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アイル  作者: はるの そらと
4章
40/42

39 それでも走る

   ◇


 捕らえた者共の公開処刑を行う。

 そう言ったのは、他でもないベルントだった。

 暁をなぞって作られた真っ赤な絨毯は、暁というより血の色に近い。そんな絨毯に寝そべっていると、視線を感じた。

「なんだ」

 鬱陶しい。

 隙あらば食おうとする使い魔を側に置くなんざ、なんて図太い奴だか。

「仮に、この処刑を妨害する者が現れたら、問答無用でそいつも死罪にする。もちろん、それがアイル・ウィンディーズであろうと、な」

「――確認か?」

「まあな。お前はあやつに手を出すなと口うるさいかなな」

「……わかった」

「おや、物わかりがいいな」

 挑発しているのか、ベルントの声を無視してヴィンは再び目を閉じた。

 アイルにはちゃんと伝えてある。

 大丈夫だろう。

 レリックやランス、エミーリアには悪いが、背に腹は代えられねえ。

「確かに、許可は得たからな」

 ベルントの言葉に、ヴィンは鼻を鳴らして答えた。


   ◇


 深夜、睡眠を妨げる、大きな声がマグレーティ全域に響きわたった。

「これから、タレイアによる反乱者たちの処罰を行う。老若男女問わず、国境付近の高台まで集まれ、か。随分横暴だな、アルバ様は」

「黙りなさい」

 隣に立つドーリスが鋭く声を上げた。

 ヴィンはそんなドーリスに背を向けると、さらに高い位置まで上った。

 緩やかな斜面の丘には、瑞々しい緑が一面に広がっている。だが、そんなのどかな風景もここまでだ。高台の先は、尖った岩がところ狭しと構えている。かろうじて岩の少ない先は、植物のない荒野が続いていた。

 遠くを見れば、大きな山が二つ連なる。マグレーティの国境付近にある活火山もあるのだが、それはアイルが活火山から休火山へ変えてしまった。

 もう、火山による被害もないだろう。

「お前たちも運がないよな」

 罪人に仕立てられた四人がいるその場所を遠くから見つめながらヴィンは呟いた。

 高台の一番上に急遽作られた壇上。その周りを囲む柵。わざわざ死刑場まで作らなくてもいいのに、とヴィンは息を吐いた。

 よっぽど暇なんだな。

 そうしているうちに、ノーマー、箒に乗って現れたヴィンダー、そしてノーマーに混じっている、魔力をなくしたヴィンダーが続々と集まる。

 地面の緑が見えねえ。

 星も月もない真夜中だ。ヴィン以外の者が気にすることはない。

 ワラワラと虫のように集まってきたのは、この小さな世界に住む、全人類なのではないかとヴィンは思った。それほどここに人が集まっている。

「それでは、始めるかの」

 にこっと口元に笑みを称えたベルントは、そう言うと皆の前に姿を表した。


   ◇


 もう、どのくらいの時間が経ったのだろう。

 小さくうずくまり、いくら存在を消そうとしても、私はここにいる。

 定期的に血を取られ、死ぬことも叶わず、声も奪われた。

 まるで、人形みたい。

 ただ生かされ、血を取られる毎日。

 目を閉じる度にあのときが蘇る。

 鍵の開いた牢から飛び出し、行けるところまで走ったあの日。気を失い倒れた私を助けた、赤髪の男の人。

 ――あの人は、私が殺した。

 口端から血を流し、最後に何か言おうと口を動かしていた。

 でも、聞き取れなかった。

 きっと憎しみの言葉だろう。だって、私のせいであの人は魔法が使えなくなってしまった。私のせいで人生を狂わされた人がたくさんいる。

 でも、私たちに魔法は使えない。

 強大な力の前じゃあ、何もできな――。

「こんばんは」

 突然耳に飛び込んできた声に、ルーナは小さく飛び上がった。

……誰?

 黒髪に切れ長の目。マントを羽織っていることから、ヴィンダーだとわかるが、何故が疲れ切ったように見える。

 ふと、その目に見覚えがあるような気がした。

「初めまして。私はゼア。ただのゼアだ」

 力を抜いたように笑ったその男は、今にも

消えそうな印象を受けた。

 私に近づかないで――。

 そう言いたくても、言葉に出来ない。目の前が滲んだ。

 これでは、あの人の二の舞になってしまう。

「大丈夫」

 だが、ゼアはすべてわかっていると言いたげな声色でルーナに言う。

「私は君のことを知っている。だから、そんなに怯えなくていいんだ、ルーナ」

 どうして……。

 ルーナは顔を上げると、ゼアを見た。

 この人は、血を利用するために来たんじゃないの?

「ベルントも、この子の管理をネコ君に任せたのが間違いだったな」

 くすりと笑ったゼアは、本心から面白がっているようだった。

「君とネコ君が顔見知りだと知らなかったとはいえ、ネコ君に誰も入れるなと命令するあたり、爪が甘い」

 人以外に変身して入り込めと言ったのは、他ならぬヴィンだ。さすが、主の寝首を狙う妖魔だと妙に関心してしまった。

「……これならまだアーブラハムの方が手強かったな」

 ぽつりと呟かれた言葉に、わずかな後悔が含まれていたのをルーナは見逃さなかった。

「君があの男の死に責任を感じることはないよ」

 そう言って、ゼアはどこからともなく杖を持った。

「だいたいのことはわかっている。知らなかったとはいえ、ベルントごときの男に遅れをとったんだ。……自己責任さ」

 小さく呪文を唱えたゼアは、小さく杖を振った。

「フランメ家は、当主を失い、ベルントによって壊滅させられた。皆、魔力を失った」

「……私のせいだ」

 飛び出た声に、ルーナは思わず口を覆った。

 しゃべれる……。どうして?

 ゼアを見れば、彼はにこっと笑って見せた。

「君のせいじゃあない。アーブラハムに代わる当主がいなかったからだ」

「でも……」

 だったら、あの人は最期、何を言いたくて私に手を伸ばしたの?

「アーブラハムの使い魔から聞いた。――君は私と同じ髪色だ」

 そう言って、彼は笑ったままそれ以上何も言わなかった。

 そしてもう一度杖を振った。すると、幾重にも施錠されていた鳥籠の鍵が勝手に開いていく。

 最後の鍵が開いたとき、扉が甲高い音を立てて動いた。

「さあ、ルーナ。君は自由だ。ベルントの道具じゃない。あいつらに捕まる前に、逃げなさい」

 籠から出たルーナは、ゼアの言葉に首を傾げた。

「どこに逃げるの?」

 フィンシュテットとマグレーティ以外に人の住める場所はない。

「それは君が決めればいい」

 そう言って、ゼアはまた呪文を唱え始めた。

「……ありがとう」

 ルーナはそんなゼアを一瞥すると、駆けだした。

 こんな忌々しい血は、ない方がいい。誰かに利用されるくらいなら、無くしてしまおう。

 だけど、最期に――。最期に皆に会いたい。

 脳裏に浮かぶ、顔。

 それは、ココという名で生きていたときには絶対に得られなかった、暖かな場所をくれた人たち。

 ルーナの目から涙が溢れた。


   ◇


 観衆が皆集まった。

 そう報告を受けたベルントは、丘の上からその様子を一望した。

「たった、これだけか」

 ヴィンダーもノーマーも、この高台に収まる。これが、人間の総人口であった。

「魔力を得てなお、人という生き物の数はこれだけなのか」

 その背景に、ヴィンダーとノーマーによる争いの歴史が大きく関わっていることは否めない。

 だが、それも今日までだ。

 これからは、自分を中心にヴィンダーもノーマーも隔てなく導く。

 魔力という力がある限り、それは可能だ。

 そのためには、多少の犠牲は仕方がない。

 一見、拘束されている様子はない男女四人が、見世物のように一段と高い場所に立つ。

 ヴィンダーならわかるだろう。

 基礎魔法の一種、硬直魔法をかけているのだと。こんな、簡単な魔法で自由を奪われるノーマーの無力さは、滑稽というより哀れみを覚える。

 どうして始祖イアの誘いを断ったのか、理解に苦しむ。

 まあ、昔のことを考えても仕方がない。

 そろそろ始めよう、そう口にしようとしたときだ。

「何だ」

「入り込んだぞ!」

「捕まえろ!」

 何事だ?

「どうした」

 声を上げれば、ドーリスが答えた。

「何者かが侵入したようです」

 いかがいたします? 眼鏡越しの目はそう語りかけてきた。

「構わん」

 排除しろ、そう言いかけたときだ。

「黒鳥ですわ!」

 慌てた様子で飛び込んできたアルビーネが、悲鳴のように叫んだ。

「死刑人たちの元に駆け寄ったのは、鳥籠にいるはずの黒鳥なのです!」

「どういうことだ!」

 ベルントは、ドンと足踏みをした。すると、風と共に黒豹が姿を現す。

「呼んだか? あー、侵入者か」

 それじゃあ、排除しに行ってくるか。そう言う黒豹をベルントは睨んだ。

「命令に背いたな」

「何をおっしゃる、主どの」

 ヴィンは、にやりと笑うように口を開いた。自然と牙がむき出しになる。

「オレは言われた命令はきちんと守る。さもないとどうなるのか、知っているだろ?」

 主の命に背いた妖魔は、己を縛る契約によって殺される。ベルントの前に姿を現している時点で、ヴィンがあの娘を逃がした訳ではないことは明白だった。

「主どの、行っていいか? あんたにされた命令が効いている」

 ベルントは奥歯を噛みしめた。

「行け」

「いいのですか!」

 ドーリスが驚きながらも言う。

「あれは、我らの……」

「構わん。もう呪われた血は必要ない」

「それでは――」

「今後フィンスターニスが現れないように、取り締まればいいだけじゃ」

 もう、血の秘密を知る者はこの手にある。あとは、握りつぶすだけだ。

 あのじゃじゃ馬妖魔のせいで一匹野放しにしているが、これを見て見ぬふりができる奴だろうか。

 仮にこの場に来なくても、侮蔑はしない。が、追々しとめる。

 ベルントはそう決めていた。

 さあ、早く来い。――アイル・ウィンディーズ。


   ◇


「レリック、ランス、エミーリア!」

 ルーナは走りながら叫んだ。

 最期に一度、会いたいと思っただけなのに、自分が捕まっているうちに、彼らもまた捕まっているではないか。

 何がなんだかわからない。でも、これだけは確実にわかった。

 このままでは、レリックたちは殺される。

 しゃべることができないのか、硬直したままの三人だったが、その目は必死に訴えていた。

 ここに来るな、と。

 でも、ルーナは頭を振った。

 この血が体を流れる限り、誰かを不幸にする。何度もあの牢の中で考えた。でも、行動に移すことは出来なかった。

 籠鳥だった自分に、自由をくれたあのヴィンダーは、きっと死に場所を選ばせてくれたのだ。

 だったら、この人たちを助けるためにこの命を差しだそう。

 ヒュン、と風を切る音が聞こえた。

 切り離された黒髪が、風に舞って流れていく。

 この壇上の上には、ヴィンダーもいない。どこか遠くから攻撃してきたのだろうか。だが、ルーナにはどうでもよかった。

 彼らを助けたい。

 その一心だ。――でも、どうすれば助けられるのか具体的な解決策は、わからなかった。

 絶対に助ける。

 明かり一つない暗闇の中、それでもルーナは諦めなかった。

「……本当は、やりたくないんだけどな」

 声が耳元で聞こえた。振り返っても、誰もいない。

「暗闇の中は、落ち着く」

「誰」

「さあ、誰でしょう?」

 くくくっという笑い声がこだました。

「白はさんざん見飽きた。こちらでは、光を飲み込む漆黒が忌み嫌われる。だからオレは、闇の色である黒を選んだ。案の定、奴らの怯え具合は今思い出しても、腹がよじれる。だけどな」

 四方八方から聞こえる声。ルーナは、声の主に弄ばれている気がした。

「変な奴もいるんだ」

 声音が少し変わった。楽しいのか、少し笑っているようにも聞こえた。

「朝と夜は必ずくる。それと同じで光を飲み込む闇もいつかは晴れる、そう言った馬鹿がいた」

 そのとき、ルーナは確かに見た。金色に光る、両目を。掴めそうな、満月だと思った。

 ふふふとルーナは笑った。

「何がおかしい」

「今の話だと、貴方は闇のつもりかもしれない。けど、貴方の目は、満月のように光っている」

 まるで、闇を裂く光のようだわ――。

 途端、闇の中から息を呑む音が聞こえた。

「……無駄話もここまでだ」

 金の双眸を再び捕らえる。

「今、楽にしてやる」

 淡い光が近づいてきた。

 不思議と、怖いとは思わなかった。



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