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アイル  作者: はるの そらと
1章
2/42

1 アイル・ウィンディーズという少年

  ◇


「知ってるか? あの方が火山の噴火を止めたんだって――」

「マジかよ。大人でも数人でやっとできることだろ?」

 家の外を一歩出た途端、口々にささやかれる言葉は、やはりマグレーティの火山噴火に関することだった。

 惜しみない賞賛と尊敬の眼差しを向ける者もいれば、嫉妬の目を向ける者もいる。ささやく者にとっては、本人に聞こえないよう声を落としているつもりなのだろうが、残念ながら魔法でも使ったのかと思ってしまうくらい、よく聞こえる。

 それは、久々に訪れた学園内でも同じだった。

 それをアイルは何食わぬ顔で受け止めつつ、歩みを進めた。

 ――なんか言ってやったらどうだ、アイル。

 脳内で響いた声。アイルは驚いた様子もなく、同じように心の内で言葉を返す。

 ――別にいいだろ。こいつらの言っていることは本当なんだし。

 そう、噴火の被害を防いだのは事実だ。別に隠す事でもない。

 アイルと呼ばれる少年の肩には、他者には見えない黒猫が前足をかけ乗っている。

 黒猫は、大きく尻尾を揺らした。

 ――否定はしねえ。だけど、お前でもあんな真似したら、ただじゃいられねえかもしれないだろ。少しは状況を考えろ。

 ――お前にそんなことを言われる筋合いはないね。

 ――アイルッ!

 ――五月蠅い。

 アイルはあくびを噛み殺すと、懐中時計を取り出し、時間を確認した。

 ――約束の時間までには着く。それでいいだろ?

 ――いいも悪いも、オレには嫌な予感しかしないけどな。あいつ、昔から何考えているのかよくわからねえし。

 ――へえ。ヴィン、ゼアのこと苦手なんだ。

 これはいいことを知った。そうほくそ笑んだときだ。

 ――お前、なんか悪巧みでもしようとしてるだろ?

 ――さあ? それはどうだろう?

 はあ、と耳元でため息をつかれた。非難の視線を向ければ、月を連想させる金色の瞳とぶつかった。

 ――そういうところだけは、先代に似てないよな。

 ふんっとアイルは鼻を鳴らした。

 ――先代、先代って。死んだ人間のこといつまでも口にするな。

 そう言って、黒猫を肩から追い払うと、アイルはそのままゼアの研究室まで行ってしまった。

 黒猫――ヴィンは、今の主を思い大きくため息を吐く。

 父親と比べることは、禁句だとわかっていても、言わずにはいられない。

「……本当、どうしたもんだか」

 黒猫の尻尾は、力なく床に置かれていた。


   ◇


 古代文字や暗号文で書かれた書物が、足の踏み場を奪うように積み重なっている。が、それだけではない。無重力空間のように、部屋中に漂う本も無数にある。上も下も本だらけの部屋をかき分けるように部屋の奥へと進めば、唯一書類に埋もれていない椅子を見つけた。座れば、今度はカチャカチャとティーカップがぶつかり合う音が耳に飛び込む。周りに視線を配っていれば、すぐ横にある本の山からマグカップが出てきた。

 これは、ダージリンか?

 鼻に届いた匂いで、マグカップの中身を予想すれば、アイルに差し出された。それを受け取ったアイルは、静かに目を見開いた。

 人形?

 丸い黒目に白い顔。赤い帽子を被った可愛らしい小人の人形は、アイルがマグカップを受け取ったのを確認するとペコリと頭を下げた。

 ゼアの趣味、なのか?

 だが、部屋を見回しても小人の人形の他に可愛らしい小物は見当たらない。だからか、その人形は少しだけこの部屋に合わない気がした。

 魔法とは不思議なものだ。

 不可能を可能にする不思議な力、それが魔力。その魔力を使い、織り成す現象が魔法。この人形を動かすのも、火山の噴火を止めたのも規模の大小はあれ魔法に違いはない。

「呼び出して申し訳ないね」

 アイル以外に誰もいない部屋の中で、いきなり降ってきた声。アイルは特に驚いた様子もなく、ただ紅茶をすすった。

 すると、声に続き男が現れた。片手にマグカップを持ちながら現れた男は、長い黒髪を一つに結い、切れ長の目をアイルに向けながらカップに口を付けた。その肩には、黒く足元まであるマントがかけられている。

 それを見て、アイルは目を細めた。

 目上の人間にでも会っていたのだろうか? 

 滅多に着る機会のないマントを羽織っているなんて、そのくらいしか思い浮かばない。

 魔法を使えない人間と魔法を使える人間。この世界では、その二種類にわけることができる。そして、黒く長いマントは魔法を使えるもの、ヴィンダーの証。ヴィンダーのみが住むこの北地域、フィンシュテットでは、式典など特別な行事を除いて着る必要のないものだ。

 ゼアは黒いマントを脱ぐと宙に放り投げた。途端、泡が弾けたように目の前から消えた。ここではない場所に移されたのだ。魔法が当たり前に使われるフィンシュテットでは日常的な光景だ。

「そう言えば、君はウィンディーズ家の跡取りなんだっけ? ウィンディーズ家といえば名門中の名門。君も大変だね」

 くたびれた様子でゼアが言う。同時に片手を振り、山積みになっている書類を宙に浮かすと、そこから埃まみれのソファーが顔を出した。

「跡取りではありません」

 ゼアがパチンと指を鳴らせば、くすんだ黒のソファーに光沢が生まれた。呪文なしで魔法を駆使していることからも、相当の能力の高いヴィンダーであることがわかる。アイルはその様子を眺めながら、ゼアの言葉を否定した。

「今は当主です」

「おや? そうだっけ? でも、今のウィンディーズ家には君のおばあ様がいらっしゃるだろ?」

「ええ。でも、もう魔力も弱いので僕が当主の座を譲り受けたんです」

 三ヶ月前の話だ。まだ三ヶ月と思うかもしれないが、アイルにとっては気の抜けない三ヶ月だった。

 ヴィンダーの中でも特に魔力が強く、他のヴィンダーに強い影響力を与える名家が三家ある。それらは、「御三家」と呼ばれ、古くからフィンシュテットの政治さえ握っている名門家だ。その御三家と並ぶようにして突如現れたのが、ウィンディーズ家。ウィンディーズ家は、名家と言われてまだ歴史の浅い家だ。それに今ではウィンディーズを名乗っている人間もアイルとその祖母、カローラの二名しかいない。先代であるアイルの父、ユリアンとその妻、ツィラは幼いアイルを残して急逝してしまったため、次期当主であるアイルがその座につくまで、カローラが仮の当主を務めていたのだ。

 ヴィンダーは、ある時を境に徐々に力が弱くなる。その時がいつなのかは個人差があるためわからない。だが、一般的に中年を過ぎたあたりから魔力の衰えを感じるようになる。そのため、長く生きれば生きる程、ヴィンダーはただの人へとなるのだ。若い姿のまま、一生を過ごしたいヴィンダーもいるが、そういうヴィンダーは魔力が無くなる前に自らの引き際を決めている。そして、魔力のなくなったヴィンダーは、その後あまり生きることなく死んでいく。そのせいか、一般的には魔力の消失は死を表すようになっていた。

 また、ヴィンダーの世界では家柄が重視されやすい。もちろん平等を謳ってはいるが、過去の習慣の名残か、やはり家柄を重要視する人間がほとんどである。

 アイルは心の内でため息を吐いた。「家」という籠に囚われ、自分を見失っている者たち。――馬鹿馬鹿しい。ウィンディーズ家であるアイルが少しでも親しくすれば、知らないところで派閥争いが起きる。そしてそれは子供の間だけのものではなく、大人さえ巻き込む。

「まあ、君は過去に類をみないほどの魔力の持ち主だからね。亡くなられた両親も、さぞ鼻が高いだろう」

「さあ。いくら魔力を持っていても死んだ人間の言葉までは知ることができませんから」

 アイルは、ゼアをまっすぐ見据えたまま答えた。

 両親を知っている者に会う度に、いつも比較され、褒められ、期待をかけられる。

 ――僕は僕だ。

 だが、無理もない。

 祖父、父ともにこのフィンシュテットの歴史に関わる偉業を成し遂げたのだ。もちろん、それだけではない。魔力の衰退の時期に個人差があるように、魔力の量にも個人差がある。

 アイルは名門家の当主であり、魔力の量も歴代に類をみないほどの持ち主。まさに誰もが羨む地位と名誉を持ち合わせていた。

「君のお父様とお母様には、私も大変お世話になったからね。……本当、惜しい人を失くしたよ。善人は早死に、なんて言葉があるけど、本当にその通りにならなくてもいいのにね」

 そう言ってゼアは、再びマグカップをに口を付けた。中身はコーヒーだろう。香ばしい香りが部屋中を漂う。

「……死んだ人間の思い出話をするために呼び出したわけではないでしょう?」

 痺れを切らしたアイルが言い放った言葉には、明らかな棘が含まれていた。

 それもそうだな、とゼアはコーヒーを一口飲むと、アイルの方を向いた。

「それじゃあ、さっさと本題に入ろうか。さっき君はウィンディーズ家の当主だって言ったよね。じゃあ、自分の家がどうして他の者たちから敬われるほどの名門家になったのか、知っているかい?」

 答えるまでもない質問に、アイルは無言のままゼアと対峙していた。

 ウィンディーズ家は、魔力を持たない人間、ノーマーと魔力を持つ人間、ヴィンダーの争いをおさめた一族だ。ノーマーとは、「魔力を持たない」という意味で、ノーマークからとったといわれている。

 数十年前、アイルの祖父であるディルク・ウィンディーズが、ヴィンダーとノーマーの争いに終止符を打った。

 何がきっかけで起きた争いなのか、その理由もわからないほど昔から、魔力の有無で人は争い続けていた。おそらく、伝承が大きく関わっている。



 昔、小さきものあり。

 光に焼かれ、闇に呑まる弱きものを哀れに思い、手を差し伸べたものあり。

 小さきもの、次第に大きくなり。

 強さは大きさに非ず。

 それ忘るるば、小さきもの地に帰る。

 導くは、暁色の大いなるもの。

 それ夜明けを告げる風を纏い、現れる。



 いつ、誰が、何のために残したものなのかはわからない。ただ、これはこの世界の歴史であり予言でもある。少なくとも、ヴィンダーはそう信じている。

 小さきものは、我々人間。その人間に魔力という力を授けた者、それをヴィンダーは始祖イアと呼ぶ。この伝承の解釈から、ヴィンダーは魔力を与えられなかったノーマーを、守るべき存在として庇護下に置こうとしたのだが、ノーマーはそれを拒否したという。これが、長きに亘る争いの火種だというが、実際はどうなのか知らない。

 ヴィンダーなら、誰もが伝承に語られる、導く者にあこがれを持つ。だが、導く者がどういう者なのか、抽象的すぎて特定できない。そのため、生まれ持った魔力の大小が、ヴィンダーとしての価値を決める基準となった。

 ヴィンダーの数は、魔力のないノーマーの人口の十分の一にも満たない。しかし、つい数十年前まで敵対し続けたのも、ここまで争いが長引いたのも、ひとえに魔力の存在が大きい。

 住む場所も限られるこの世界で、両者は居住区を分け境界線を築いた。それは「分断の境」と呼ばれる。魔法でできたその線は、近づけば地から壁が飛び出し、無理矢理突破しようとすれば、骨も残らず灰と化す。明らかにヴィンダーからの拒絶の意志だ。

 これ以上憎み合うことを止めなければ……。そう思っていても、ヴィンダーの頂点に君臨する最高機関であった、御三家の当主たちに打つ手は見つからなかった。そんな中、それをやってのけたのが、当時中流家系であったウィンディーズ家の二男坊、ディルク・ウィンディーズだった。その功績は大きく、一気に名を上げたウィンディーズ家は、御三家と同等かそれ以上の一族へと一気に躍進した。今では名門中の名門と言っても過言じゃない。

 当主を務める以上、このくらいのことは知っていて当然である。

「知っているのなら、わかるよね。許可なくマグレーティで魔法を使っちゃいけないことは」

 その一言で、推測が当たった、と思った。

「わかっています」

 ヴィンダーの名門中の名門、尊敬と崇拝を集める一族の現当主――。

「魔法は、ノーマーの暮らす街では禁止。これはヴィンダーである以上、絶対に守らなければいけない掟だ」

 そんなこと、言われなくてもわかっている。何を隠そう、その掟を作ったのは祖父と先代なのだから。

「あのとき、別に火山を止めなくてもよかった」

 ゼアはアイルを見据えたまま何も言わなかった。

「あそこにいたノーマーたちがどうなろうが、僕にはどうでもよかった」

「じゃあどうして噴火を止めた?」

 さすがに、己の醜さを自覚させるためだとは言えない。

「ヴィンダーがノーマーより優れていることを改めて知らせるためです」

 とっさに出た言葉がこれで、アイルは自分自身に呆れた。

「アイル」

 ゼアが叱咤するのも当たり前だ。けど、アイルはそれを無視した。

「ウィンディーズ家、ウィンディーズ家って。――僕は僕だ」

「……君はさっきウィンディーズ家の当主だって言ったよね」

 アイルは黙ったまま、ゼアを見た。

「ヴィンダーの中でも名門家の当主である君が、ノーマーたちの住む場所で魔法を使えば、他のヴィンダーに『魔法を使うな』って強く言えるかい?」

「……魔法を使いたければ使えばいい。僕は先代とは違う」

「……今の言葉、聞かなかったことにしてあげるよ」

 そう言ってゼアはコーヒーを啜った。

「本来なら立法に反した者は処罰されるんだけど。まあ、今回は大目に見てもらえるよ。攻撃魔法でもないし、人命に関わることだったからね。それにまだ日が浅いでしょ? 正式に当主として認められて、まだ一か月くらいだっけ?」

 そう、三ヶ月前に祖母から家督を譲り受けたにもかかわらず、正式に認められるまで二ヶ月かかった。

 しがらみだらけで、息をするのも誰かの許可が必要なんじゃないかと思えるほどめまぐるしい毎日だった。

 ちょっと息抜きに行ったマグレーティで、まさか火山の噴火に遭遇し、それを止めたら止めたで大目玉を食らう。

 ……納得いかない。

「以上で私の話は終わり。……君はもう少し両親の残した想いを知るべきだ」

 それが、立派な当主になるために、今の君に必要なことだ――そういうゼアの言葉はアイルの耳には届かなかった。


   ◇


 アイルが研究室を出て、完全に気配がなくなったことを確認したゼアは、両腕を思いっきり伸ばすとそのままソファーへ体を預けた。

 このまま立ったまま寝れそうだと思ったが、一つの視線を感じて、くすりと笑った。

「使い魔、というよりは保護者みたいだね」

「うるせえ、キツネ目」

「ひどいな。切れ長目っていうんだよ、ネコ君」

 舌打ちが聞こえた。

 頬杖をつきながら、黒猫に視線を向ける。ゼアは気づかれないよう、小さく笑った。

「で。君は一体何の用で来たんだい? まさかあの子が心配で来たわけじゃないだろ?」

 欠伸をかみ殺しているときだった。

「お前、あいつのためにいろんなところに手を回しただろう」

 確信ありげな黒猫の声音に、ゼアは口角を上げた。

「おや? 何の話かな?」

「とぼけなくていい。目の下の隈を見れば嫌でもわかる。ったく。ヴィンダーならちゃちゃっと魔法で何とかすりゃいいじゃねえか」

 魔法でちゃちゃっと、か。

 黒猫は、じっとゼアを見据えたまま、動かない。

「そうもいかないのさ。魔法ではどうにでもならない複雑な社会だからね。で、本当に何の用なの? もう起きているのも奇跡に近い状態なんだけど」

 体を横にしているせいだろう。今にも閉じそうになる瞼を開けるのは、かなり辛い。

「一応、礼を言っておこうと思ってな」

 途端、閉じかけた瞼が一気に開いた。

「礼? 君が? 君、本当にあの妖魔?」

「……うるせえ」

 黒猫は不貞腐れたようにそっぽを向いてしまった。まるで人間のようだなとしみじみ思う。

「冗談はさておき、礼はいらないよ。私もウィンディーズ家の先代には世話になったから。……それより早く行かないと何をしでかすかわからないよ、あの子」

 黒猫はゆっくり歩き始めると、現れたとき同様、掻き消されるようにいなくなった。

 たしかにいろんなところに手を回したのは事実だ。今や家柄ではなく有能なヴィンダーによってこのフィンシュテットは機能しているというのに、まだその制度になって日が浅いせいか、ヴィンダーの頂点に君臨しているのはウィンディーズ家だという認識も強い。そのため、ウィンディーズ家を蹴落とし自らの一族の地位をあげたいと考える家は数多くいる。今回の件も奴らにとっては絶好の機会であった。

 もとは中流家系、そのあたりの意識はどこか弱い。

 だからその機会を潰しに回っていた。名門家の当主とはいえ査問会が行われてもおかしくない。だが、当主になって日が浅いこと、そしてアイルがまだ十代半ばであったことで、なんとかゼアからの忠告だけで済ませることができた。

 ――あの子をよろしく。

 そう言ってにっこりほほ笑むあの人は、初めてゼアに優しい手を差しだしてくれた人だった。

 ――私にできることはやらせていただきますよ、ツィラ。

 ふうっと息を吐くと、そのまま意識を手放した。


   ◇


 ヴィンがアイルを見つけたとき、アイルは小さく杖を振りながら廊下を歩いていた。杖の先からは、さまざまな色の光が形を成して宙へと飛び出されていた。犬、猫、、熊、魚、鳥、花。それらはしばらくアイルのまわりを駆けまわるとパッと消えた。

 背後から見れば、光の雨の中を歩いているようだった。

 ユリアンが生きていたら、あいつも少しは違っていただろうか。

 アイルの祖父、ディルク・ウィンディーズが平和をもたらしたとしたら、先代、つまりアイルの父、ユリアン・ウィンディーズがそれを恒久化させるために尽力したと言ってもいい。

 この施設もその賜物だ。魔法の知識と経験の豊富な大人が子供たちに魔法を教える施設、魔法学校。ユリアンが導入を言い出す前までは、一族の者同士で魔法を教え合っていた。

 ウィンディーズ家が台頭するまでヴィンダーの社会は家柄重視であった。すべての決定権を御三家と呼ばれる、フランメ家、ツェーレ家、フュリュスターン家の当主が決めていた。

 だが、そこに御三家を上回る支持と信頼、そして功績を持ち現れたウィンディーズ家。絶対的権力者へとなったにもかかわらず、私利私欲のためでなく、あくまで幸福をもたらそうとする。

 そんな人間いるはずはない。長年「ヒト」という生き物を見てきた黒猫は、それだけははっきり言えた。

 過去に何かあったのかもしれないが、それは俺の知ったことじゃない。

 ――待っているだけじゃあ無意味だって知っていたんだろう?

 懐かしい声と共に昔を思い出して思わず舌打ちをした。

「アイル」

 黒猫は今の主のもとへ駆け寄った。

「何?」

「別に」

 そう言ってヴィンはアイルの肩に乗った。

 重いから降りて、と言われてもヴィンは動かなかった。本物の猫ではないのだ。重い訳がない。

「どこに行くんだ?」

 学校の敷地から出たアイルは、屋敷とは別の道を歩いていた。

「ちょっとマグレーティに行ってくる」

「はあ? 何でまだ?」

「何でお前に言わなきゃいけない?」

 その目は、保護者面するなと語っていた。

 ――使い魔は使い魔らしく、ってか。

「わかったよ。じゃあ早いとこ行ってさっさと帰る――」

「お前は留守番」

「はあ?」

「お前がいるとうるさくてかなわない」

「おい、ちょっとま――」

 慌てるヴィンの言葉も待たずに、アイルはさっと杖を振ると、硬直した黒猫を塀の上に置いた。

「おい! アイル!」

 体は動かなくなっても、口は動く。

 今にも噛み付きそうな勢いのヴィンにアイルは笑って見せた。

「少ししたら魔法は解ける。それまでそこで大人しくしてろよ」

「おい、ちょ、待て」

 手を振りながら颯爽と去っていく主の背中に、黒猫は叫び続けるのだった。



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