ラフレシア
一言でいうなら「美女」である彼女は管理人ですと言う。
「……で、ここはどこだ?」
俺は平静を装う。内心、かなり動揺していた。二次元大好きな姉が、最近の流行りは異世界転生・ハーレム・チートの組み合わせだが、いまいちなんだよなぁとほざいていたのを思い出す。
何がどういまいちなのかわからない。何せ俺は本に興味がない。といっても、姉が気に入ったという「ノーゲーム・ノーライフ」なるアニメを強制的にみせられ、すばらしいだろうと同意を求められたとき、確かに面白いとは思った。
(実は空白のシロちゃんの愛らしさに、おもわずトキメイタなどと口が裂けても言えん!)
そんな俺の動揺にも気づかず、美人の管理人は言う。
「まあ、いわゆる異世界というところですね。貴方にとっては」
「ということは、俺はこの世界で何かやらなきゃいけないってことなのか?」
「ほう、さすがニホンダンジ。お話が早くて助かります」
管理人は艶やかに笑うが、どこか人形めいている。
「……俺はRPGとかあまりやったことないぞ。せいぜい、格ゲーぐらいだし、ただの……」
高校生だと言いかけて、ちょっとやめる。ラグビー部に所属して地区大会で優勝し、県大会は八位入賞という経験を持ち、今年は三年で部活は引退したばかり、進路に多少の悩みをもつ、普通と言えば普通の高校男子だが。
ガタイがいいのと、目つきが悪いせいで、アロハなんか羽織ったら、チンピラだ。私服で何度か職質かけられて以降、学生証をつねに持ち歩くぐらいには容姿が怖いという自覚はある。
(そんな俺がなんで異世界なんてところにいるのやら?)
「別に化け物退治や英雄をお願いするわけではございませんから、ご心配なく」
「じゃあ、何するんだ?」
「簡単なことです。あなたの『種』をいただきたいだけですわ」
俺がその意味を理解するのに、そんなに時間はかからなかった。管理人の案内で街へ行った。どこからか、甘い花の匂いが漂っている。
石畳の大通り。
二階建てのログハウスのような建物が両側に整然とならぶ。俺は、管理人が指差す建物の看板を見て、説明を受けた。彼女は次々と指をさし、あれはカフェ、あちらはレストラン、そっちは洋品店と次々と店を紹介する。俺は看板の文字が読めなかったが、それぞれにマークがあり、それと彼女の言葉を結び付けて建物の用途を理解した。
(それにしても、男の姿が見えないな)
管理人の隣を歩きながら、すれ違うのは女性ばかりだ。年齢は様々だが、いわゆる高齢者も見かけない。
(それにしても、この匂いは何だろう?)
さっきから鼻をくすぐる甘い香り。俺は、何度か鼻をこする。管理人はそれを見て、口角をあげる。人形が笑っているようで、美人といえども少し不気味だ。
「わたくしの案内はこれくらいにしましょう」
「え?街の案内だけ?」
「ええ、一応あなたのお宿は先ほどの教会ですから、この道を真っすぐ戻ってくれば何も不自由はないですよ」
「けど、俺は金なんかもってないぞ?腹減ったら、いちいち教会まで戻るのか?」
「いえ、あなたは金銭を払う必要がありません。貴方は私たちの大事な『種』ですから。カフェもレストランも宿も無料でお使いいただけます」
なんとも都合がいい異世界だなと俺は思った。
(たぶん、夢でもみてるんだな)
現実感があるのは、鼻をくすぐる匂い。管理人は俺の耳元でささやく。
「香りが強くなる方へ行ってごらんなさい。貴方の役目がわかりますよ」
そう言い残して、管理人はふらりと姿を消した。俺は不思議と疑問も持たず、匂いが強くなる方へ歩き出した。そして一人の女と目があった。赤い髪に大きな黒目。同じ年頃の少女のようだ。特に美人と言うわけでも、可愛いというわけでもないのに、俺の目は彼女に釘づけになった。
彼女はふっと微笑み、路地へ入った。俺はなぜか後を追い、路地へ飛び込む。少女はうるんだ瞳でこちらを見ていた。
(匂いが……)
匂いは脳を麻痺させるように、ひどく甘いくしびれさせ、鼓動がはやる。
俺は少女を壁に押し付け、強引に唇をむさぼる。手はまるで俺とは別の生き物のように彼女の服をはぎ、あらわになった胸をはい回った。そして、下へ下へと這っていく。スカートをまくり上げ、柔らかな太ももを撫でまわしながら、奥へ奥へと進んでいく。指先が彼女のそれに触れると、その唇から歓喜の喘ぎが漏れた。彼女の手は俺のジーンズのジッパーをおろし、我慢できないと耳元でささやいた。
気が付けば、彼女は乱れた服を直なおすこともせず、呆ほうけた顔で座り込んでいる。大きく開いた足の間あら、鮮血と俺があふれさせた精液が石畳を汚している。
それを見た俺は、ぞっとした。
(俺は……何をした……)
脳をしびれさせていた甘い匂いは、すっかりと薄れている。俺はあわてて、身なりを整え大通りへと逃げ出した。その途端、また違う甘い匂いが俺をとらえる。俺は匂いに抗うこともできず、同じように匂いの強くなる方へ歩きはじめていた。
俺はたった一日で誰彼かまわず発情し、犯すことの罪悪感を失った。そして、快楽におぼれる。昼夜を問わず、匂いにいざなわれ、容姿や年齢も関係なく女を犯す。女たちは、情事が済むと呆けた顔でしばらく放心状態だ。そして、俺はそんな女を抱いた場所に放置する。そこが路地裏だろうと、大通りだろうと、レストランやカフェだろうとお構いなしだ。
まわりの人間たちは何も見えていないように、俺の行為を止めることも、眉をひそめることもない。
呆けた女を助けることもない。
俺は疲れを感じるとレストランで食事をして、宿屋で眠る。
「どうですか?今度の『種』は?」
「まあ、スタートダッシュはとてもいいようですね。問題は持続性ですが」
「できるだけ、長く種付けに励んでいただきたいですね」
「ええ、人工授粉はまだまだリスクが高いですし」
管理人はずらりと並ぶ円筒形のガラスを眺める。その中には男という名の『種』が裸体を晒して眠っている。
「今季の破棄分は?」
「三体ですね」
「状況としてはどうなのでしょう」
「保存状態は改善されていますが、それでも活動を停止しているサンプルから抽出した精子は着床しにくいですね」
「やはり、天然ものにはかなわないということですか」
「ええ」
「わたくしとしては、あまりあちらへ行きたくないのですよね。最近、疲労感が抜けないし」
「そういわないでくださいよ。ラフレシア様。今はあなたしかあちらへ行けないのですから」
「そうですね。わたくしの子はまだまだ幼いですし、まあ、あの青年は今までの子たちより、体力だけありそうですから。これからは、ああいうタイプを拾ってくるようにしましょうかね」
管理人、いやラフレシアは一つの筒の前に立つ。そこには足に何やら黒いものを装着した男が眠っていた。
「それにしても、この男の足のあれはなんなのでしょう?」
「さあ、私たちのテクノロジーでは解析できませんし、取り外すことも不可能でした」
「まあ、これはこれでかなり多くの種をまいてくれましたが」
「ええ、時に首を手折る癖さえなければ、大変有能な種でしたのにね」
「とりあえず、これは『悪種』として保存しておいてください」
「了解いたしました」
「ところで、破棄は三体でたりますか。食事に事欠くのはやはりよくないでしょう?」
「できれば、もう一体ほしいところですが……贅沢は言えないとウツボたちはいっておりましたよ」
「そう……わたくしも疲れたなどといってはいけませんね。一度に一つの『種』しかもちかえれないのですから」
ラフレシアは苦笑する。
「次はいつあちらへ?」
「そうですね。夏花たちの成熟前までには、なんとしてでも行かねばならないでしょう」
「では、それまで十分に休息と密をとってくださいませ」
「ええ、そうさせていただくわ。最低でもあの『種』には三年はがんばってもらいたいですね」
ラフレシアはくつくつと笑いながら、地下の人工受粉室を後にした。
【終わり】