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昼食にカレーライス

作者: 竹仲法順

     *

「及川さん、お昼行っていいよ」

「あ、分かりました。お先します」

 勤務先の会社の庶務課の課長である今本がそう言ったので一礼し、フロア外へと歩き出した。スマホを見ながら、ネットニュースをチェックする。連日の蒸し暑さで体は疲労していた。今日のお昼は何を食べようか迷う。定食にしようか、それともピラフかカレーでも食べようか……?

 足が向いたのは洋食店だった。今日のお昼はここでカレーを食べようと思い、出来ていた列に並ぶ。そして待ち続けた。待ち時間もスマホを弄る。さすがに夏の暑さは着実に体力を奪っていく。

「お客様、お待たせしております。今しばらくお待ちくださいませ」

 ウエイターが並んでいる人間に対し、そう言って回る。スマホを見ながら、時折顔を上げた。そしてお昼時ぐらい、ゆっくりしたいと思う。実際、今が午後零時十五分で、午後一時までに帰社すればいいから、時間はある程度あった。

「店内へどうぞ」

 スマホを覗き込んでいたあたしに声が掛かる。いったん機器を持っていたバッグに仕舞い込み、店へと入っていく。ずっと待ち続けていて極度に喉が渇くので、持参していたペットボトルに口を付ける。水分補給して店へと入っていった。

     *

 店内は辺り一帯洋食の匂いがする。そういったランチ店特有の香りが食欲をそそった。窓際の席へと案内され、椅子に座ると、

「カレーライスを一皿と、アイスコーヒーを一杯」

 と言った。

「カレーは辛さが選べますが、何に致しましょう?」

「そうね。……じゃあ中辛で」

「かしこまりました」

 ウエイターがそう言って厨房へと向かう。テーブルに座り、ずっとスマホでネットを見ていた。実際、待っている客もほとんどがケータイかスマホだ。異様な光景だったが、それだけ日本人もネット依存症になっているということである。

 十分後にウエイターがカレーの盛られた皿を一つと、氷の浮いたアイスコーヒーを持ってきた。そして、

「ご注文の品はこちらになります」

 と言う。

「ああ、ありがとう」

 そう言ってカレーの皿にスプーンを入れ、食べ始めた。食べながら思い出す。毛が抜けてつるつるになった今本課長の禿げ頭を。確かあの人、七十前だと思う。パソコンもろくに使えないで、一日中新聞や雑誌を読んで時間を潰しているようだ。しかも新聞や雑誌も某カルト団体が発行する、他人の悪口を書き綴った類のもののようである。別に今本がそういった訳の分からない変な新宗教に入信していても、あたしたちのことは変わらないのだけれど……。

     *

 中辛のカレーを食べ終わり、コーヒーを啜りながら、しばらくの間寛ぐ。確かに持っているスマホも消耗品なので、いずれ買い換えるつもりなのだったし、パソコンも直に新しいOSのものとなる。あたしも単なる一女性社員だったから、給料は安かったのだけれどスマホはまた数年後新品を買う。それに会社も地方の中堅なので、パソコンを買い替えるぐらいの金は潤沢にあるものと思われた。

 昼食を取り終えて立ち上がり、レジへと向かう。そして食事代を清算した。カレー一皿とアイスコーヒー代で千円弱ぐらいだ。店外に出て歩きながら、またスマホを見始める。新聞は取ってないのだし、ビジネス誌などお堅いものは敬遠していたので、情報源と言えば、ほぼネットのみである。

 確かに新しい知恵なり、知識なりは必要だと思う。だけど、単に庶務をやっているに過ぎない以上、別にそういったものがあってもなくてもほとんど関係ない。ましてや、今本みたいにカルト団体の発行する新聞や雑誌などは読むことは気が知れなかったのだし、必要など全くないのだった。

 お昼にカレーを食べるのもいいなと思える。そう感じていた。会社ではずっとパソコンに向かい、キーを叩くのだが、腱鞘炎は悪化するばかりだ。時折休めるにしても、効率を上げないと、上司からいろいろ言われる。それを覚悟してやっていた。

     *

「及川さん、このデータ打ち込んで、バックアップも取っておいて」

 帰社早々、今本が待ち受けていた。多分、昼食は持ってきていた弁当で済ませたのだろう。そしてまた例の新聞を読んだり、雑誌のページを捲ったりしている。これが課長かと思えるほどの体たらくぶりだ。

 だけど、あたしにも任された仕事がある。会社員である以上、苦労は絶えない。ずっと朝から夕方、下手すると終業時刻以降、残業までする必要があった。ほぼ一日中パソコンのキーを叩き続けていたのである。

 今本の他にワンフロアに十人ほど社員が詰めていた。あたしもその一人である。仕事は大変なのだが、昼間しっかり栄養を補給しておけば、残業時は出前のラーメンだけでも済んだ。

 その日の夜も、午後七時過ぎまで残業し、

「お疲れ様でした。お先に失礼します」

 と言ってフロアを出る。外は蒸し暑い。ねっとりとした夏の暑さがあった。これが七月下旬から八月いっぱいまで続く暑さだろう。そう思い、毎日社に詰め続けていた。

 会社は街でも中枢部にあったのだが、自宅マンションまで歩いて十五分ほどである。気が楽だった。夜風に吹かれながら歩き続ける。確かに今夜も熱帯夜だろうと思い。ずっと寝苦しかった。どうしても眠りに就けない時はウイスキーの水割りを一杯作り、飲んでからベッドに入っていたのである。寝酒――、この季節にはなかなかいい。

 自宅に戻り、着替えを済ませて、バスルームでシャワーを浴びた。幾分温めか真水のシャワーを浴び、一日の疲れを落とす。ゆっくりと、だ。冷水シャワーでもいいぐらい、蒸し暑い夜だった。

 入浴後、髪をとかし、乳液などを付けてからベッドに突っ伏す。寝転がると、すぐに眠りに就けた。毎晩午後十一時前には眠っている。仕事で疲れた時は翌日に備え、夜更かししない。独身女性だから、楽しみと言えば、テレビぐらいなものだったし……。

 一晩眠ると、また新たな朝がやってくる。朝が来るのが怖いと思うこともあった。また仕事だからだ。だけど、お昼に美味しい食事を食べられることが楽しみの一つだった。昨日はたまたまカレーライスだったのだけれど……。

                           (了)


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― 新着の感想 ―
[一言] こんばんは(*゜▽゜*)  なんとも評価がしにくい小説でした苦笑 うーん、メッセージがないのかな?と思ったり、、。 カレーライスのインパクトはどこに、という感じです。 「あたし」という一人…
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