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4:歪んだ鏡と折れた針

 「物騒ねー……殺人事件。被害者は若い女の子か……昨日の今日でこういうのは流石に話せないかな。没!……ん、こっちのは山の村で逃げ続けた巨大羊発見か。これいいな。ウールどのくらい採れるかとか考えて笑ってくれそう」


 ルベカ=ロンドの朝は早い。

 食事を作りまずは新聞をチェックして、最新のネタを仕入れる。通勤途中も常に、道行く人々の話に耳を澄ませて面白そうな噂がないかをチェックする。

 その理由を問われたならば、愛故に。それ以外に答えようがない。

 ルベカの片思いの相手は体が弱い。あまり外に出て遊んだり出来ない子。だから何かと世間に疎い。同世代の友達なんて殆ど居ないんじゃないだろうか。いたとしてもそれは女ばかりの職場だから、異性の友達ばかり。それでも女の話題ばかり付き合わされてもつまらないだろう。だって大抵の子は何処何処の通りのあの店の人が格好いいとか、ナンパされただとかそんな恋愛話ばかり。そんなお姉さん方の聞き役に徹する毎日はあまりに退屈だろう。彼の退屈が少しでも吹き飛ぶような話をしてあげたいと思うその心に、ほんのちょっぴり下心がないとは言えない。彼は怖い話が苦手なのだ。震え上がって涙目になる。その顔がまた、可愛いのだ。だからついついからかいたくなる。

 それから……怖がるときの心拍数。それが恋の胸の高鳴りと勘違いする釣り橋効果。あれを狙って彼の恋心を刺激したいという企みもある。……もっとも、そんなことばかり続けていたら苦手意識を持たれそうなので、たまには彼が素直に喜びそうな話題も拾っていかなければ。飴と鞭。この使い分けが必要なのだ。


 「新作の広告のあれ……秋っぽくて良い感じ」


 折り込みチラシには活版印刷による広告が何枚か。その内の一枚に、ルベカの勤め先である仕立て屋の物もある。最近は売り上げも好調か、こんなことも始められるようになったのか。


(ま、それもそうよね)


 仕立て屋の息子、ファイデはなかなか将来有望な若者だ。彼のデザインした服はそこそこ人気がある。看板娘がそれを着て宣伝して回るだけではなく、仕立て屋ミュラーの一ファンでもあるルベカは自主的に店の服を着る。仕事外でも宣伝に貢献してやっているのだ。

 素朴な色合いを好むファイデのデザインも良いのだが、ルベカの好む服の色はまず人目に留まる。そうすれば多くの人にもっと服のデザインを見て貰える。

 ソルディと売り上げ貢献合戦をしていたことが、店のためになったのなら自分も嬉しい。好きな人のために尽くすというのもなかなか楽しいことであり、幸せなことだ。そういう気分に浸ること。ルベカはそれが好きだった。


(でもやっぱりこのデザインなら赤だと思うんだけどなぁ)


 ルベカ=ロンドは赤い色を好んでいる。この店に最初に足を運んだのもそういう縁だ。

 街で見かけて気になった服が仕立て屋ミュラー製であることを知り、それを赤色に直したオーダーメイドを頼みに行った。それが彼との出会いだった。

 その素晴らしいドレスを作っているのが、あの幼い少年の白くて小さな指だと知って、随分とルベカは驚いた。彼の才能に惚れたと言うのは半分建前。


(それにしても何であの子あんなに可愛いのかしら。今日も出勤が楽しみだわ)


 服の注文が来たと知って、無邪気に大喜びする少年の、その笑顔にルベカは一目惚れ。その帰りに店先でお針子募集の張り紙を見つけ、再び仕立て屋に飛び込んだ。そして「ここで働きたい」のだと強い熱意を伝えたところ、気の良い仕立て屋夫妻は「そんなにうちの服を気に入ってくれるとは」と笑いすぐに雇ってくれた。しかし……その一部始終を見ていたファイデの姉、ソルディだけはルベカの下心を察したようで、何かと風当たりが冷たい。どうやらあの女はああ見えて、かなりのブラコンであるらしいと、ルベカは評している。

 何はともあれ、職場環境はソルディさえ居なければ最高と言っても良い。元々手先は器用だし、すぐに仕事は飲み込んだ。もしも彼が頼んで来るのなら、ソルディに代わってモデル役でも引き受けても構わない。メジャーなど使わずに寸法測らせてあげても良いのにと、言ったところでたぶんあの子には意味が伝わらない。

 実家が婦人服屋であるため女慣れしていると言うのか、仕事の一環が嫌らしい発想に結びつかない位職人気質?唯幼いだけ?どちらにせよ、自慢の色気で迫ったところで攻略できないのが何とも悲しい。


(でも、そんなところも素敵!)


 惚れた弱みと言うのだろうか。もう彼なら何だって構わない。今日も愛しの彼に会えるというだけで、ルベカの足取りは軽くなる。今日も出勤時間より三十分も早く来てしまった。


 「お早うございます!旦那さん、女将さん……あら?」


 いつもなら笑って迎えてくれる二人が居ない。早すぎると怒るソルディも居ない。工房にいたのは……いつもと雰囲気の違うファイデだけ。


 「どうしたの、ファイデ君?」


 顔色が悪い……というより寝不足か?ずいぶんと窶れた顔をしている上に、彼の身体は小刻みに震えている。


(あちゃー……私まずった?)


 高飛車ピエロの話の所為か。まさか本当にここまで怖がるとは思わなかった。彼の寝不足と不調はそのためだろう。此方に向かってくるその歩みもふらついていて危なっかしい。案の定転びそうになる彼を抱き留め、その安否を確かめる。


 「大丈夫?」

 「姉さんがっ……」

 「姉さん?」


 おかしい。この子はいつもソルディを「お姉ちゃん」と呼んでいたはず。

 彼はこの年齢にしては無垢というか素直というか……拗ねたところがない。反抗期もまだのようだし、世間知らずのためか若干幼く聞こえるその言葉を恥ずかしいとも思わない。そんなファイデが大人びた口調になった理由は何故か。ルベカは解らず首を傾げる。


 「ロンドさん……こんな事言って、信じて貰えるかっ……解らない……でも」


 随分と様子がおかしい。本当に何があったのか。元々泣き虫で臆病なファイデだが、こんな勿体ぶって泣くのは初めてだ。切実に、訴えてくるような……縋る瞳でこちらを見ている。


 「解ったわ、落ち着いて。何でも聞くから、ね?」


 まずは彼を近場の椅子に座らせて、落ち着いて話が出来るよう、台所を借りて温かなお茶を淹れる。ついでに昼にと持って来た自分の弁当を彼に差し出す。


 「まずは身体あっためて。何か食べれる?」

 「……」


 彼は首を横に振り、お茶だけ手を付ける。味は自信あったんだけど、仕方ない。食事も咽を通らない程の恐怖が彼を襲ったのだ。


 「それで、ソルディがどうしたの?見当たらないみたいで私もそれは気になったけど……」

 「高飛車ピエロ……」

 「え?」

 「信じて、くれますか?あいつが、姉さんを……僕の目の前で、攫って行ったんだ!!」


 昨日自分が話した噂。その名前が出たときは、どうしようかと思った。

 現実的に考えるなら、ソルディが朝から仕入れの手伝いでも行って、それをファイデに知らせずに出掛けてしまった。そう考える方が自然。


(だけど……)


 仕立て屋の旦那は昨日から出掛けている。遅くなるから帰りは日をまたぐと聞いた。女将は店に泊まったから、ここには姉弟二人がいなければおかしいのだ。

 到底信じられることではないが、惚れた相手がそう言うのだ。恋する乙女として、信じられないなどと口に出来る物ではない。


 「……ほ、本当に出たんだ」

 「はい……」

 「何時頃、何処で?」

 「姉さんの部屋に……夜中の十二時です」

 「十二時……」


 工房の時計を見れば、今は八時半。もう仕事が始まる時間。それなのにまだミディアもここには居ない。彼女はマイペースで時間ギリギリに来ることが多い子だが、それでも遅刻は滅多にしない。彼女も何かあったのか?一緒に歩いていたはずの彼女が、昨日はいつの間にか消えていた。

 何処かの店先に残って商品を眺めていたんだろう。一緒に話をして歩いていても、いつの間にかいなくなる。捜しに行けば道の途中で道草食ってる。あの子はそういうところがあるから、特に心配もしていなかった。それでもソルディが消えた。二人一緒に?


(いや……でもソルディは一度ここに帰ってきている)


 最後にソルディを見たのはファイデ。それならミディアのことは関係ないはず。


 「高飛車ピエロ……か」


 私が知っていることは何だろう。ルベカはそれを思い起こしてみる。

 ①高飛車ピエロを笑ったら攫われて殺される。

 ②高飛車ピエロは死んだ人間、今は夢魔。

 ③攫われるのは一度に一人。発見されるのは別の街。遠く離れた場所ばかり。

 ④攫われるのは幼い子供が多い。大体は少女だったはず。


 「確かにソルディ……そんなの信じないって馬鹿にはしてたけど」

 「……そう、ですか」

 「だ、大丈夫よファイデ君!あのソルディがそんな簡単にくたばるとでも!?大体さ、すぐに殺される訳じゃないでしょ?ほら、見て!」


 新聞の天気予報。その地図にルベカはまち針を刺す。


 「これまで私が聞いた噂だと、ここからここ。ここからここ!ってな具合に遠い街に道化師は移動しているの。すぐに殺さないって話だし犯行までは時間がある。場所さえ解れば先回りできるわ!」


 だから何なのよって話ではある。先回りなんて言っても簡単にできることじゃないし、何の気休めにもならない。


 「くそっ!」


 犯行までの時間。震えていた所為で貴重な時間を無駄にしてしまったと、ふらつく足で工房を飛び出そうとするファイデ。元々身体が弱いのに、このままではどんな無茶をしでかすか。ルベカはファイデを抱きしめ行かせない。


 「だ、大丈夫!相手変態なんでしょ?昼間からそんな目立つようなことしないわよ!移動は夜しかできないと思っていいわ!」


 また何の保証もない話。彼を安心させてやることも出来ない。それでも行かせるわけにはいかないのだ。


(だって、貴方に何が出来るの?)


 仮に彼が本当に存在したとして。相手は人間じゃないのよ。どうせ何もできっこない。それで無茶して貴方に何かあったら、私はそっちの方が心配だ。手遅れならば、ソルディのことはもうどうしようもない。まだ間に合うなら、彼女が自分で何とかしてくれる。そう信じるしかないじゃない。


 「……放せ」

 「ファイデ……君?」

 「姉さんがっ、危ないのにっ!こんなところで、じっとなんか……げほっ」


 急に大声を出すから。 冷たい空気に触れて咳き込み倒れた彼を支えて寝室へと運ぶ。その間ずっと、低く暗い声色で彼は呪いの言葉を吐いていた。道化師と理不尽、それから自らの行動を妨げるルベカに向かって。


(ファイデ君……)


 明るい色の瞳が悲しみと怒りで翳っている。一晩中泣いていたのか。さっきのあれで最後の涙が枯れてしまったのか。泣き疲れた彼の瞳は、どんよりと暗い光を宿した濁り空。


 「電話、まだでしょ?」

 「……はい、信じて貰えないと思って」

 「……そうだよね。でもとりあえず何をするにも一度身体を休めなきゃ。警察と女将さんにも連絡しないと。そうでしょ?私やっておくから。でもファイデ君が落ち着かないと私、店の方にも顔出せないわ。君ほっといたら危ないことしそうだもの」

 「……はい」

 「それじゃ、ちゃんとゆっくり休んでね。じゃないと私……」

 「解りました。ちゃんと寝ます」

 「うん。おやすみなさい。君が起きたらもう一回話聞くから」


 毛布をしっかり掛けてやり、寝息が聞こえるまで室内に留まる。その後廊下に出て、また彼が起きてこないかを数分確かめ、居間に電話を掛けに行く。

 まずは店の女将にソルディが行方不明になったことを伝え、警察にも道化師の下りは省いて連絡を入れる。直ぐにやってきた女将と警部に、話せる範囲でファイデから聞いたことを伝えるも、二人は苦い顔。


 「ううむ……何者かが侵入した形跡は見当たりませんね。お子さん達に夢遊病の気は?」

 「いいえ、あの子達はそんな子ではありません!」

 「そうですねぇ……屋根から落下したならこの付近にいるはずなんでしょうが。ご子息と話は?」

 「ファイデ君は体調を崩して居るんです!また後にしてください!」


 女将と警部の話に割り込んで、ルベカはそう主張する。仕立て屋の跡継ぎが病弱だという話は警部の耳にも入っていたのか、それはすんなりと受け入れられた。


 「では、其方はまた明日にでも伺うことにして。此方は今朝の殺人事件の犯人との関連性がないか調べてみることにします。ああ、それから……ご子息は昨晩から具合が悪かったのですか?」

 「どういうことでしょう?昨日の昼は至って普通でしたから……昨晩身体を冷やして熱でも出したのでしょうが、それが何か?」

 「いや、ね女将さん……近隣住民から、夜中にお宅の息子さんが騒いでいるという話がありましてね。夢遊病でないのなら……熱に魘されて何か悪い夢でも見ていたのではと、そう思ったまでです。確かにソルディさんが“変態!”などと罵っている声も聞こえたそうなので、変質者が出た線も無いわけでもないのですが……彼女を攫った者の声や姿に関する情報が全くないのです」

 「警部さん、まさかあの子を疑ってらっしゃるんですか!?」

 「い、いえいえ!そう言うわけでは……しかし話を聞くまでは何とも言えないというだけですよ!ははは、そもそもお嬢さんが内側窓を開けたような形跡もありますからな。ここから飛び下りたという線も……」


 警察の捜査は難航している。ソルディの足跡が屋根の上から突然消えているのだ。それを追ってきたファイデの足跡は、来て戻った分だけ残っているため怪しまれている。疑いを晴らすため話をさせるのが一番だとはルベカも思うが、今の精神状態のファイデがちゃんと話せるかどうか。高飛車ピエロの話をしたところで、まず信じて貰えない。精々彼女自身の失踪に位置づけるのがやっと。裸足で歩かれた屋根は足跡がある。それでもそこから石畳の通路に飛び下りたなら解らない。もっとも、二階の高さから寝惚けた少女が無事に着地し走り去る……その姿を誰にも目撃されないというのもなかなか難しい話。それなら子供二人の悪戯で、二人ともファイデの部屋にいると見るのが道理。

 女将は「ファイデはそんな子じゃありません」と言いながらも、一度警部に彼の部屋を覗かせる。寝ている少年が本当に具合が悪そうなことと、室内に不審な点は見受けられなかったことから、一応疑いは晴れたようではあった。


 「警部!昨晩の話ですが」

 「何!それは本当か!?」


 しかし、帰り際に現れた部下の話に警部は渋い顔つきになる。


 「昨日の事件の第一発見者がソルディさんか」

 「あの、警部さん?」

 「失礼、奥さん。新聞は見ましたか?今朝のニュース、あの殺人事件の第一発見者がお宅の娘さんのようなのです。犯人がその逆恨みに娘さんを攫った可能性はありますな。……よし、おまえ達っ!この付近での不審な人物についての情報を徹底的に洗え!」


 帰り道に犯人に脅され、何処かに呼び出された可能性もある。警部はそう結論づけて、部下と共に工房を飛び出して行く。


 「ごめんなさいね、ロンドちゃん」

 「いえ!気になさらないでください女将さん!こっちは私が何とかしますから!」


 女将さんは自警団にも捜索を頼むと言うことで、あっちこっちに連絡を取る必要があり、工房を離れた。今日は店を閉めることにしても、ファイデを一人にはしておけないとこの場をルベカが預かった。女将に代わって夕飯の仕度を終えたところで、ドタバタとした一日はもう夕暮れに差し掛かっていた。

 こんな時間になっても連絡の一つも寄越さない同僚、ミディア。彼女のことも少し心配になり、無断欠勤のミディアの家にも電話を掛ける。


 「ミディア、生きてる?」

 「ルベカ……ちゃん?」

 「あんたなにやってたのよ!こっちは大変だったのよ!!」

 「え?」


 事の次第を伝えると、大慌てで彼女は工房に現れた。何時の間にやら外は雨が降っていたのか。気付く暇もなかったが、ミディアは傘も差さずにぜぇぜぇ息を切らしてやって来た。

 ミディアも寝不足なのか顔色が悪い。一睡も出来ていないようなその顔から見るに、寝坊をしたというわけではないらしい。


 「何やってたのよあんたは」


 びしょ濡れの服を何とかすべく、タオルと着替えになりそうな服を持って来るが、着替えもせずに濡れ鼠のままミディアはルベカに泣きついた。


 「ご、ごめんなさい……でも、外に出るの怖くて……!ルベカちゃんに一緒に行こうって電話したのに繋がらないし!」

 「あ、ごめん。でも私が早めに出掛けるの知ってたでしょ?」

 「ソルディちゃんが居なくなったってっ……今度私の番かと思ってっ!怖くてっ!一緒にいてルベカちゃんっっっ!!私まだ死にたくないよぉおおおおお!うああああああん!」


 勢いよくわんわん泣きだしたミディアに呆れつつ、ルベカは詳細を探る。


 「あのさ。話がよく分からないんだけど。それで、怖いって何の話?」

 「高飛車ピエロ……」

 「え……?」


 ここでまた、その名前を聞くとは思わなかった。ルベカは今度こそ目を見開く。


 「私っ、昨日ピエロに殺されそうになってっ!そこ……っ、ソルディちゃんが助けてくれてっ!でもっ……ピエロが、私じゃなくてソルディちゃんが良いって言って!!」

 「ちょっ、ちょっと!落ち着いて!!声のトーン落として!ファイデ君寝てるんだから!」


 大泣きを始めたミディアを叱るが泣き止まない。ファイデを起こしてしまったらと心配になる。様子を見に行こうにも抱き付いて離れない荷物がいる。これを付けて行ったら確実に起こしてしまう。心配なのに見に行けないというジレンマの中、ルベカは同僚を殴って気絶でもさせようかと割と本気で考えた。


 「じゃ、あんたはあれ?一緒に死体発見現場に出会したけど、それどころじゃなかったから警察でソルディに先に帰されたの?」

 「うん、私……怖くて泣いてて。話なんか出来そうにないから警察の人に送ってもらって。ソルディちゃんだけが発見者ってことになって……」

 「じゃ、ピエロがあの子攫ったのって目撃者潰しなの?」

 「それは……違うと思う。あの人、ソルディちゃんのこと気に入ったって言って……私なんかより殺して傍に置きたいって……」


 「どういう……こと、ですか?」

 「ふぁ、ファイデ君!」


 不意に会話に割り込んだ声。これまで気配を感じさえなかったことから、目覚めた彼は脱走を図ろうとしていたのだろう。それでもミディアの言葉を無視できず、彼は此方に詰め寄った。その気迫に脅えてか、ミディアがますますルベカに抱き付いて来る。


 「ファウストさんっ!!それ、本当ですか!?姉さんは、貴女の身代わりになったってことなんですか!?」

 「ご、ごめんなさい……私っ!」

 「そんな言葉っ!……くそっ!!」

 「待って!ファイデ君っ!!」


 今度こそ工房を飛び出すファイデ。その背にルベカが縋り付くも、ミディアに捕まえられている所為で、片手しか伸ばせない。


 「私……貴方まで、いなくなったら!」

 「姉さんなら、いなくなっても良いって言いたいんですか貴女はっ!?」


 乱暴に振り払われた手。これまで相手を非力な子供だと思っていた。だから驚いてその手をうっかり放してしまう。……違う、驚いたのはその言葉にだった。


(私、そんなつもりじゃ……)


 違うんだよ。否定したいのに、潤んだ彼の瞳に映される自分の姿が歪んで見えた。酷く醜く歪な者に見えた。嘘ばっかり。私はあの子が居なくなって良かったと思ってる。この人を優しく慰めて、私の方を振り向かせればいい。僅かでもそう思った自分が居る。その見たくない自分を曝く鏡のようで。汚い心が宿った私の手で、綺麗な彼にこれ以上触れることが出来なかったのだ。


(行かないで、何処にも行かないで……)


 伸ばした手はもう、届かなかった。だって手が震えて上げられもしないんだ。暗がりに走り行く彼の背中を見えなくなるまで見つめているだけ。追いかけないと。そう思うのに足が竦んで動かない。これ以上彼に否定される言葉が怖い。嫌われるのが怖い。そんな気持ちで雁字搦めになってしまって……私は逃げた。逃げるべきじゃなかった。本当に彼が大事なら、嫌われてでも今すぐ追いかけるべきだったのに。

 その時ルベカに出来たのは、泣いているミディアに縋り付き、自分もまた啜り泣くことだけだった。

1曲目の話のはずが、時系列追ったら2曲目の話の一部に。

事件は次回か。

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