密集する力
無機質に音を刻む時計の針は、5時を告げていた。窓から入る木漏れ日が、部屋の中を照らし始めている。
仰向けで寝ているアトルム。うつ伏せで寝ているルテウス。手足を大きく広げて寝ているサンディコス。完全に疲れきった三人は、目を閉じたすぐ後から深い眠りにつけた。
「いぃるさーるすわ、へろしてぃにむはっておーきくくいおあけてほえう……えもーのじゃまをすうなといわんわありに……」
呂律の回り切っていないサンディコスの寝言は、あまりにも間抜けである。これをルテウスが聞いたら、間違いなく馬鹿にしたように噴き出すだろう。
彼らの現在の睡眠時間は、およそ四時間半。疲れが抜けきったとは決して言い切れない状態。まだ7時間という睡眠予定の3分の2程度であり、今目覚めても今一気分は乗れないだろう。
そんな彼らの休息は、ここで終わりを告げる事となる。
具体的には、それを宣告したのは音だ。一瞬葉のざわめく音がした直後、窓が勢い良く破壊されたのだ。
金属の割れるけたたましい音と共に幾つもの破片となった窓ガラスが、部屋内に霰のように振りかかる!!
「ん、ん!? ううぇぇえ!?」
「何だぁ!?」
大慌てで飛び起きるルテウスとサンディコスは、瞬時にベッドの影に隠れガラスの直撃を防ぐ!
「い、いきなりなんなんだ!?」
「ふざけんじゃねえ、まだ寝てねえぞそんなに!!」
二人とも、目覚めが悪く完全に瞼が開ききっていない。
「至だと……?」
同じく、アトルムも窓ガラスの破片を回避し、戦闘態勢に入る。彼は窓の外からの至を察知した。それも、複数。
部屋の床では散らばるガラスの破片が点々としている。その中で、一際大きな物体が白く輝いていた。
「これは……槍……」
神々しく光る槍。どうやらこれが投げ込まれて窓ガラスが破壊されたようだ。アトルムがそれに気付くと、次の瞬間槍は光の粒子に分解され消えた。
「僕達を倒す気なのか!? まだ疲れが残ってるっていうのに! 次から次からへと面倒事なんて勘弁してよ……!」
「感じるぜ。三人もな!! ったく、人が気持ちよく寝てるのを邪魔しやがって!」
明確な敵意をもって窓の外を睨みつけるサンディコス。炎剣ヴァーミリオンを出したくなったが、場所が場所なので今は堪えた。
「おい、こっから出るぞ外に!」
サンディコスが力を発揮できるのは、炎が害をもたらす事のない場所だ。彼は我慢出来ずに真っ先に窓ガラスのあった場所から外へ出た。
「ちょっと待ってサンディコス! もう少し警戒を!」
「行くぞ……!」
「え、アトルムも、ええっ!?」
引き止める暇も無く、残る二人も外へ出た。彼らは槍の飛来したであろう方向へ駆け出した。
---VERTEX---
「こっちに向かってくるな。お前ら! 奴らを潰してやるぞ!」
「うむ」
アトルム達の向かう先……光の槍を投げた張本人、ウラヌがネプトとプロトンに呼びかけてもう一度槍を生成する。彼の視線の先は宿を囲むように生えた木々。
こちらに迫ってくる幾つもの至の気配に、ネプトは小柄な身を震わせた。
ネプトの頭に大きな手が置かれる。その手の平は温かくも冷たくも無い。
「落ち着け。お前はそうやすやすとやられまい」
「プロトン兄さん……僕は……」
しかし小柄な少年の不安に満ちた目は、変わることはない。何故こんな事をしなければいけないのか、彼の思う事はそれだけだ。
「今は耐えるんだ。大丈夫だ、お前は俺とは違って強い。気持ちを強く持て」
優しげな言葉をかけるプロトンの顔は、石像のように無機質なのだ。
「で、でも……」
その直後、木々の間から三人の至が駆けて姿を現した。アトルム達だ。
「居たよ! あそこだ!」
「全員至だな、あいつら……! 応えてやるよ、やる気ならな!」
朱く燃える剣が、闘志を燃やすサンディコスの手に握られた。三人と三人がここに対峙し、同時に雲が暁光を遮った。
アトルム達とウラヌ達の間の距離、約20メートル。
獲物が来た……そう言いたげにほくそ笑むウラヌは荒れた目を向け、高らかに叫んだ。
「よく来たな!! まさかこんな所に三人も至が居るたぁ……まず思わねえなぁ!」
その叫びに対抗するかのように、サンディコスも声を張り上げる。
「何なんだお前ら! 起こしやがって乱暴に! こっちはずっと歩きっぱなしだったんだよ!」
「へっ! 俺達の他に至がいるなら、邪魔になるなら潰すって事だ!」
「何だって……!?」
警戒心を強めるルテウスを背後に、前方にアトルムが出た。相手が槍ならこちらも槍、と言わんばかりに黒く染まった槍と黒い瞳を前に向けている。
「……何のつもりだ。答えろ」
「簡単な事だ! 俺達兄弟は、至光を狙ってんのさ!」
そんなウラヌの言葉に、アトルム達の目が細まった。ルテウスが「兄弟ね……」と呟く中、相手は言葉を続ける。
「至なら知ってるだろ? 大いなる力をもたらすと伝承される至高の光を……至が三人も集まってあんな宿にいるとは、なんかあるとしか思えねえな。お前たちも目的は同じじゃねえのか?」
「……その通りだよ。まさか、至光を取られない為にも同類は排除しようというのかい」
ルテウスの右手の平が蒼く光る。手から飛び出した光が渦巻くと次第に液体に変貌していき、水流がグローブのように手に纏わりついた。
「水の魔法……それも詠唱を使わずに……!?」
それを見たネプトは驚愕の表情を隠せず、不安と緊張から冷汗を流してしまう。
「ああ、至光は俺達が……ってネプトォ! 何ビビってんだ!!」
「うう……」
ウラヌの怒声は向かい風じみた圧力に満ちている。後ろでやれやれ、とプロトンは溜め息を吐いた。
「チッ……まぁいい、とにかくこいつらを潰しちまえばそれでいいってんだ」
手に握られた槍が強く光った。どこまでも白い光はアトルムのどこまでも黒い闇の槍と完全に対となっている。
「跪かせてやるよ」
そう発したウラヌの顔は、堕天使の如く歪んだ笑顔だった。
「光……随分と強力なエネルギーを感じるよ。それにしてもあんな乱暴そうな人間が光とはね」
「ああ……」
警戒を呼びかけるようなルテウスの声を聞くアトルムだが、彼には一つ気掛かりな点があった。細めた目で前を見据えながらも、どこか煮え切らない神妙な面持ちな事にサンディコスは気付いた。
「ん? 気になるのか、何か」
「……困惑だ……」
「え? どういうことだよ困惑って」
少し意外な言葉だ。それに、アトルムの視線が一番目立つウラヌから少し逸れているのだ。
「別人なのは間違いない。とはいえ……」
その時ウラヌの槍の柄が、掌の圧によって微かに苦しげな音を立てる。
「なーにボソボソ言ってんだよオイ!? さっさと闘り合おうじゃねえか、おらっ!!」
――至達による闘いの火蓋を切る代わりとして、ウラヌの光槍が弾丸のように投げられた!!