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アイル  作者: はるの そらと
4章
36/42

35 歪んだ世界と絶望と

   ◇


 レリックの屋敷に運び込まれたヘラは、想像以上に重症だった。制圧を受けた際、アイルも瀕死の重傷を負ったが、ヘラが治してくれたことを思い出す。もし、あのままの怪我でいれば、アイルは今もベッドから起き上がれなかっただろう。

「一体、何が起きているんだ」

 ノーマーから受ける程度の暴力なら、反射的に発動する防御魔法で無傷のはずなのだが……。

 アイルは頭を振った。憶測で考えるのはやめよう。

 早く目を覚ましてほしい。アイルは、いきなり成長したヘラのベッドの脇で頭をかかえ丸くなった。

 いつまでそうしていたのだろう。体を揺すられ、うっすら目を開けば、収穫前の稲穂畑のような黄金色が飛び込んできた。

「こんなところで寝てないで、お部屋に戻ったほうがよくて?」

 一瞬誰だかわからなかったが、ヘラだと気付き目が覚めた。

「まだ、安静にしていないと――」

「いいのよ」

 大した怪我じゃないから、と言うヘラだが表情は暗い。

「無理はしなくていい。ここは比較的安全だから。それより……」

 ふと、目覚めたばかりでいきなり尋ねていいものか思い直し口を閉ざす。そんなアイルの心情を見透かしてか、ヘラは小さく笑った。

「どうして私がここにいるのか、どうして少女の姿ではないのか……って聞きたいんでしょう?」

 黙っていれば、くすくすっと笑われた。

「この姿になって初めて知ったのだけど、貴方って以外と小さいのね」

「……まだ、成長期だ」

 ぶすっとした表情で答えれば、ヘラは頭を振った。

「確かにそうだけど。少女の姿から見たあなたはとても大きく見えたのよ。……不思議よね」

 ヘラは遠くを見つめながら言った。

「今、フィンシュテットは大分混乱しているわ」

 唐突に語られるヘラの言葉に、アイルは静かに耳を傾けた。

 次々と起き始めた魔力の消失、タレイアの登場、そしてベルントの企み――。

 そのどれもが、信じられないことばかりだった。

「私は昔のお父様に戻ってほしかっただけなのに……。馬鹿ね。結局自分も魔力を失くしてしまったわ」

 今の貴方と同じね、と寂しげな笑顔を向けられたアイルは、それをただじっと受け止めた。

 ヘラは知らない。フィンスターニスの血が、魔力を掻き消す力を秘めていることを。そして、ヘラの話を聴いたアイルは確信した。今、ルーナはタレイアのもとにいる、と。

   ◇


 ――アルバ様が来た。

 そんな話を耳にしたアイルは、ヘラと共に人だかりが集まる街中へと出かけた。

「アルバ様はなんとヴィンダーらしい」

 そんなことがあるのか、とざわつく人々を余所に、アイルとヘラはその姿を見ようと、一心に目を凝らした。

「マグレーティの現状はひどいものだった」

 唐突に響き渡った声。マグレーティはここに住む者全員で今後の方針を決める。そのため、一同が集まれる広場があった。その場に突然現れた三人のヴィンダー。皆、マントを着用していた。

「本来、ヴィンダーとノーマーは協力し合っていた。それがいつの間にか支配する者、される者にわかれていた。だが、それでは世界は滅ぶ。我々は今、ここに宣言する」

 やはり、そうきたか。

 アイルはフードを深く被り直した。

「このお方こそ、暴走する同志を抑えノーマーに平穏をもたらした導きの者、ベルント・フュリュスターン様だ」

 アルバ様だ、アルバ様だ――。人々は口々にそう言う。ある者は、呆然と立ち尽くし、ある者は涙を流した。

「ベルント様がノーマーに約束をしてくださる。今後一切、他のヴィンダーによるマグレーティの支配はさせない、と」

 やっと、争いのない平和な時代がやってくる――そう誰かが叫んだ。

 けど、アイルはこの先どうなるのか簡単に見当がつく。ヘラの言葉が真実味を帯びた。

 誰もが一度は夢を見る、導く者。それになろうとしたベルントは、ヴィンダーの犠牲を出しノーマーの信用を勝ち取ったのかもしれない。

 けど、ノーマーは忘れていないか?

 魔力を持たないノーマーが、ヴィンダーに刃向かうことができないことを。

 アイルは、いつも苦心していたレリックを知っている。だがら、あんな方法に手を出そうとしていた。それをヴィンダーが、しかも皆をまとめる御三家当主の一人が、使っている。……こんな馬鹿げた話があっていいのか?

 吐き気が込み上げるほど、胸糞悪く感じたのは、生まれて初めてだった。


   ◇


 筋書き通りに進む、進む。これは、始祖イアも導く者として儂を認めているからだろう。

 だが、これでは少し心許ないのも事実だ。

 力はあった方がよく、ありすぎて困るものでもない。

 窓のない地下室の中央に大きく描かれた魔法陣。妖魔の血で書かれたそれは、上級妖魔を呼び出すために使われる。五本の燭台に立てられた蝋燭が、ぼんやりと部屋の中心の照らす。儀式のために炊いた香のせいで少々息苦しいが、それも仕方がない。

 ――あいつを呼び出す為だ。

 ベルントは呪文を唱えた。長く抑揚のない呪文。それをしばらく唱えたベルントは今回も失敗かと、振るう杖を止めようとした。

 そのときだ。

 ……うるせえなあ。

 部屋に響きわたる声。ベルントは、喜びの声を上げるのを必死に押さえた。

 ――誰だ、オレの眠りを邪魔する愚か者は。

「儂だ。ベルント・フュリュスターンだ」

 ――ああ? ベルント?

 風が魔法陣の中でわき起こる。香の煙が渦となり、部屋の中央に白い柱ができた。それが下記消えた瞬間、中から現れた巨大な影を見て、ベルントは口角をあげるのを押さえきれなかった。

「何用だ」

 部屋に収まらなかったのか、巨大な目玉が一つベルントに向いていた。

 儀式で呼んだのだ、何用も何も契約以外他にない。

 それを察したのか、金の瞳の大きな目玉が言う。

「契約はしない」

「なら、何故儂の呼びかけに応えた?」

「暇だったからな」

「だが、応えたのはお前だ。契約は結ぶぞ」

 はっと馬鹿にした声が耳をつんざく。

 見れば目玉から巨大な口に変わっていた。口を開く度見え隠れする牙。歯が大木ほどの太さでそれだけでも恐怖を覚えるというのに、牙は見ただけでわかるほど鋭利を持っていた。刃物のようである。

「オレをそこらの妖魔と一緒にするな」

 契約が終わるまで魔法陣から出てこれないことは知っていても、その迫力に死を覚えたのもまた事実だ。

「もうヴィンダーと契約するのはこりごりだ」

 だったら、何故呼び声に応えたのかわからない。上級妖魔なら無視することができるはずなのだが。

 再び陣の中に目が浮かぶ。

「それにお前、あの妖魔を使った奴だな」

「あの妖魔?」

「とぼける気か? あいつを襲った鳥型の妖魔、あれはお前の使い魔だな」

「ああ、あれですか」

 確かにあれは、ベルントの使い魔だ。一匹一匹は力も強くはないが、何より数でそれを補う。

 そうだと答えれば、急に部屋の空気が冷たくなった。何か軋む音がして床を見ると、氷が覆い隠そうと広がっている。

「お前の首、描き切ってやる」

 低い声は、地からわき上がってくるようで背が粟だった。

「アイルの魔力を消したのもてめえだな。あの

原っぱにいた奴に残ってた魔力が同じだ。……アイツの苦労も知らねえで、よくものうのうとオレを呼び出したもんだ」

 ほうっとベルンとは目を細めた。

 魔力消失の方法は、偶然知ったものだ。

 マグレーティを見回っていた使い魔が持ち帰った、誰のとも知れない杖と小瓶に入った血。ノーマーが何のためにこれを手にしたのかわからなかった。しかし、ふとフュリュスターン当主に代々伝わる言葉が脳裏をよぎった。「血には気をつけろ」というものだ。文献などには残されていないその言葉は、もしかしたらこれを表しているのかもしれない、そう思ったベルントはその杖を使い、小瓶の中の血を使った。そして使い魔にその杖の持ち主を探させ、様子を見に行かせた。

 使い魔は帰ってこなかったが、アイル・ウィンディーズの魔力消失の話で、あの杖の持ち主が誰だったのか、すぐにわかった。

 その後、血の正体を探り、フィンスターニスのものであることがわかった。

「まさかお前、まだあの小さな当主を慕っているのか?」

「はっ! そんなわけあるか」

 そういうものの、その声音はありありと語っている。

 妖魔が人に懐くだと?

 ――あり得ない。

 だが、それは裏を返せば弱点を見せたものだ。

「儂の使い魔になれ、氷雪の王よ」

「イヤだね」

「なら、アイル・ウィンディーズは死ぬ」

 途端、先ほどとは比べものにならないほどの冷風が吹き荒れた。

 ベルントは怯むことなく、もう一度言い放った。

「儂の使い魔となれ、ヴィン」


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