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アイル  作者: はるの そらと
4章
39/42

38 アルディ

   ◇


 危険因子の公開処刑が行われる、そんな噂が飛び交う。

 ガッドの家に身を寄せたアイルは、呆けたように天井を見つめ過ごしていた。

「まるで魂を抜き取られたようじゃの」

 ケケケと笑う老女も、次殺されるのは自分だと薄々気づいているだろう。何せ、血の秘密が載っている文献はここにしかないのだ。老女はもちろん、ここにある書物も焼かれ、これまで先人たちが築きあげてきた教えも知恵も、何もかもなかったことにされる。

 奪われ、虐げられ、残ったもので細々と生きていく。――だが、こんなのは望んだ人生じゃない。

 でも、どうすることも出来ない。

 うつろな目は、飛ぶ鳥を映した。

「物言わぬ人形など、ここはいらん。少しこの婆の話相手になれ」

 ガッドは、椅子に座ると息を吐いた。そして、歌うように言う。


 昔、小さきものあり

 光に焼かれ闇に呑まる弱きものを哀れに思い手を差し伸べた者あり

 小さきもの次第に大きくなり

 強さは大きさに非ず

 それ忘るるば小さきもの地に帰る

 導くは暁色の羽を持つ大いなるもの

 それ夜明けを告げる風をまとい現れる


「……フィンシュテットの伝承」

 ぽつりと窓の外を眺めながら答えれば、素直な奴じゃ、というガッドの呟きが耳に入る。

「そうじゃ。導く者は暁色の翼を持つ。最初儂は鳥かと思ったんじゃがの」

 鳥、か。確かに、導く者は人と明記されていない。

「お主、前に儂が言ったことを覚えているか?」

「……魔力の、元?」

「そうじゃ。ここにあるどの本にも明記されていない」

「それじゃあ、ないんだろ」

「いいや、ある!」

 老婆は目を向いてアイルに迫った。それでもアイルは顔色一つ変えない。

「ある書物にはな、ヴィンダーは呪文なしで魔法を使うことが当たり前だった時代がある。……簡単な話じゃ。年を取ると衰退する魔力。なら年を取るとなくなっていくものが、魔力の元じゃないのかい?」

「それじゃあ、ヴィンダーは遅かれ早かれ魔法が使えなくなっていたというのか?」

 アイルは、窓の外からガッドへと視線を移した。

「もしもの話じゃ」

 そう言って、ガッドは息を吐いた。

「魔力を己の力と自惚れ、その大本を忘れたとき、ヴィンダーは魔力を失い魔法が使えなくなる」

「……まるで、伝承のようだな。でももしそんな重要なことなら、忘れないように書物に記すなりすれば――」

「お主はたまに馬鹿じゃな」

 ケケケと、鶏のように笑った老婆を横目で睨んだ。

「儂らの身近にあり、生活にも影響を及ぼしているものがあるじゃろ」

 その一言で、わかった。

「……伝承」

「そうじゃ」

「それじゃあ、魔力に元があるのなら――」

 それは一体何だ?

 だが、アイルはふと力を抜くと、背もたれに寄りかかった。

「……魔力の元が何であろうと、今の僕には関係ない」

「そうかの? じゃあ何故このマグレーティにも同じような伝承があるのじゃ?」

「さあ? ノーマーにも魔力の元があるんじゃない?」

「……儂もそう思う」

 あしらうように言ったアイルの言葉に、ガッドは神妙な面もちで同意した。

 思わず、目をしばかせる。

「ヴィンダーの言う始祖イアは、人ならば誰もが持つものを魔力に変換したにすぎんのだと儂は思う。儂らの先祖は、それを魔力に変えることを拒んだんじゃろうな」

 確かに、ガッドの言うとおりだったら伝承に隠された真意が見え隠れする。だけど――。

「それじゃあ、導く者は?」

 そう問えば、老婆は皺皺にほほえんだ。

「それは、自分の頭で考えてみな」

 僕は、きっと魔力を求めなければ、魔法が当たり前の世界で浮いた存在になっていた。それだけはわかる。母親がフィンスターニスだと知った今、それは確実だろう。

 じゃあ、どうして僕は魔法を使えた?

 どうして過去に類を見ないほどの魔力の持ったヴィンダーになれた?

 ――魔力の元を一番知っているのは、僕だ。

 だけど、わからない。

「……魔法が使えたら」

 ここに来て、何度同じことを思っただろう。

 奥歯が音を立てた。

「そうそう、お主の忘れもんを持っとったんじゃ」

 そう言って、ガッドは奥の部屋へ行ってしまった。

 皆を助けることは出来ない、そうあきらめかけていたアイルの心に灯が灯る。もう、その目はうつろではなかった。

「ホレ、これじゃ。……大切なものだろ?」

 隣部屋から戻ったガッドがアイルの手に置いたのは、木の棒。だが、アイルはそれを見た瞬間、目を見開いた。

「どうして、これ……」

 レリックの屋敷に置きっぱなしにしていたのだ。唐突に追われる生活に早変わりしてしまったせいで、すでに奪われたものだと思っていた。

「大事なもんじゃろ?」

 ウィンクだろうか、ガッドは片目を深く皺が刻まれるまで閉ざして見せた。

 祖父の杖――。祖母カローラがアイルに残したもの。

 杖を受け取ったときは、その意味がわからなかったが、今なら何となく、わかる。

 カローラは、母ツィラのことを知ったアイルのためにこの杖をヴィンに持たせたのだろう。

 ――貴方は、誰が何を言おうとヴィンダーだ、と伝えるために。

「……どこまで僕のこと気遣うつもりだよ」

 カローラはもちろん、ヴィンも、そして記憶にない両親も。

「馬鹿だよ、自分のことだけ考えればよかったのに」

「放っておけないのさ、大切な者のこととなるとな」

 両目をこすり、アイルは老婆をまっすぐ見据えた。

「それは僕も同じだ」

 死にに行くようなものだ。でも、このまま見過ごしても、自分は死ぬだろう。

 怖くないのかと問われれば怖いし、逃げたいと大声で言う。けど、それ以上に皆が与えてくれるものを奪われ続けるのに、腹が立たないわけがない。

「ルーナが懐く理由がわかった気がするの」

 ルーナ? どうしてそこでルーナの名が出るのかよくわからない。

 顔に出ていたのか、ガッドは再び笑った。

「ヴィンダーは、儂らをノーマーと呼ぶ。お主もそうだろ?」

 アイルは頷いた。そう言えば、エミーリアが叫んでいたことを思い出す。同時に、ルーナと別れたあの「制圧」直前のことを。

「儂らはな、決してヴィンダーには明かさない、儂らだけを示す言葉があるんじゃ。それをある日お前さんに教えたい、とルーナが言ってな」

 昔を懐かしむように言う老婆の言葉に、アイルは驚いた。

 ルーナが、僕に?

「でもお主、その話ルーナから聞いてないな。さっき、ノーマーと言ったからすぐにわかったわ」

「……聞いてない」

 思いの外かすれた声で答えれば、ガッドが言う。

「これは、ヴィンダーには決して話してはいけない言葉。じゃが、タルナートの者はお主の両親に話したのじゃ。言わなくてもわかる」

 どうしてわかるのか。アイルは眉間に皺を寄せた。

「儂らはな、ノーマークじゃない。儂らは、困難に立ち向かうことが出来る者、アルディじゃ」

「アルディ……」

 そう呟けば、何を思ったのか老婆が小さく笑った。

「何がおかしい?」

「いや何、さすがにわからんかのと思ってな」

 何が、とは聞かなかった。

 へそを曲げ、そっぽを向けば、思いもよらないガッドの言葉が飛び込んできた。

「己の名の元だと気づかんかね、アイル」


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