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アイル  作者: はるの そらと
1章
6/42

5 道化のような

   ◇


 翌朝。アイルとヴィンは、何食わぬ顔でウィンディーズ家の屋敷を出た。

 いつもなら、学園で行われている講義には滅多に参加しないアイルだが、今日はそうひねくれていられない。

 魔法教育機関である学園は、旧制度の一族による教育から、公平かつ平等な魔法教育の理念のもと、創設された機関だ。

 誰でも自由に魔法についての講義を受けることができるようになったため、今ではヴィンダーが使える魔法の水準も高まった。

 だが、これが今では凶となっているようにしか見えない。

 ヴィンダーの魔法水準も低ければ、低いで家系間の争いが生じるが、今はその捌け口が、マグレーティに向いているように見える。

「アイル、一つ聞いておくが、ドーリスと面識は?」

「ない」

「はあ? ないってお前、それでいいのかよ」

 ちなみに、学園に通う者は、必ずすべての教授が受け持っている基礎講義を受ける。

「受けなくても困らなかったんだ。別にいいだろ」

「ったく、お前って奴は」

 うなだれ頭を振る様子は、まさに人間そのものだった。

「それを言うなら、どうして今の時代に戦闘魔法の訓練を受けなきゃいけないのか、理解できないね」

 ドーリスの専門分野は魔力の存在そのもの。そのため、いかに自分の魔力を駆使できるか、講義も戦闘系である。

「……それをお前が言うか」

「そう。暗殺されそうになる僕が言う。第一、そんな知識を授けようとする方針が間違っている」

「お前には、身を守るためとか考えられないのか」

 黒猫は再び頭を抱えた。


 学園のまわりは、特殊な結界が張ってあり、徒歩では辿り着くことができない。ただ、魔力を使わず学園に入れる唯一の方法が、門番に直接結界を解いてもらうことだ。

 学園に通う者の多くが寮生活だが、家柄の良い者は、直接学園まで通っている。

 今のアイルのように徒歩で行く生徒もいれば、箒に乗って通う生徒もいる。魔法を使って瞬間移動することもできるが、集中力が必要なため遅刻しそうなときのみ使う生徒が多い。

 だが、学校に行けば魔法を使った授業が多いため、授業中うまく魔法が使えずに評価が下がることもある。

 ここでいう集中力を、イメージ力と置き換えても問題ない。つまり、どんなに魔力が多くても、想像力が豊かでなければ単純魔法しかできないということだ。そして、想像力が豊かであれば、少ない魔力の持ち主でもさまざまな応用魔法を使うことができる。だが、それでも魔法は魔力の量に左右される。仮に想像力が乏しく魔力の量が多い者と、想像力が豊かで魔力の量が少ない者が戦った場合、圧倒的に前者が有利だ。なぜなら、魔法の威力は魔力に比例するからだ。たった一撃の単純攻撃魔法を食らえば、後者はひとたまりもない。

 設立されたこのヴィンダーの学校は、魔法の知識はもちろんイメージ力を鍛えることも目的としている。

「ヘマするなよ」

「ふん。オレを誰だと思っている」

 門が近くなり、ヴィンはとりあえずアイルに意思疎通魔法をかけた。これで、言葉にしなくても直接頭の中で会話ができる。


 東西南北にそれぞれ設置してある門のうち、一番近い、南門へと向かった。そこで思わぬ人物を見かけ、アイルは思わずうなった。

 ゆるく巻かれた黄金色の髪に、赤いリボンのカチューシャ。この学園の生徒なら、知らない者はいない。

 ヘラ・フュリュスターン。

 彼女は御三家の一つ、フュリュスターン家当主の三女だ。魔力の量は一般的だが、魔法のセンスが良く、教師からの評判もいい。女学生の中では右に出る者はいないと言われるヴィンダーだ。

「あら? 今日はお早いのね」

 アイルに気づいたヘラが、ニコリと笑いかけてきた。アイルとは二つほど年が上だ。

 だが、見た目は十歳くらいの少女である。猫のような蒼い瞳と気品ある振る舞いをすることから、男子生徒の人気が高い。公にしている年齢は本当だろうが、少なくとも見た目は魔法で若く見せていることは明らかだった。

「珍しいですね、貴方がこんなところにいるなんて」

 どことなく棘のある言い方になるのは、相手が御三家に連なる者だからか。

 しかし、ヘラは気にする様子もなく髪を払いのけると、凛とした声で答えた。

「あら? あたしはいつもこの時間にはいるのよ? ご存じじゃなくて?」

 そんなの、知ったことではない。

 アイルはそう思ったが、口には出さなかった。

 ――ただ、表情には出ていたが。

 ヘラのどこか人を上から見下すような口調が、癪に障る。

「それじゃあ、あたしはこれで失礼しますわ」

 門番のガーゴイルから許可を得たヘラは、颯爽と立ち去って行った。

 その小さくなる背を見つめながらアイルはふと疑問を持った。

 どうして御三家の子女で、有能な魔女にもかかわらず、わざわざ門番の許可を必要としているのだろうか、と。


   ◇


 ドーリスに会う前に、彼女の講義を受けたいと言い出したとき、ヴィンは一瞬理解できなかった。

 だが、よくよく考えれば誰でもわかる、単純な理由だ。質問があるという口実で訪れる方が、自然だ。

 だが、言い出した本人は、不機嫌だった。

「アイル。そんなに殺気を振りまくな」

 講義室の一角に座ったアイルは、肘をつきながら窓の外を眺めていた。

 アイルが苛立つのも無理はない。

 さっきから周りにいる奴らは、アイルをちらちら盗み見ては、ささやき合っている。

 まあ、無理もない。

 天才と名高いアイルが、一度も受けたことのないドーリスの講義に出ているのだ。その実力を知りたい気持ちはよくわかる。

 ちなみに、使い魔であるオレは姿を隠し、アイルの足元にいる。使い魔との契約は十八になってから行うのが一般的でアイルの歳で使い魔を連れて歩くのは異例。つまり、目立つのだ。

 まあ、隠れなくてもアイルは目立つ。

「講義を始めます」

 その一言と共に、いきなり眼鏡をかけた茶髪の女が現れた。その女こそ、ドーリスである。

 ドーリスが放った一言で、ざわめきも一瞬で収まった。

 だが、何か異様な雰囲気を察したドーリスは、教室の一角にアイルが座っているのを見た瞬間、納得の表情を浮かべた。

「今日は実践講義だ。この中から数名の者に模擬決闘戦を行ってもらう。自信のない者は退出するように」

「チッ」

 実践講義と聞いた瞬間、アイルの放つ不機嫌さがさらに強くなった。

 ああ、胃が痛い。

 腹いせに蹴りはしないだろうな、と近くにある足先を見つめたが、さすがにそれはなかった。

 一瞬、戸惑う空気が流れたが、退出者は誰もいなかった。

「それでは、演習場へ行きます」

 そうドーリスが言い終わった瞬間、教室にいた全員の目の前が歪んだ。


   ◇


 空間指定の瞬間移動だ。個々ではなく、その空間にいる者全員を他の場所に移す魔法だ。

 教室にいた、アイルを含めた三十名程度の学生は、次に気づいたときには灼熱の太陽と喉を傷めるような砂埃が舞う、場所に立っていた。

 一瞬荒野かと思ったが、壁のように囲む壁と客席が、それを否定した。

「……こんな場所があったのか」

 アイルがぽつりと呟けば、まわりにいた者が目を見開いた。

 そんなにおかしなことを言ったつもりはないのだが。

「それでは、いきなりですが始めます」

 ドーリスが二名の生徒の名を呼ぶ。それ以外の者は、客席に移された。

「アイル」

 姿を消してはいるが、足元に張り付くようにいる黒猫に呼ばれ、アイルは自然を装って足元を見た。

 うるさい、と視線で訴えれば頭に声が響く。

 ――お前、眉間に皺寄ってるぞ?

 そんなの、知ったことではない。

 野蛮だ、とアイルは腹の底から思った。

 見ているだけで、反吐が出そうだ。

 腕を組み、中央で戦う二人から目を背けた。

 ――昔からこういうの、ホント嫌いだよな。

 ――嫌いで何が悪い?

 ――別に。悪いなんて言ってねえよ。

 むしろ感心する。という言葉をアイルは無視した。馬鹿にされているとしか思えない。

 そうこうしているうちに、終わったようだ。二組目が呼ばれる。

 思わず、名を呼ばれた者は途端に顔色が悪くなったように見えた。

 別にこれは、生き死にをかけたものじゃない。そこまで、深刻に考えなくてもいいのだが、それを察する経験がないのだから仕方ない。

 だから、思うのだ。

 本当の戦場は、こんなものじゃない、と。

 どうして、争いを生もうとする種を何故撒くのか、と。

 しかし、アイル自身も人間同士の争いは知らない。

 所詮、偽善者の戯言だろうな。

 ふっと、アイルは笑った。


 目を閉じ、うつらうつらしているときだった。

「アイル・ウィンディーズ」

 今度は何の用だ、とうっすらと開いた目で足元の黒猫を睨めば、俺じゃねえと返された。

 ――呼ばれてるんだよ。

 誰に、とは言わなかった。こちらを見るドーリスの視線に気づき、アイルは大きくため息を吐いた。

 なんでまた、僕なんか。

 髪が乱れるほどかきむしったあと、その場から立ち上がれば、視線を浴びながら決闘の舞台へと向かった。


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