対決ーグスタフ4世ー
隼輔が王の元に向かっている一方、アリシアは大臣と魔法の応戦を繰り広げていた。
「中級爆裂魔法!」
アリシアが魔法を唱える。
すると空間から大臣の目の前で爆発が発生する。
「ふん、魔法障壁」
しかし、余裕とばかしにバリアを張る大臣。
「…やっぱり一筋縄じゃいかないわね。流石、魔法の先進国ザルツラントって言った所かしら」
「その程度で驚いてもらっては困る。 …では本当の魔法を教えてやろう」
「上級雷魔法」
大臣の手から形成された雷は弓のように真っ直ぐ彼女の方に放出される。
バチバチと轟音を立ててやって来るそれは正に上級魔法といった稲妻のミサイル。
ーー直撃すれば確実に体を貫かれる。
「ドーナツにはなりたくないわね… 本気でいくわ! 上級火炎魔法!」
生み出した巨大な火の壁が雷撃に立ちはだかる。
やがて衝突し、熱同士が激しく交わり合い衝撃波を生み出す。
アリシアは無事だった。
「ほお、やはりエルフだけはあるな。 魔法に長けている。 まさかお前のような小娘が上級魔法を使えるなんてな」
大臣は感心する素振りをみせる。
「そんなので驚かれても困るわ。 それに貴方はこれから私に負けるんですもの」
「ははは! 笑わせてくれる。 お前を痛めつけたらあの男を目の前で嬲り殺してやるよ」
「絶対にそうはさせない。必ず貴方は私が倒す」
「ふん、だったら本気で仕留めさせてもらおうか。…死ねぇ!」
一つの大きな稲妻を召喚したらまた同程度の雷を呼び出し、何層にも重なりあった凶悪なほどに大きな塊が彼女を狙う。
「二重魔法…いや、三重魔法っ」
一つの魔法を何度も生み出し、重ね合わせることを加重魔法と呼ぶ。
当然、威力は単体よりも倍勝る。
この魔法を使いこなせるのはそうは存在せず、相当魔法に熟知している者だけだ。
それ故に上級以上の破壊力を誇る。
「はっ! 私を甘く見たな! これでもこの国のトップの立場の者だ、強くなくては話にならん」
「死ねぇ!」
ドォンと大きな衝撃が訪れ、土ぼこりが辺りに散漫しプスプスと黒煙が舞う。
「やったか」
安否を確認するため大臣は衝撃の跡を注視する。
「な、なんだと!」
「あいにくさまね。ピンピンしてるわよ」
彼女は涼しい顔で且つ堂々としていた。 まるで何事もなかったかのように。
「なぜだ! どうして」
「これよ」
彼女は見せつけるように胸のペンダントを掲げる。
そのアクセサリーは流行りの形をしているわけでもなく、宗教に関わりがあるデザインでもない。
三角形が凸凹に重なり合った独特のフォルムをしていた。
「これは… まさか、エルフの秘術というやつか」
「敵にペラペラと喋ることはしたくないのだけど、ええそうよ。 私の一族秘伝のとっておきよ」
一時的にペンダントに相手の魔力を封じ込める。
それは魔法に精通しているエルフ族に伝わる伝説的な宝具とも言える物。
何故、彼女がそれを持っているのか…
「くっ」
「あと」
付け加えるように、余裕の笑みを浮かべるアリシア。
「貴方は三重魔法が限界見たいね。 残念だわ」
「私は五重魔法が使えるわ」
「なっ!」
驚愕の表情をする男は彼女の言葉を決して、ハッタリとは思えなかった。
何故この娘がそのような高位な魔法を使える!?
「いくわよ! くらいなさいっ。 火炎魔法ぉ!」
「くっそぉ!」
応戦しようと雷魔法を放つが巨大な焔の前では無意味な行為だ。それはまるで怪物が食事をするかのように雷を飲み込む。
「ぐわぁぁぁ!」
「ふぅ…やったわね」
直撃した大臣はまともにくらい吹き飛ぶ。 自慢の高貴な衣服は黒焦げだった。
「これを使うと、魔力の消費がバカにならないからね。 普段は絶対使わないけど…あれ」
「ぐぅ…」
あれ程のダメージを与えながら起き上がる大臣。 それは執念からか。
「まだ、戦えるってわけね…」
スッと次の詠唱に入るアリシアだが男は慌てて首を横に振る。
「無理だ。…降参だよ」
「随分潔いのね」
「判断はつくほうだ。 勝てない相手に争うほど私は愚かではないからな」
「しかし、私に勝って慢心はしない方がいい。 陛下に私は足元も及ばん。…あの方は想像を絶するほど強い。 あの小僧死ぬだろうな」
「隼輔はこんなところでは死なないわ。 必ず勝つ」
「大した自身だな。 何か根拠でもあるのか?」
「根拠…あるにはあるけど何よりこれは信頼、ね。彼ならやってくれる。 不思議とそんな予感しかしないのよ」
「ふん、つまらん」
「そのまま貴方はここで寝てなさい。 私も早く駆けつけないと」
「…貴様らは本気でこの国を変えようとしているのか?」
「当たり前よ。 散々悪政を提案してきた貴方は知る由もないけど、みんな不満を抱えていたわ。 弱者は嬲られ蔑まれ毟り取られ、上の人間は甘い汁を啜るだけ。そりゃ国民の大多数が叛旗を翻すわよ」
「…せいぜい足掻いてみせるがいい。 結果は変わらんがな」
「そうさせてもらうわ」
言い終わるや否や彼女は奥に続く廊下に歩みを進める。
無論、目的地は王の間。
ーー早く援護に行った方がいいわよね、隼輔。 少し待ってて。
「…くっくく、ガフッ…陛下のお力の前ではお前らなぞ…グゥッ」
ーーその頃、王の間では。
「でやあ!」
「ふん!」
形成した大きな大剣を創り、やつに斬りかかる。
王も呼応し抜刀する。俺の剣を受け止めるつもりだ。
首を狙うがまるでヤツは動きを読んでいたように即座に反応する。
鍔迫り合いになり剣がギチギチと音を立てる。
「うおおおぉ!」
予想外のイマジンの腕力にヤツは目を見開く。
「!?」
単純にパワーではこちらが優勢で、王の剣が僅かに勢いをなくす。
「くっ! 火炎魔法!」
ヤツは空いた手から魔法を放ち俺は咄嗟に避け、お互いに僅かな距離の空間を作る。
「お前の力、なかなかに面白い。 腕力は俺よりも上、か」
「当たり前だ。 俺は強いから…な!」
距離をとっていることを好機に俺は光線を王に放つ。
「ふん」
一瞥する王は体を貫かれるがドロリとスライムのような液状になり体が即座に再生する。
ヤツの固有の能力だ。 聖遺物がある限りこの身体を王は永遠に発動できる。 勿論、他の魔法もだ。
「やっぱり効かないか」
「無駄だ。この能力がある限り俺は負けん」
「特別だ。ーー英傑と呼ばれる力の本質をみせてやろう」
スッと手を俺に向け詠唱をする。
「超級火炎魔法」
ーー超級魔法。
それはこのクレテセリアでも使えるものは数少ないという。 魔法の中で最上級の破壊力を持つ。
炎を生み出す。 いや、この規模は炎と呼ぶには相応しくない。
ーーまるでマグマだ。
周囲を焼き尽くす、床は熱をあげ溶けていく。恐ろしいほどの超高熱に纏ったソレが俺に向かって飛んでくる。
…跳ね返させるか? コレを?
いや、やるしかねえ。 じゃなきゃ死ぬ。
「くっ! 反射っ」
そのまま相手に返そうと先程の戦闘に使用した。魔法を反射する皿を形成し受け身の動作をとる。
が、瞬時にそれは弾け爆発を生む。
「ふん、そう来ると思っていたぞ」
マズイ。爆発は物体のように相手に返せない!
発生して消えるから!
「ぐっ!」
予想が外れ俺はまとめに攻撃をくらいそうになる。
反射板のお陰で爆発の直撃は免れたが、その付近全体に衝撃が響き。皿に守られていない部位には直撃する。
「ぐわああ!」
あまりの痛みに床に崩れ落ちる。
体が溶けたかのような、消滅したかのような苦痛を味わう。
「やはり、咄嗟の判断力がこの力には必要なようだな」
王は愉悦の表情を浮かべる。
ーー身体中が火傷のようにジリジリと痛む。
ヤツは俺の能力を呼んでいて、こんな細工をしたのか。
「くっ…うぅ」
「どうした? これで終わりか。 …そうか、分かった。そのまま塵となれ」
続けて、火炎を放出する。 規模的に先ほどの超級魔法か。
熱は殺気を纏って俺に近づいて来る。
(隼輔立て)
「っ!分かってるよ! 」
なんとか痛みに耐え、すぐに立ち上がる。
俺はこの巨大なマグマをどう処理するか数秒の間で考える。
反射しようものなら爆発にシフトされる。
ーー考えるんだ。
「…これだ!」
咄嗟に閃き、腕を筒のように変換させる。
「ほう、光線で相殺といったところか」
「…ちげえよ!」
筒の空洞から大きく風を巻き起こす。
やがて、勢いをつけて火の玉が筒に向かって勢いよくやって来る。
やって来たマグマは俺には直撃せず、かといって爆発も生じずその筒に大きく吸い込まれていくかのように吸引されていく。
「面妖なものを…」
そう、俺は掃除機を形成した。 これならバカでかいマグマも爆発も即座にこの筒で吸い込めると思ったからだ。
「お前もこっちに来い!」
先を王に向け、ヤツを吸い込もうと吸引する。
「くっ!」
「そのまま吸い込んでやるよ!」
次第に風量はとんでもないことになり。部屋の物を巻き込むかのように俺の元に吸い込まれてく。
王は剣を床に突き刺し、重石とばかりに身体をメタル化し踏ん張るが次第にこちらにジリジリと近づいて来る。
やがて、王は諦めたのか体の能力を解除し、こちらに飛ぶように向かってくる。
俺と王の距離は僅か数メートル。
その瞬間に王はチャンスを逃さなかった。
「ぬかったな。 ガラ空きだぞ」
吸い込む風の勢いを利用して力強い剣の一撃を俺に浴びせる。
王の剣は俺の右肩を捉え、肉を抉るように貫通した。
「ぐぅ!」
もはや痛みすら感じなくなくなるほどの出血を肩から噴出し、次第に右腕の感覚がなくなる。
「はは、どうだ? 痛いか?ん? このまま死ね」
グリグリと剣を左右に抉るように動かす。
「引っかかったな… 」
「…なんだと?」
掃除機から俺は違うものに変えようとする。
「無駄な足掻きを…」
異変を感じ王はグニャリと軟体化しようと一度距離を置こうとする。
が、王の腕を俺はガシッと掴む。
ーーいや、正確には掴んではいない。
「…なっ、馬鹿な!」
ゲル状になっている王の身体は漆黒の甲冑ごとピキピキと冷気を生じ凍っていく。
ーー冷気を纏った腕。
果たして瞬時に凍らせられるか頭をよぎったが、成功してよかった。
「そのまま凍れぇぇぇ!」
「ぐっ、くおぉ!」
王は魔法を放とうとするが、その手も凍りつきそれも無駄に終わる。
やがて頭部だけになり、俺は冷気の腕を奴から離す。
「ふん、それで俺を倒せたつもりか」
全身が氷漬けになった王は忌々しく俺を睨みつける。
「そういうわけじゃねえよ、俺の狙いはお前の動きを止めることと」
奴の頭の王冠を手に取る。
狙いは聖遺物。
「貴様、それに何をするつもりだ…?」
これがヤツの聖遺物…
意外と軽いな。
「何って壊すんだよ」
「はは! 笑わせてくれる。 お前のような下等な人間ではこれは壊せん。 せいぜい手が疲れるだけだ」
(カーズ)
(ああ、やれ。 やつに衝撃を味わせてやれ)
左腕にありったけの力を込めて王冠を握る。
やがてピカッとソレは反応するかのように光が漏れる。
何かの反応しているのだろうか?
そして、ピキピキとその聖遺物にはヒビが生じた。
「なっ!!!!」
目を大きく見開き、今日一番の驚きの声を上げる王。
「お前以外の英傑とか、それよりも凄いやつでしか破壊できないって聞いたけどさ」
ガシャアン!と完全に聖遺物は砕け散った。
「案外、脆いのな」
「な、んだとっ……っ、貴様ぁぁぁぁぁ!」
怒りを通り越して発狂交じりに叫ぶ王。
「何故だ!? なぜ破壊できるっ。お前のような下々の者が! 神の祝福すら貰ってないお前が!」
「…お前には教えねえ。 けどこれで、アンタには神々のご加護は失くなったんだ。 魔力も無尽蔵という訳にもいかないし、何よりこれでアンタにも死が平等にやってくる」
「俺の聖遺物が…っ、なぜ英傑の俺がお前なぞにこうも 」
「…戦いなんて、想いが強いほうが勝つもんなんだよ 」
「で、どうする? まだ戦うのか…?」
氷漬けの奴は動けない筈。 このままトドメをさすべきだろう。
「…俺に指図するな。くっ、はぁぁぁ! 」
掛け声と共に纏っていた氷がバラバラに砕け散る。
「凄いパワーだな…」
「俺はこの国の、ザルツラントの頂点! 俺を凍らせ、したり顔だっただろうが笑止!片腹痛いわ!」
ヤツは落ちた剣を拾い上げ。なりふり構わず瞬時に俺に斬りかかる。
「くっ」
剣戟を避け俺も応戦するように。即座に剣を形成する。
「お前のせいでどれだけの人が苦しんだか!」
剣を受け止め、想いをぶつける。
「皆が幸せの世を作るなんて不可能なんだよ! そのせいで俺は妻も子も失った! 」
王は俺の言葉に対して吐き捨てるかのように語気を強める。
「故に俺は立て直しを図っただけのこと。 憎き下賤の奴らに俺の苦しみを同じように味あわせてやるようにな!」
「アンタの息子と奥さんが殺されたってのは確かに同情するよ。 許せないことだと思う。
…けどな、それで関係ないやつを苦しませる理由にはならないんだよ!」
一度剣の威力を知ったからかそれ以上の威力の剣を創造した。
だからだろう。
ピシピシと王の剣が悲鳴をあげる。
やがて、派手な音をたてて砕け散った。
「ば、馬鹿な! わ、我が先祖から伝わる宝剣が! 王の証がっ」
動揺する王を他所に俺の腕は王の体に狙いをつける。
「くっ、硬質化っ!」
体を金属のように強固な物質に変える。
勿論、普通の武具や魔法では彼に傷一つつかない。
しかし、俺はお構いなく斬りかかる。
「無駄だ! 俺は斬れんぞ!」
ガツンと岩を叩くような硬い衝撃で切っ先は勢いを落とすが、俺は構わず剣を食い込ませる。
「っ!…ぬおぉ!」
王は焦りからか動揺からか、はたまた憤りからか俺の能力の特性を忘れていた。
最早武器はなく、魔法も出すには間に合わない。
即座に判断して受け身の動作で耐える王。
「この能力はな…」
「想像を形にして生み出す力なんだ、だから」
やがて、硬質化した身体に剣が食い込み確かに切っ先を捉えた!
「今のその身体では無駄だぁぁ!」
「ぐわぁぁ!」
肩から足めがけて縦に斬りつける。 イマジンの前では奴の体は普通の肉体と大して変わらない。 攻撃は容易だった。
ソレに気づかない王ではなかった筈。 しかし、聖遺物や王族の剣が破壊されて気が動転し、忘れていたのだろう。
それが彼の敗因だった。
硬質化が解除され体が戻り、王の体に血が舞う。
続けて、俺はもう一太刀ヤツに浴びせる。 再起は絶対にさせない。
「ぐふっ…」
王は倒れた。
シーンと辺りには静寂が訪れる。
「…勝ったのか」
誰に対してでもなく呟く。
すると呼応するかのようにカーズが答える。
(ああ。俊輔、見事だったぞ)
(カーズ…)
(よく一人でやつを倒せたものだ。やつが油断していたからというのもあるが、大したものだよ)
(カーズのお陰だよ。 この能力とアドバイスがなければ勝てなかった)
カーズと喜びを分かち合おうとした、その時。
(待て)
カーズが制する。
俺もその声色に安堵から一変して警戒する。
「王…」
奴はむくりと起き上がる。 が、立てないようでユラユラと胡座をかく。
「待て、お前と戦う力は残っていない。 …俺の負けだ」
「認めるのか」
「認めるも何も俺は負けた。 それだけだ」
「…さぁ、殺せ。 それが目的だったのだろう」
王は首をこちらに差し出すように俺に向ける。
「殺すつもりはないよ」
「…何故だ? なぜ殺さん…俺はお前の仲間を殺した男だぞ。 それに…」
「分かってるよ。 俺は確かにあんたを許せない。 けど殺しはしない、絶対にな。アンタにはちゃんとした公の場で罪を償えばいいとおもってる」
「…ふん、甘いな。 それでよく今までのうのう生きてこれたものよ」
「どうやら運には恵まれているみたいなんだ」
言い終えると、僅かな静寂が訪れる。
王をみると彼は目を虚ろに宙を仰いでいた。
「……俺は、この国を、民を…どうすればよかったんだ」
俯きそう溢す王。
「もう二度と、俺は…大事な家族を…娘を失いたくなかっただけなんだ…」
悲痛な王。 それは王としての言葉ではなく一人の人間としての叫びだった。
最初は家族を、たった一人の肉親を守るためだった。
初まりはいつしかエスカレートしていき、今の国を形つけていく。
それは一種の過剰な自己防衛のようなものだ。
憎悪で塗り固め、暗黒の時代を創りあげた張本人の言葉…
俺に僅かな同情の隙間が生まれる。
だけど、それはそれだ。
「…それでも、俺はあんたを許さない。 それだけ事のアンタはしたんだ。けど…」
「けど、もう一度一からやり直せることはできる」
「ふっ… お前。 敵の俺に情けをかけるか…………だが、それも悪くない」
「……理想は遠く。 現実は非常。 我が野望は泡沫の夢と消えるか…」
そう呟いた王は天井を見上げたまま大の字で倒れ、静かに目を閉じる。
呼吸はしている。 ただの気絶だろう。
もはや、ヤツに戦う力は残っていない。
聖遺物がなくなった彼はただの人間なのだ。
「隼輔! 」
息を切らせたアリシアが入ってきた。 彼女は一瞬、大規模な戦闘があったこの部屋の有り様にギョッとする。
「アリシア…」
「この様子…!まさか、勝ったの!?」
倒れ伏した王をみて、彼女は驚きの声を上げる。
「ああ、勝ったよっ…」
言い切る前に駆け出し、胸に飛び込んでくるアリシア。
その安堵の顔に思わず俺はそっと、彼女の頭を優しく撫でた。
「よかった…本当に…よかった」
生存している安心からか、ポロポロと涙をこぼしなんだか俺は申し訳なくなる。
「泣くなって…いっいてぇ!…」
と、いきなり肩に激痛が走る。 そういえばさっき剣で貫かれたもんな… 今までのことで痛みを忘れていた。
「怪我してるじゃない!肩から血が… 」
「大丈夫だよ。 耐えられないほどじゃない。 それよりも…」
「それよりもじゃない!」
「え」
ちょっとまってと俺を制し、彼女は身につけている白いローブの一部分を引きちぎる。
その千切った布を彼女は俺の肩に丁寧に巻き、キュッと結ぶ。
「止血はしないとね。 後で後遺症にでもなったら大変だわ。 …よし!これでいいわね」
「お、おう。 …ありがとう」
「いえいえ。 ごめんね。話の腰を折って。それで?」
「あ、ああ…こうやって王は倒したのはいいけど、この後どうすればいいかなって」
「それは…」
「この戦い、終わりにさせなきゃな…じゃないと永遠と終結しない」
「でも、どうやって…」
二人で考えているとツカツカと足音が聞こえてくる。
先のお姫様だ。 あの王の一人娘。
彼女が俺たちの元に来て開口一番。
「それなら私の出番ですね」
「あんたは…さっきの」
「申し遅れました。 私はザルツラント国の王女。 ユリーカです」
「貴女が王女様…それで、終わりにするってどうするつもりなの?」
「ついて来てください」
アリシアと顔を見合わせる。 やがてお互いに頷き合い、彼女に任せる事に一致する。
王女の方を見ると、悲しげな顔で倒れている王に視線を向けていた。
「…お父様」
「死んではないよ。眠っているだけだ。安心してくれ」
「…ええ、分かりました。 では、行きましょう。 …あ、その前に」
「なんだ?」
「お父様のこの剣を持っていきます。 お願いできますか?」
「ああ、いいけど…」
彼女の言われるまま、王の剣を拾い上げる。
剣はすでに武器の体をなしていなく剣身はない。
あるのは持ち手のグリップだけだ。
…何に使うんだこれ?
コツコツと長い廊下を進み、階段を登っていく。
しばらく登ると階段は途絶え、吹き抜けの大きな窓が広がる。
中央には小さな扉があり、その扉を開けて外に出る。
広いバルコニーのようだ。
向かいにはハッキリと上層広間がみえる。
なるほど、下の民衆たちに向けての演説場のような役割があるのかここ。
見下ろすと広間ではまだ戦闘を繰り広げていた。
悲しい顔をする王女。しかし、決心したかのように王女は後ろ手に持っていた。白い大きな布を取り出す。
なるほど、白旗。 これで伝える寸法か。
王女は布を棒で潜らせ大きく振り、大声で叫ぶ。
「みなさん、戦いは終わりです! 武器を捨ててください!」
そう叫ぶ。 だが、王女の声は虚しく兵士や革命軍は気づいていないようだ。
「…まかせてくれ」
俺は彼女の前に立ち。イマジンで筒のように手を変換させる。
やがて手から花火を出し大きな爆発音が響き渡る。
その上空の音に皆が気づいた。
この注目しているうちに王女は白旗を掲げる。
俺も王が使っていた剣を掲げる。 刃先は失っておりグリップしか存在しない。
「皆さん! 戦いは終わりました! ! 武器を捨ててください!!」
その白旗を見て兵士たちは皆バラバラの反応をする。
敗北の衝撃を受けるものや膝から崩れ落ちるもの、敗北を疑いまだ武器を放棄していないもの様々だ。
「白旗… 」
「嘘だろ… 負けたってことかよ…」
「ボロボロの剣…確かあの武器は陛下の…」
「陛下は!? 陛下はどうなっている!?」
「王女様…」
王国の者たちの反応をよそに革命軍は勝鬨のような唸り声をあげる。
「いよっしゃぁぁぁ!」
「勝ったのか!? 俺たち勝ったんだよな!?」
「終わった…やっと」
「よっしゃあ! 隼輔とアリシアがやってくれたみたいだぜ姉御!」
グルタンも歓喜の輪に加わり高らかに叫ぶ。
しかし、エマはそれを静かに受け止めるかのように言葉を発しない。
「……」
「姉御?」
「…フランク、やったわよ。 私たち勝ったのよ…」
「…へへ! 俺たちの到着を待たずに先に王を倒すなんて、あいつらとんでもねえな」
「ふふ、そうね。 あとで叱らなきゃね」
「へい!」
白旗が皆に伝わり、俺は見下ろす先の歓喜と落胆の様子を確認する。
エマさんとグルタンはどこだ?
「あの…隼輔さん」
すると、姫様が話しかける。 落ち着いた声色だ。
「ん?」
「本当にありがとうございます。 …失礼ですが本当に父を倒すなんて思いもよりませんでした。」
「はは、まぁだろうなぁ」
十中八九、誰でもそう思うに違いないだろう。
「けど、貴方のお陰でこの国は変わると思います。 いえ、必ず良い方向に変えてみせます」
彼女と目が合う。 それは確かな情熱の瞳だった。
「そっか。 それなら安心だ」
「ええ、ではまた後ほど」
一礼し微笑み、彼女は後ろに下がっていく。
やがて、ここから離れてどこかに向かって行ったようだ。
俺は上を見上げる。
空はいつのまにか晴れ晴れとした青空になっていた。
ーー気持ちがいい晴天だ。
「ねえ、隼輔」
二人になり、アリシアが口を開く。
「ん?」
「私からもありがとう」
「よせよ。 感謝されたくてやったわけじゃない」
「ふふ…そうね。 けど、これから革命軍のみんなはどうなるのかしら? 戦いも終わったのだし」
「王が回復したらその事も今までのことも全部ハッキリするよ。 その辺りエマさんが考えていると思うし」
「そっかぁ。 …よし、難しい事はこれで終わりにしましょ!」
グイと力強く手を引かれる。
いてて…右肩が痛いっていうのに…
「じゃあ、みんなのところに行きましょう!」
満面の笑みで彼女が言う。 俺もつられて笑い。
「……ああ!」
ーー王都の戦いは終わった。
これでもうこの国は根本的に体裁を変えてくれるだろう。
そう強く願い、俺たちは広間の方に駆け出した。
「お父様…」
「ユリーカか…」
むくりと王は目を開ける。
「このザマだ。 敗因は小物だからと油断したからか、はたまたヤツの力を見切れらなかった俺の不甲斐なさか。 …どちらにしても俺は負けた」
「そうです。…お父様は負けました。だから、ザルツラントは今日から変わります。 いえ、変わらなければ行けません」
「俺の退位を望むか…」
「違います。 お父様も改心して欲しいのです。 次からは民を思い、国を思い、皆に心から慕われる王になるのです」
「ははは! 改心、か。 笑わせるな。今更俺にどうしろと」
「…どうしろいうのだ」
「大丈夫です、今度は私もお父様をお支えします。 一緒にこの国を創り直しましょう」
「……俺にできるのか?」
「出来る出来ないじゃないです。 必ず、良い国を創り直しましょう。 それがせめてもの亡くなった方や去っていった者達への贖罪です」
強く言い切る彼女の瞳は、どこかキラキラとしていた。
それは英傑として魔大陸の侵略を守った昔の自分に酷く似ている。
ーー嗚呼、俺も昔は…
「ユリーカ… いつのまにか立派になったな」
「ええ、お父様の子ですもの」
「はは、そうか俺の子か…」
「……キャサリン、トリスタン。まだ俺のことを見限ってなければ見ててくれ。 必ずケジメをつける」
ーーいつの間にか王の心は晴れ晴れとしていた。
それはまるで濁りきった汚水が浄化されていくように。
ーー王都の戦い、これにて終結。




