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新たな旅立ち

ここはザルツラント王国首都の中層、大広間。


俺は慌ただしい民衆たちや兵士をよそに特に何か目的もなく往来を散歩していた。


ーー先日の激戦を制したのは王国側ではなく俺たち革命軍だ。


あの後、勝利の美酒を酔いしれるわけにはいかず、王女は直ちにこれからの国の方針を決めるために各地方の代表者たちを呼び、国の未来について話し合っていた。


そこにはあのグスタフ4世の姿はない。


怪我の回復を待ち、王の処遇を決める前にして行方をくらませてしまった。


結果として唯一の肉親の姫様が国王の代理を務めている。


消えた王に内心不安いっぱいで仕方ないだろうが、それをおくびにも彼女は出さない。


強い人だな。



会議に参加できる俺たち側の代表者は、エマさんとグルタンだ。


彼らなら先の悪政の撤廃を求めてくれるだろう。


それに勝ったのは俺たち革命軍だ。それなりの待遇は改善してくれなければ、皆納得いかないだろう。


それに、俺たちの意見には王女も賛成してくれるはずだ。


因みに王の右腕だった大臣も今はいない。 自身の罪が明るみに出ることを恐れて国外に逃げたらしい。


…臆病なヤツだ。



「隼輔ー!」


「ん?」


呼び止められ、後ろを振り向くとアリシアがパタパタとこちらに駆け寄ってくる。


「どうした?」


「一緒にご飯でもどうかなって」


どうやら食事のお誘いらしい。


あの戦いから彼女は笑顔を見せることが多くなった気がする。


戦争特有の緊張感からかようやく本来の彼女を見ることが出来て俺は、決着をつけられて本当に良かったと噛みしめる。


そんなこんなでこうやって結構な頻度で彼女と食事に行く機会が多い。 というか誘われる。


今日もわざわざ俺を探しに来てくれたのだろうか?


ーううむ、どうしようか?


お誘いは素直に嬉しいが、別に空腹ってわけでもないしな…


「んー、今日はいいや。あんまり腹減ってないんだ」


「お昼は食べなきゃ力が出ないわよ。 しっかり食べなきゃ! ほらっ行くわよ」


グイッと袖を引っ張られ連れられる。 なんか強制的だな…


「それに一人だと寂しいし…」


彼女はポロっとそんな事を溢す。 あー…それなら無下にはできないよな。


「…それもそうだな。 よし、なに食べるんだ?」


「パンケーキ」


…ああ、そういえば忘れてた。


アリシアとの昼食は彼女の判断でだいたいパンケーキになると。


前言撤回してえ…


「あ、あのさアリシア。 パンケーキはこの前もその前も食べたしさ、別のものでもいいんじゃないかな!」


「パンケーキ。 嫌いなの?」


「そう言うわけじゃないけど… 少し、ほんの少しだけ飽きたかなって…」


「少しだけなら大丈夫ね。さっ、行きましょ。 これから食べに行くのはクランベリーソースが有名なの。だからきっと美味しいわよ」


ちくしょうっ!声を大にして叫びたかった。 日本人特有の待遇表現が通用しねえ!


…仕方ねえ。 腹をくくろう。


「わー、楽しみだなぁ…」


「ふふんっ、そうでしょう? それじゃ行きましょ!」




「どうだった? 美味しかったでしょ! さすが私のセンスよねっ」


「ああ…とても美味しゅうございました…」


しばらく甘いものはいいや…と思った今日この頃であった。 確かに美味しかったけどさ。


「それにしても」


「ん?」


「なかなか話し合い、進まないみたいね」


「まあ、そうだろうなぁ。 色々な立場の人間が一挙に集まっているんだし。 皆が皆同じ意見だとは限らないよな」


王族の人間や貴族の人間、民衆の代表や亜人種の代表と様々な身分や肩書きの者が城では自分たちの保身とか名誉とかの主張で会議は難航しているのだろう。


それに肝心のグスタフ王が不在だし。


「勝ったのは私たちなのにめんどくさいわね」


「エマさんとグルタンが代表で行ってくれてるんだ。 きっとうまくいくよ」


「…そうね」


「話し中に失礼する。 貴殿は隼輔どのか?」


突然横から声をかけられギョッとする。


俺はいつイマジンを発動してもいいように俊敏な動作で声の方向に目を向ける。そこには王国兵がいた。


「…ああ、そうだけど」


「着いてきてくれ。ここでは少し、な」


そう言い辺りをジロリと見渡す兵士。


「なんだよ怪しいな。 要件は?」


訝しんでいる俺に兵士はそっと近寄り小声で耳打ちをする。


「王女様がお呼びだ」


「 …そうか、分かった。 アリシア、ちょっと行ってくるな」


王女様が俺に? そういえば王は倒したあの日以来彼女とは会っていない。


「ええ、分かったわ。 気をつけてね」


「ああ、それじゃまた」



「王女殿下! 隼輔殿をお連れして参りました」


「御苦労です。通してください」


「はっ! さ、入ってくれ」


城に入った俺は慌ただしくドタバタと作業をしている兵士を尻目にすぐに会議場に通される。


重い扉を開け中に入ると、広い会議場はガランとしておりユリーカ姫しかいなかった。


二人きり、か。


「お久しぶりですね。 こう話すのも、あの日以来になりますね」


「はい、ご無沙汰しております」


「ふふっ」


「何か?」


「そう、畏まらなくていいですよ。 私の前では砕けて構いません」


「…いいのですか?」


「いいも何も、私がいいと言っているんです。 …それに貴方はこの国を救った英雄なのですから」


「英雄なんてそんな大それた者じゃ…じゃあ、遠慮なく」


「それで、俺を呼び出したのって一体なんだ? それに会議をしていたんだろ? 終わったのか?」


「ええ、会議なら先ほど終わりましたよ。 だいぶ難航しましたがね… けど、強引に通しちゃいました」


クスクスと笑う王女はどこか楽しげだ。


「…おいおい」


「だって、貴族や上層の方達は小煩いんですもの。 あの方たちは自身の保身ばかりだし…罪が露見するのが恐ろしいのでしょうね。大臣のように逃亡しなければいいのですが…」


「まあまあ、それで? 結果はどうなったんだ?」


「はい、悪政と呼ばれてる法律や制度は片っ端から削除する事にします。具体的には奴隷制度や身分差別、あと、課税に大してもだいぶ削減する方向に進んでいますね」


「それは良かったよ」


「はい、それで要件とはこれなのですが」


スッと王女は懐にあった便箋を俺に見せる。


「手紙、だよな。誰からだ?」


「差出人は父です」


グスタフ王か、だろうな。さして驚きはしなかった。


「王、か。内容は?」


「王位はお前に譲る、と。 私の即位を促す内容でしたね」


「あいつ…」


「父が何を考えているのか分かりません。 ただ今のお父様は聖遺物を破壊され英傑の称号がなくなりました。 国外に移動できない制限がなくなった、ということです。 恐らく父はどこかに向かったはずです」


「そうか。 …それで、その内容を俺に伝えたってことは」


「隼輔、貴方はこれからどうするのですか?」


じっと見据える王女。 その瞳はとても真っ直ぐではぐらかすのも出来ず、俺は正直に答えることにした。


「俺は…」


「他国に行くつもりだよ。 この国みたいに苦しいでいる人たちがいるって聞いた。 だから救いに行ってくるよ」


「…簡単に言ってくれますね隼輔。 貴方はお強いのですね」


「そんな事ないさ、困ってる人がいたら手を差し伸べる。それだけの事だよ」


「ふふ、謙遜しないで下さい。 …それで要件とは各地に移動している時に父の情報や動向を聞いたらこちらに情報を送ってほしいのです」


「そんなことか。 いいよ」


「だいぶあっさりしてますね。 少しくらい悩むと思いました」


「俺も奴の行方は気になるしな。 それにアンタにとっては大事な家族、だもんな。 協力するよ」


「隼輔… ありがとうございます」


俺の返答に頭を下げる王女。


「やめろって! これからアンタは一国の主になるんだから、気軽に頭なんか下げるなって」


「…私は必ずこの国を良い方に変えてみせます。 だから隼輔も見守ってて下さい」


「…ああ、分かった。 期待してるよ」


「はい! …それと」


「?」


「アンタ呼びは少々いただけませんね。 名前で呼んだ下さい」


「え? あ、ああ分かったよ。…ユリーカ」


「ふふ、よろしいっ♪」




会話も終えて、俺は下層に戻ってきた。


ユリーカはこれから即位式やら新たな政策の提言などで忙しいだろうし、用もなくいては迷惑だろう。


目的地は勿論あのパブだ。


程なくして到着し扉を開ける。


「よおぉ! 隼輔えぇ!」



「うおぉ! ってえ!」


扉を開けると目の前にグルタンが待ち受けていた。 距離が近すぎて思わず接吻目前だったから、思い切り突き飛ばしてしまう。


「ぐえっ!」


「あ、グルタン。 すまん…」


「いいよいいよ。 それより隼輔! 無事話し合いは終わったぜ」


「ああ、さっき聞いたよ。 姫様に呼び出されてな」


「へえー、あの姫様に、ねぇ」


「エマさん」


奥にはエマさんもいた。 カウンターに座っておりお酒を楽しんでいる。


「久しぶり。 どうだった?」


「何事もなく平和でしたよ。 他の人は忙しそうでしたがね」


「そう。…で、姫様と何を話してたの?」


「ああ、話し合いが纏まっていい方向に決まったことと…」


待てよ。ユリーカが即位する事をみんな知っているのだろうか? 言っていい内容かどうか悩んでしまう。


「あー、どうせ後でみんな知ることになるしまあ、別にいいか」


「近いうちに即位するらしいぜ。 姫さん」


「ま、そうでしょうね。 現王も今は不在だし行方知らず。 継承するとしたらあの娘だけだからね。 …というよりお姫様と2人きりだったのよね…なるほどね。お姫様はどうやらあなたのこと気に入っているみたいだし、納得だわ」


エマさんが妙にニヤニヤしている。何か変な勘違いをしてないだろうか?


「ほへえー、そんな秘密のことをわざわざお前に教えるなんて、まさか隼輔とお姫様がそんな中だったとはなぁ」


「そ、そうなの隼輔…」


納得するグルタンの横で、何故か動揺した様子になるアリシアに俺は慌てて否定する。


「ち、違うって! 頼みごとを頼まれたんだよ」


「…なんの?」


「それは…」


「むぅ…そんな人には言えないことなの」


ジト目で頬を膨らませる彼女に俺はため息をつき答える。


「はぁ、王の行方だよ。 何か情報があったら報告してくれって」


「ふーん、王の行方…ね。…それで、隼輔はこれからどうするの? ここにずっと住む?」


姫様の話題が終わり、次にエマさんが口にしたのは俺のこれからの動向だった。


「俺は…っと、一応聞きたいんだけどみんなはどうするんだ?」


「私は王国の役員に姫さま直々に推薦されたわ。 そのままこの国の政治に携わるつもり。 …不正がないようちゃんと見張らせてもらうわ」


「…それに、フランクや死んでいった仲間が夢見た国を実現してあげたいの。 きっとそれが彼らに対する供養になる」


「俺はギルドに戻るよ。 元々、そっちが生業だったからな」


革命軍のみんなは散り散りで皆、何かを始めているようだ。 仕事や商売、グルタンみたいにギルドに帰属していった者や母国に戻った者もいる。


故にパブには革命軍のメンバーは殆どいない。 皆生活が忙しいのだろう。


「だから隼輔、貴方もこの国のために働いてみない? お姫様にも気に入ってもらえてるし、いいポストにつけると思うわよ」


「俺は…さ、この国に来てから目的は今でも変わってないんだ。笑われるかもしれないけど俺の目標は世界平和だ。 …馬鹿げてるかもしれないよな。けど、本気なんだ。 死んだ彼女に俺は誓ったんだ。だから、その申し出はごめん。辞退するよ」


「…そう。 分かったわ。 でも、この世界を変えるってなんだかスケールが大きわね」


「ザルツラントみたいに荒れている国は複数あるって聞いたからな。 これからそこに行くつもりだよ」


「そ、でも帰りたくなったらいつでも戻ってきなさい。 あなたの家はここなんだから」


「エマさん…」


「まぁ、そうだわな! 隼輔、無理するんじゃねえぞ!」


バシッと豪快に背中を叩かれる。


「いててっ、分かってるって」


「ふふ… それで、アリシアはどうするの? 元々士官のためにこの国に来たのでしょう? これからは差別なんてなくなるし貴女の実力なら選り取り見取りだと思うけど」


「いえ、私もこの国から出るわ」


その問いにアリシアはキッパリ答える。


「…へえ、ま、何か理由があるのよね。 どこにいくの? 国に戻るとか?」


「それは今は言えないけど、…そうね、私にも目的が出来たってことだけ」


「そっか! じゃあ、お互い頑張ろうぜ。 どこかでひょっこり会えるといいな」


「多分近いうちに会うと思うわよ」


「…?」


彼女のその発言になんとも引っかかるが強引に納得し、その場はお開きとなった。


その日の夜は俺とアリシアの送別パーティーになり、パブは貸切の大宴会だった。


急な催しだが、元革命軍のメンバーも集まってくれて室内は大所帯になり、騒がしいくらい賑やかだ。


やけに上手なアリシアのピアノの伴奏につられてグルタンが音痴な歌を披露し、まわりが囃し立てる、その様子をエマさんがクスクスと笑う。


ーー騒がしいのは苦手だけど悪いんもんじゃないな。


林檎酒片手に乱痴気騒ぎをみて、俺にもこんな素晴らしい仲間ができたんだと心から思えた。


嗚呼、なんか目頭がカッと熱くなるな…


「ん? 隼輔、どこ行くの」


俺が席を立ったのを不思議に思ったエマさんが言う。


「ちょっと風に当たってきます…飲み過ぎちゃったみたいで…」


「そ、いってらっしゃい」


「はい」


外に出て、壁にもたれる。 俺って酒に強くないんだな。 普段飲まないから気づかなかった。


余りアルコールが強くない林檎酒を二、三杯飲んだ程度で顔が熱くなる。


「ふぅ…」


夜の風が気持ちいい。 涼しく優しい風が顔を撫でる。 酔い覚ましには最適だな。




「…で、誰だ?あんた」


後ろの路地に向けて話しかける。 外に出た瞬間に何者かがいる。 そう感づいていた。


「これでも、息を殺していたはずなのだがな」


「その声は…」


「数日振りだな。 隼輔」


「グスタフ王」


いつもの甲冑姿ではなく、布のローブを身に纏い目の前にいるのはザルツラント国王グスタフ4世だった。



「なんでお前がここに…」


「なあに、ちと貴様に用があってな」


「アンタが勝手に去って行ったせいで今大変なんだぞ。 ユリーカはアンタの…」


「よい」


言葉を続けようとするが、手で制する王。


「その事は大事ない。 娘はその為の教育もしかと学んでいる。 俺のような反面教師もいるしな。 …それよりも」


「…お前は他の英傑を倒しに行くのか?」


「なんだよ急に」


「…答えろ」


この声色は元英傑の男であるが故に威厳あるしっかりとした口調だ。 嘘偽りは全て見透かせるかのような雰囲気を持つ。


「…そのつもりだよ。 苦しんでいるのはこの国だけじゃないからな。 英傑をぶっ飛ばして聖遺物を壊す」


「そうか。 では、ヤツにも会う機会があるって事か…」


「なんだよヤツって」


「…こっちの話だ。 俺はこれから他国に向かう。 俺は最早ひとりの人間になったからな。 聖遺物の干渉も受けん」


「そんな勝手、俺が許すと思うか? 」


王の戯言に俺は対峙するようにイマジンを起動する。 ここで逃してはならない。


「今日、あんたの娘に会った。 アンタが心配だから行方が知れたら連絡してくれってな。 それでも行くのか?」


「無論だ、それでも俺は行かねばならん。お前を倒してでも俺はケジメをつけに行かなくてはならない。これは生きてるうちに必ず為し得なければならない事だ」


王の目はユリーカのような真っ直ぐとした瞳だった。 その目には虚言を吐くようにはとても見えない。


「……そうかよ。 分かった、いけよ」


「いいのか?」


「いいも何もアンタのその目、どうも本当にしか見えない。それにそのケジメってやつも娘に関係してる事なんだろ」


「いかにも」


「だったら行けよ。 ユリーカにはこの事は報告しないでやる」


「一つ借りを作ってしまったな。 …それでお前はどの国に行くんだ?」


ザルツラントは西の大陸の全ての国に国境を面している。 故にどの方面からでも他国には難なく向かえる。


「まだ、決めてないよ。 これから考えるつもりだ」


「…忠告しておく。コールマールとカメリアには気をつけろ」


コールマールとはザルツラントから北に行ったところにある国だ。


なんでも北国らしく年中雪が降っていて、永久凍土と呼ばれている土地なんだだそうだ。


カメリアは逆にザルツラントから南に位置し東西の大陸にまたがる重要な交易地だ。


ただ、酷く温暖な気候で国土は殆ど砂漠らしい。


「その二カ国がどうしたって?」


「そこにいる英傑は俺のように甘くないぞ。 あの二人は異常だ。 それに東の大陸も…いや、それは直接目で見たほうがいいだろう」


「危険、か。…それでも、俺は行くしかない。 約束したんだ、この世界を平和にする事を」


「…ふん、つまらぬがそう言うと思っていた。 ではお前の旅の幸福を祈ってやる。 …さらばだ。また、いづこで会おう」


振り返りもせず王は暗闇に紛れ去って行った。 俺は無言でそれを見送る。


「…戻るか」




夜も更け送別会が終わり、一人部屋で考える。


因みにに今はグルタンの家に住ませてもらってる。 パブの地下室にずっといる訳にもいかないしな。


家主はすでに床に就いており。寝息をかいている。


それにしても獣のようないびきだな…


まあ、考えるには丁度いい。


(カーズ。 これからなんだけど)


(やっとその話題に入れるか)


待ちくたびれたかのように辟易とした様子のカーズ。 実際ここ数日彼は退屈で仕方なかっただろう。


(なんだよ。 別に待たせたわけじゃないぞ。 …それでなんだけど、次はどこに行けばいい?)


(ふむ…次となると)


(王が言ってたけど、コールマールとカメリアはヤバいんだろう?)


(ああ、ルーブリックとアップゲッタか)


(ん?そこの英傑か?)


(そうだ。 どちらも確かにイかれているな。 …ルーブリックは悪趣味な変態だし、アップゲッタは異様なほど残虐な男だ。 西の大陸ではこの二人が特に注意したほうがいい)


(西の大陸って。あとウッドランドとルッカザーロだよな。 その二カ国はどうなんだ?)


西の大陸の国家数は五カ国だ。


ザルツラント、コールマール、カメリアにウッドランドとルッカザーロの五つ。


カメリアに関しては東西の大陸どちらにも位置しているが、便宜上西の大陸扱いになっている。


(奇跡的にこの国々は安定してはいるな。 ルッカザーロの英傑は変わっているが話は通じるやつだ。…ウッドランドはちと事情が違うがな)


因みにウッドランドは住民の大部分がエルフを占める。 アリシアの故郷はここなのだろう。


…俺の目的は平和の実現に向けて、英傑の聖遺物を壊す事だ。


しかし、既に平和な国の英傑の聖遺物を壊していいのだろうか?


まあ、カーズはそれでも破壊しろって言うんだろうな。


彼?の目的は俺と同じというが、果たしてそれは本当なのだろうか?


もしかして聖遺物を全てオシャカにする事で、何かとんでもないことが起きてしまうのではないのだろうか?


いや、考えすぎか。


(…成る程な。 じゃあ、行くとしたらコールマールかカメリアだな)


(話を聞いていたか? この二つは危険だとさっき言ったが)


(危険なのは承知だよ。けどさ…確実にそこの国の人は困っている筈なんだ。 なら助けに行く選択肢しかないよ)


(はぁ…全くお前は底抜けのお人好しだな。そのようではいつか損するぞ? …では、どちらにする?)


(そうだな。 カメリアは東の大陸に続いているんだよな?)


(ああそうだ。 二つの大陸にまたがる重要な交易地。それがカメリア王国だ)


(よし、カメリアにしよう。 東の大陸も行けるようにしておきたいしな)


(2人目でいきなりアップゲッタの所に行くのか…奴はグスタフより遥かに強いぞ…)


(アイツより強いって、ホントかよっ)


グスタフ王を倒せたのもヤツが油断していたからという事が最たる勝因だ。


最初からヤツが本気だったらあの戦いはどうなっていたか…


(ああ、アップゲッタは正直英傑の中でも屈指の強さだな)


(でも…)


(分かっている。 それでも行くんだろ? お前はそういう奴だもんな)


(理解が早くて助かるよ。 …それじゃ目的地も決めたことだし。準備を始めるよ)


(そうしておけ。 カメリアは暑い、故に厳しい気候だ。相応の準備は怠るな)


(ああ…あ、でも一つだけいいか?)


(どうした?)


(一つだけ。行っておきたい場所がある。 カメリアへ行くのはそこに行ってからでいいか?)


(…好きにしろ。 選択するのはお前だ。 それに私の了見では貴様は動かんだろ)


(へへ、分かってるじゃん)


(…アシュリーの所か?)


(ああ、報告しに、な)





その数日後、ユリーカの即位式が始まった。


それは神聖なもので、彼女が玉座に座るとそこには一種の緊張感が生まれ皆が固唾を飲んで見守る。


先の戦闘で王の間はボロボロで無残の姿になっていたが、兵士達がそうががりで修復の作業をしていたらしい。 今は嘘のように元の様に戻っている。


…俺の所為だからなんだか、申し訳ないな。


やがて、彼女には王冠が被せられ。そして、王笏と玉璽が手渡され三種のレガリアが揃う。


ちなみに王が被っていた聖遺物の王冠は王家のものとは別物だ。 彼が唯一所持していたのは王家に伝わる伝説的な宝剣。


…まあ、それは俺が壊したんだけど。


滞りなく戴冠式を終え、次は民衆の前にと姿を現わす。


所狭しと民衆が広場でひしめき合う中、割れんばかりの歓声が上がる。


民衆たちは新たな女王を歓迎しているようだ。


そこにはこの国を統率する長としての堂々した言葉が並べられた。


それは一種の人気取り目的の政治的なアピールでもなく民のために国のためにまた、亡くなったもの達へのに想いを込めた熱意ある演説だった。


そこでは以下の制度を発表した。


先ずは奴隷制度の撤廃。 これに関してはもはや大多数の人間が反対しなかった。 奴隷という身分の枷はなくなり彼らは自由の身だ。 これからは仕事もある。


奴隷の売買を生業にしていた商人達は数が多すぎるため、国外への追放となった。 奴隷達の復讐が確実に起こるため懸念した王女の措置だ。


今頃ガマのやつもどこかに逃げているのだろう。


今度会ったらボコボコにしてやる。


加えて、人種の差別や身分も偏見をせず、皆平等の権利を行使できる法律を立てた。 故に人族以外でも仕事にありつけるし学校にも入学できる。


これに関しては上級身分の貴族達が反対の意を唱えたが女王が強引に通したという。有無を言わさない圧力だったとか。


他には、税収を前のように生活に支障をきたさないほどに税率を下げ、負担を強く敷いる重税の制度は消えた。


下層の人間たちには積極的に仕事の斡旋をしたり、理由があって労働を従事することが出来なくなった者には手厚い支援をするとこの事。


またあの兵士長、ジャックのように前王の時代に悪事を働いていた者は、一斉に検挙し、これから罪を償うために独房に収監するそうだ。


ジャックに関しては前から噂があったため本人に問い詰めたらアッサリと白状した。


奴がどんな思いで打ち明けたかは俺には分からないが、奴にも罪の意識があったのだろう。 …そう思いたい。




そんなこんなで慌ただしい日々は終わり、俺は王都の出入り口の前に立っていた。


荷造りは終わり、これから旅立つ。


目的はカメリア王国だ。 次はここの英傑をぶっ飛ばしに行く。


後ろを振り向くと、皆が見送りに来ていた。


わざわざ俺なんかのために、こうやって時間を割いてくれてありがたいと感謝してしまう。


「隼輔、前も言ったけど帰りたくなったらいつでも戻ってきてね。 待ってるわ」


「ま、お前は強いから並みのやつには倒されないと思うけど気をつけてな! 幸運を祈るぜ!」


エマさんとグルタンが元気よく見送りの言葉をかける。


「はい、全てが終わったら。また必ず戻ってきます! お世話になりましたっ」


「あと、隼輔これ…」


エマさんに何か手渡させる。 腕輪…か?


「これは?」


「リーダーの、フランクが身につけていたブレスレットよ。 これを貴方にと思って」


「フランクさんの…分かりました。 ありがたく頂きます」


「ふふ、フランクも貴方になら喜んであげているでしょう。 これを着けていつでも私たち革命軍は不滅だ、っていうことを思い出してね」



「隼輔」


護衛の兵を連れて女王も見送りに来ていた。


「ユリーカ…」


「貴方の無事を祈ってます。 あと、父の件

よろしくお願いします」


「ああ、ありがとう。 それに関しても抜かりなく。 手紙を送るよ」


「ええ、待ってます。 あと、これは餞別です」


「これは?」


「隼輔、路銀はありますか?」


「お金、か…あぁ、ないけど…」


ぶっちゃけ雀の涙ほどしか所持金はない。


前のように道すがらモンスターを倒して、道行く商人に素材を売る算段を立てていた。


革命軍の仲間に金を貸してくれなんて言えないもんな。


「だと思いました。 これはお金です。 少ないですけど、旅の資金に役立ててください」


「いいのか…?」


「いいも何もわたしにはこれくらいしか出来ません…ですから貰って下さい」


「ユリーカ…分かった、ありがとう。大切に使わせてもらう」


「ええ、それでは吉報待ってます」


「…ああ」


「それにしても変だな。 アリシアが来ないなんて」


グルタンが周りをキョロキョロと見渡す。 確かにアリシアは見送りには来ていなかった。


「…そうね。 彼女だったら絶対に来ると思ったのだけど」


「…いいさ。 アリシアも何かと忙しいんだよ。 アイツもどこかに旅立つって言ってたしまたきっと会えるよ。 …それじゃもう行くよ!」


「ええ! 隼輔また会いましょう!」


「旅の土産話楽しみにしてるぞ! 行ってこい!」


「貴方が想う良い国を必ず作ります。だから安心して行ってきてください。 次に訪れる時にはきっとビックリさせてみせます!」


「みんな…みんな、ありがとう! それじゃあ行ってきます!」


手を振られ大振りに俺も振り返す。


ーー必ず帰ってくるから。


前に向き直り、門番が合図をすると門が開かれる。


出国手続きは容易に終わった。 ガタンと重い扉は閉まり外の光景が広がる。


ーーここから次の新たな旅立ちだ。


「でも、まずはあそこに行かないとな」



「どこに行くって?」


「え?」


「アリシア…なんで」


大きな荷物を持って近くの壁にもたれながら話しかけてきたのはアリシアだった。


「何って、わたしも旅に出るっていったじゃない」


それにしても唐突すぎる。 エマさん達の様子からして、みんなにも今日出立する事を伝えてないのだろう。


「せっかくみんな来てくれたのに…顔出せばよかったじゃないか」


「いいわよ。 また、いずれここには来るのだし。 その時に元気な姿を見せればいいわ」


「はぁ、それで、アリシアはどこに行くんだ?」


「貴方の行く先よ」


「へ? アリシアもカメリアに行くのか?」


「へえ、カメリアに行くの。あそこは暑いわよね。 って、違う!」



「貴方についていくわ。 私も隼輔の仲間に入れてほしいの。 いいでしょ?」


「ええ!? 俺と」


「何よ、…嫌なの?」


俺の反応に彼女は途端に不機嫌な顔つきになる。


「いやというか…ああ、ちょっと考える時間をくれ!」


参ったな。


目を閉じ考えるふりをして、カーズと会話をする。


(カーズ、いいか?連れていっても)


(ふむ…まぁいいだろ。 仲間としては心強いしな)


(なんだ、やけにあっさりだな)


(魔法使いが一人くらいほしいと思っていたからな。あの娘なら丁度いい)


(分かった。 じゃあ、答えは決まりだな)


「アリシア」


「…ええ」


「俺でよければ一緒に来てくれないか?」


「……! ええ、頼まれたわ! この天才エルフちゃんに任せなさい!」


「はは、心強いよ」


「ふふ! 貴方との旅路がこれから楽しみだわ」


緊張した面持ちから一変、ニコニコと歓喜の表情一杯になる彼女につい俺も嬉しくなってしまう。


「…あ、そういえばアリシアの目標ってなんだったんだ?」


「ああそれ? 簡単なことよ」


「ーー私の目標は貴方の夢をお手伝いをすること。 クレテセリアを救うんでしょ? 普通なら法螺話もいいとこだけど、貴方ならそれを実現できる強さを感じるの。だから、私も手を貸すわ」


「アリシア…ありがとう。 これから宜しくな」


「ええ! 大船に乗ったつもりでいて頂戴!」



2人で笑い合う、これからは1人ではない。


俺は今後の旅が楽しみになってきた。


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