38:私は愚かだ
(あのナイフは誤算だった)
どうして彼女を庇ってしまった?
逃げ回るだけで良い。生き延びるだけで良い。今迄やって来たことだ。当然今回だってやりおおせる。過去の世界の誰を、何を犠牲にしてでも――……全てを取り戻すつもりだった。
「ファウストさん……! どうしよう、私っ……どうして、私なんかを!?」
全く、この少女は。俺のして来たことを知って尚。俺のためにも泣けるのか。
「問題ありません。まだ時は止まっている――……それに俺の悪魔は最強――………………いえ、“最高”の悪魔ですから」
過去へと飛んだ、罰の悪魔が未来を変えてくれる。俺が最高の魂になる瞬間を、あいつは長い間待ち続けたのだ。まだ俺は、美味くなれる。奴はまだ、俺を死なせたくない。そのはずだ。
(……否)
ティモリアは、もうこの俺を殺せない。あの魔王の冷酷な加虐趣味は仮面なのだ。長く付き合えば、通じ合えば奴は誰より情深い。そこが最大の弱点で、最高の強み。俺を手放せなくなるまで、時の鎖で繋ぎ止めた。
「……俺に賭けて下さったこと。後悔はさせません、陛下」
当然、勝ちますよ。笑ってやれば、女王の顔が赤らむ。貴女は誰を見ているんだろうな。まぁ、この器か。それでもいい。この器は確かに。まして血なんて関係ない。俺の魂は、確かにロンダルディアのもの。女神ロンダルディカの子だ。
ファウストは心を決めた。既に自分は人間を超えている。生き延び逃げ続けているが、もはや悪魔の眷属。姑息な手段を山程使い、十分にその力は備わっていた。
「“窓枠十字のマリアンヌ”!!」
悪魔が傍にいないのに、何故……未来の人間が魔法を使うか不思議だろう。可愛らしい“現在世界”の罪の悪魔――“冬の悪魔”も驚いている。奇妙な呪文は悪魔を窓際まで吹き飛ばし、不可視の力により拘束。
未完書庫の力を、目録を通じて引き出している。これは罰の悪魔が生きている限り有効。過去世界での戦いが接戦なのか、時折力が弱まることは気がかりだが……未来視持ち達に与える情報は最小限に留めたい。
「効くと思いましたよ。女神のような、貴方には」
「第七魔力……!? エネルギー源に過ぎない人間が、どうしてこんな技っ……」
「直にお解りになります。“私の”悪魔の力によって」
彼方の戦いが終わるまで、この悪魔を拘束し続けられるだろうか?
このタイトルは、女神を閉じ込めた塔の物語。冬の悪魔も罪の悪魔も、『窓枠遊戯』とは相性が悪い。拘束自体はもうしばらく可能。問題は、クロニクルがどう動くか。正気を取り戻しても、錯乱状態でも行動が読めない。正直な所、此方は既に手一杯。
(奴は人の心がない。養母の正体が悪魔と知ればどう出るか……)
拘束魔法のリソースを奴への対処に割けば、逃れられる可能性がある。その一方で、この悪魔を人質として使えないならクロニクルがフリーになる。此方が不利だ。
「あっ……あ……ああ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ア゛アッァアアアアアアアアア」
もう目覚めたのか。出目は錯乱の方に転がったようだが、悪くない。優しい母の正体が、自身の契約する悪魔だったと知って……クロニクルは床へとがっくり膝をつき、頭を抱えて叫び続ける。
(……いや、想定より様子がおかしい。魂の増殖、その副作用による記憶の混濁か?)
悲鳴はもはや慟哭となり、最終的には二つの異なる人物への呼びかけとなっていた。母さん、それからヒエムス……と。
「な、泣かないで! 貴方は何も……なにも、悪くないんだから! 悪いのは、悪いのは全部……私だったんですから!!」
そんな訳があるか。とファウストは思った。自分も外道の自覚はあるが、この男も大概だ。しかしそんな男に対して、可憐な悪魔は甘すぎる。真面目な戦いのはずが、何を見せられているのだという気持ちになって来る。これではまるで、母と子の間に割り込む間男の構図。
(いや。ペースを崩すな。こういう隙こそ、道化が好む)
「流石は高名な錬金術師殿。僕のことがよぉく解っているね」
「……っ!?」
「もしかしたら、ある意味で――……貴方は、誰より僕を理解してくれているのかもしれない」
(……これが狙いだったのか、カイネス!)
クロニクルが錯乱し、壊れた。その身体を夢魔が乗っ取ることは余りに容易い。邪魔者である保護者も俺が封じている。
(くそっ……!!)
カードだ。手札の数で競り負けた。ボニーとミディアを狙った場所に配置できなかった此方のミス。ワイルドカードの女王様がじゃじゃ馬過ぎたのも良くない。プレイヤー、ゲームマスターのつもりの俺まで、カードにならざるを得なかった。
高飛車ピエロは、悪魔とは言え唯の凶悪な悪霊である。現実で悪さをするには、実行役が必要だ。女王と瓜二つで、女王の魂を持つルベカを前に――……奴は欲を持った。かつての自分に似たクロニクルの身体を奪い、現実でルベカと話がしたいと。
そうだ。そこまでは此方の策。必要以上に女王に近付き、奴の欲を煽った。復讐以外の欲を、道化が持つように。願いが分散化すれば、強固な決意も鈍る。生じた隙を狙った討伐が目的だった。
凶悪な霊を肉体に縛り付け弱体化させられることは、ミディアの例で実証済み。カイネスを完全に滅ぼすため……この状況は此方も望んでいたことだ。だが――……このタイミングではない。今では困る。
「ご馳走様、第四公。貴方の御子は、…………甘美なる無尽蔵の魂は。すべて魔力に換えさせていただきました」
愛しい我が子の顔で、その子の死を告げられる。実に悪魔の所業。
エングリマの怒りと悲しみで、辺りは異常な冷気に包まれる。
「う、ウァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
彼女は空気中の水を凍らせ、無数の針を生み出してカイネスを襲わせるが――……出来ない。身体はクロニクルの物。傷付けることがどうしてもできない。
嘆きはすすり泣きになった後、罪の悪魔は抵抗を止めてしまった。絶望のためだ。罪の悪魔はクロニクルを守ろうと姿を現した事で、クロニクルを破滅へ追いやった。
この未来を変えるためには、時を自由に操れる……完全体となった罰の悪魔が必要。何よりも大事な戦いで、自らの敗北を望むこと。こんなに惨めなことがあろうか。項垂れた彼女の顔は――……死人のように白く見えた。
「この調子じゃ、過去でももうすぐ決着が付きそうだね」
「……それまで一時休戦、とはいきませんね」
「いや? 待ってあげるよ僕は。ずっとそうして来たからね」
気味が悪い。先程から、この道化……人の思考を先読みしている。まるで此方が本にされ、脳内を曝かれているようではないか。未完書庫の力ですら凶悪であるのに――……恐ろしい。ああ、そうだ。『高飛車なピエロ』は未完書庫目録に載っている。
物語の悪魔は、タイトルロールを必ずしも契約者にしないと言うが――……契約すれば、それは天国か地獄。悲劇と喜劇。生者には破滅を、死者には救いをもたらす。カイネスがそんな恐るべき悪魔と契約し、第七魔力――……脚本能力の一部を与えられていたならば?
「ところで君は何故、僕と同じ事をしないのかな? 第四公がこの調子だ。時が動いて君はいつ絶命してもおかしくない」
「生憎、私の悪魔は」
「死後ではなく、生きたまま悪魔となれ。出来るはずだよ、賢者の石を作った君ほどの男なら。簡単なことだろう? 魂を魔力に換えるんだ」
「な、何言ってんのよあんた……そ、そんなこと――……」
突然現れた道化の提案に、ファウストの傍らで少女は狼狽えていた。あの悪魔が間に合わなければどうなる? ファウストかファイデか。選ばなければどちらも消滅するかもしれない。
「間に合う間に合わないじゃない。過去が変われば未来も変わる。人間は脆いからね。時間の影響を受けやすい。勝負に勝って試合に負ける可能性は?」
新たな体の手に填められた、指輪を見せ付け道化が笑う。
「君たちが探していたものは、ここにある」
「う、嘘! 指輪は私が取り戻したわ!!」
「残念だけれど、偽物ですよ。止まった時間は夢の領域。時が動けば偽物は消えてなくなる。確かめてみる?」
同じ指輪を取り出すルベカ。どちらが偽物だとしても、時を動かされては困る。逃げ場を次々奪われていく。打つ手が此方はもう、僅か。
「……随分と、意地の悪いことを! そんなに彼女に近付いたのが不快だったかな、カイネス? 何を焦っているんだ? 其方こそもうすぐ彼女との賭けに勝てるかもしれないのに? あと五分もあれば、私は彼女を落とせる」
「ふ、ファウストさん!?」
ルベカを片腕で抱き寄せれば、道化の笑顔が一瞬凍る。そうだろう、そうだろうとも。この男は自身の敗北を望んでいるのだ。
「其方こそ。最後のカードがそんな遺言芸でいいのかい? 君を殺すのに、時を動かす必要すらない。それがこの指輪じゃないか。女神に救われた命は、過去で女神が消えたなら――……? 君はここに立ってすらいない」
そんな簡単な話ではない。この指輪は女神の守りそのもの。夢魔如きに壊せない。壊せぬから、奪い隠した。
「生憎、ここには偉大な死神様がいるじゃないか」
高飛車ピエロは、精神攻撃に長けている。上位存在である魔王も心があった。弱れば奴の術中に。
「第四公、先程のは冗談ですよ。一人分だけ、ご子息の魂を残してあります」
「え……」
「死神としての貴方のお力で、これを壊して下されば彼とこの体をお返ししましょう」
不味い。そう判断したファウストは目録から即座に術を切り替える。かける魔法は自身の強化。誰にも気付かれず、誰より早く動ける化け物じみたチート能力。
「“クロノブレイカー”!!」
冬の悪魔の拘束を解き、光の速さで指輪を奪う。
「残念。君の負けだよ錬金術師」
僕はそれを待っていた。にたりと笑い、道化は片手を掲げてみせる。その手に指輪はない。奴の手には赤い輝き。あれは、――……あれは“賢者の石”!
「貴様、ボニーを――……!?」
「生憎僕は、時の魔法を持っていなくてね。彼女は契約でも、基本的に過去を変える力は与えてくれない。可能性を持った稀有な例が、そのタイトル――……『時間泥棒』」
君たちはその力で、過去へ飛んでいたのだろう? 問いかける道化は、石から発せられる赤い光に包まれて――……姿が徐々に薄くなる。過去を変えるため、奴はクロニクルの肉体を得たのだ。そのために必要なものを創り出すために、俺の力が必要だった。この男は、俺から全てを奪うつもりか。故郷に大事な人達に――……飽き足らず、俺の道具さえも!!
「――……っ、“時の砂時計”!!」
目録より時殺しの術を唱えるが、奴の術が完成する方が早かった。道化は別れの言葉に、此方の言葉を真似して言った。
「“開け、錬金炉”」
ああ、その言葉で奴は完全にこの時代から消え失せた。
賢者の石と女神の指輪を触媒に、奴は金を作り上げた。俺の使った第七魔力に反応させた、金時計。奴らは俺から目録を奪っても、第七領主の力は使えない。味方側の第四公が俺の悪魔に勝っていたなら話は別だが――……絶望していた冬の悪魔の様子を見るに、同時に過去での結果を知ったのだ。
「――……っ!」
「ファウストさん!!」
時が、動いた。呪いの致命傷が体を回る。過去の戦いが、完全に終わったのだ。俺の悪魔が勝った。勝ったから――……この時代の第四公も、消えてしまった。最初からそんなものは存在しなかったように、跡形も無い。
残されたのは、大勢の死体と――……死にゆく男と、泣いている――…………美しい、少女。
俺の悪魔が勝った。あいつは時を操れる。俺の死などあってないようなもの。それが過去でも未来でも……――奴の都合の良いように、俺はいつだって存在していられる。
(だが、その俺は――……)
今感じている心を知ることがない。消えてなくなる。最初から、そんなものはなかったように。
「私の――……負け、です。陛下」
過去の人間共なんて、なんとも思って来なかった。未来に呪いを残し、苦しみに満ちた世界を作った連中だ。憂さ晴らしのよう、傷付けることが楽しかった。心の底から、愉しんだ。俺は貴女を思って良いような男ではない。貴女に思われて良いような人間でもない。それでもこの体だったら。貴女に触れても許されるような気がした。
この心は自分のものだろうか。この少年のものだろうか。同一の魂は、何処まで同じであるのだろうか? 震える手で、彼女の白い頬へと触れる。
あの道化が求めて止まないもの。カイネスが、触れることさえ出来ない高貴な魂。世界の全てが今、俺の手の中にある。唯のか弱い少女の姿で。
長すぎる時間を生きたのに、貴女を見ていると時間が足りないと感じてしまう。吐き出せる言葉も、あと幾らかか。
「愛しています“ルベカさん”。もっと昔に……、もっと未来で――……貴女に出会いたかった」
これを貴女に。そう告げて、目録と“指輪だったもの”を彼女へ渡す。
未来で女神に与えられたそれ。過去で金時計に変わった指輪は、同じ物へと変化していた。これを使えば、高飛車ピエロを追いかけられる。第七魔力の使い方を、教える暇はもうないが――……俺の悪魔がよくやるだろう。
「“Verweile doch! Du bist so schön.”――……時間だ、メフィス」
*
(ファウストさんは、私にとってなんなのだろう)
一蓮托生の、友達……? のお父さん。
大好きなファイデ君が、生まれ変わった人。
沢山の人を傷付けた、酷い人で、狡い人で、凄い人。私には出来ないことが沢山出来て、助けてくれて。何でも知っていて――……それで意地悪。
素直で純粋だったファイデ君とは大違い。同じ魂を持っているのに、どうしてこんなに捻くれねじ曲がってしまったのだろう。
私の中に、永遠はなかったの? それとも、変わってしまった“彼だった者”を愛することは永遠なのか?
まだ、道化との賭けには負けていないと思う。私はファウストさんを愛していない。ちゃんとファイデ君が好き。
でも、時が動き出した瞬間に。私の心も変わってしまうような気がした。
可哀相なこの人を、愛してあげたいと思いそうになる。それは彼を見ているの? 違う。遠い昔。可哀相だった誰かと重ねてしまって、いるだけなんだ。
これは、女王がカイネスを愛していた心。私に存在しないはずのものが、甦ろうとしているみたい。
私を守ってくれた、大事な人。私なんかのために、自分の願いも捨てて、命まで投げ出してしまった人。心がバラバラになる。
ファウストさん本人を、見つめたいのに見つめられない。こんなの……カイネスが、私に女王を見るのと同じだわ。こんなものは、絶対に愛ではないのに。
動かないで、動かないで。大丈夫、まだ時間は凍っている。そのはずよ。だからまだ、この人は死んでなんかいない。そう思いたい。思わせて欲しい。
「狡いわ……本当に」
ファウストさんも高飛車ピエロも人の心がなさ過ぎる。二回も私の前で、ファイデ君の死に顔を見せるだなんて。
生きていくため、人の葬式で泣き続けた罰? 大事な人の死に際では、泣いても何も手に入らない。
「起きて……? 起きてよ――……っ!」
託された道具を使い、奇跡を願うが何も起こらない。散々それを試した後、様変わりをした悪魔が戻っていた事に気が付いた。そうか、もう本当に――……彼らは、いなくなったのだ。
*
「ファウストさんの――……魂を、食べたの?」
まるで、巨大な霊廟だ。死の宴が終わった屋敷は静まりかえり――……生ある者は悪魔の他に、一人だけ。
動かない少年の死体を膝に寝かせ、女王は言った。契約満了だというのに、あれ以上力が増えた気はしない。
メフィスことティモリアは、どう説明したものかと頭を悩ませる。角も両翼も得て立派な姿になった自分はルベカにはさぞや残酷な存在に見えるだろう。
「“ファイデ”の、とは聞かないのか?」
「…………同じ事よ」
「どうだかな。少なくとも俺様にとっては違う。俺が欲しいのはファウストだ。あんな坊やは要らないな」
嫌味を向けて、初めて少女が此方を見上げる。その感情は怒りではない。
「まだ、……手に入れてないの?」
「…………死体をこの時代に残せば厄介だ。悪用されても困る。奴の亡骸は食った。他の死体も眷属に食わせても良いが――……お前達人間は墓に死体が欲しいんだろう? デカい事件になる。なら、さっさとずらかるぞ」
眷属に屋敷の探索を命じ、此方は逃げる間の時間を止める。悪魔は少女の腕を引き立ち上がらせると、少年の死体を引き受けた。ルベカは歩くのもやっとで、死体を抱えて歩く気力は無さそうだ。
「安心しな……ファイデの魂は無事だ。向こうのが先約だからな。自動的に道化に回収されちまった。だから協力しろ、人間。俺はあいつの魂を取り戻すまでは、お前の協力をしてやる」
「……ありがとう。本当に、心強いわメフィス」
感情を切り替えたのか? こんな状況で笑えるとは。無力な少女が、少しずつ――……冷酷な女王の仮面を取り戻している? 人間の成長を喜ぶべきか、恐れるべきか。少なくとも“夏の悪魔”時代には出会いたくなかったタイプの女だ。こいつは大義があれば、俺を簡単に迫害してくれただろうな。
(でも俺は、もう――……夏の悪魔じゃない)
意図しなければ触れても平気、燃やさない。誰とでも手を取れる。――……もっと早くに、気付くべきだった。
俺は不完全で弱いから、自身の強化を続け……優秀な配下を求めた。俺が至らないから、皆傍で――……俺を守ろうとしてくれた。完全な強さを得れば、誰も必要としない。永遠の孤独だ。そんな俺を不完全に割り、散々酷使しからかい欺いて遊び散らかしやがったあの男は。俺にとって必要なものだ。奴以上の道化はいない。退屈させず、永遠を忘れさせ――……夢を見せる。失った過去さえも、取り戻せるという夢を。
俺にもだ。幾つも、取り戻したいものがある。それを可能とするのは、俺の錬金術師しかいない。
(美しいと言うのはまだ早いぞ、ファウスト)
それはこの、俺様の姿を見てから口にするべきだ。
*
過去の亡霊のため、未来の人間が死ぬ。あって良いはずがない。こんな罪深いことはない。私は生まれながらの罪なのです。誰より重い原罪を背負っているのです。
(私さえいなければ。私が生まれて来なければ)
「起きろ、起きるんだ……ミディア」
その名で私を呼ばないで。何もかも許されたと、そう錯覚してしまうから。
でも、そんな“ミディア”も罪を犯した。
(ソルディちゃんを生き返らせて――……この体を、刑事さんにあげて――……私は消えてしまいたい)
「償いとは、向き合って……相手の目を見てするものだ、お嬢ちゃん」
ペチペチと、叩かれた頬。痛くはなくて、温かい。
「……レッド、刑事?」
「ああ。そうだ」
ぶっきらぼうな言葉にも、赤い瞳にも此方への優しさがある。彼の言葉はいつもそう。 彼は私の外見的美しさに興味がない様子なのに、無条件に愛されていると錯覚してしまう。初めての感覚? 違う。似ている。女王がリュディアに向けていた? 心からの信頼? 私にならば何をされても許してくれそうな……肉親のような愛情。器の父親からだって、貰ったことがない気持ち。
(そうだ、これは――……ソルディちゃんが)
ソルディちゃんが男の子だったら良かったのに。そうしたら、きっと好きになっていた。
彼女に出来なかったこと。それを体現することも厭わない。
私の本質を、真実を知っても私を嫌わず、見限らず――……守ってくれる、愛してくれる。
そんな人間がいる訳がない。そうね、貴方は人間じゃない。
「もし、俺を死なせたことを、少しでも悔やんでくれるなら。一つ約束をしてくれないか?」
「……悪魔みたいなことを言うんですね?」
「悪魔みたいなものだからな。お嬢ちゃん、もっと腕の良い錬金術師になれ……あの男のように」
レッド刑事が、小さく笑った。“性格までは似てくれるなよ”と。
「それでいつか、俺を元の姿に戻してくれ」
体を差し出して、償いにはならない。お前自身が働き罪を償えと彼は言う。
「どう、して……?」
こんな私に何故、貴方は生きろと言うのですか。誰より醜く汚れた魂。人を不幸にする魔女に。
「仮に高飛車ピエロ事件が片付いても、墓場警察は忙しい。誰かに俺の後を継いで貰う必要がある」
責任なら確かに。もっともらしい建前の言葉。この人、そんな嘘を吐けるのか。
「不器用な君のことだ。お針子の才能なんかないんだろう? そんなもん辞めちまえ」
「店もなくなっちゃいましたものね。私の所為で」
「ははは、相違無い」
「ふふふ。でも、刑事さんの才能も無いですよ、私なんて」
「こいつが見えれば十分さ」
煙管を吸って、刑事は霊を宙へと踊らせる。刑事を死なせ、この人達の救いを私が奪った。そうだ、その償いも必要だった。嗚呼、まだ……死ねない。
「あの、刑事さん……私」
「……生きているだけで良い。生きてくれたらそれで良い」
そう言って、貴方はまた私の頭に触れてみる。今度は前より様になっていた。それでもまだ、ぎこちなさが残っていて――……。あと何千回か、何万回かこうしていたら、貴方は人間みたいになれるんだろうと思った。もし仮に、そんな永遠が……私達二人にあるのなら。
「私も……貴方に、生きていて欲しいです」
「……そうか。なら、よろしく頼む」
刑事は赤い石に紐を通して、私の首へと掛けてくれた。絞首刑のようだけど、違う。これが、償い。死でも贖えないならば、永遠を歩く償いをする。
(でも、私は一人じゃない)
首飾りは、ぼぅっと鈍い光を一度発して――……眠り就くよう暗くなる。嗚呼、それにつられて私の瞳も重くなり――……
*
カーテンの隙間から差し込む光。夜が明けた? ぼんやりした頭で、見慣れない天井に首を傾げる。
「……まったく、彼奴らは年寄りに面倒事ばかり押しつける」
「…………あ、あれ?」
不思議な薬草と煙草の香り。寝台から体を起こすと、そこにいたのはドロレスさんだ。違う宿にいたはずなのに、今居る場所は彼女の経営する宿だ。何の力で運ばれたのやら。
「奴なら私の所にも来たよ。あんたに錬金術を教えろとね。曾孫弟子まで押しつけるとは――……人間よりも欲深い。で? やるのかい? 私の修行は厳しいが?」
「えっと、あの……やり、ます」
「よろしい。なら、これは餞別だよ。現場で見つかったもんさ」
「あ、ありがとう……ございます!」
師となった女性が投げて寄越すは、刑事が所持していた煙管。赤い石の他の、彼の形見。
「そうさな。他に気になる点は、霊達からも聞いている。あんたの母親についてだ」
「え!?」
寝起きにそんな話をしないで欲しい。罪を再び掘り起こしてしまうから。
「あんたの本当の母親に――……あんたはボニーの死に際、遭遇している」
「えっと……それって、“女将”さん!? それじゃあ、私とソルディちゃん達は兄弟ってことに!???」
「せっかちな子だねぇ。人の話はよくお聞き」
「ご、ごめんなさい……!」
言われてみれば、ミュラー夫人は妙なことを口にしていた。彼女の声を真似た別人だったのか?
「ファウストは出来すぎたのさ。だから彼方さんにも真似られたって訳だ」
「……女将さんは殺されて、別人の魂を植え付けられた?」
「あんたがやりたかったことを、ファウストの他に出来た奴がいる。事件を追いながら、まずはこの部屋にある全てを頭に叩き込みな。あんたの時代とは違う知識も多いだろう。店はしばらく休業するが、掃除くらいは手伝いな」
「ドロレスさん、いえ……ドリー先生! あの、もしかして――……」
「クソ生意気な弟子が、昔使った部屋さね」
呼び名を改めた私に、彼女はニカッと笑い――……軽く頷く。
埃被った本の山。フラスコ、謎の薬品。嗚呼、なんてこと。今更この体の両親のことと――……向き合わなければならないなんて。
仕事の合間に書いていた物をまとめました。曲もあと1曲でこの作品は完成です。
その掘り下げをしつつ小説も完結に向けて薦めていきたいなと思います。
曲&小説の更新をお待ち頂いている皆様、いつもありがとうございます! ファウストのキャラソン『ヴァニタスと踊れ』はりりぃちゃんに格好良く歌わせてあるので、ピアプロやニコニコなどチェックしてみて下さいね。
元ネタファウストに出て来る Du bist so schön
のアナグラムをサブタイトルにしました → Bin Doch Stuss




