ファンタジー世界での水虫の治し方
活動報告だけにあげとこうかと思いましたが、長くなったので。白癬菌の話。
すごいタイトルですが。
ファンタジーな世界で、水虫はどのように治療されているのか?
という疑問を抱いてしまいました。
水虫は、白癬菌。カビです。
よく、「クリーンの魔法」とか、「ヒール」とかで、洗浄、治療がなされている描写がありますが、
「ヒール」の場合は、大体において、細胞を活性化させ、傷口を治している状態。と理解されています。つまり、怪我をした場合、かさぶたができて、徐々に傷口が治ってゆく過程があるわけですが、
二週間ぐらいかかるその過程を、無理やり時間を早送りして、傷口をふさぐ。
との理解の上で、魔法の治療がなされている。
この場合、恐ろしいことが起きてきます。
細胞のターンオーバーを、無理やり早めて治しているわけですから、何度も何度も「ヒール」をしていると、
回復の限界が来る。
ヒールしても治らなくなっていく。
人間の身体の細胞は、限られた回数しか、分裂できないのです(※ヘイフリック限界)。
赤ちゃんだった時期、子どもだった時期、青年の時期、年老いてからの時期。それぞれで、怪我などした場合、治るまでの時間がちがっています。
新陳代謝がさかんな時期は、ちょっとした怪我をしても、すぐに治ります。ターンオーバー、細胞の入れ替わりが、旺盛に起きているからです。
しかし年老いてからは、新陳代謝はゆるやかになります。傷ついた箇所の細胞の入れ替わりも、ゆるやかになります。そのため、怪我をすると、なかなか治りません。
なぜ新陳代謝がゆるやかになるか、というと、身体を構成する細胞の分裂、増殖する回数が、残り少なくなっているからです。
細胞が分裂して増殖する、ターンオーバーによって排出される。これは、言ってみれば、細胞の生きてゆく一生のようなものです。
人間が若いうちは、細胞は活発に分裂します。つまり、多くの子どもが生み出され、それぞれが盛んに成長してゆく状態です。体全体のバランスも、数が多いので取りやすい。そうして役目を終え、一生を終えた細胞は、満足して垢やその他の排出物になって土にかえってゆくわけです。
しかし、年を取ってくると、分裂の回数が残り少なくなるので、できる限り、自分の一生を細く長くして全体のバランスを取ろうとします。
つまり、傷ができても、なかなか治らなくなる。
「ヒール」はこの細胞の生きてゆく時間を、無理やりに速めて終わらせている魔法、ともいえるのです。
この辺りを考えている作家さんが書くファンタジーの場合、「ヒール」を何度も使っていると、効きにくくなる、という警告が書き込まれていたりします。ちょっとした怪我なら、魔法を使わずに治せ、としかられる描写があったり。
また、「ヒール」が何度もかけられていた人、勇者とか戦士とかの場合、ある程度の戦果をあげて引退したあとは、さほど長生きせずに亡くなる、という未来が予測されます。
普通の人が、何年もかかって使うはずの細胞の寿命を、一瞬でばんばん使い捨てていっているからです。
緊急事態の場合、あとの人生での体の丈夫さや寿命の長さより、いま、体が動くようにならないと即座に命がなくなる、という状態だったりします。治療する側もその辺りがわかっているので、何度も「ヒール」する。
しかし無理はしている。なので、引退後、できるだけ静かに生活をするよう忠告する。それでも、引退後の勇者や戦士というのは、長生きできているイメージがありません。
ただ、このあたりをあんまり詳しく書くと、ライトなファンタジーでは重苦しくなってしまいます。作家さんがどのように設定しているか、にもよります。あとは、バランスを取りながら作品のストーリーの流れに沿わせてゆく感じでしょうか。
※ヘイフリック限界
働く細胞などで、たぶん説明されているんじゃないかな。レオナルド・ヘイフリック博士らによって発見された、細胞の分裂回数限界のこと。人間などの生き物の細胞は、限られた回数しか分裂できない。寿命にも関係している。細胞分裂の停止は、ガン細胞化を防ぐためではないかとの見解がある。
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話がそれました。タイトルにあった、水虫の治し方です。
最近のラノベでは、「クリーンの魔法」というのが、よく出てきます。体を綺麗にしたり、汚れを落としたりする魔法です。便利です。
ただ、この「汚れを落とす」場合。どこまでを「汚れ」と認識しているか、を考えますと、いろいろと弊害も出てくるのじゃないかなーと。
見た目が綺麗になれば良い。という認識だと、手の泥汚れは落ちているけど、細菌はついたままだよ! みたいな事もあるんじゃないかな、と。その場合、料理の前に面倒だからと、手にクリーンの魔法を使った料理人は、
食中毒を大量発生させることに。
あと、カビについてはどうなんだ。という問題。
湿気が多い部屋で、壁がカビだらけになった。
「よし、クリーンの魔法、発動! よーし、綺麗になったぞ!」
見た目は綺麗です。でも、カビは残り続けているかもしれません。
あるいは、根こそぎカビを消去できていた、として。
カビは、菌です。
クリーンの魔法がうっかり、誤爆した場合。
「ぎゃああああ! 出来上がったばかりの味噌が、ただの塩味の豆ペーストに!」
「ザワークラウトがただの塩味のキャベツになってるううう!」
「チーズが! チーズが熟成前の状態に!」
発酵食品は、菌を使って熟成させます。クリーンの魔法ですっかりと、まっさらな状態に。今までの苦労が一瞬にして消えるという。
キノコなども、おかしな事になりそうです。森の中、点々と、キノコが死滅している空間が続く道筋。どのルートをたどったかがもろバレ。怖いな。クリーンの魔法。
ただ、クリーンの魔法がカビなどの菌にまで及ぶ、とするなら、水虫にも効果があるという事になります。その場合、ひたすらブーツをはいて足を蒸らしている人びとにとっては、救世主な魔法かもしれません。
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クリーンの魔法にも、限界があるとして。
魔法以外で水虫を治療しようとすると、薬草由来の治療法になります。
この場合、過去に実際に行われていた民間療法が参考になります。
有名なものをあげると、
1.酢や木酢酸などに患部をひたす。
2.ティートゥリーオイルを患部に塗布する。
3.ろうそくのろうをたらす。
4.焼けた砂の上を歩く。
5.緑茶、紅茶、番茶などを使う。
6.硫黄を使う(温泉など)。
ほかにもいろいろ。
どの方法も一定の効果はあります。
なお、3.と4.は、白癬菌が70度以上になると死滅することを利用した方法ですが、
見つけた人、どれだけ追い詰められていたんだ……。
と、初めて見た時は思いました。
かゆいより、痛いほうがまだマシ! な気分だったんでしょうね……。
ただ、この方法、どれも一定の効果があるにはありますが、
再発する可能性もあります。
ろうそくのろうを垂らしたり、焼けた砂の上を歩く、は、
目で見た部分や、表皮の一部分にしか効果がないため、奥のほうに白癬菌の根が張っていた場合、そこまで届きません。
酢に足を浸す、お茶を使う、ティートゥリーオイルを使う、も同様で、
治ったと思ったあとも、根気よく続けないと、再発します。
ただこれは、現代医学で作られた薬でも同じですので、見た目で治ったと思っても、治療は続ける、というのが基本になります。
※追記
調べていたら、元自衛官のかたの文章に行き当たりました。ブーツだもんで、水虫に苦しむ方が多いらしい。ハイター(塩素系漂白剤)に足を漬けるという(⁉︎)荒療治が載っておりました。皮膚が溶けるよ! どれだけ追い詰められてたんだ……。
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薬草の扱いについてですが。
中世ヨーロッパあたりの文明、気候的にもやや冷涼な地域の場合、
ティートゥリーが自生していません。
この植物は、抗真菌作用が高く、最近の水虫用の薬には、よく配合されています。抗菌、抗感染作用もあるので、様々な場面で使われています。
ですが、オーストラリアやニュージーランドあたりが原産です。涼しい気候の国々では自生していない。
同じ理由でユーカリも手に入れにくい。ユーカリも抗真菌作用とか高いのですが。
では、過去の時代、ヨーロッパの方々が、水虫の治療をする時に、どのような薬草を使っていたか。
伝統的なハーブ薬局のブログや、アロマテラピーの論文などから推測してみました。
ニンニク
かなり効果があります。使い方としては、すりつぶして足浴用の湯に混ぜる、オイルに三日ほど漬け込み、患部に塗布、など。
匂いはガマンするしかない。
ショウガ
殺菌力高し。白癬菌に対しても、そこそこ効果あったらしい。塗るとヒリヒリするので、かゆみ止め扱いもあったかも。たぶん、ほかのハーブと混ぜて使った。
リコリス
咳止めとしても使われていたので、手に入れやすいかと。カンゾウの根っこです。漢方としても使われています。比較的、山の方で手に入れやすいかな。
足浴用の湯に、ニンニクのすりつぶしと共に、カンゾウを刻んで入れていたみたいです。
レモングラス
これは評価が高かった。ただ、イネ科の植物なので、暖かい地方でないとちょっと手に入れにくい。高地の山あいの村に暮らす薬師の場合は、処方できなかったんじゃないかな。
現代でも、足浴用の湯に、レモングラスの精油を一滴入れると、効果的とのこと。
タイム
精油を用いた実験では、白癬菌に効果大でした。薬草として使った場合、足浴は、ドライハーブを入れる、オイルやビネガー、アルコールに漬け込んだエキスを使う、などしていたと思われます。わりとどこででも育つハーブなので、山でも低地でも手に入れやすい。
育つ場所により、成分が多少、変わる。ツンとするチモール系の方が、穏やかなリナロール系より、白癬菌に関してはたぶん、効果高い。
ローズマリー
補助的に使うと良いかと。ニンニクやタイムほどではないが、そこそこ効果あり。気分をしゃきっとさせる効果もある。細胞を活性化させるらしい。これも育てやすいハーブなので、手に入れやすい。
ミント類
どこにでもはびこる、園芸家の敵のような(笑)扱いを受けることもあるハーブ。殺菌力が高い。
白癬菌には、そこまでではないが、かゆみ止めとして使うと良いかと。スーッとするので。
ラベンダー
殺菌力高し。リラックス効果もあり。精油を用いた実験では、白癬菌にも効果大。
古代より、殺菌力の高さを知られていたので、いろいろなところで栽培されていた。傷薬、かゆみ止め、痛み止め、風邪薬など、様々に用いられてきました。
薬師のモデルとしての例
●温暖な地域の薬師の場合
ラベンダーの薬湯、タイム、レモングラス、ローズマリーなどの足湯用ハーブブレンド、ハーブチンキ、ニンニクペーストなど
患部をラベンダーの薬湯で洗い、酢、もしくはアルコールで作り置きのハーブチンキ、タイムなどのハーブを入れた足湯をする。
かゆみがひどい場合は、ミント、ラベンダーなど配合する。
ニンニクとショウガのオイルペーストか、酢を使ったチンキを小麦粉とハチミツか、クレイで練ったものを塗布する。
同じ手順で毎日続けるように教え、ハーブの袋、オイルペーストを持たせて帰す。
※燃料や薬草が手に入りやすいので、患者も自分で湯を沸かして、あれこれできると思う。
※オイルについては、オリーブオイルが手に入りやすい地域なら使うと思う。そうでないなら、油は貴重なので、チンキを小麦粉やクレイ(天日に干した細かい粘土)でペースト状にする。ハチミツも貴重なので、貧しい薬師の場合、クレイ一択かも。
●山地の村の薬師の場合
ラベンダー、タイム、ミント、ローズマリーのハーブやチンキ、ニンニク、リコリスなど
患部を洗い、ラベンダー、タイム、ミントなどの薬湯を作り、ニンニクすりつぶしとリコリスを刻んで混ぜて、足湯。場合によってはチンキも混ぜる。
患部にチンキを塗る。ニンニクをすりつぶした汁をぼろ布に染み込ませて、指の間に挟む。
自宅用に、ハーブとニンニク、リコリスを漬けた酢を持ち帰らせる。
※山間部の場合、薬草だけでなく、食料も手に入れにくい。小麦粉など大切なものになる可能性あり。
使える燃料も限られてくるので、手当てがちょっと乱暴な感じになる。扱うハーブも偏ってくる。
こんな感じかな。
なお、こうした薬草療法の場合、即効性はないです。じわじわ効いてくる感じです。
現代では、薬草から有効成分を取り出して、患部に長く留まるよう、ダイレクトに効くよう工夫された薬がたくさんあります。感謝ですね。