キャッチ&リリース
日下紫は、ゲーム廃人である。
VRゲーム機が発売されてからは、VRMMORPGの一つ『七つのエデン』(通称エデン)と言うゲームに夢中になった。
『エデン』は、プレイヤーのゲーム内の身体であるアバターに寿命がある。
ヒューマン・セリアンスロピィ(獣人)・マーマン(魚人)は、20日。ドワーフは60日。ジャイアント・エルフ・ドラゴニュート(竜人)は100日。
寿命が尽きる・若しくは、死亡する事で転生となるのだが、ステータス・スキルの継承には転生ptを必要とする。転生ptは、クエストをクリアしたりして貢献する事で増え、反社会的行動を取る事で減る。他種族に引き継ぐには大量の転生ptを必要とするスキルも有り、転生ptを貯める為に最初のアバターは寿命の長い種族を選ぶ者が大半だった。
そんな中で、紫はヒューマンのみの転生を繰り返していた。
種族には其々『ハイ』が付く上位種があった。上位種には寿命が無く、死亡しても転生せずに復活する。つまり、上位種になればもう転生出来なくなる訳だ。
しかし、転生するには膨大な転生ptを必要とするらしく、『エデン』の運営が開始されて3年も経つのに、未だに一人も上位種への転生を果たせていない。
その為、上位種への転生について掲示板に様々な想像が書き込まれた。
『特別なクエストをこなすのが条件なのではないか?』・『その種族で覚えられる全てのスキルを覚える事が条件なのではないか?』・『ステータスをカンストしなければならないのではないか?』・『他種族に転生してはならないのではないか?』……そして、『それら全てを満たさなければならないのではないか?』。
紫はそれを検証しているのだ。
最後のスキルを発見して習得し、後は『特別なクエスト』を残すのみ。
そして、終にそれらしきイベントが発生した。
『ハイエンシェントドラゴン王都襲撃』イベントである。
王都を守るべく集まったプレイヤーの内、エルフのスキル【魔法障壁】を使える者達は王都を守る事に専念していた。ドラゴンを倒しても、王都が破壊されれば転生ptが大幅に減ってしまう。ゼロになってもおかしくない。
この場に居るのは、殆どが紫と同等かそれ以上の廃プレイヤーのみ。つまり、『レベルはカンスト・ステータスはカンスト近く・スキルは豊富』でなければ、ハイエンシェントドラゴンには歯が立たないという事だ。
現に、山のように巨大なドラゴンは、咆哮で彼等の命を削り・尾の一撃で魔法障壁を砕き・ブレスで彼等の数を減らしている。
紫は耐久値が一桁になった剣を仕舞い、マシンガンを取り出した。弾薬は【猛毒】の特殊効果付きである。
中世ヨーロッパ風の『エデン』には場違いな武器だ。当然、生産系スキルで造った物である。
ブレスを噴こうとしているドラゴンの口目がけ、1000発近くの弾を撃ち込む。
「良し! 効いた!」
しかし、それは失敗だった。
紫が使用した毒の耐性を持っていなかったハイエンシェントドラゴンは、【猛毒】に七転八倒する。
「何してくれてんだー!!」
ドラゴンと戦っていたプレイヤー達は、下敷きになったりして瞬く間に死亡して行く。
「ごめーん!」
「ごめんで済むかー!!」
しかし、不幸中の幸いがあった。王都の方へは転がらなかったのだ。
やがて、ドラゴンは動かなくなった。
<上位種転生ptが溜まりました。ハイヒューマンに転生しますか?>
紫は迷う事無く転生を選んだ。他の種族のスキルは要らないと思っていたからだ。
証拠のSSを撮り、掲示板に書き込むのは明日にしようとログアウトボタンを――。
そこは遠くて近い場所。
時空の狭間。
そこで釣り糸を垂れている【神】がいた。
「何しているの?」
通りすがりの別の【神】が尋ねる。
「魂釣り」
「……楽しい?」
「ああ」
その時、一つの魂が釣り上げられた。
「キャッチ&リリース!」
【神】はその魂を世界の一つにぶん投げた。
「違う世界に放してどうするの!?」
「……ハイヒューマンだったから、間違えた……」
紫は意識を取り戻した。
ログアウトした筈なのにと、まるで、眠りから目覚めた様な感覚の中で思う。
「気が付いた? ようこそ、楽園へ!」
「え?」
紫は声のした方を見ながら、楽園と呼ばれる場所が『エデン』内に在っただろうかと考えた。
紫のアバターと同じ、紫色の髪で紫色の目をしたヒューマン達が目に入る。
「災難だね。違う世界に放り出されて」
「……違う世界?」
「そう。でも、ある意味幸運かもね。不老不死になって楽園で暮らせるんだから」
紫は、此処はハイヒューマン専用エリアで、今までとは違うマップ上にあるのだろうと思った。
「あれ? 何で、メニュー画面が開けないの?!」
「ここがゲームの世界じゃないからだよ」
「は?」
紫は呆然とした。
「現実です。君がいた世界とは別の世界。ハイヒューマンが暮らす楽園」
「昔は、僕等がヒューマン。他はローヒューマンと呼んでいたんだけどね」
「何時の間にか逆になったよね」
「本当は気付いているんでしょう? ゲームの中では無いと」
『エデン』では、いや、他の多くのVRも、音声は自身の声そのものでは無かった。ピッチ変更だったり・合成音声だったり。それは、アバターのイメージと合わせる為であり・現実と混同しないようリアルさを減らす為でもある。
楽園のハイヒューマン達は、リアルな人間の声だった。
「……訳解んない。何で? ゲームしてただけなのに」
「魂を抜かれてね。君がその時ゲームの中でハイヒューマンだったから、勘違いされて此処に放り出されたんだよ。じっくり確認しなかったんだね」
「……何の為に抜かれた訳?」
「釣りだってー」
その返答に、地面に座ったままでいた紫はがっくりと地面に両手を着いて項垂れた。
「釣りって何!」
「釣りと言うのはね」
「そこじゃなくて!」
紫は突っ込む。
「魂釣りが趣味なんだって。何時もキャッチ&リリースしてるんだってさ」
「何て、迷惑な……ってゆーか、誰が?」
「神様に決まってるじゃない」
紫は再び呆然とした。
「……神様なら、元の世界に戻せるんじゃ……?」
「別の神様だけど、ハイヒューマンのままで良いなら戻せるそうだよ」
「え? ……良いけど」
紫は元の世界に帰る方が重要だと思った。
「本当に良いの? 今の貴女、紫色の髪と目だよ? まあ、それは幻術で誤魔化せば良いとして、不老不死なんだよ?」
「か、鏡は?!」
紫は差し出された鏡を覗き込んだ。それには、アバターそっくりの姿が映っていた。
「まあ、顔も幻術で誤魔化せば良いよ。でも、不老不死で貴女の世界で生活するの、大丈夫?」
紫は考えた。戸籍が問題かもしれないと。
「……でも、帰らないとゲーム出来ない!」
「帰りたい理由、それ!?」
「ゲームなら、楽園にもあるよ」
「私は、『七つのエデン』がしたいの!」
そう言う訳で、紫は地球に帰る事になった。
「来たくなったら念じてね。迎えに行くから」
「自力でも来れると思うけど」
「分かった。じゃあ、皆、またね!」
手を振る彼等に見送られ、紫は家へ送り返された。
翌日。紫は再び釣り上げられて、楽園にリリースされたのだった。