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アイル  作者: はるの そらと
4章
37/42

36 追われる者

   ◇


 マグレーティに突如現れた、ヴィンダーのアルバ。魔法のように瞬く間に消えたマグレーティのヴィンダー。

 突然目的を失ったのは、何もレリックだけじゃない。

 ヘラの魔力消失により、アイルもまた部屋に閉じこもることが多くなった。

 黒髪の女が消えたときとは違い、部屋からは出てくる。ルーナを救いたい。それは、ここにいる者の皆が抱く思いだ。

 そして、ヘラの口から語られたフィンシュテットの惨状に、危機感を覚えたのはアイルだけではない。

「ルーナを取り戻さないと」

 そうしないと、この悪夢は終わらない。そう語るアイルの真剣な表情が今も頭から離れない。

 導く者、アルバは故意に作れる存在ではない。

 ルーナという少女の犠牲の上に成り立つ導く者は、どう考えても伝承に語られる者とは違う。

 そんなことを考えながら、ランスはアイルの部屋のドアを叩いた。

「開けるぞ」

 きいっと高い音を奏でながら開いたドアの先には、前回同様、足の踏み場もないほど本で埋め尽くされていた。だが、今回はその床に敷き詰められた本のほとんどが、古びている。

 カビ臭い。

 それが、扉を開けたランスの第一印象だ。

 レリックは、まだすることがほかにあるといい、もともと医者であることから屋敷を出ては孤児や怪我人、病人の診療に出かけることが多くなった。

 一方アイルは、部屋に引きこもりがちに。気になって見に来たが、いらぬ心配だったようだ。

「何か用?」

 広げた書物から一瞬たりとも目を離さないまま、アイルが問う。茶色く変色した紙に書かれた文字は、所々かすれている。

「……その本は」

「ガッドの。借りた」

 短い返答には、邪魔だという意味合いも込められている気がした。

 あの婆さんが本を貸すとはな。

 どんなに金を積まれても、門出不動な書物は渡さないガッド。それをどう説得したのか少し気になる。

「何を調べているんだ?」

「伝承」

 そんなもの調べてどうする気だ?

 訳が分からない、と眉間に皺を寄せたときだ。

「フィンシュタットとマグレーティじゃあ、伝承も少し違うんだ」

「伝え間違いが起きただけじゃ――」

「僕も最初はそう思った。でも、そうじゃないかもしれない」

「……無駄なことかもしれないぞ?」

 そう言えば、アイルは顔を上げた。そして、ランスをその両目でとらえると、悪戯気に笑う。

「レリックに従って動いていたランスがそれを言う?」

 確かに、その通りだ。

 無駄かもしれない、それでもオレたちはマグレーティを守るため動いた。

 ふっと息が漏れる。

「で。何かわかったのか?」

「まだ、憶測でしかない。確証がない」

 うつむくアイル。だが、簡単にあきらめはしないだろう。

 フィンシュタットとマグレーティの数少ない共通点、伝承。それを信じ行動する両地域の人間。そこからアイルはルーナを奪還しようとしているのだ。

 ――アルバを語る、あのヴィンダーから。

 無意識に口角があがる。

「何かオレに手伝えることがあれば、遠慮なく言え。いつでも協力する」

 そういって、ランスは部屋を出た。


   ◇


 昔、小さきものあり

 光に焼かれ闇に呑まる弱きものを哀れに思い、手を差し伸べた者あり

 小さきもの次第に大きくなり

 強さは大きさに非ず

 それ忘るるば、小さきもの地に帰る

 導くは暁色の羽を持つ大いなる者

 それ夜明けを告げる風をまとい現れる


 ……これが、フュンシュテットに伝わる伝承だ。一方、マグレーティに伝わる伝承は所々違う。


 昔、大きなものあり

 光に焼かれ闇に呑まる弱きものを哀れに思い手を差し伸べたり

 その手掴まず

 力は強さに非ず

 求めるは己の手

 導くは暁

 それ夜明けを告げる風をまとい現れる


 一見、ノーマーを正当化するためにフュンシュテットに伝わる伝承を変化させたものにも読める。

 だが、何か引っかかる。

 強さは大きさに非ず、か。

 一般的な解釈としては、魔力を持たなかったその昔、体の大きい獣の餌として存在していたが、魔力を持った今、体の大きさが強さに関わっている訳ではない、というものなのだが。

 マグレーティの伝承は、その逆のように読みとることができる。

 魔力は強さではない、と。

 ふと、ドーリスの部屋に忍び込んだとき目にした文献の一文を思い出す。

 近年起き始めたといわれる、魔力の弱体化。

 歳を重ねるたびに、魔力は弱まるが、それとは違い、呪文を唱えても魔法が発動しない者が現れたという。

 もちろん、一定の魔法に限った話で基礎魔法は発動すると記述されてあったのだが、アイルにとってもっとも印象深かったのは、その後に書かれた一文だ。

 ――本来ヴィンダーは呪文なしでもすべての魔法を使えた、か。

 それが、いつの間にか呪文を必要としなければならなくなった。

 どうして、なぜ?

 そもそも魔力とは何なのか、魔法とは何なのか。

 どうしてヴィンダーは使うことができ、ノーマーは使えないのか。

 ルーナを救う手がかりのために読み出した文献ばかりなのだが、気がつけば疑問だらけ。

 疑問に対する答えを探しに書物を読む。が、読めば読むほど疑問がわく。

 伝承は伝承。明確な答えはどこにも載っていない。だからこそ、調べなければ誰にも何もわからない。

 どこかに必ず真相への手がかりが残されている。

 そう信じて、アイルは皺皺になっている本のページをめくった。

 


  ◇


 アイルは片手で顎を触りながら、一人町の中を歩いていた。

 魔法の源、人によって違う魔力の量、歳と共に衰退する魔力、弱体化したヴィンダー……。

 考えれば考えるほどその深みにはまっていくのがわかる。

 もう、わけがわからん。

 頭をかきむしったときだ。

「また、アルバ様が来たらしい」

「伝えたいことがあると言っていたぞ」

 駆けていった男女の背を見送りながら、アイルは目を細めた。

 嫌な予感がする――。

 行ってみて損はないだろう。


 広場には、人だかりが出来ていた。

 髪色を隠すため、フードを眼深にかぶったアイルは、片手で頭を押さえつつ、人混みの中に紛れた。

 ベルントは一体、何をするつもりだ?

「お集まりのみなさん、わざわざ足をお運びいただき、恐縮です」

 突然響きわたったベルントの声に、アイルは顔を上げた。

「集まっていただいたのは他でもない、この平和を脅かす者共の情報を教えていただきたいのです」

 ざわめきが広がる。

 無理もない。ヴィンダーなら、魔法であっという間にわかることだろう。現にそういう声も聞こえる。

 ベルントはそれに答えるように、首を振った。

「ここはマグレーティ。我々ヴィンダーは本来魔法を使うことを許されない場所です」

 ――なので、皆様の力をお借りしたい。

 そう言ってベルントは、にこりと笑った。

 完全に侮られている。

 失った信頼を取り戻すために行っているその行動は、アイルからしたらその一言に尽きる。

「この者たちを見かけたら、すぐに教えていただ、きたい。……どの者もかけがえのない平和を脅かす危険分子です」

 上空に突如映し出された男女を見て、アイルは言葉を失った。

 ゼアとヘラ。それに、レリック、ランス、エミーリアの顔が映し出されていた。

 フィンスターニスの血に隠された力を知る者、そしてフィンスターニス自体を根絶やしにするその根本が目に見えた。

 だが――。

 僕は眼中にないってことか。

 侮られたものだ、とアイルはほくそ笑んだ。が、目は笑っていなかった。



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