ダーリヤとの出会い
「コールマールを救って…だって?」
いきなり見知らぬ女に声をかけられ、何事かと思えば彼女は驚きの発言をする。
確かにコールマールの現状が芳しくないのは知っている。
けど、疑問がある。
何故? 俺にそんな事を? いや、何故俺を知っている?
「…先日」
浮かんだ疑問をぶつけようとしたら、見透かした彼女が先に口を開く。
「先日、ザルツラントで奴隷になっていた者が帰ってきた。 なんでも、ザルツラント王都では王国軍と反乱軍が争いをしていて反乱軍が勝ったと。そして、奴隷は解放されて俺は今ここにいるって」
「…嘘まやかしの類かと思った。 でも、ホントだった。けど、ザルツラント国王は八英傑の1人。 簡単に倒せる相手ではない。でも、そんな国王を倒した男がいる。…それが貴方」
感情の機微がないようなまるで氷のように冷たく清らかな瞳で見つめられ、彼女がスッと俺を指差す。
「私は貴方を探しにここに来た。伊東隼輔で貴方は間違いない。…だから、コールマールに来て欲しい。ルーブリックを…殺して」
「…ルーブリック」
ルーブリックってコールマールの英傑だよな? カーズやグスタフ王からヤバイ奴とは聞いたけど…
「私たちの国にはすでに希望はない。 アイツを倒そうにもコールマールの人間にはルーブリックは殺せない…だからグスタフ王を倒した貴方の力が必要…お願い」
「それに私の父も…」
彼女の瞳が微かに潤む。それは氷細工の彫刻がジワリと溶けていくように。
「君のお父さん…? 何があったんだ?」
「……」
俺の追及に彼女は黙ってしまう。 俺たちの返事を待っているようだった。
「…こう言っているけど、どうするの隼輔?」
横で聞いていたアリシアも俺の答えを待っているようだ。
ーーま、答えなんて決まっている。
「…アリシア」
「何?」
「カメリア行きは少し先の話になりそうだ。 いいよな?」
「ええ、勿論いいわよ。 ふふ、腕がなるわね」
「…いいの?」
唐突な願いを聞き入れた俺たちに彼女はキョトンと目を丸くする。
「いいも何も、困っている人がいたら俺は手を差し伸べるだけだよ」
「ありがとう…そっちの貴女は?」
「アリシアよ。アリシア・ハーデンルーネ。よろしくね」
「うん、こちらこそ」
アリシアが手を差し出し、ダーリヤもそれに応じる。 いわゆる握手だ。
ダーリヤがこちらにも手を出し俺もそれに習う。
「…隼輔って呼んでもいい?」
「いいぜ、好きに呼んでくれ」
「うん…宜しく、隼輔」
彼女の手に触れ、意外に力がある事に面食らう。
ダーリヤの手は麗しい見た目に似合わずほど筋肉をつけた逞しい腕だった。 しかし、筋骨隆々な風体ではなく年若い少女にしか見えない。
ーーこれは相当手練れだな。
「さ、それじゃあコールマールに行くかぁ。 道、教えてくれるか?」
「勿論、こっち」
彼女が先導するように歩き出す。 それに俺たちも後ろに続く。
どうやら、先ほどの道とは逆の街道を歩くようだ。
「というか、徒歩でここまできたのか? 随分大変だったろうに…」
わざわざ俺を探しに歩いてここまで来たという事は、結構な距離の工程をこなしていたのだと思う。
それなら馬を使う方が当然、楽だ。
それに彼女の荷物は、ビニール袋ほどの大きさの巾着袋だけと非常に身軽だ。
「乗り物はアイツらにバレるから…徒歩の方が何かと都合がいい。 …コールマールは入るのは簡単だけど出るのは難しい」
「アイツら?」
「…言葉で言うより、実際に目で見てもらった方がきっと早い。 口で説明すると妄言に見えるから」
「あ、ああ分かった」
(隼輔、いいのか? そんなにすんなりコールマール行きを決めて)
カーズが俺の決断に真意を確かめる。 この感じは異論は唱えるというわけではないようだ。
(仕方ないだろ。 彼女が困ってんだから。 ノーなんて言えないよ)
(…ルーブリックについてだが)
カーズは何か言葉を選ぶような、珍しく慎重なトーンで話す。
(ヤツの噂、少しは私も聞いている。…隼輔、これだけは言っておく。今回に関してはザルツラントより生易しくはないぞ。 これから起こる事に決して目を背けるな)
(やけに熱心だな。そんなにコールマールはヤバイのか)
(行けば分かる…心してかかれよ)
コールマールへの行き先は簡単で、ここからずっと北に向かって歩けばいいだけだ。
俺はダーリヤの含みを持った発言に少しの不安を抱きながら、目的の場所へと少しずつ歩みを進めた。
(大丈夫だ、俺にはイマジンがある。 負けることはない…それに頼れる仲間だっている。 なんとかなるさ、きっと)
「今日はこの辺で切り上げたほうがいいわね」
半日は歩いただろうか。 アリシアが陽が沈むの確認し、野宿を促す。
「…」
それに不満なのはダーリヤだ。
仮面をつけていて表情は読み取れないが肯定するように見えない。
「まだ、大丈夫。少しでも先の進んだ方がいい」
移動の再開を促すダーリヤにアリシアが反論する。
「そんな事を言っても疲れたわよ。 ここは一度休憩しましょう」
「でもっ」
それでも食い下がる彼女は何か焦るかのように語気を強める。
「…なあ、ダーリヤ。早く着きたい気持ちも分かるけど。ここは休んだ方がよくないか?」
「ダメ。この時間が勿体無い」
アリシアに助け舟を出すがダーリヤの一言で一蹴される。
そこまで鬼気迫った状況、なんだよな…
「…あとコールマールにはどれくらいで入れる?」
「あと、五里ほど」
約20キロ…まあまあ近い方か。
「夜に侵入する方がなにかと都合がいい。 どうせ検問所から入らないから」
「検問所を通らないって、何か不都合なことがあるのか?」
「ルーブリックの監視下だから…」
俺たち外の人間が、検問所を通る事はマズイって事か。
それに、夜の方が侵入には適しているのだろう。
仕方ない。ここは素直にダーリヤに従おう。
「なるほどな…分かった。 アリシア、悪いけど先へ進もう」
「…はぁ、仕方ないわね。 けど、ご飯は今ここで食べるわよ。お腹すいたし」
「勿論、それには賛成だ。 いいよな?ダーリヤ」
それに関しては異論はないようでダーリヤが頷く。 するとグゥーと空腹特有の音が聞こえる。
結構大きな音だ。
俺はアリシアを見た。
「…何を言いたいか分かるけど私じゃないわよ」
「ご、ごめんなさい」
あ、ダーリヤか。 仮面を外した彼女は頬をほんのり赤くして俯く。
なんかこういう静かな子が恥ずかしがるシュチュエーションって……いいよな!
「だ、だよな! 腹減るよなぁ! あー、今日の晩飯は何かなー楽しみだなあ! わーい鶏肉だ!」
こちらもなんだか気恥ずかしくなってきたので、俺は虚勢を張るようにリアクションをする。
「昨日も一昨日も食べてるじゃない…」
アリシアは呆れたようにジト目でつっこむ。
「ダーリヤは何か食べ物は持ってきてるのか?」
「固形糧食なら」
「名前からして美味しくなさそうだな…」
「うん、美味しくはない。 けど、手軽に栄養を取れるから旅には必須」
さっと袋からその食べ物を取り出す。
あー、あっちの世界でよく見るやつだ。 バランス栄養食みたいな。
「ねえ、ダーリヤ。 何か調味料とか持ってたりしない?」
「これにディップしようとサワークリームならあるけど…これだけだと味気ないから」
アリシアのうかがいに彼女はまたも袋から金属製の容器を取り出した。 その様子にアリシアは顔を輝かせる。
「…! 貴女最高ね! …ねえ、このお肉少し分けてあげるからそのサワークリーム、私にも使わせてもらえないかしら?どう?」
「構わない。これには飽きてたから。 それに、お肉は好き」
「おいおいアリシア。 調味料ならここに…」
俺も負けじと岩塩を取り出す、サワークリームよりもやはりこっちだろう。 シンプルイズベストだ。
「ありがとう助かったわ!」
あれ? 聞こえなかったのかな?
「アリシア、調味料なら…」
「うるさい!」
「あ、はい」
食事を切り上げ俺たちは早々にコールマールへと向かう。
因みにサワークリームも悪いものではなかった。 意外と美味しかったです…
俺たち一行は特に問題事もなく、スムーズに進む。程なくしてザルツラントとコールマールの国境線に着く。
ーーここから先はコールマールか。
何気に他国に行くのはこれが初めてだな。
「ここから、コールマールに入る。 けど、一つだけ注意してほしい」
忠告するようにダーリヤが俺たちに換気を促す。
彼女の神妙な様子に俺たちも気を引き締める。
「ああ、なんだ?」
「メタルポットに見つかったらすぐに壊して」
「メタルポット?」
「……ルーブリックが作った機械人形のこと。 空を飛んで偵察してるからすぐ仲間を呼ぶ。危険」
「分かった。 何か変なのが飛んで来たらすぐ知らせるよ」
「ここを少し超えたら街がある。 …そこで睡眠をとる算段。そしたら、すぐに首都に向かう。 首都には私の家があるからそこで作戦を立てる」
「よし、先ずは街に入るのな。オーケーだ…っ!」
俺たちが今いるのは正規の国境線ルートから外れた林沿いの道だ。
このルートなら問題なく通過できるとダーリヤに進言してもらい林道にいる。
その為、周りの音には敏感になる。
ガサガサと近くの方向に、獣のような唸り声と共に複数の足音が聞こえる。
「何か来るわね…」
アリシアも気づいたようで身構えている。
「スノーウルフ…」
「スノーウルフ?」
「うん、ここら辺には生息していないはずなんだけど…」
待ち構えている俺たちの前に獣が姿をあらわす。 白い毛並みの狼が六、七匹俺たちを睨みつけるかのように立ち止まっている。
彼女のいう通り、スノーウルフというやつだろう。
狙いを定めているようで俺たちを舐め回すようにベッタリと一瞥する。
「…来るわよ!」
やがて、一匹が先陣を切り俺たちに襲いかかる。
「よし、ここは俺が」
「任せて」
ダーリヤがを制し、狼の集団に立ちはだかる。
「ギャギャァ!」
続いてもう一匹と、ホワイトウルフは二匹同時にダーリヤに飛びかかる。
ーー危ない!
が、しかし反応するかのように何かが宙を舞う。
ーーそれは狼の頭だった。
頭をなくした胴体は力なくその場で倒れ。 首からは血がドクドクと流れている。
彼女の右手から瞬時に刃が飛び出たのを俺は見逃さなかった。
あれは手甲剣だろうか? ゲームで見た気がする。 たしかパタという武器だ。
ガントレット越しに手首をガッチリと固定してあるそれには刃を収納できるように見えない。
刀身を出現させたのか? 魔法の類なのだろうか。
自然な動作で刃を消し、彼女は狼に向き直る。
彼女の仮面には返り血が付いており表情がわからない分帰って不気味に感じる。
勝てないことを悟った獣達はスゴスゴと逃げるように引き返していった。
「終わった」
「強いな…」
そんな単純な感嘆詞を溢す。
それほど、彼女の実力は強いと断言できる。
「そんな事はない。 ここら辺のモンスターの事を私が知っているから対策できるだけ」
それだけではない。 彼女の実力は折り紙つきだろう。 迫り来る二匹の獲物の首を同時に刎ねるあの早業と腕力。 常人では到底出来ない芸当だ。
それを平然とやってのける彼女の実力に俺は素直に認めざるおえない。
「それにしてもこの武器…初めて見るわね。 使いこなすのも難しそう」
「昔、色々あって…それよりも先に進もう。 時間が勿体無い」
「あ、ああ」
ダーリヤの指示に俺たちは従い、早足で進む。
国境線を抜けてしばらく進んでいると夜の冷たい風が俺たちの前を吹き抜ける。
そういえば、コールマーは北国だもんな。 街に着いたら防寒の準備をしないとな。
「灯だ…街、だよな?」
「うん、着いた」
少し先に灯が広がる。 どうやら街に辿り着いたようだ。 僅かな安堵感が訪れる。
「さっさと入りましょう。 もうクタクタよ」
「待って」
ダーリヤがアリシアの動きを制す。
「上をみて」
上空を見ると何かが飛んでいた。
動物の類ではなく、それは無機質に同じ場所を繰り返し飛行している。
その姿はまるでダルマのようだ。 胴体の部分に灯が付いているようでピカッと電気を纏っている。
「あれがメタルポットか?」
「そう。 アレに見つからないにして。 ここはもうルーブリックの監視下。 私だったらともかくあなた達が姿を捉えられたら大変な事になる」
目を凝らしてメタルポットをじっくりみると、そのダルマのような物は完全な人工物でロボットと言っても差し支えない見た目だ。
ただ、胴体は人間のようにツギハギに肌を露出している部分がありとてつもなく不気味に感じる。
それに特徴的なのはヘッドもだ。ポッコリと頭でっかちの見た目のそれは、明らかに人間のそれも子供ほどの頭部にしか見えない。
隣のダーリヤを見るとなんとも言えない悲しげな視線をメタルポットに向けていた。
「なぁ…これって」
「…今はまだ言えない。 首都に着くまで待っててほしい」
「ああ…わかった」
「私の後に着いてきて…メタルポットが飛んでいないルートで宿に行く。 …幸い宿も近いから」
忍び足でダーリヤに着いて行き無事宿に着く。
彼女の指示通りの行動でメタルポットには気づかれなかったようだ。
受付を済ませ、部屋に入る。 皆疲れたようですぐに解散した。
ちなみにアリシアとダーリヤは別室だ。
男と同じ部屋では落ち着かないだろう。 アリシアが有無を言わさぬ調子で2部屋手配していた。
「メタルポット…あれって」
俺はベッドに横たわり先ほどの異物について考える。
(ルーブリックは科学者だ。 あれはヤツの発明品なのだろうな)
「…」
(詳しくはあの娘に聞け。何が起こっているかは次第に分かるはずだ)
「ああ…」
どうにも腑に落ちないが俺はベッドに入り目を閉じる。
歩き続けたからかすぐに眠りに落ちた。
ルーブリック…一体どうなヤツなのだろうか。




