ」
「すまない…恩にきるよ」
イマジンでハサミを形成し、鎖を切る。
ハサミは太く頑丈そうな鎖を物ともせずに軽々と断ち切った。
「ま、待ってくれえ!」
「俺たちも助けてくれよ!」
「機械人形になるのは嫌ぁ!」
「後生だ!頼むうぅ!」
ダーリヤのお父さんの枷を破壊したのを皮切りに他の人たちも、こぞってこちらに群がる。
「分かってます。 順番に並んでください」
並ばせた人達を順番に解放させる。 長く時間をかけられないので俺は出来るだけ素早く解除した。
「改めまして、ダーリヤの父のミハイルです。 して、この後は?」
全員が解放されたのを見て、ミハイルさんが口を開く。この後とはどうやって脱出するかだろう。
「このまま、各自バラバラで行動するわけには行かないわよね…」
「それは駄目。 1人が発見されるとネズミ講のように連鎖で見つかる。団体で行動するしかない…けど正攻法で廊下を突き破って行くのは危険。どうすれば…」
この人数で行動するとなると、メタルガードに見つかるのは必然であろう。 なにぶん大人数だ。この施設だと複数の足音は響くだろうしな。
「もう一度、穴を掘るか?」
「この数の移動となると…時間がかかりすぎる。途中でバレたら取り返しがつかない」
「だよな…」
ーーだったらこれしか方法はないよな。
「…よし、俺が機械人形を引きつけるよ。 その間にみんなは逃げてくれ」
そうとなったら話は簡単だ。俺が囮になればいい。
ダーリヤはお父さんの事もあるし、帰りのルートも把握している。 アリシアには危険な事を任せたくはない。 なら、適任は俺だろう。
「それはダメよ」
「…却下」
俺の意見は女子二人にすぐさま否定された。
「そんなこと、私たちがいいと言うと思っているの? 一人でなんて危険すぎるわ。 絶対ダメよ」
「でも、それしか方法がないだろ?」
「…隼輔。もし、機械人形と闘うことになったら、あなたはいいの? 元人間を、あなたは人を殺すことになる」
「…それは」
分かっている。 メタルガードやメタルポット、彼らは意識さえないものの生きているんだ。 呼吸もしている。
戦うということになれば、不当に改造させられた罪のない人間を俺は手にかけることになる。 その覚悟が俺にはあるのか?
ーーでも、ここで誰かがやらなければ皆捕まってしまうだろう。 それではなんの意味もない。 ここにきた意義もだ。
「…もちろん、その場で応じて闘うつもりだ」
「隼輔…」
「でも、俺には幸いイマジンの力がある。 この能力だったら加減はできるはずだ。 なんとかしてみせるよ。…俺の目的はみんなを助けることだ。だから、この場は俺の策を汲んでくれ…頼む」
「っダメよ! こんな危ないところを貴方一人で…みんなで逃げましょうよ!なんなら私も一緒に闘うわ」
「…わかった。 でも、気をつけてね」
「ちょっと!?」
「ありがとな。ダーリヤ。 …アリシア、分かってくれ。 逃すとなったらこの人数だとダーリヤだけでは難しい。 せめて後一人は必要だ」
「隼輔……分かったわ。 絶対に、絶対に死んではダメよ。 私は貴方が機械人形にされるだなんて嫌だからね」
意見がまとまり、ダーリヤを先頭にゾロゾロと慎重に走り始める。 勿論、後方にはアリシアがいる。
皆が引き上げていくのを見て、俺は反対方向に大きな音を立てる。
無論、奴らに感知されるようにだ。
すると気づかれたようで、メタルガードがゾロゾロと群がってきた。
俺を視認した奴らは懐から何かを棒のようなものを取り出す。 中には銃口なようなものを俺に放とうする者まで。
ーーこりゃ、本気で行かないとな。
もちろん、殺さないように加減はするつもりだ。 大丈夫。イマジンで想像すればいい。
「おやおや」
その時、メタルガード達は一斉にまるで、充電が切れたように足を止めた。
コツコツと何者かがゆっくりと向かって来る。革靴特有の足音が廊下に響き、俺は身構える。
「こんなところに人がいるなんて、不思議ですねぇ」
その声はやけに薄気味悪く、背筋をヒヤリとさせるものだった。 まるで肝が冷えたかのように足音が近づくにつれ、動悸がドクドクと早鐘を打つ。
「お前は…」
かき分けて俺の前に現れた者は、明らかに普通の人間ではなかった。
それは姿形は人のそれだが、どこか人間離れした異様な毒々しいオーラを放っている。
ーーこいつに関わってはいけない。 俺の頭が非常ベルのように警報を鳴らす。
青と白のストライプのカッターシャツに黒いオーバーコートを羽織っている男。服装こそは一般人に見える。
ただ、特徴的なのは顔だ。
全身をラバーヘルムで纏った覆面には棘のように鋭いスタッズが至る所にビッシリと付いており、表情は読み取れない。
また、素肌を何かぴっちりとした黒のスーツで隠している。
…不気味だ。
けど、この得体の知れない男を俺は知っている。
「ようこそ、お客人。 おもてなしを致しますよ。 たっぷりと、ね」
(隼輔。 …ヤツだ。ヤツが…)
…俺は知っている。
こいつが八英傑の一人。この狂気の現場を作り出した男。
ーールーブリックだということを。




