四 私は自らの過去を話す
「ねえ、やり残したことってどれくらいある?」
今日も彼女の言葉は遠慮がない。死を意識していなければ、やり残しなんて言葉は出てこない。そして、そんなことを言うのは後悔を背負っている証拠だ。
「私はね、いっぱいあるよ。世界一周旅行をしてみたかったし、億万長者になって左うちわで暮らしたかった。あとね──」
まるで現実味のないことをつらつらと語る彼女。それなのに「こんな病と無縁の生活がしたかった」とは決して言わない。
つまり、これは単なる戯言の域を出ないのだ。明日になれば忘れてしまうような、重要性など微塵もない言葉たち。
「──それと、もう一つ。誰かと付き合うってのを、してみたかったな」
だけど、最後に放ったその声は温度が違っていた。見れば、また彼女があの表情を浮かべている。
寂しさや悲しさを帯びた顔。恐怖を感じない彼女にはとても不釣り合いな、そんな表情。
「誰かと付き合ったこと、ある?」
付き合う、というのは、もちろん恋人同士の関係ということだろう。それなら答えは決まっている。私はいつものようにノートとペンを手に取る。
『ないよ あるわけない』
「へえ。でもさ、綺麗な見た目してるんだから、言い寄ってくる男の一人や二人くらい、いたでしょ?」
その言葉は真意で言っているのだろうか。だとしたらお笑い草だ。こんな病を抱えた女、一体誰が相手にするというのか。
無口で大人しい。それだけなら人気は高いかもしれない。口は災いの元とも言う。しかし、口がなければ何も始まらない。そもそも、彼女の方が私よりも美しいというのに。
『いない』
雑に書き殴って、私はノートとペンを置いた。彼女は机に置かれた言葉をじっと見つめている。
「私は、いたよ。好きだって言ってくれた人が」
視線をノートに向けたまま、彼女が呟いた。注意して耳を傾けなければ聞き逃してしまいそうなほど小さな声。私は彼女の俯いた顔を見つめ、その声を拾おうとする。
「中学三年の三学期、進路をどうするかって話が一段落した頃だった。初めて見た時から好きでした、ってさ。近くにある男子校に通ってる人だったんだけどね、通学路で私を見かけたことがあるみたいでさ」
その時点で、私には結末が予想できていた。恋愛。交際。結婚。そんな人並みの幸せを、この病が許すはずがないのだから。
「まともに話したこともなくて、いきなりの不器用な告白だったけど……こんな病気持ってる私でも好きになってくれたってことが嬉しくてさ。だから、その告白を受けたんだ。そしたら彼も大はしゃぎで喜んでた」
彼女は私の方を見ようとしない。ノートから外された目線は、何もない部屋の隅に向けられている。
「でもね……それからすぐに、全部なかったことにされた。手を繋いで帰ろうってことになってさ、手袋取りなよって言われたんだ。私のことを好きだって言う彼なら受け入れてくれるかもしれないって期待してたから、ためらいなく手袋を外して手を見せたんだ。この傷だらけの手を」
最近、彼女は私の前では以前のような暑苦しい格好をしていない。手袋を外し、季節に合った服装で素肌を晒している。もちろん、そこに刻まれた傷痕も一緒に。
「そしたらね、彼の顔が歪んだんだ。気味悪い物を見てしまったな、って顔しちゃってさ。そこからは早かった。何度か私の顔と傷を交互に見て、ごめん、さっきのなしで。だって。好きだって告白した時と違って、私の目を見てなかったな」
彼女が自分の左手を包み込んだ。最初に自分で傷つけた、その部分を人差し指でなぞっている。いつの間にか浮かべていた笑みは苦笑なのか、嘲笑なのか。
「仕方ないよね。こんな傷見せられたら普通は引いちゃうよ。それに、男は血とかそういうのに耐性ないし。男ってダメだね」
私は彼女を尊敬した。形はどうであれ、こうして笑って自分の過去を人に話せるということが、私には到底真似できないことだからだ。彼女の中で、過去の悲しみは既に単なる思い出へと変わりつつあるのだろう。
そして、彼女がこうして全身の傷痕を晒して私の前にいるということ。恐怖を感じないとはいえ、過去の嫌な記憶と結び付く鍵を他者に見せるのは、きっと大きな決心が必要だったに違いない。
私がそう考えたのには根拠がある。彼女が言うには、こうして肌を晒すのは私に対してだけらしい。彼女は自分の部屋で適当な服に着替え、その上から大きなコートを羽織ってから私の部屋に来ている。
それは、廊下で他の誰かに肌を見られないようにするためだ。私以外には、たとえそれが医師や看護婦であっても、なるべく肌を見せることはしたくないと言っていた。
私だけに見せてくれる傷痕。まるで私が特別な存在であるかのように思えた。しかし、私は以前と変わらない態度で彼女と接している。傷があることくらい、ガラスを叩き割るのを見た時から想像していた。何も変わることなどない。
けれど、それは対等な関係と言えるのだろうか。彼女が私を特別な存在としてくれるのならば、私も彼女を──。
「それが私の人生最初のときめき。一時間もなかったけどね」
ようやく向けられた顔には、小憎らしい笑みが張り付いていた。痛々しい、というのが率直な感想だ。何が彼女をそこまでさせるのか。
「ねえ、今までそういうことがなかったなら、これから作っていこうよ」
そう言われても、どうすればいいのかわからない。今まで幸せというものから目を背け続けていたから。今更どんな顔で向き合えばいいのだろう。
「私と一緒に、さ」
彼女がノートとペンを私に突き付けた。返事が欲しい、ということだろう。頷きながら受け取り、ペンを走らせる。
『でもどうしたらいいのかわからない』
なんの抵抗もなく、正直な気持ちを伝えられた。なぜか、少しだけ目が潤みそうになる。
「だったら、なおさら一緒に探そうよ。幸せ探しの旅、なんてね」
自分の幸せを叩き潰された話をした後だというのに、彼女は落ち込んだ様子が微塵もない。どこまでもおどけた姿は、実に彼女らしい。
『わかった それなら聞いてほしい話がある』
「なになに、どんな話?」
彼女は興味津々といった様子で、次の言葉を待っている。首を傾げる彼女を横目に見て、視線をノートに戻す。
『私が発病した時の話だよ なんとなく話したくなったから』
なんとなく、というのは嘘だ。与えられると返したくなる感覚と言うべきか。自分の痛々しい過去を語る彼女を見ていると、私が何も明かさずにいることが耐えられないのだ。
それに、彼女になら私の過去を話してもいいと思えた。これが一番の理由だ。
「長くなる?」
彼女の遠慮がない言葉すら心地良い。今の私は精神が変に高ぶっている。彼女も私に過去を話した時はこんな気持ちだったのだろうか。
『飽きたら帰っていいよ つまらない自分語りだから』
私がそう書くと、彼女が首を振る。
「そうじゃなくて、長いと文字書くの疲れるでしょ? 無理しないで、一度に全部じゃなくてもいいんだよ」
はっとさせられた。
彼女は私の心配をしていたのだ。面倒だなんてこれっぽっちも考えていなかった。痛みを感じないからこそ、人の痛みに対して敏感になる──というのは美談過ぎるか。
けれど、私はそう思ってしまうくらいに嬉しかった。彼女の言葉が、胸の奥に染み込んでいくような感覚。
『いいの 私がしたくてしてることだから ありがとう』
彼女は椅子に座り直し、姿勢を整える。
「最後まで聞いてくからね」
私は彼女に頷き、ペンを持ち直した。目を閉じ、一度だけ深呼吸をして心を鎮める。それだけで準備は完了。ただ過去にあった事実を書き込んでいくだけ。時間はたっぷりある。
*
私が発病したのは、中学に入ってしばらく経った頃だった。
最初に失ったのは言葉だった。前兆もまったくなく、ある日目覚めたら喋れなくなっていたのだ。昨日まで普通に声が出せたのに、どうしても喋れなかった。不気味だったとしか言いようがない。
最初は親も悪ふざけだと思って笑っていた。けれど泣いて暴れる私を見て、ようやく異常事態に気付いたらしい。学校を休んで向かった病院での診断は、脳の突発的な異常による心因性の失声症。正しい診断ではないが、周囲──少なくとも家族は喋れない私を認めて保護してくれた。
だけど、学校の皆は違った。喋れないのをいいことに、不機嫌の捌け口にされた。
最初は軽い嫌がらせだったが、だんだんと悪質になっていき、教室全体が私を異端視する。一部の不良集団に物陰へ連れ込まれ、言い返せない私に向かって罵詈雑言や目立たぬ暴力を投げつけるのは日常茶飯事。
伝統ある私立のお嬢様学校と言われるところでも、内情はこんなにも暗く淀んでいた。
それから数か月。言葉のない生活にも、学内の環境にも慣れた。いや、慣れざるを得なかった、というのが正しいか。私に絡んでいた集団も興味をなくしたのか、次第に寄り付かなくなっていた。嫌がらせも減っていき、徐々に皆が私を見ないようになりつつあったのもこの頃からだ。
それでも、まだ私は完全に孤立していたわけではない。たった一人だけ友達と呼べる存在がいたからだ。
知り合ったのは言葉を失う前、中学の合格発表を確かめていた時のことだ。私が自分の番号を探していると、すぐ隣から歓喜の声が聞こえてきた。驚いて横を見ると、飛び跳ねて喜ぶ少女がいた。後で聞いた話では、彼女の学力では合格するかどうかが危うく、受かっていたことが嬉しくて感情が抑えられなくなっていたらしい。
自分の番号を見付け、騒がしさにうんざりして帰ろうと振り向いた時、ちょうど人が通り過ぎたために私は後ずさってしまった。その結果、飛び跳ねる少女の足が私に命中した。
少女は慌てて謝ってきたが、それほど痛くもなかった上に、こちらにも非があったので謝り返した。互いに頭を下げる姿は、周りから見たらさぞ滑稽だったろう。
最初に向こうが吹き出した。それが引き金となり、私も頭を上げて笑う。昔は私もあんな風に笑えていたのに、今では凍り付いた能面だ。
とにかく、これが唯一の友との出会いだった。
私が言葉を失った時も、その事実を受け入れてくれた。一言も喋らずに、ノートに書いた文を掲げる私はどんな風に見えたのだろう。親や教師から話は聞いていたはずだが、それでも実際に会うまでは信じられなかったに違いない。
最初は驚いていたものの、すぐに以前と変わらない笑顔を向けてくれた。学校にあれだけの人がいながら、そうしてくれたのはあの子一人だけだった。
私とは組こそ同じではないが、それが逆に好都合だった。適度な距離感を保ちつつ、休み時間や放課後を共に過ごしていた。その存在が心の支えになっていたのは事実だ。嫌なことがあっても、あの子に打ち明けると気分が楽になった。
私と一緒にいることで弊害があっただろうことは想像できる。それでも離れずにいてくれたから、私が依存し切っていたのもまた事実。辛かった中学時代は、あの子と共に歩けたから乗り越えられた。
やがて、私は付属の学校に進学した。もちろんあの子も一緒だ。生徒の顔ぶれは持ち上がりがほとんどで、二割ほど外部生が入ってくる。閉鎖された空間に異分子が入り込めば、注目を浴びるのは当然だろう。
予想通り、周囲の興味は外部生へ向けられていた。よそ者扱いすることもあれば、未知の世界への興味から親しくなることもある。皆が何を基準として考えているのかは知る由もない。
わかっていることは、ここでよそ者扱いされて省かれた外部生にさえ私は無視されたことだけだ。そうやって誰かを見下さないと、自分の立場が揺らいで不安なのだろう。
そんな状況を諦めて、なおかつ理解していた私は今まで通りあの子と二人で過ごした。一年の時は同じ組になっていたから、それだけ一緒の時間が増えていた。
それがいけなかったのだろうか。以前よりも距離が近過ぎたからなのか。見なくてもいい部分が出てしまったのだろうか。原因はいくらだってこじつけられる。
唐突に私の病が進行した。何を食べても飲んでも味が感じられなくなったのだ。それがわかったのが、あの子が作ってくれた弁当を食べた時のことだった。
その日は、初めて手作りの料理を私に食べさせてくれた日だった。今まで食事を共にしたことはあったが、食べさせ合うといったことはしなかった。もっと早くそうしていたなら、私はあの子が出す味を心ゆくまで噛みしめられたのに。
その日の昼食時。私たちは裏庭の隅で、他者の視線から隠れるように弁当の包みをほどいていた。あの子の色鮮やかな料理の装飾が、私の視線を捉えて離さない。
ふと視線がぶつかり、柔らかく微笑みながら人参の甘煮を差し出してくれた。私は心の中で感謝しながらそれを頬張ったのだが──味がしなかった。
今朝までは確かに味覚があった。朝食の味も思い出せる。だからこそ、突然の異変に対応できなかった。わかるのは、口の中に広がるどろどろした不快な食感だけ。
吐き出したい。そんな衝動が私を襲った。
しかし目の前にはあの子がいる。そんなことをすればどうなるかは明らかだ。唯一の拠り所が離れていってしまう。一人になりたくない。こんな純粋な瞳で味の感想を待つ友を裏切れない。
なんとか飲み込めたものの、口内に残る不快感を拭いたかった。家から持ってきた水筒の麦茶を飲み、口をゆすいだ。麦茶特有の爽快感もなく、この液体もやはり味がしなかった。
おいしかったよ、と感想を伝えたものの、再び私を襲った異常事態に心は騒いでいた。もっと食べてという声に、今度は私の分を食べてとごまかしてその場はやり過ごした。
急いで帰宅した私は荷物を投げ出し、母親にすがり付く。言葉を話せない私がゆっくりと事情を説明するごとに、その顔が蒼白に染まっていくのがわかった。
すぐに私は病院へ連れて行かれた。以前声を失った時に行ったのと同じ病院だ。母親は、自分の娘にばかりこんなことが起こるなんておかしいと声を大にして訴えた。しかし診断は的外れ。単なる心因性の一時的なものだろうと片付けられた。解決など何もしていない。
それから、私は色々な医療機関に連れて行かれた。それでも返ってくる答えはいつも同じ。代わり映えのしない診断にうんざりした両親は、揃って情報収集をしていた。その様子は必死で、家事や仕事すらおろそかにするほどだった。
そんな親の姿を見るのが、とても辛かった。
私が耐えれば、親は苦しまずに普通の生活をしていけるのに。毎日出される味のしない料理も、食べれば親は喜んでくれる。だから私は作り笑いを崩さないまま、不快な異物たちを噛み砕いて胃袋へ入れ続けた。
そんなことが長続きするはずもない。当時の私はそれすら気付かなかった。無理して食べているうちに、食事という行為そのものが嫌になってしまったのだ。
なぜ親は私が嫌がることを毎日してくるのだろう。なぜ私は歪んだ義務感に囚われているのだろう。なぜこんなことになってしまったのだろう──迷い込んだ思考の道は一方通行。後戻りはできなかった。
その頃から、学校であの子と過ごす時間が減っていった。どちらかが意識して避けていたわけではない。昼休みや放課後など、まとまった時間があれば会っていた。
ただ、別れる時間がだんだんと速くなっていた。以前は下校の時刻まで学校に残っていたことが多かったのに、気付けば二言三言話して解散するのが当たり前になっている。
「なんでそんなに辛そうな顔してるの?」
ある日、あの子は私に言った。口を真一文字に結び、潤んだ瞳を向けられる。
「何かあったなら、話してよ。今まではそうだったじゃない」
味覚を失ったことは伝えていなかった。隠していたのではない。言う必要がないと思っていたのだ。話していたことといえば、今は学校で誰が一番注目を浴びているか、誰と誰が喧嘩したか。そんな中身のない、薄っぺらな会話だった。
「私って、あなたにとってなんなの?」
それでも、あの子は私のすべてを受け入れようとしてくれた。今考えると、この遠慮のない言葉がありがたい。私を普通の人間として扱ってくれる、その態度が嬉しい。こんなできた子は滅多にいるものではない。
「ねえ、何か言ってよ」
けれど、当時の私は甘かった。深く考えることも、あの子がどれだけ貴重な存在かもわからなかった。隣にいることが日常となって慣れてしまったから。失ってから気付くなんて本当に馬鹿馬鹿しい。
「……今日は、もう帰るね」
私は後を追わず、友人の後姿を眺めていた。また明日、と言われなかったことの意味を知るのは、翌日のことである。
それ以降、あの子が私に話しかけてくることはなくなった。
両親がようやく病の正体に気付いた時、私の心はひび割れていた。友を失って学校では完全に孤立し、家では自己嫌悪からくる罪悪感に苛まれ、心が休まる時がなかったのだ。
一人になるのが怖かったし、最初の頃は世界が常に微細な振動を放っているようだった。しかし慣れというものはこんな時でも働くようで、一か月もしないうちに案外楽だと思うようになった。
誰かを気にする必要もない。学校というものは集団生活を強要するが、今の私にはそこから抜け出す手段がある。そのためには、私が持つものを最大限活用すればいい。
私に巣食っているのは非常に珍しい病であり、世界でも年間数人確認されれば多い方らしい。ようやく正体が掴めて一度は安堵した両親も、次第にその表情が険しくなっていく。
症例が少なく、治療法が確立されていないこと、徐々に感覚や身体機能が失われていくこと、そして必ず死が待ち受けているということ。何か助かる方法がないかと調べるほど、治療不可能という現実を思い知らされたのだから。
今まで気を張りすぎていたのだろう。
それ以来、両親は糸が切れた操り人形のように活力を失った。父親は喜怒哀楽を表さなくなり、母親は私を見るたびに涙を流していた。
もう、誰もが限界だった。
ここから先は私の手で進めた。面談をしている時に、医師がこう呟いたのだ。こういった治療不可能な患者を集めて、新しい医療の形を模索している施設があると。
私はその話題に食いつき、詳しい話を聞き出した。隔離施設、人間の尊厳、緩和医療。難しい言葉もあったが、おおよその理解はできた。
そこに行けば、すべてが丸く収まるじゃないか。私という異分子が消えれば、何もかも元通りじゃないか。
その施設に行きたいと、自分から申告した。医師の返事は歯切れが悪かったが、それからすぐに効果があったことがわかる。医師が両親にそのことを話したのだ。私に施設行きの話が来るまで、そう時間はかからなかった。
それから話は驚くほど速く進んだ。絶望的な目をしていた両親にも活力が戻ったようで、着々と準備をしていた。再び家の中が明るくなったのだ。私を追い出すことを考えて、両親はとても清々しい笑顔を湛えている。
私はようやく安心した。やはり私が重荷となっていたのだ。私がいなくなるとわかっただけで、この有様だ。
もしかしたら近い将来、私に弟か妹ができるかもしれない。
もちろん、その存在を私が知ることはないのだけれど。両親はそちらに今まで出せなかった分の愛情を注げばいい。私の存在を完全に消し去って、お前は一人っ子なんだよと言い聞かせて育てればいい。
すべての準備が整い、私は学校を中退した。
あの子に別れを告げることなど、どう考えたってできるはずもない。あの日以来、まともな会話など一つもしていない。目が合えばすぐに逸らされてしまうのだから。
退学の手続きをするためだけに学校へ顔を出し、わずか三十分足らずで最後の登校を終えた。
施設までは、そこの従業員が車で送ってくれた。両親は車に荷物を詰め、家の前でいつまでも手を振っていた。私も手を振り返したが、見えなくなるとすぐに手を下ろした。きっと、向こうも同じことをしていただろう。
両親が施設まで付き添うことはなかった。最初からその発想が話題の中になかったのだ。意識して避けているようにも思えたが、推測にすぎない。私から付き添いを拒絶したわけでもない。ただ自然な流れでそうなったのだ。
こうして私は、この白い牢獄へ入居した。両親は最初の頃こそ熱心に手紙を送ったり会いに来たりしていたが、どれも長続きしなかった。私が拒絶したというのもあるが、変な義務感に押し潰されそうになったのだろう。
そんなもの持つ必要などないというのに。持った時点で何もかもが壊れているというのに。
入居してからは、何かを考えるということを放棄した。表情も消え、ただ毎日を過ごし、着実に死へと歩き続ける日々。
そんなある日に出会ったのが、食堂のおばさんだ。ここで過ごす気力を与えてくれた人。私にとって恩人とも呼べる人。
いつものようにベッドで寝転がることに飽きた私は、施設内を散策することにした。あてもなく歩いていると、不意に漂ってきた食べ物の香りに鼻腔をくすぐられた。健常者ならば美味しい料理を想像して唾液を出すのだろうが、私は違う。ここに来てからまともな食事をほとんどしていない。
周囲を探すと、すぐ近くに食堂があった。ここが発生源なのだろう。入口には準備中の札が掲げられている。今は仕込みの最中ということか。いくつかの調味料が混ざった匂い。和食だろうか。母親が作ってくれたものとは、少し異なる気がする。
動機は単なる気紛れとしか言えない。私は誰の姿も見えない食堂に入ってみた。
丁寧に磨かれた椅子と机を横目に、奥を目指す。カウンターは半分が席として使えるようになっており、椅子が並んでいる。残り半分は受付になっているのだろう。ここで注文した物を受け取り、食器を返す。そんな光景が目に浮かんだ。
「おや、お客さんかい? ごめんね、もう少しで準備できるからね」
おっとりとした温かみを帯びた声と共にカウンターの奥から現れたのは、物腰の柔らかそうな女性だった。準備中の札を無視した私を咎めることなく、申し訳なさそうな笑みを向けている。
見たところ年齢は五十か六十といったところだろう。髪は白髪交じりで染めた形跡がなく、歳相応に短く揃えられている。体に無駄な肉も付いておらず、井戸端会議が似合わなそうな風貌だ。
「ほら、立ってないで座りなさいな。今お茶出してあげるからね」
私に椅子を勧め、おばさんは奥に引っ込んだ。
座りながら、自分が喋れないことをどう伝えるべきか考える。今でこそ筆談をよく行っているが、当時の私はそれを訳もなく嫌っていた。もちろん必要な道具も持っていない。そもそも伝える必要はないか──と思ったところで、おばさんが戻ってくる。
「お待たせ。はい、こぶ茶。若い子の口に合えばいいけど」
湯気を立てるこぶ茶。どうせ味なんてしないのだけど、なんだか断りにくい空気だった。すべてを包み込むようなおばさんの笑顔には、柔らかさに秘めた有無を言わせない意思がある。
備え付けられたスプーンで混ぜながら飲んでみたが、その熱さに思わず顔が強張ってしまう。湯呑みを置き、動揺を隠そうとスプーンでこぶ茶を混ぜ返した。
「熱かったかい? ごめんね。年取るとこれくらいじゃないと満足しないのよ。火傷はしなかったかい? 今度からぬるめに作るようにするからね」
見れば、おばさんもこぶ茶を飲んでいる。同じように湯気が立っているのに、それが嘘のような速さで飲んでいる。とても真似できない。
「お嬢ちゃんは、ここの住人なのかい?」
質問に対し、私は頷く。おばさんはスプーンでこぶ茶の水面を揺らしている。撹拌されたことで溢れた湯気が、私の視界をわずかに奪う。
その向こうで、おばさんはゆっくりと口を開いた。
「違ってたらすまないんだけど、もしかして喉の病気かい?」
喉の病気──それは声のことを言っているのか。
「さっきお茶を熱がっていたでしょう? それなのに何も声を出さなかった。普通なら反射的に熱いって一言があるはずなのに。それに、さっきの質問の答え方も気になった。ただ頷くだけで何も言わない」
それだけで見抜いたというのか。このおばさんは物事をよく観察している。
「結局は勘だけどさ。人生長くやってると、なんとなく相手がどんな人なのかってことが想像できるようになるのよ。それで、あたしの推理は当たってたかい?」
当たっているような、間違っているような。しかし、声を出せないという点では正しいので頷いておく。
「じゃあ、やっぱり喋れないのかい?」
再び頷いた。首を振って対応するのが、だんだん面倒になってくる。短時間で脳や目を何度も揺らすと気分が悪くなるからだ。
「ちょっと待っててね」
そう言って奥に向かったおばさんが、しばらくして何かを持って来た。
「これ、よかったら使って。余り物だけどさ」
私の前に置かれたのは、大学ノートと黒のボールペン。これで筆談をしろということか。
手に取って質感を確かめる。わかったことは、これらが新品だということだ。ノートの中身は真っ白で、ボールペンのインクは上まで真っ黒だ。もちろん埃なんてかぶっていない。
それっきりおばさんは何も言わなかった。私は与えられた物を見続ける。
「じゃ、あたしは準備に戻るわね」
やがておばさんはそう言って立ち上がり、奥へと消えていった。すぐに戻ってくる様子はなく、代わりに私の周りには空腹感を誘う香りが満ち始める。
私は食事の準備ができるまで、そこで待つことにした。お腹が鳴るという経験を、その時とても久しぶりに味わったからである。おばさんの作る料理を食べてみたかった。
そして、私はおばさんの料理を食べた。その大半を残した食後、味覚を失ったことを伝えたのだが、おばさんは必要以上の同情をしなかった。
「そうだったのかい……それなのに、食べてくれてありがとね」
その距離感が気に入り、私は食堂に行くことが多くなった。
ノートとボールペンは、使い切るたびにおばさんから新しい物を貰っている。今ここにあるのはノートが三冊目、ボールペンは四本目だ。古い物は机の中に保管してある。
それからいくつかの季節を過ごした後に、隣で私の話を聞いている彼女と会うことになるのだけど──それは話さなくてもいいだろう。彼女だって知っていることだから。
*
『これでおしまい』
長文を書くのは疲れる。要点だけをかいつまんで書いたつもりなのだが、それでもかなり長くなってしまった。
私は息をつき、ノートとペンを手放した。手首を振り、疲れを飛ばす。
「お疲れ様。もう、喋らなくていいよ」
私を気遣う彼女の言葉。そこでは、文字を書くことを「喋る」と表現した。喋れなくなった私にそんなことが言えるなんて。
でも、不思議と嫌じゃない。まったく、彼女には敵わない。
「話してくれて、ありがとね。なんか、嬉しくなっちゃった」
文字を書き続けていた手を撫でられる。掌全体を使わない、指先だけの接触。
だから、もどかしくてたまらない。彼女から手を伸ばしてきたくせに、控え目な態度を見せる。積極性と消極性の同居だ。
そんな考えが通じたのか、徐々に彼女の手全体が私の手をなぞり始めた。傷だらけの硬い感触。それがなぜか心地良いので、しばらく甘えさせてもらうことにした。
私は今、とても穏やかな表情を浮かべていることだろう。
ここに来た当時には考えられなかったような、心の底から溢れる安らぎを滲ませながら。




