24 偽
◇
幸いにも、レリックは命に別状はないらしい。
「あんまり無茶ばかりするな」
真っ黒な土地へと変貌してしまったレリックの屋敷跡に来ていたアイルは、ついてきたヴィンの一言に思わず鼻で笑った。
「それは無理な話だ」
そう言って、自分より背の高い黒髪の女を見上げた。
「僕に無茶しているつもりは、これっぽっちもないからな」
「ったく、困った主だぜ」
「おや? 僕はもうヴィンダーじゃないんだから主じゃないって言ったのは、どこのどいつだったけ?」
「うるせぇ! 意味が通じりゃそれでいいんだよ!」
カッと怒るヴィンを見てアイルは笑うと、レリックたちのいる別の屋敷へと向かった。
そんな小さな主の背中を眺めながら、ヴィンは気づかれないように小さく息を吐くと、目を伏せた。
レリックの率いる組織は、アイルの想像以上に大きなものだった。
襲撃されたレリックを心配して集まったほとんどの人間が初対面の者ばかりだ。
「組織といっても、ずっと一緒に行動するわけじゃないからな、オレたちは」
何より、ヴィンダーに不信がられてはいけないのだ。目を付けられたら最後、今回のようなことになる。
「レリックほどの権力者となれば、屋敷の一つや二つは持っていて当たり前だ。まあ、それだけが理由でたくさんの屋敷を持っているわけじゃないけどな。それより、何か見つけたか?」
興奮気味のランスに、アイルは首を振って答えた。
今回の襲撃に対して何か手がかりになるようなものがないか探しに行っていたのだ。
「言えるとしたら、レリックを襲ったヴィンダーは初めから殺す気なんてなかったってことだな」
レリックを連れだし、全員の無事が確保できた途端、炎は牙をむけ屋敷を食い始めた。崩壊するまでそんなに時間はかからなかった。
「そうか。でもまあ、皆無事だったんだ。これからのことは、レリックの体調が戻り次第、決めていこう。エミーリアが、向こうで紅茶を入れて待っているんだ」
そう言うと、ランスはアイルの手を引いて歩いた。
「お、おい」
後ろでヴィンが笑う。アイルはそんなヴィンを一睨みするものの、結局は振り払うこともせずそのまま部屋へと連れてかれた。
「……ここなら、大丈夫だろう」
黒髪の美女は寂しげに微笑んだ。
これでまた、同じような日々を過ごせるのかと思ったが、それは甘い考えだった。
「ちゃんと説明してくれ」
まだベッドで絶対安静のレリックにアイルは詰め寄った。
ランスが落ち着けと言うが、無理な話だ。
アイルは、レリックの少しも動じない顔を見ながらもう一度言い放った。
「どうしてヴィンが監禁される?」
静かではあるが、その声には明らかに怒りが含まれていた。
あの火事から数日後、見知らぬ数人の男がアイルの部屋に現れ、そこにいたヴィンに今回の騒ぎに何かしら関与しているとして、突然囚われた。どれだけ言葉を並べても聞く耳を持たない。挙句の果てには、静かになれるならいいか、とヴィンものこのこついて行ってしまった。
――頭に角でも生えるんじゃないかってくらい怒ると思ったんだが。
今思い出してもヴィンらしくない行動だ。
「僕を納得させる理由がないのなら、金輪際協力はしない」
そう言えば、レリックはわざとらしくため息を吐いた。どうしていい年をした大人はため息を吐くことでその意図を察知させようとするのだろう。
そう簡単に引き下がるつもりは、こちらには毛頭ないというのに。
「こちらとしても、そうせざる負えなかったんだ」
何でも、それなりの集団をまとめ上げているとこのような騒動も、早めにケリを付けておかければならないという。組織とは、そういうものだ、とレリックは言う。
「それは僕らには関係ない」
それに、妙な胸騒ぎがするのだ。
「ほんの少しだけ、協力してほしいだけさ。悪いようにはしない」
「当たり前だ。でも、これとそれは話が違う」
レリックはアイルから視線を外すと、窓の外を見た。風が強く砂が舞っているのがわかる。
丘の上にあった屋敷とは違い、ここは町中にある。今外に出れば、砂まみれになることはもちろん、目も開けられず外出もままならないだろう。
そんな様子を眺めながら、レリックは口を開いた。
「私は、今のマグレーティを変えたいと思っている。君はどうだ? ここに来て何を見て何を思った?」
そんなの、すぐに口から出てくるわけがない。
黙っていれば、ふっと鼻で笑われた。
「今のこの現状に、疑問や危機感を持ったヴィンダーは君だけだろうなあ」
「……まだ僕をヴィンダーと言うとしたらだけどな」
「私からしたら、君は今もヴィンダーさ。魔力がなくても、ね」
変な人だ。
でも、ヴィンをこのままにしておくわけにはいかない。
「とにかく、ヴィンを今すぐ放せ」
だが、レリックは窓の外を見たまま何も答えない。
こうなったら、無理矢理連れ出すか、と考えているときだった。
「自分一人では勝てない強者を前にしたら、君はどうする?」
いきなり何を言い出すんだ?
顔に出ていたのだろう。レリックはアイルの顔を見てくすりと笑った。
「君だったら、自分自身を犠牲にして一人で勝つ術を身につけそうだな。炎の中に躊躇なく飛び込んだ君なら」
そう言って、くすりと笑う。
何がおかしいのか理解できない。
だが、次の瞬間にはその笑みも消えた。
「でも、我々は違う」
君とは違い、弱い人間なんだ、とレリックは言う。
言っておくが、僕は強くない。
――強くお生きなさい。
そう言ったカローラの言葉の意味も、未だわからないのだ。強い人であるわけがない。
「マグレーティには、伝承の中にあるように、困難にぶつかったとき、自分自身で解決するのが美徳とされている。……けど、一人の力じゃあどうにもできないこともある。この現状を変えることのように」
そうだな、とアイルは思った。魔力がある限り、ノーマーがヴィンダーに対抗できる術はない。
「君は蟻という虫を知っているかい?」
もちろん知っている。
「蟻は、一匹一匹はとても小さく弱い。だが、集団になればハチをも殺す。我々は蟻にとてもよく似ている。集団でなければ勝てない」
それでもダメだ、と口を開こうとしたときだ。
「アイル」
名前を呼ばれ、出かかった言葉が引っ込んだ。
「お願いだ。何の罪もない、君の連れを監禁すること自体、間違っているのは重々承知している。だけど、今回だけでいい。我々の、このマグレーティに住むすべての者たちの未来を思って許してほしい」
そう言って、レリックは頭を深々と下げた。
そんなレリックを見てアイルは思う。
強者に勝つために、力を合わせる、か。
しかし、力を合わせても勝てない相手なんだろう。――ノーマーにとってヴィンダーは。
だから、ヴィンを監禁することで少しでも可能性を示そうとしている。
ノーマーがヴィンダーに対抗することができるという、希望を。
「……今回だけだ」
そう言って、アイルは部屋を出た。




