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6:穏やかなライフル。それから、狙いを定められたフリル

※深読みするとエロ注意なのか。一応警告。

 「犯人は何人いたのかしら?」

 「さぁな、でも一人や二人って話じゃないんだろうよ」

 「まぁ、怖い!でも犯人の目撃情報も上がらないって言うんだから怖いわね!犯罪者が野放しになってるってことでしょう?それもあんな小さな子を襲うなんて、くわばらくわばら」


 飛び込む少女の目は虚ろ。それを思い浮かべる少年……ファイデの瞳ももう虚ろ。死にたくなる程の暴行を受けたのだ。薄笑いを浮かべながら、世界を自分を嘲笑ったと人は言う。河原に引き上げられた水死体。彼女は身一つで、何も身体に身につけず。裸の王様だって、ここまで惨めな姿で外は歩かなかったことだろう。


(殺したんだ。あの男が、姉さんを殺したんだ)


 道化師は夢魔。夢で人を操る悪魔。それなら彼女自身に服を脱がせるくらい容易だろう。そんな意識がはっきりしない裸の女の子が道端を歩いていればどうなるか。想像は難くない。その後彼女を攫い乱暴した人間は、現実世界の人間だ。

 夢の世界から現実に戻ったソルディは、自分の身に起きた出来事を受け入れられなかった。だから自ら命を絶った。道化師が導いたとは言え、道化師は人間ではない。現実の何処にも居ない。


 「ふっ……はっ、はははははっ!あははははっ!」


 膝が笑って、へたり込む。涙が溢れて止まらない。それでもファイデの口は笑い声しか作れない。


(間に合わなかった……)


 悔しかった。どうして間に合わなかったのか。噎び泣く内咳き込んで、今度は咳が止まらなくなる。


 「げほっ……ごほっ」


 そう言えばと、ファイデは思う。

 思い出したように身体が怠い。何処から夢を見ていたんだ?僕は昨夜を外で明かしたことになる。そりゃあ風邪も引くだろう。


 「ファイデ君!」

 「ロンド……さん?それに、ファウストさんも」

 「良かった……無事で」


 新聞を見て今朝の事件を知ったのだろう。川沿いの道でお針子の二人と再会した。

 ファウストはわんわん泣いて……ソルディとファイデへの謝罪を狂った蓄音機のよう繰り返す。ファイデが無事であることを知り感極まったロンド。彼女は涙を浮べて此方に抱き付き、しかし直ぐにファイデの異変に気付いた。


 「凄い熱……、無茶するんだから。ミディア、あんたの家ってこの辺よね?」

 「ひっく……うん、ファイデ君。休んで行って……私、それくらいしか出来ないけど。あ、こっちこっち!」


 有無を言わせぬお針子二人に担がれて、ファイデは隣町で身体を休めることになる。女の子らしいファウストの部屋に通され、何とも居心地の悪い寝台を見せられた。普段女物の服を作っている身でも、ここまで可愛らしい部屋では気が休まらない。異性の部屋に上がり込むなんてこれが初めてだ。緊張している自分に気付き、ファイデの口から深い溜息が零れてしまう。


(姉さんを亡くしたっていうのに僕は……)


 女の子の寝台に寝かせられたくらいで緊張するなんて、言い訳だ。現実逃避をして居るんだ。姉さんの死から、悲しみから目を逸らしたくて、違う気持ちに引き摺られていく。


(あ……)


 その緊張も寝台に転がされるまでだ。急な眠気と疲労に襲われ、すぐに瞼が重くなる。その間にお針子達が何やら騒いでいるようだったが、そんなことはどうでもいい。今は泥のように眠りたかった。


 「ちょっと待って!ファイデ君びしょ濡れ!こんな格好のままじゃ風邪悪化しちゃう!」

 「ミディア、何か着替え貸して貰える?」

 「あ、うん。私のお古だったら入るかも」


 *


(ここは……何処だ?)


 冷たい雨に打たれながら、暗い夜道をファイデは歩く。それでも雨の冷たさを感じない。自分は夢を見ているのだろうか?ぼんやりとした意識の中、そんなことを考える。それでも視覚聴覚嗅覚が、これはかつてあったことだと訴える。そうだ、自分は確かに知っている。知っているはずとファイデは考え込んだ。その間も身体は勝手に夜を進み行く。


(そうだ、これは……昨日の出来事)


 昨日、現実であったこと。それからファイデは一度、幻想の中へ逃げた。目で見た物を拒絶して、現実を否定した。そうしなければ、姉を助けることが出来たはずなのに。


(僕は、また姉さんを……裏切ったんだ)


 自らの罪を突き付けるように、夢が真実を紡ぎ出す。それを今のファイデは見送ることしかできない。昨日そうしたように、夢を歩く少年の身体は決められた道筋を歩くだけの人形だ。


 「これ、姉さんのドレス……?」


 夢の中の少年が呟く。脱ぎ捨てられた服が教える道しるべ。それを追いかけて行った先、幻想の中で感じた嫌な臭いをファイデは再び嗅ぎ取った。


 「肉屋(Butcher)『Rub Etch』……?」


 しばらく物陰からその店の様子を窺うに、何かがおかしい。肉屋だと言うが、こんな夜中に人が入っていく物なのか?精肉店なら既に今日は閉店している時間なのに、次々に人がやってくる。それも閉め切られた表からではなく、人通りの少ない裏口から。おそらく姉もここから連れ込まれたのだろう。


 「……あれだ」


 高い位置にある明かり窓。資材を伝って隣の店の屋根へとよじ登り、そこから中の様子を覗き見る。どうやらここは酒を振る舞う店のよう。派手なドレスを着た女達と酒に溺れた男達が薄気味悪い笑い声を上げていた。

 その様子が昨日見た幻想の中の風景と重なって見え、ファイデは頭痛を感じ始める。


(あいつらが、昨日の仮面の喪服の化け物か?それなら道化師は……何処に?)


 頭が痛い。思い出すなと身体が悲鳴を上げている。それでも道化師の手掛かりは真実の中にしかない。


(道化師は存在する。現実世界に、姉さんを死に追いやった奴は居るんだ)


 全ての事件の犯人は現実には居ない。それでも各事件を引き起こした者は存在している。ファイデにとっての道化師は、現実にいる何者か。幻想を殺すことが出来なくとも、現実世界の犯人は……殺すことは出来るはず。

 自己満足かも知れないが、姉の仇を取らなければ自分の精神状態も危うくなりそう。罪の意識に押し潰されて、それこそ幻の道化師その幻影に取り憑かれて発狂してしまう。


(一度目の裏切りで、健康な身体を失った。二度目の裏切りは、何を僕にもたらすのか……)


 大事な人を殺された怒り。怒りの陰に見え隠れする、何とも醜い自愛の心。好きなものを好きなだけでいさせてくれやしない、深き業の海。

 好きってどういうこと?大切ってどういう意味?それは後悔と贖罪と何が違うのか。それも解らぬまま、唯姉の姿を追いかける。かっと目を見開くように深く目を閉じる。目覚めようとする肉体を押し留め、ファイデは夢の中へと踏みとどまった。

 「ひっく!さぁて兄弟っ!今日はとびっきりの上玉を仕入れて来たぜ!隣町の仕立て屋の看板娘!」

 「うぉおおおおおおおおおおお!!!」


 やがて舞台の上に現れたのは一人の男。道化師とは全く違う風貌だ。破落戸共の頭を気取るにはやや若い……小物じみた雰囲気はある。それでもあの男がここのボスらしい。歓声の中、その男が虚ろな目をしたソルディを抱き寄せ舞台へ引き上げる。飢えた獣のように騒ぎ立てる男達に、ファイデは血の気が引いてきた。


 「流石兄貴だっ!悪だぜ悪っ!こんな小娘攫うなんて俺には怖くて真似出来ません!」

 「しかも、もう脱がせてるだ何て気が早い!」

 「仕立て屋……?兄貴が前に、盗みに入ったっていうあの店の娘ですか?」

 「兄貴が捕まったのは、この娘の所為だったのか」

 「うるせー!人の古傷抉んな!……っひく!俺はこいつの所為で随分と苦汁を舐めさせられて来た!だがそれももうお終いだ!ある者は出所記念!ある者は脱獄記念!最高の門出にしようじゃねぇかお前らっ!この俺の二度目の覇道のためにっ!」

 「うおおおおおおおおおおおお!」


(~~~~~~~~~~~~~~~っ!)


 吐きそうになった。叫び出しそうになった。それでも口を両手で覆い、必死にそれを拒んだ。それは昨日の自分も同じ事。そっくりそのまま繰り返す。現実逃避が始まった。現実世界を否定した。そうだ、これが原因だ。

 店の中には屈強な男が何人もいる。飛び込んだところで敵わない。自分がどうなるかも解らない。殺されるかも知れない。それを理解した上で、彼女を助ける勇気がなかった。


 「そうだね。だから君は僕の世界に、幻想の中へと逃げた」

 「道化師っ!?」


 突然割り込んだ声に驚き振り返る。もはや声だけで奴だと解る。疑う余地もない。屋根の上、薄ら笑いを浮かべたあの男がファイデの傍らに立っていた。


 「君は羽をもがれた鳥だ」

 「……は?」

 「空を知る君は、窓の中何を思って青を見る?自由を知った君に与えられた不自由。君の人生はあれから常に幻想と共にあった」

 「お前は、何を……」

 「あれからずっと不運な君は、何時だって嫌なことばかり。嫌なことに慣れた。慣れたのは何故?嫌だと感じなくなった。心が麻痺をする。痲薬が妄想。それこそが僕!君が愛した幻想なのさ!」

 「わけが……わからない」

 「いいや、君は解っているはずだよ。今だって君は夢と現を同時見ている。それでも君は望んだ世界しか見ようとしない」

 「そんなことはないっ!僕はっ……僕はちゃんと現実を生きているっ!僕はファイデ=ミュラーっ!姉さんが居てっ!父さんと母さん!ロンドさんとファウストさん!みんながいる仕立て屋で……っ」

 「ちっちっち。間違ってるよファイデ君。君の姉さんは、“もういない”!昨日君が見捨てたんだから!」


 けたたましく嘲笑う道化師の声。その向こうからドボンと音がした。思い切り何かが水面に叩き付けられる音が。


 *


 「姉さんっ!」


 冷や汗を掻きながら飛び起きた寝台の上。ファイデははっと目を覚ます。

 現実に返ってきた。そう安心したのも束の間。寝台には薄ら笑いを浮かべた道化師が腰を掛けていた。


 「やぁ、今ぶりだね」

 「何しに来た……っ」

 「そりゃあ勿論、君を攫いに」

 「……え?」


 言われた言葉の意味が理解できず、ファイデが戸惑う間に、道化師はファイデを抱え上げた。冷たいその腕に身震いをする様を、間近で凝視されている。気持ち悪い。逃げ出したいと暴れるも、悪魔は腕を放さない。


 「今日、笑っただろう?僕のことを」

 「違うっ!」

 「そう?笑ったと思ったんだけどなぁー」


 予想外に軽い調子で道化師は、否定の言葉を受け入れる。それでも勘違いだったとファイデを解放する気はないらしく、そのまま窓から外へと向かい出す。


 「まぁ、それは今は保留にしておこう。君はあの男に復讐したいんだろう?残念ながら君に僕は殺せないからねぇ。せめてあの連中だけは殺したい。そうだろう?」

 「そうはさせないわっ!」

 「おや?」


 勢いよくドアの向こうから室内に飛び込むファウストと、窓の外から松明を振りかざすロンド。遅れてファウストは、道化師に十字架を突き付ける。


 「ソルディちゃんだけじゃなく、ファイデ君にまで酷いことしないでっ!」

 「あんたのパターンはお見通しよ!」


 自分を睨む二人の少女を目に留めて、道化師は初めて我が身を嘲笑った。


 「くっくっく……ああ、神よ!貴方という人はっ!!」


 笑い止まない道化師に、ファウストはそっと近づき涙の浮かんだ目を向ける。その頬にうっすら赤みが差している訳に気付いたのは道化師と彼女自身だけだろう。


 「貴方は私を殺したかったんでしょう!?ファイデ君の代わりに私を攫って!ファイデ君を死なせないでっ!」

 「何馬鹿なこと言ってるのミディア!こんな奴にこれ以上連れて行かれて堪るかってのよ!」


 ファウストの悲痛な願いにも、道化師は彼女を一瞥しただけで、その後彼女を鼻で笑った。その後一度もファウストは見ずに、道化師の視線は燃えるようにギラギラと……松明を手にしたロンドを見つめる。


 「美しいお嬢さん、貴女はこの子の助命を願わないのですか?自分の命と引き替えにとは」

 「何言ってるのあんた。そんなの意味が無いじゃない。どうしてあんたなんかに私か彼をくれてやらなきゃならないの?その前提がまずおかしいわ」

 「ふっ……なるほど。でも奇遇ですね。攫う僕にも僕の趣味がある。選ぶ権利はあるわけです」

 「はぁ?」

 「お嬢さんの年齢では、僕のストライクゾーンを越えていると言ったのですよ」

 「なっ、何ですって!?馬鹿にしてるの!?」

 「ええ、勿論」


 可憐な少女二人を前に、「お前ら攫うよりこっちの少年の方が攫い甲斐ある」と言ってのけた道化師。その横暴にロンドは怒り、ファウストは肩を落として落ち込んだ。

 窓から飛び込んでくるお針子に背を向けて、道化師は気の抜けたファウストの脇を走り抜け、あっと言う間に逃げ出した。


 「何やってるのよミディアっ!早くっ!ぎゃああっ!何すっ転んでんのっ!しかも私のスカート踏むなぁあああああああああっ!」

 「ご、ごめんルベカちゃん!きゃっ!」


 「あっはっは!連携がまるで取れてないんだなぁ。あの二人とは大違いだ」

 「あの二人……?」


 後方の娘達を嘲笑った道化師にファイデは首を傾げるが、道化師は唯笑うだけ。


 「そんなことより、出発だよ」

 「出発って何処に?」

 「あの男が潜む街へさ。彼らはもうこの街には居ないから。君が現実で追いかけたところで追い着くのは難しいからね、ほんの手助けだよ」

 「どうして、姉さんを殺したお前が僕を助ける?」

 「言っただろ?僕は幻想。いつだって君の味方さ!これまでだってそうだったじゃないか」


 にたりと笑った道化師の、その腕が温かみを帯びてくる。生きた人間の温度をもって、今ファイデを抱きかかえ走る。その笑顔は胡散臭いことこの上ないのだが、声だけならば心地良い。甘く優しい声色だ。

 何を信じるべきか、疑うべきか。夢と現の狭間で、悩む少年は目を瞬いた。それで目を覚ましたのか、眠りに落ちたのか。それさえ、もう解らない。

A Mild Rifle穏やかなライフル

Aimed Frill狙いを定められたフリル


faid miller ファイデ君のアナグラム。745個ありました。

タイトルがカオスになっていいね!

その中でも内容の伏線に繋がる物を抜粋。偶然の中から必然を選ぶ作業が楽しい。

肉屋もButcherをRub Etch。声に出すと日本語的には卑猥でいいなと。


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