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8:悪く除去される名声

※変態注意報。ほどほどに薔薇注意報。グロ注意報。深読み注意報。

 その辺りに抵抗のある方はブラウザバック。お気を付け下さい。

 全員殺したはずなのに、まだ奴らが生きている。怒った声で騒いだ奴ら。その血走った目。ああ、また殺さないと。僕は無我夢中でナイフを振り回す。でも駄目だ、抱き付いてきた姉さんに僕は抑え込まれていた。

 これは姉さんじゃない。それに気付いたところで、姉さんが道化師へと変わる。


「ここにいなよファイデ。現実なんて思い出しても良いことは何もない。このまま目を閉じて。深いところまで眠るんだ」


 じっとしていろ。その時が来るまでこうして抱きしめていてあげる。そうすれば何も痛いことも、辛いこともないんだからと。このまま優しい死の眠りに身を預けなさいと奴は甘く囁いてくる。


(僕は……)


 ああ、心地良いな。道化師の言葉は。瞼が段々重くなる。

 そうだ、このまま夢を見ていよう。明日になれば、明日になれば。僕は健康になる。姉さんが生き返る。そんな、あり得ない妄想。前にもした覚えがある。

 銀色のナイフを見つめる内に、なんだかそんな気になった。何も変わっていないのに、非力な僕が強くなる。これさえあれば何でも出来る。どんな途方もない夢も、現実になるんだって。そんな、幻想に僕は長らく支配されていた。それが今日、終わろうとしている。

 このまま眠っていたいのに、僕の眠りを邪魔する警報。獣のような咆吼。あれはなんだ。とても近くから聞こえる。まるで僕の口の中から流れ出ているよう。嫌だ、あの声は聞きたくない。聞いては駄目だ。この夢が、壊れてしまう。


「ここにいたい!ずっとここにいさせてっ!」


 憎んでいたはずの道化師に、泣きながら縋り付いた僕。もうプライドなんて物は無かった。ここは夢なんだ。幸せな夢なんだ。少なくともこいつは嘘。存在しない存在だ。僕を傷付けない。痛くしない。きっと優しい。だってこんなに優しい声をしている。


「解った」


 優しく一度抱きしめて、道化師が僕を突き飛ばす。突き飛ばされた先には開いた扉。長い階段の下へ下へと落ちていく僕。


「でもそれには一回死んできて貰わないと」


 騙された!そう思ったときには……もう意識が夢から遠のいていた。そうだ、あの男は……人を嘲笑うのが好きなんだ。優しくして縋らせて、そこで掌返し。僕が一番嫌がることをするために、僕を現実世界へ放り投げたのだ。

 戻った意識。転がり落ちた階段は、夢の中程長くない。それでもそこは絶望の底。逃げても逃げても覚めない悪夢。道化師と同じ顔の男が、僕を見下ろし笑っていた。


 *


「逃げようとしてまた階段から落ちるなんて」


 またそうならないようにと男は気絶していたファイデの足を鎖に繋げ、退路を断った。

 鎖を引き千切ろうとしても無理だ。まだ無駄な抵抗を続けるファイデを笑いながら、男は室内の明かりを付ける。

 明るくなった室内は、声を失うような別世界。一気に血の気が引いていく。それでも気絶は出来ない。気を失ったなら何をされるかもう、見えてしまったから。

 考えたくはないけれど、嫌な想像をしてしまう。鞭や蝋燭はまだ良い。でも斧や鋸、針や剣。何に使うのか解らないような物まである。それにこの部屋、とても血生臭い嫌な匂いがする。ここで何人も、殺しているような……


「ひっ!」


 身体が震えたところで、服から何かが落ちてくる。ファイデは床に転がる物を見た。それは乾燥した、人の指。鮮やかな切り口で、切り落とされた……人の指。それだけじゃない。硝子の破片に混ざりながら、違うパーツも落ちてきている。さっき頭にぶつかったのは、これだったのだ。この男のおぞましい趣味のコレクションっ!


「い、嫌だっ!」

「ははは、暴れるな暴れるな。私は別に殺しやしないさ」

「え……?」

「唯、死んでしまった子をこうして飾ってあげただけなんだ」


 此方を落ち着かせるような甘い声。それでも頬を撫でてくるその手つきから感じるおぞましさは何だろう。死んでしまったってどういうこと?


「な、何を……」

「ほぅ、箱入り君は随分と世間知らずらしい。自分が知らないことは世界に存在しないと思っている」


 男の身であれば安全だろうという油断。それが命取りだと男が嗤う。


「君が仇だと思ったあの馬鹿が出所したのは何故だと思う?私が助けてやったんだよ。脱獄の手引きをね。さて、それはどうしてか」


 姉さんに怨みを持つあの男。その脱獄を手伝ったこの男の企みだって?

 この男はあいつが死んでも眉一つ動かさなかった。あの男を目にかけていたわけではないようだし、好き好んで助けるようには思えない。


「あの街には可愛い看板娘の居る仕立て屋がある。しかしそこの箱入り息子もなかなか可愛らしいとの噂。一度私も見に行った。そうだ、君はなかなか悪くない」

「え……ええと」


 何だろう。褒められているというのに全く嬉しく無いどころが、肌がぞわと総毛立つ。


「しかしね、君を迎え入れるには色々と準備が要る。あそこには随分と警戒心の強い娘が二人もいたからね」


 ファイデが店にいることは珍しい。オーダーメイドの客のためやむを得ずと、他の誰かに連れられて店に来た時でもなければ店には殆ど出向かない。日中工房にはお針子達が居る。夜になれば一家が戻る。だから隙がない。


「あの馬鹿は工房の場所を知っていた。街の奴らはあいつの事件を警戒してか、よそ者に場所は教えてくれなかったからな、聞き出す必要があったんだ」


 そのためにあの男を脱獄させた。男はそう言う。ここまで聞けばいい加減、男の狙いも解ってくる。それでも解りたくなどない。鎖に繋がれていても、逃げ出したい気持ちはやって来る。


「さぁ、見てご覧。あれを覚えているか?そうだ。君が作った服だ。くくく……この日のために作られたなんてあの日の君は知らなかっただろう?ははははは!」


 いそいそと男が取り出すドレスは、純白の白。それを見て思い出した。確かにこの服は僕が作った。それは余りに小さなウエディングドレス。それも可哀想なほど胸が無いような女の子のための服。だから僕はそれが……幼くして死んでしまった子のための、死に装束だろうかと考えた。たまにそういうオーダーも来る。嫁ぐ前に死んでしまった娘のためにという親が、仕立て屋を訪れることはそう稀なことでもない。それでもそんな服を今、自分が着せられることになるだなんて。


(僕は死ぬんだ。この男に殺されるんだ……)


 この男は殺すのが第一の目的じゃない。第一の目的を楽しむ内に、相手が死んでしまうんだ。それって殺されるより酷い。痛めつけられて苦しくて、でも逃げられない。じわじわと嬲られ殺されていくんだ。怖い、嫌だ、逃げたい。目には涙が浮かんでくる。殺して、殺して、早く殺して!


(高飛車ピエロ。早く僕を攫って!殺してくれ!お願いだ!)


 幾ら願っても、夢魔の夢は現れない。吐き気のするような現実が目の前に広がっている。泣き叫んで許されるのなら、もうそうしたかった。でも、出来ない。姉さんは何故殺された?こんな愚かな男の欲望のために、利用されて殺されたなんて許せない。


(そうだ、出来ない。お前なんかの行いに、涙するのは屈するようで……)


 僕は弱い。解ってる。無力だってのも事実。それでも、ここで泣いてしまったらそれを認めたことになる。認めて堪るか。こんな奴に、負けて堪るか。こいつが現実世界の高飛車ピエロ……姉さんを死に追い込んだ張本人なんだから。


「何故殺したっ!あの子が何をしたって言うんだっ!!」

「いい目だ。その目が何時まで保つか、見物だな」


 嬉しそうに笑った男が、僕の服へと手をかける。人の肌を鑑賞するように触り眺めて、仕立てた服を着せてみる。勿論、それで終わりじゃない。男がナイフを手に取った。僕が落としたナイフじゃない。それでも心を切り裂くために、男は凶器を手に取った。

 泣くものか。そう誓った決意も、直ぐに破られ僕の口から悲鳴が上がる。助けてと叫んだ先には大きな鏡。


「復讐は聞き心地良い旋律ですが……悲しいかな返り討ちの無力な君に似合いのドレス」


 何時の頃から、男の声に紛れて道化師の声が聞こえるようになる。それと一緒に遠くから、泣いているようなヴァイオリンの音色が聞こえた。いや、近い気もする。それじゃああれは僕の声?


「羞恥心の赤い糸が、君の肌に良く馴染んだでしょう」


 道化師は誰を笑っているのか。僕かそれともこの男?白いドレスが赤くなるまで、男の遊びは続いた。ここまで来るともう笑いが込み上げてくる。もう笑うしかないと。

 白い糸はね何色の生地にも馴染みよく似合う。それが服作りにおける僕の口癖だったのに、今では嫌なことを思い出しそうになるよ。針で縫われた布は何時もこんな気分だったのだろうか。もう一着の服も作りたくない。針で穴を開ける度、僕は今されていることを思い出すだろうから。白い色は嫌いだ。白い服も白い糸も大嫌い。赤い色。赤い色は良い。もっともっと、流れればいい。そうすればここから逃げ出せる。


「そうか!そんなに良いか!」


 気が触れた僕の反応に、気をよくした男が笑う。鏡の中で僕も笑った。僕が丹誠込めて作ったドレスもボロボロで、あちこちが剣で切られていた。服から露出した肌には幾つもの傷がある。鞭で打たれた傷、蝋で火傷した肌。その程度でもう悲鳴も出なくなった僕のために、あいつは今度は糸鋸を手に取った。楽器を奏でるように、後ろから僕を抱きかかえ、赤い線を引いていく。再び悲鳴が戻った僕に満足し、男は奏でる速度を上げる。

 現実と幻想の違いって何だろう。僕が今見ているもの。その全てが悪い夢のように思えた。だって、普通こんなことありえない。あってはならない。こんなこと、本当のわけがない。そう思いたい。どうしてかな。この状況は姉さんが攫われたあの時に似ている。


(姉……さん)


 鏡の中から彼女が見ている。情けなく可哀想な僕を見ている。だけど彼女は僕を哀れまず、僕を嗤っていた。彼女を見捨てた僕への報いだと。


(そうか、僕は……姉さんに嫌われていたんだ)


 それに気付いた瞬間、ふっと意識が薄れ出す。見たくない者、聞きたくない物。その全てに蓋をして、僕は夢を見た。飛び出したなら助けられたかもしれない。ああ、そんなことはあり得ない。あり得ないから今がある。だから身の程も弁えず、幻想に囚われた。自分の力を過信した。

 ああ、でもこの期に及んで僕はまた夢を見る。これは悪い夢。こんなの現実じゃない。早く目覚めてくれって願いながら今を必死に耐えるんだ。


(あは、あはははは)


 もう、声も出ない。それでも僕は確かに笑った。鏡に映り込む自分の姿を見せられて……もう、笑うしか無くて。


(ああ……)


 鏡の奥に、移り込んだ影。道化師が僕を見ている。僕を見て、奴は嗤った。

 この時を待っていたと言わんばかりの満面の笑みを浮かべて。


「死へようこそ、ファイデ。歓迎するよ、今日から君も僕の従者だ」


 ここにいさせて。確かにそう言った。悪魔は約束の言葉から僕を絡め取るように、鏡の中から手を引いた。身体から引きはがされていく僕の魂。もう痛いことは何もなかった。

 高飛車ピエロは僕を死に招いた奴なのに、どうしてだろう。ほっと口から出る安堵の息。全てから解放されたような安心感。死んだ僕はもう、不運や病に悩まされることもない。自由に何処でも行けるんだ。そう思うと早速、向こうの方から楽しげなパレードの音楽が聞こえてくる。心がウキウキしてくるような、明るい曲だ。


「さ、こっちにおいで。案内してあげよう」


 そう言って、道化師が笑った。初めて見るような……とても優しい笑顔を浮かべて。

 だけど捕まれた腕は冷たい。その冷たさは僕もあいつも死んでいるのだと、教えてくれるようだった。


 *


 ファイデの足取りを追って、ルベカは街を出た。ミディアもそれには付いて来た。あの時自分がドジをしなければ、そういう罪悪感もあるのだろうが、彼女はソルディのことを引き摺っていたのだ。自分の所為で死んだソルディ。その弟まで死なせたら、目覚めが悪いなどという話ではない。まともな神経を持った人間なら首を吊ってもいいところ。

 とは言え、ミディアはまだ生きている。ルベカがそうであるように、現実を現実として受け止められていないのだ。


(嘘よ嘘。こんなの悪い夢なのよ)


 ルベカは唯呆然と、その風景を眺めていた。隣に並んだミディアも同じような顔。唯、先に我に返って泣き始めたのは彼女の方だ。


 「ルベカちゃん……」


 それでもそれ以上は何も言わない。言ってはならないと思ったのだ。それはそう。彼女より今、私の方がずっと悲しんでいる。少なくともミディアは彼に恋はしていなかった。

 彼の姿を見たという人の話を追って、ようやく追い着いた。そう思ったのに、彼の居るはずの街に着いたその朝に……私達は彼の亡骸を目にしたのだ。


 「こりゃ、酷い……」


 事件を追ってきた警部も、思わず目を背けるようなその惨状。道端に捨てられた少年の亡骸は、真っ赤に染まったボロボロの婚礼衣装。所々から覗いた白い肌も、無数の傷跡により赤く刻まれている。まるで、拷問に掛けられたようなその傷の中で、最も酷いのは……ギザギザの刃物で切り裂かれたような大きな傷。それは首や腕、腹や足の間や背中にも。それでも、おそらくは首の傷が致命傷となったのだろう。


 「ルベカちゃん……今は」


 ソルディを追ったファイデが死んだ。もしかしたら今度は自分たちが。そうならないためにもまずは体と心を休ませなければと彼女は言う。落ち着くために休もうと、ミディアが宿を取ってくれたが寝付けるはずがない。身元の確認のためと、ミディアは警察に向かった。一人になると、急に悲しみに押し潰されてしまう。


 「うっ……ううううああああああああっ!」


 発見現場から離れた宿にも、噂話は聞こえてくる。根も葉もない噂。それを晴らすためにミディアが出掛けたのだと解るが、それでも聞くに堪えない噂達。


(私は……馬鹿だ)


 これはこれまで人の噂を面白がって、彼に話した報いなのだろうか?彼をからかうために、喜ばせるために……私は他人を根も葉もない噂で嘲笑っていたのかも知れない。彼らもそうだ。私と同じだ。何の悪意もなく、他人のことを邪推する。やれ痴情の縺れだ、背徳の恋だ、遊ばれた馬鹿な男娼だ。そんなこと絶対にあり得ないのに。彼はあの男に攫われて、殺されただけ!


 「私っ……私はっ!」


 唯、貴方のことが好きで。大好きで。本当に、それだけだったのに。どうしてこんなことになるの?


(ごめん、ごめんなさい……っ、ファイデ君)


 私もあの噂を広めた一端。私が彼を、ソルディを死に追いやったも同然だ。ソルディにあんな話しなきゃ良かった。ソルディが死ななければ彼だって死ななかった。ソルディの死をちゃんと悲しめる心があったなら、ファイデ君を道化師の幻想に取り憑かせることも無かった。全部私が悪いんだ。


 「よく解ってんじゃない」

 「ソルディっ……!」


 人の心を読むように、適確に発せられた言葉。それは懐かしい少女の声。顔を上げると隣の寝台に俯せに、両足を折っては伸ばしを繰り返し遊ぶソルディが見える。彼女の服は何時もと違う。ファイデのデザインした服ではなく、スカート丈もかなり短い。そのヴァイオリンを思わせる不思議なデザインの服を纏ったソルディには影がなく、シーツの上には新しい皺など一つも見受けられない。


 「……っ、貴女のために泣けなかった私を怨んでいる?だから彼を連れて行くの?私なんかに絶対渡すもんかって!!」

 「ファイデは泣き虫でしょ?私のことで悲しませるのも可哀想だし、傍に置いてあげるのが優しさってものよ」


 自意識過剰じゃないの?と彼女が私を嘲笑う。まるであのピエロの感化されたみたいに嫌な笑い方。


 「でも安心して。カイネスはあんただけは絶対に攫ってあげないって」


 だから私がここに来たのよ。ソルディはもう一度、ルベカを見つめてにたりと嗤った。

前回と今回のタイトルはまたfaid millerのアナグラム翻訳。

しばらくファイデを探偵役にしたせいで、ソルディ事件の詳細はあんまりまだ描写できていませんね。その辺はソルディ本人の回想に任せましょう。

次回からようやくロンド達がメインになれるかな。


とりあえず、歌詞の通りソルディは「目隠して目には見えぬドレス纏わせて放り投げりゃ、明日には仕上がった笑いものが川を流れ逝く」とのことで、裸のままうろついてたら攫われて暴行、後の自殺。

ファイデは「返り討ちの非力な君に似合いのドレス、羞恥心の赤い糸が君の肌によく馴染んだでしょう」ってところから女装の羞恥SMプレイ的なあれを想定してました。なんて歌詞書いてしまったんだ。いや、道化師はさらりと毒吐くというか、深読みすると酷い歌にしたかったんだ。


でも誰より、小説にするときに自分が困った。なんて物を作ってしまったんだって。

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