15 天才②
地下道に灯りはない。が、こうなることを見越して、持ち運びできる小さなランプを持ってきた。その明かりだけが一同の唯一の明かりだった。
だが、今ランスの手元に灯りはない。アイルたちのもとに置いてきた。
別に明かりがなくても地下道を歩ける。大抵の人間はできないだろうが……。そうならざるを得なかった自分の過去を思い出し、ランスは顔をしかめた。
そして、そんな暗闇の中を歩くランスの背後に、もう一つ足音が続いた。
夜目が利くのか、あるいは魔法を使ったか。
この女にこの先を見通してもらえば一番手っ取り早い。けど、それだけはしたくない。別に見栄を張っているわけじゃない。そんなもん張るくらいなら、生き残ることを優先させる。ただ、自分にできることなのに他人任せにするのは虫唾が走るほど嫌なのだ。
「……アンタ、あいつの何だ?」
不意にランスが言葉を投げかける。だが、返事はなかった。
「ヴィンダーなのか?」
これでも返事がない。
まったく、まだオレを疑っているのか?
オレはただの人間。手に入れたいと思ったものは、自分の足で取りに行かなきゃ取れない。守りたいと思ったものは、体を張らなきゃ守れない、ただの人間。
「あいつ――アイルは、天から愛された存在なんだろうな」
急にそんな言葉が飛び出た。
ここに来る前、レリックから聞いたヴィンダー、アイル・ウィンディーズの話。壁の向こうの世界で知らぬ者はいないほど、さまざまな魔法を操り、その発想力と魔法の規模は右に出る者がいない。
しかし、それだけではない。
ランスは知っている。魔法が使えなくても、アイルには武術の才能もある。
あの剣捌き、身のこなし。……どんなに修行を積んでもそうそう得られるものではないはずだ。
「魔法も武術も、並の人間じゃ天才の名を二つも持てな――」
「あいつは、天才なんかじゃねえよ」
「は?」
唐突に投げられた言葉に、思わずランスは不機嫌そうな声を上げ振り返った。光のない真っ暗闇だというのに、何故か金色の瞳が光って見えた気がした。
「言葉通りだ。あいつが生まれ持った才能は一つだけ。――魔法の才能は、あいつが死に物狂いでもぎ取ったもんだ」
「な……」
嘘だ、と出かかた言葉を呑み込み。
とてもじゃないが、努力をして何かを得たようには見えない。だが、この女が嘘をついているとも思えなかった。
◇
アイルは天才だ。
長く生きるオレから見ても、今まで類をみないほどの才能を持っていた。
ヴィンダーの子は、生まれたその瞬間から不安定ではあるが魔法が使える。
泣けば物が壊れる。笑えば花が咲く。手を伸ばせば、物が勝手に飛んでくる――。どんなに魔法を使うのが遅い子でも、二歳までにはこれらの兆候が表れる。
人間だよな……そう思って、思わず果実みたいな頬に噛み付いたこともあったけなあ。――そのあと、腹の中が冷えるほど、ツィラとユリアンにこっぴどく叱られたが。
アイルが三歳のとき、ユリアンとツィラは死んだ。あのときの喪失感は、もう二度と味わいたくない。
当時、ユリアンの使い魔であったオレは、突然の契約者の死に、体が引き裂かれる苦痛を与えられた。だが、さすがというべきか。ユリアンは絶命するそのほんの一瞬の間に、自らヴィンとの契約を切った。そのままにしていれば、体を裂かれる苦痛と共に強制的に元の世界に戻される。ただそれだけなのに、ユリアンは最後の力を振り絞り、契約を破棄したのだ。
ヴィンダーと妖魔、主と使い魔。見えないが確かにあるそのつながりが、雄弁に語る。
アイルを頼む、と。
アイル、三歳。ヴィンダーでありながら、魔法が使えない、ユリアンとツィラの息子だけが残された。
アイルの才能は、ヴィンダーとしては無用の才能だった。どんなに武器を鮮やかに扱うことができても、魔法の前では無力だ。
そう、アイルの生まれ持った才能は、武術の才だった。
初めて持った武器は、果物ナイフだった。
花が咲きほこマント庭先で、ツィラがアイルのために果物の皮をむき、小さく切るのに使っていたのだが、途中で急用ができたのか、慌てた様子でアイルとヴィンを残し、家の中へ戻ってしまったのだ。
ツィラは隠したつもりだったのだろう。けれど、アイルはまっすぐ果物ナイフを手に取ると、おぼつかない足取りでどこかへ歩いて行った。
危なくないよう、常に見張っていたからナイフだろうが爆弾だろうが幼子が手を伸ばして遊び始めてもオレは気にしなかった。
痛い目を見て成長する、それも生きていく上では必要なことだ。それに、もし何かあってもなんとかできる自信があった。
まあ、ユリアンとツィラが見たら、毛皮を剥がされかねないが。
果物ナイフと言えど、刃物は刃物だ。触れば痛いし、怪我もする。
まだ、立ち始めたこいつにはちょいと荷が重いかな、そう思って重い腰を上げたときだ。
頭の上に何か乗った。水滴を飛ばすように頭を左右に振れば、地面に落ちたのは一輪の花。
真っ赤なバラの花。
だが、次の瞬間には一輪だけだった花が二輪、三輪と増えている。雪のように振る、花の雨。
何事だ、と視線を上げたヴィンは目を見開いた。
まだ二歳にもならない幼子が、にこにこと楽しそうに綺麗に咲き誇る花畑の中で、手を振り回していた。
問題は、そこじゃない。アイルが手を振る度に花の雨が降るのだ。
むやみやたらにナイフを振り回しているのではない。
――花だけを刈り取っている。
地面に落ちた花を一つ引っ繰り返したヴィンは、それを見て確信した。
こいつは、天才だと。
切られた花は、すべて首元で綺麗に切り落とされていた。




