一時の休息
「うおっ、眩しっ!」
先程までとの明暗のギャップに、サンディコスは目元に腕をやり光を遮る。
暗き洞窟から出たアトルム、ルテウス、サンディコスの三人は淀みない快晴の空に迎えられる。目の前に広がるのは、辺り一面暖かな緑の平原だ。色とりどりの可憐な花、美しい羽音を立て飛ぶ鳥の群れ、穏やかな風の吹く音、そして空で光を放つは熱く輝く太陽だ。
この『ビブリーア』という世界において、大陸は4つ存在する。
『風の秘境』と称される、温風や冷風など様々な風に包まれし東のラハ大陸。
温暖な気候で自然、水の豊かな西のガリエ大陸。
全域を通して亜熱帯〜熱帯で、過酷な環境の南のミカル大陸。
他3つよりも遥かに広大で、地域毎の環境差も大きい北のウーリル大陸。
現在アトルム達が立つ大地は、ガリエ大陸のものだ。
「アレは無事倒したけど、帰還までが依頼ってよく言うよね」
「……用が済んだら直ぐに出発する」
見るからに怪しげな黒いマントを風に揺らし先頭を歩く。かつてアトルムがマントを装備したいと言い出した時、他の二人は困惑と動揺を含む何とも言えない表情をした。要するに格好いいとは思われてないようだが、それでも彼は気に入っているようだ。
そもそも何故三人が洞窟で野獣の討伐をしていたかというと、資金調達として付近の村で受注した依頼の為だ。長旅なのだからもしもの為資金はなるべく多めを保っておくのが吉だ。
緑色の猪、グリンオンスロトは人を襲う危険性があり、最近になって急に数を増やし活動を活発化させた。その為猪達の生息すると思われる洞窟の一つに潜入し、狩猟して増えすぎた数を減らしたというわけだ。
「で、その後はどこ向かうんだ? 金受け取ったら」
サンディコスの問いに、即座に地図を広げるアトルム。彼は地図の一点に指を指す。
「ここだ……」
その場所は現在地から数十キロ東へ離れている。横から地図を覗き込むルテウス。
「えーと、そこは……あ、なる程ね」
指先で半分隠れた十字架のマーク。これは教会の地図記号だ。
「ああ、最近あんまり行けてなかったもんな、そういや」
「……半分不本意だが、あいつの為だ……」
そう言いながらアトルムは服のポケットから、透明感のある白い光沢を放つ十字架のネックレスを取り出した。十字架の交差部分にもう一つの小さな十字架が斜めに付いている形状だ。
「お前、コルトが大切だもんな本当に」
「定期的に行かないと、アトルムとしても困るみたいだしねぇ」
「……ああ」
小さく頷くアトルム。動作こそ僅かだが、どこか噛み締めるような含みがそこにあった。
――そして、彼らは先程依頼を受けたマシェウ村へと戻る。この村は人口は少なくも多くもなく、外に出れば草原という事もあり、建物こそ多めだが自然の暖かな雰囲気がある。
三人は村の役場を訪れ、数日はもつ程度の報酬金を受け取った。元々の所持金を考慮しても、これから先の旅費としては依頼のリスクに対してなかなか悪くない額であった。
「これで若干金銭面の余裕は出来たね」
「折角集まったんだしどうせならパーッと使っちまっても――」
「僕は反対」
「即答かよ! いや良いだろちょっとくらいは!」
「そういう思考は色々と損だってば……」
役場を出、収入に盛り上がるサンディコスと、対象的に慎重なルテウス。そんな彼らを尻目に、「行くぞ」とアトルムは声を掛ける。彼が先程言ったように、用を終えたら直ぐに出発する方針だ。
だがその瞬間。唐突にアトルムの腹が虫じみて鳴ったのだ。突然の音に背後のルテウスは思わず息を漏らしながら笑ってしまった。
「腹減ったんだな……なあ、食ってこうぜ? なんか」
「どうせなら今の内に栄養付けておかないとね」
その直後、続けてルテウスの腹も鳴った。
「あ゛っ!?」
間抜けな声に、二連続で発生した腹の虫。サンディコスもこれには堪えきれなかったのか噴き出してしまう。
「おいおい、一番動き少なかっただろお前は! 何腹減ってんだ!」
「そうは言ってもねぇ! あの魔法使うのって脳の負担結構大きいんだよ! 色々イメージするし頭使うんだよ!」
そのままシームレスに言い合いに移行する二人であった。とはいえ、二人とも表情はどこか楽しそうだ。
「……」
アトルムは無表情のまま歩む。背後から聴こえる声に一切口を挟まずに。
そして、サンディコスの腹までもが鳴ってしまった。二人の笑い声が腹を鳴らした張本人が優勢な形で共鳴した。
今まで黙っていた先頭の者が開かずの口を開いた。彼の目線の先は、他の料理店よりも一回り大きく外装も豪華であり、いかにも高級そうな店であった。
「報酬金の初仕事だ……」
「流石、話が分かるぜ!」
「えー……まあ、たまには良いかな。でもあまり消し飛ばさないでよ、金が手に入る機会はそんな多くないからね」
三人は高級料理店「THE 5742」に入る。内装は煌びやかなもので、黄というより金色の照明が全体を照らす。料理の値段が高い故に客の出入りは比較的少ないようだが、安定した人気を誇る店だ。三人以外にも客は点在している。
その料理の味に、彼らは感嘆を覚えるしかなかった。
「なんだこりゃ……!? 美味すぎるとしか言えねえぞ!?」
「こういうの食べるの、久しぶりだよ。思ったよりは良いね」
サンディコスは噛む度に熱い汁が中から溢れる特大の肉の塊を食べ、ルテウスは魚介類や野菜をふんだんに使った白いスープを食べている。
「アトルム、そっちはどうだい」
「上出来だ……」
一方、アトルムが食べているのは皿から溢れんばかりの黄金色に焼けた米! 具材として細かな人参、肉、葱といったものが散りばめられている。あまり見かけない料理だが、このTHE 5742では様々な分類の料理が扱われているようだ。
「それどこの国の料理だ? なんか意外だな、お前それ選ぶの……」
「……ああ」
あまりにも適当な返事。皿上の焼けた米の山は驚く程の速さで縮んでいく。そして――
「行くぞ……」
「やべえ……食いすぎた……」
「あんなに頼んで、無理しすぎだよ。さて、出費はかさむだろうね」
三人共腹を満たした。どうやらサンディコスはステーキ以外にも色々と頼んだらしく、机上の皿が増えている。質の良い料理を無事完食し、(一人だけ無表情だが)満足げに席を立ちその場を離れようとする三人。その時。
彼らは一つ違和感を覚えた。いや、なんとなく先程から感じてはいたのだ。
「ちょっとそこのお方々。君達、至の集まりだろ?」
突然横の席から声を掛けられた。その方向へ振り向くと、その席には爽やかな空色の髪を金の照明に照らした細身の男が座っていた。爽やかな印象とは裏腹に、テーブルの上の料理は肉だらけだ。
「俺の名はレイジだ。実は俺も至なんでね。そしてこっちは石動。こいつはラハ大陸から来た奴で……まあ、俺達は旅してる遊び人みたいなものさ」
そして向かいには見た事も無いような変わった服装の男。石動と呼ばれた彼は長めの白髪で、黙ったまま目を閉じている。
アトルムは声音や態度を飾らず、一言で質問を済ます。
「……要件は」
「君達も察知能力はあるだろ? 至がこんな所に三人も居るなんてな! 珍しいから、つい声を掛けたんだ」
(なるほどな……至だ、確かに)
(共通能力の同類察知だね……)
目の前でレイジと名乗った男は、どこか飄々とした笑みを浮かべていた。