機械人形
朝になった。
あまり十分な睡眠は取れなかったが、疲れ自体はだいぶ取れた気がする。
屋根のついた所で寝るのは数日ぶりだったしな。
俺は早々に出発の準備を済ませ、集合場所のフロントに赴く。
2人はいなかったので、どうやら俺が一番乗りのようだ。
「隼輔。おはよう」
「ああ、アリシア。 おはよう。ダーリヤもおはよう」
「…おはよう」
程なくして2人がやって来て簡易的な朝食をとり、首都行きを再開するため宿を出る。
勿論、メタルポットは今も飛行してるので注意を払いながら進む。
上空からこちらを監視しているため俺は布で顔を覆いながら慎重に歩く。 前を歩いているアリシアもローブを深く被っている。
「やっぱり少し冷えるな」
起床して気づいたが、やはりここはコールマール。 国境近くでも気温は寒い。
「ここを発つ前に防寒の準備をした方が良さそうね」
アリシアも寒いようで吐く息が白い。
「その方がいい。 もう少し先に進めば一気に雪国になる。 あなたたちの装備では厳しいかも」
「そうだよな。それじゃ、先に買い出しに行くか。 ダーリヤ、ここら辺の市場はわかるか?」
「この街はあまり知らないけど、それなら」
ダーリヤに案内され、俺たちは寒さ対策のために市場に行き道具や衣類を購入する。
幸い市場は大きな布の屋根で覆われているため、メタルポットに危惧する必要もない。
朝ということもあるのか市場は活気がなく閑散としていた。
買い物客や商人の顔は心なしか暗く感じる。 煩いくらい賑やかなザルツラントの市場とは大違いだ。
立ち並んでいる商店に観光客よろしくキョロキョロしながら物色していると、目先に服屋がありアリシアが立ち止まる。
品揃えは暖かそうな服が多い。 服はここでいいだろう。
「うん、この外套にしようかしら」
アリシアが紺色のコートを手に取る。 オシャレなデザインだけど体を動かすには不向きそうだな。
「お、いいじゃん。 似合ってるよ」
コートを軽く羽織る彼女が似合っているため率直な感想を言う。
「ふふん、当然よ! …隼輔もこのセーターとかいいんじゃない? 中に着れば暖かいはずよ」
「そ、そうか? これが似合うのか?」
アリシアが勧めたのは赤と緑のストライプが入ったド派手なセーターだった。
いたるところに星が散りばめられており真ん中には大きなトラの顔…シンプルにダサい。
彼女と俺の服の好みには大きな乖離があるようだ。
「何よ、不満なの? …仕方ないわね。 もっといいのを探してあげるわ」
「…あ、この手袋もいいわね。 こっちのマフラーも」
アリシアが手に取る商品はどれも主張が激しい物ばかりだ。
…なるほど、俺とアリシアの服の感性が違うってことは分かったぜ。
「…」
アリシアは無言になり、物色タイムに入ってしまった。
あれ? もしかしてこれって、時間かかるヤツか? …参ったな。
女ってこういうのに時間をかけるっていうもんな…
まあ、ダサいデザインだろうともこの国で活動するなら必須だ。必要なものには出し惜しみはしたくはない。
ユリーカに路銀ならたんまり貰っているし、それほど値段は考慮せず目的のものは買える。
「そういえば、ダーリヤは何か寒さ対策とかしているのか?」
鎧にスカートだしな。 雪国向きの格好と言えるのだろうか。
「私は…」
ダーリヤがさっと鎧を脱ぎ、半身が露わになる。
…一瞬ドキッとしてしまったのは秘密だ。
シャツにニットを重ね着しているようだ。 というか鎧を脱ぐと意外と普通だ。
「なるほど。ん?…鎧の内部にも細工してるのか? 」
「うん、昨日のスノーウルフから取れる毛皮を内部にこしらえてる」
「へえ、色々工夫してるんだなぁ」
「ねえ、隼輔。 これとこれならどっちがいいかしら?」
アリシアが手袋を差し向ける。 今度は派手なデザインではなく落ち着いた色合いだ。
「え? ああそうだなぁ。 そっちの黒のほうかな」
「じゃぁ、逆の方にするわ」
「なんでさ」
「こっちの黒いほうは隼輔がつけるからよ。 だから私はこっちの緑色にするわ」
「ああ、そういう事か。 でも、選ぶなら俺が選びたいな」
「…私のセンスに何か問題あるの?」
「あ、滅相も無いです。これにしましょう」
よろしいと誇らしく顔を綻ばせる彼女は、自分用と俺用の商品を購入している。
結局自分で選んだやつはこのニット帽だけだ。勿論色はイエロー。
黄色、好きなんだ。
装備を買い。 次に向かったのは道具屋だ。
けど、これに関しては俺に必要そうなものはなく他の2人が何か買っていた。
アリシアは矢を買っていて、ダーリヤは何か石のようなものを。
ちなみにこの世界にはいわゆる回復剤とかポーションの類はない。 怪我をしたらシンプルな二択だ。引き返すか進むか。 単純な話だ。
よくよく考えたらみるみるうちに怪我が再生するなんて便利すぎる話だよな。 どういった仕組みなんだろうか?
あ、でも回復魔法ならあるみたいだぜ。 構造はよくわからんけど専門職の賢者とか司祭が使えるみたいだけどな。
「準備完了ね! それじゃ、首都に向かうわよ!」
「お、おお」
「二人共、気を張るのはいいけど…メタルポットには気をつけてね。それとこの先には違うのもいる。 メタルガードとか」
「メタルガード?」
「…メタルガードは人型の形をしているからすぐにわかる。 けど、見つかると厄介。 だから、気をつけて」
「あ、ああ留意するよ」
「うん、それじゃ出発。 ここから首都までなら夜には着くから安心してほしい」
「あら、意外と首都は近いのね。 コールマールは広いからてっきり奥まで進むかと思ったわ」
「北部の方に街はあまり無い。 極寒すぎて人が住めないから…だから街は比較的住みやすい南部に集中してる」
「なるほどな。よし、それじゃほんとに行こう」
「ええ」
ダーリヤが先導し街を発つ。
空を見ると相変わらずメタルポットが何体も飛行していた。
首都はもっとたくさんいるんだろうな…
首都はここからさらに北に歩けばいいので心配はしていないが、唯一懸念しているのはダーリヤが言っていたメタルポットだ。
メタルガードなんてやつもいるらしいし。 気をつけて進もう。
どのくらい歩いただろうか。
正規のルートを通っていなかったためか、首都にはずいぶん遅く着いた。
なんでも正規ルートを通る道は、ルーブリックの研究品で溢れているからとダーリヤの言う通りに進んでいた。
まあ、多少道のりが遠くなろうと危険がないことにこしたことはない。
コールマールの地理事情に疎い俺とアリシアは、ダーリヤの選択には基本的に従うだけだ。
「やっと、首都が見えて来たな」
辺りは暗く夜の帳に包まれているが、中央には街特有の明かりが広がっている。
あれが、コールマールの首都…
規模的にはザルツラントより少し下か。
首都には着いたものの、上空を見るとホタルのように無数の明かりが飛行している。メタルポットだろう。
「で、どうやって中に入るの? 普通に入るわけにはいかないわよね?」
「うん、街中にはメタルガードがたくさんいる」
俺とアリシアがあの機械人形に見つかると大変だ。
今までの苦労が水泡と化す。それだけは避けたい。
しかし、どうするのだろうか? ギリギリ城壁の側まで来たもののこれでは袋小路だ。 空からはメタルポットがいるし、普通に入ろうとすればメタルガード。
コレって、詰んだのでは?
「大丈夫、安心して。 ここから入る」
ダーリヤが下を指す。 さす方向を見るとマンホールがあった。
なるほど、下水道から首都に入るってことか。
「げ、ここから入るのね…」
露骨に嫌そうな表情のアリシアは顔をしかめる。
「仕方ない。 我慢して」
慣れているのか分からないが、あっけらかんと涼しい顔で言い放つ彼女。
「仕方ないよアリシア。 腹括ろうぜ」
「…はぁ。 はいはい行くわよ」
モタモタしていられないため、蓋を開けさっさと下水道に入る。
中は暗くジメジメとしており、不快な悪臭と湿気特有の一種の気持ち悪さが立ち込める。
「アリシア。 火の魔法は使える?」
「ええ、使えるわよ。 …ああ、明かりね。 はいっ」
「ありがとう。 私が持ってたランプは壊れちゃって」
アリシアが小さな火を作り、辺りが照らさせる。
「私が道を言うから、先に行って」
「ええ」
狭い通路を進む。
時折地上からバタバタと慌ただしい足音や水路特有の水の流れる音を聞き流しながら、俺はそういえば前も同じような事をしたなとぼーっと考える。
「ダーリヤは首都を出るときもこの道を使ったのか?」
「そう。 だから、道は覚えてる。…着いた。 この辺」
ダーリヤが立ち止まり、上を見上げる。
「この上なの?」
「そう。 私が先に確認するからまってて」
梯子を先に登り、地上に顔を出す。
「大丈夫、いない。 登ってもいい」
「分かった」
地上に着く。 当然だが外は相変わらず暗闇のままだ。
というより寒い。 一気に外気の寒波が肌にピリピリと付き纏うように襲い俺は身を震わせる。
「うう寒いっ…ダーリヤの家って?」
「この角を突き当たりですぐ」
「そっか。 わかっ」
「…! 待ってっ」
ダーリヤが俺たちを壁際に引き寄せる。
耳を澄ませるとこちらに何かが向かって来ているようだ。
ーー足跡だ。
ガシャガシャと明らかに人ならざる者のその足音に俺たちはジッと壁越しに息を殺す。
「あれって…」
奇妙なものが歩いていた。
ーーロボットだ。 それも人型の。
鋼鉄のボディに人間らしく無い無作法な動き。 それは一点の方向に注視してヅカヅカと進んでいた。
ロボットの手にはライトを持っている。 見回りだろうか。
ただ、メタルポット同様に体はツギハギで人間の肌の部分も見える。
頭部や胴体なんか半分が生身の人間の肌だ。
時折、払い呼吸を繰り返しており一層人工物のそれは不気味に感じた。
「…あれがメタルガード。 …動かないでね。 こいつは音に敏感。 勿論目もいいから絶対にジッとしていて」
「ああ…」
やがて、メタルガードは歩き去って行った。
「行ったみたいね…」
「ちょっと確認してくる」
去ったのと同時にダーリヤが確認し注意深く進む。角を曲がると一軒の建物があった。
ここがダーリヤの家か。
煉瓦造りの古い建物だ。 看板もある。 お店なのだろうか。
「入って。歓迎する」
ダーリヤが鍵を使いガチャっと扉を開け中に入っていく。
「お邪魔しまーす」
アリシアは疑いもせずヅカヅカと入ってしまった。
案外物怖じしないタイプなんだろうな…
「お邪魔します」
俺は少しの用心を払い進んだ。
中に入ると、玄関スペースはなく。 どうやら土足のようだ。
室内は広く。 一般的な民家だ。
「どうぞ。座って」
ダーリヤに促され、目の前の椅子に腰を下ろす。
「少し待ってて、お母さん呼んでくる」
「いいのか、夜中だぜ? 無理に起こしちゃ悪いよ」
「…大丈夫。多分起きてる」
ダーリヤが奥の部屋に入って行く。しばらくすると妙齢の女性がやってきた。
ニコニコと笑顔を浮かべているが疲れているのだろうか、深いクマが特徴的だった。
「こんばんわ。ダーリャの母のエカテリーナです。貴方達がダーリャが言ってた方々ね。本当に遠いところからご苦労様です」
ダーリャとはダーリヤのことだろう。
「あ、どうも。すいません、こんな夜分遅くに…」
「ううん、いいのよ。 ここに来るまで大変だったのでしょう?むしろ、来てくださって感謝しています…ダーリャ、飲み物の用意は?」
「…あ」
「もう、お客さんなんだからちゃんと用意しなきゃ…ごめんなさいね、うちの娘うっかり屋さんなのよ」
「いえいえ、お構いなく…」
「紅茶とコーヒー、どっちがいいかしら?」
「私コーヒー」
「あ、俺も」
「どっちもコーヒーね。 ちょっと待ってて。 ダーリャ、先に話してなさい。 少しお湯を沸かしてくるわ」
「うん」
エカテリーナさんが奥の台所に行くのを確認したダーリヤは軽く息を吸い込む。
「正直、どこから話せばいいか…途中、分からなくなったら言って。 長くなるから」
「ああ、分かったよ」
「先ず、…この国の事をどう思う?」
「…そうだな。 まだよく分からないけど。 なんだか暗い雰囲気だなって」
「そうね。 宿泊した街もなんだか様子が変だったもんね」
首都の様子は見ていないが大方、先の街の雰囲気と変わらないのだろう。
「うん、その通り。 この国は今まさに地獄のような有様」
「…それってやっぱり、ルーブリックが関係してるんだよな」
「…そう、あいつが。あいつが諸悪の根源。 …コールマールは今やルーブリックの思いのまま」
「ねえ、そのルーブリックは一体何をしたの? そろそろ話してもらってもいいわよね?」
「 …ルーブリックがした事、それは人を人ならざる者に変えていっていること。…あのメタルポットやメタルガードは元人間」
「…そっか。 やっぱりアレは元人間だったんだな」
大方予想はついていたが、その通りとなるとなんとも言い難いな。
「一体、どういうことなんだ? 人をあんなものにするなんて」
「…ルーブリックが科学者なのは知ってる?」
「ああ、何を研究してるかは分からないけど」
「彼が研究しているのは永遠の命。 それ自体に文句はない。ただ、彼は罪もない人達を…」
「確かにそんな話、聞いたことあるわね。 英傑に関しては何かと耳に入るし噂になる。 ルーブリックに関しては情報が少ないからだけど著名な研究者なのは知っているわ」
「…私は彼と話したことがないから、詳しくは分からない。 でもコールマールの人々は彼の研究に犠牲になっている。 彼のエゴのために、終わらない人体実験の被害者に」
「永遠の命…」
馬鹿げている。 そんなファンタジーみたいな事が実現できるのだろうか。
確かに不老不死は誰もが一度は憧れ願う事だろう。
しかし、生まれれば必ず死はやってくる。 偶然なんてものはなく死は必然的に平等な物だ。
彼のやっている事は生き物の冒涜とさえ見受けられる。
「…大人や老人、子供まであの機械人形に変えられる。 これ以上私は辛くて見ていられない…私には力がないから…」
「疑問なんだけどさ、なんで誰もルーブリックを倒そうと思わないんだ? あいつをやっつければそれで終わりなのに」
「逆らえない…あいつの能力には誰も抗えない 」
「アイツの能力って?」
「…自分の意のままにできる力。ルーブリックは他人の精神を操ることができる。 それはまるで洗脳。… だから誰もルーブリックに逆らえない。逆らえば機械人形にされる。 だから、王国も彼には逆らえないまま言いなりになってる」
洗脳…一種の精神操作ってことか。 グスタフ王もそうだがやっぱり英傑は化け物じみた能力を持っているのか。
「洗脳の力を使えば、他社は自分の意のまま。 もし逆らえば自分や身内も機械人形にされる。 あの姿になりたい人なんていない」
「でも、現状がこのまま機械人形で溢れてるってことは結構の人間が反旗を翻したって事だよな?」
「最初はそうだった。 …身寄りのない子供や老人を改造されてみんな憤り、奴に反抗した。 …でも、ダメだった。 ルーブリックは強い。そして賢いから。 …それからは徹底した弾圧があった。それでも、人々は立ち上がったけど無理だった。 機械人形達に私たちは常に監視されている。だからすぐ露見した」
「なるほど…そうなるともう手段はないわね。 そりゃザルツラントのようにはいかないわよね」
「反抗の芽がなくなったらあとは簡単。 ルーブリックは物乞いや仕事がない人。 理由をつけては機械人形にした。 それから彼直々に見繕った者も…」
「と言うことは至る所に問題事が現れたんじゃないのか? 多くの人間が連れ去られたって事は労働力の低下にも繋がるしな」
「その通り。みんな仕事に溢れないように必死。そのせいかこの国の出生率は他国に比べてすごく少ない。…食料問題も浮き彫りになった。もともとコールマールは作物が育たない不毛な大地。 食物自給率は過去最低クラスに低迷してる。スノーウルフが国境線近くにいたのもそれが理由だと思う」
「それがこの国の現状か…」
「そして…先日、父が捕まった」
「っ!? それは本当かよ! 助けには行ったのか」
「勿論、行った。 …でも、助けられなかった。 だから私は貴方達に会いに行った。 …改めてお願い。 父を、コールマールを救ってほしい」
「…分かってるよ。 大丈夫だ。必ず、救ってみせるよ」
「隼輔…うん、ありがとう」
「私も勿論助けるわよ! そんなの看過できるわけないもの」
「アリシア…」
「というか、せっかくのコーヒーが冷めちゃうな。エカテリーナさんありがとうございます」
話に聞き入っていたら、いつの間か目の前にコーヒーが置かれていた。側でエカテリーナさんも話を聞いていたようだ。
「ううん、いいわよ。 大事なお話の最中だったもんね。 それより、私からも夫をお願いします」
「はいっ任せて下さい。 必ずや旦那さんを連れ戻してみせます」
「…明日からお父さんが捕まってる所に行く。 本当はすぐ行きたいけど、計画もないまま行くのは無謀。 だから明日、計画を立てたらすぐに発つから今日はゆっくり休んで」
「本当に明日でいいのか?捕まって直ぐ機械人形にされたりとかの心配は?」
「それは大丈夫。機械人形に改造されるのはせいぜい週に一度くらい。 きっとどこかで隔離されているはず。」
「それなら安心だな」
「それじゃ、解散しましょうか。 私はどこで眠ればいいのかしら?」
「アリシアは私の部屋に」
「ベッド?」
「うん、アリシアが良ければ一緒に寝よ」
「誰かと一緒なんて久しぶりな気がするわ。今日はぐっすり眠れそうね」
「ダーリヤ。俺は?」
「ごめんなさい、隼輔はリビングでもいい?」
「ああ、いいよ。 足を伸ばせればどこでも寝床になるからな」
それぞれが各自就寝につく。
昨日に続き、今日も早い解散となった。
明日から恐らく戦闘になるだろう。 魔力は十分に蓄えている。 もし、ルーブリックに出くわしても対処はできるはずだ。
ソファに横になる。 厚手の毛布を二枚被りヌクヌクだ。
気を利かしてくれたエカテリーナさんが、暖炉に火をかけてくれたので寒い思いもしない。
最近はじっくり睡眠を取れなかったからありがたい。
ーー目を閉じる。 睡魔はすぐに訪れた。
朝。
「…準備はいい? そろそろ行くよ」
玄関のノブに手をかけるダーリヤ。
先程、作戦会議が終わったところだ。 遅めの朝食をとった俺たちは直ぐの出発となった。
「大丈夫だ」
「右に同じく。 いつでもいいわよ」
「加工工場に潜入するルートはあらかた覚えてるから、そこは心配しないで。けど、一つだけ」
「なんだ?」
「加工工場はその名の通り、人を機械人形に変えるところ…だから工場に入ったら」
最後まで言われなくても分かっている。 きっと想像を絶する光景なのだろう。
「っ、分かった。 …でも、助けられる人は助けてもいいよな? というか工場を壊してもいいのか?」
「それは関しては全面的に同意。 けど、工場の破壊はダメ。 ルーブリックに勘付かれたら大変だから」
「分かった。 じゃあ、行こうか」
「うん、お母さん。 行ってくる」
「ダーリャ…気をつけてね。 無理は絶対にダメよ。 貴女が逃げても誰も責めないわ。 お父さんもきっとそう。だから、命だけは大切にね」
「分かってる」
「隼輔さん、アリシアさん。 娘をよろしくお願いします 」
「はい、大事な娘さんですものね。一生懸命お守りいたします」
「それじゃ、行ってきます」
ドアノブを回し、玄関の扉が開く。
外に出ると同時に冷たく鋭い風が頬を撫でた。
…寒い。厚着して正解だな。
空はどんよりと暗い。 相変わらずメタルポットがハエのように何体も飛行していた。
昨日の下水道を使って、首都を出る。 普通に門を通って首都に出るわけにも行かないからな。
それよりも…いよいよ、敵方のエリアに行くわけだな。
目下の目標はまず、ダーリヤのお父さんの保護だ。 そして、救える人間は救う。
そして、ルーブリックの殺害。
(…カーズ、ルーブリックってやっぱり強いのか?)
(強いぞ。 国に代表された八英傑の一人なのだからな。 ただ、ダーリヤの話を聞く限りだと今日は鉢合わせする事はないだろう。 それまでには対策を考えておくんだな)
(助言してくれないのか?)
(甘えるな。最低限の事は自分で考えろ)
(へいへい)
俺はまだ知らなかった。
この先、あんな地獄のような光景を目撃することになるとは。
思いもよらなかったんだ。
次回から残酷な描写が数多く含まれます。 苦手な方はご留意下さいませ。




