表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/39

33:地獄を許可を保存

「なるほど。しかし報いというのは、彼は司っていないはずだけど」


「裏切り者は裏切られる。殺した者は殺される。“報い”が正常に機能する世界は理想郷と言えるのかもしれないね」


「しかし現実はそうじゃない。歪みがある。この歪みが人を、世界を狂わせる。……ああ、そろそろお目覚めか」


「やぁ、気分はどうかな刑事さん」

「――――……最悪だな」


 ボニー=レッドは目を覚ます。否、ここが夢の中ならば眠ってしまったが正しいか。刑事がこの夢に辿り着く前から、道化師は刑事に語りかけていた。


「意味も無く俺に近付くとは思えない。裏切られたのはお前か?」

「そうそう。正に道化って感じで面白いね。ああ、これ笑うところだからどうぞ? 君は攫えないし殺せないから笑ってくれても構わないよ」


 道化は自虐話で涙が出るほど笑っている。この男がこれまでして来たことが全て存在しないなら。笑い転げるその男が――……唯の道化に見えるだろうか。知っているボニーには、薄ら寒いだけだった。


「互いに、困ったことになった。互いに、助けたい人が居る。……けれど、石となった君は転がるだけ。君の意思には関係なく。僕は君を拾い上げる身体がない。僕らは似た者同士だろう?」

「手駒を失い、俺に願いに来たか。本物の愚者だな」

「いいや。拒むなら君が愚者だよ。僕も悪魔の端くれ。僕に誓わせる好機を君は手に入れたんだ」


 涙も笑みも奴には仮面。全ての感情が消えた顔で、道化は此方へ近付いた。


「ボニー=レッド……いいや、“賢者の石”よ。一時で良い。僕に力を貸してくれ。そうすれば――……僕の殺し方を明かすと誓おう」

「…………不愉快だ。そう言って断ることも今の俺には出来る」


 身体を失うことは、制約から逃れること。錬金術師の支配を逃れ、役割への強制力もない。今更高飛車ピエロを葬り去っても、失われた者は戻らない。提案を退ける、そんな嫌がらせの方が復讐になるのではないか?


「弱くなったね君は。昔の君はもっと手強かった」

「そんな弱者に泣きついてくるお前は本物の愚者だ」

「やれやれ……昔の君ならすぐに飛びついてくれただろうに。そんなに“彼女”が大事かい? あの時攫わなくて良かったよ、こうして切り札に出来るなんてね」

「…………貴様」

「あの忌まわしい女を君はあくまでその名で呼ぶんだね。“ミディア=ファウスト”――……あの救いようがない女は、罰を求めている。君が全てを投げ出し守っても、すぐにまた――……死のうとしている。今すぐ君が行かなければ彼女は命を落とす」


 既に消え失せた幻でしかない身体を起こすも億劫で。その場に寝転び会話をしていた刑事だが、これには思わず飛び起きた。


「“心”なんて物を手に入れたがために、器を逃れた後も縛られる。君への枷を生み出すために、ファウストは“ミディア”を造ったのだろう。マルガレーテを失わせたのだろう」


 刑事の反応を見て、道化は再び笑う。交渉成立だと言わんばかりに。


「現実に戻れないのなら、夢に引きずり込めば良い。僕に協力している間、“彼女”らを夢の世界へ取り込むことも約束するよ」

「チッ……」


 これ以上ごねても何も引き出せないか。あの少女の危機であるのなら、断る選択肢は消えた。

 身体が赤く光り出し、賢者の石が使われる。辺りは現と同じ景色に切り替わり、靄のよう……眠る二人の女が現れた。彼女らが目覚める前に退散しようとする道化、その背を捕まえ刑事は叫ぶ。


「待て! もう一つの“約束”は!?」

「おめでとう、君は。君だけが正解に辿り着いた。今君が感じていることを女王に伝えると良い」


 それで、僕を殺せるよ。言い残し夢から消えていく道化。その場に残されたボニー=レッドは――……高飛車ピエロの気持ちを解ってしまう。眠るミディアをみていると、なるほどこれは小言の一つも恨み言の一つも言いたくなった。


(殺したなら、殺される。それはいい……それでいい。だが――……)


「誰かがお前のために死んだなら。それで救われたなら。せめて――……軽々しく死ぬな。意地でも生き延びてくれ、……ミディア」





「……やられたな」

「あはははは! 今日のお前は本当に情けないなファウスト!! 出会った頃のお前みたいだ!」


 主の不幸は俺の幸福。俺はこの、余裕面の男が苦しむ様を見るのが好きだ。

 魔法で飛んで逃げた先。室内ではなく通路なのだが出口のない無限回廊。再び飛んでも同じ。飛んだ先を瞬時に捕捉され歪められている。


「移動しようと此方の場所は筒抜けか。恐らくミュラードレスに目印でも仕込まれた――……メフィス」

「魔術というより魔力だな。第四魔力を追って来ている」

「間違いないのだな?」

「ああ。こんな芸当が出来るのは――……俺様の天敵だけだ」

「……焼き払えば追跡を躱せるか?」

「裸でやり合うのか? クソ医者のやる気が上がるだけだぞ。そもそもご主人様、あんた自身が罪を犯しすぎなんだよ。“あいつ”が相手じゃ話にならねぇ。ドレスがなくても追われる」

「では何故これまで追われなかった?」


 主の疑問はもっともだ。悪魔も暫く考えてみる。エス=クロニクルなる男……奴の反応を見るに、ファウストが裏を掻いた。その上で彼方の悪魔がフォローした。


「…………“時”が、追いついた?」


 攻撃は過去から仕掛けられているのではない。過去と、現在から襲われている。


「ここまで大がかりな芸当、本体もいなきゃまず無理だ。二人の“あいつ”を同時に相手にしてる。それを一人で俺にやり合えって言うのは……」

「それはそれは。“貴方”の片割れは、誰かと違って随分と優秀なようで」

「おいこら誰が無能だって!? お前が俺様から魔力奪って弱体化させたからだろうが!! あんな奴、完全体の俺ならそれこそ赤子の首をひねるように――……」

「……仕方ない」


 俺の契約者は、頭の良いクズで……行動力のある馬鹿だ。ついでに性格も壊滅的に終わっていて、顔と魂だけは良い。その性悪馬鹿がまた無茶を言って来た。


「メフィス。私が持っているフェレスの魔力を戻せば、ここから抜けだし過去へ飛べますね?」

「おい、ファウスト」

「過去へ飛び、奴との契約を妨害……或いは第四領主を抹殺しろ」

「……そりゃ願ったり叶ったりだけどよ。過去のあいつは色んな意味で強い。契約阻止の方が確実だ」


 あの時代には目の上の瘤がいる。第二領主のおっさんは、まだ自身の心も理解していない。つまりは全く隙が無い。同等の魔力を得ても、善戦できるかも怪しい。そこにエングリマが加勢するなら此方に勝ち目はない。


「…………そうか。では考え方を変えよう。本を奪うだけでは駄目だ。殺しても殺せないあの男は――……あの日、我々が。女王ベルカンヌの時代に飛んだことが捻れの始まりだ。本来女王が死ぬべき“時間”がズレた。情報だけ伝え、あの日の私を過去へ行かせるな」

「悪魔とマンドレイクを出会わせず、奴の特殊能力を殺す……って訳か。それならまぁ、やれそう……? いや、無茶言うなよクソファウストの旦那! あんたが大人しく俺の話に従うような男か? それも半分になって弱体化した俺に出会う前のあんたが俺を信じるか!?」

「ああ。だからこの指輪を預けよう。これがあるなら必ず信じる。もし指輪の名を聞かれたら――……“何も答えるな”」


 ひとまずは、主の言葉に従うも……残していくのは心残りだ。


「指輪も、俺もなしであんな相手とやり合えるのか? 厳重に固められている。俺自身は兎も角……俺の力を使っても、お前をここから出すのは難しい」

「逃せずとも、“貴方”が消える時に凍った時間に亀裂が入る。そこにこれを流し込みます」


 錬金術師が取り出す成長薬。元は自身が大人に戻るための物だろう。それを凍らせられた場所に使うというのか。


「お前が潜り抜けるような隙間は作れない……大した効果は無いと思うぜ」

「少しで良いんですよ。それで十分事足ります、私は錬金術師なのでね。それに――……私には“貴方”が付いている」

「いや、煽てられたところで無い袖は――……」

「謙遜など貴方らしくもない、““Mephistophilus”。彼方が二人いるのなら、当然貴方も一人ではない」

「…………はぁ、そういうことか。つくづく人間にしておくのが惜しいぜ」

「喜ばしいでしょう? そんな私を手に入れるのは貴方なのですから。ねぇ、未来のご主人様?」


 縮んだ身体で可愛らしく笑ってみせる、性悪男。魂が、俺が欲しければキリキリ働けと。


「くっそぉおおお! 俺様凄いんだぞ!? 人の足下見やがって!! 顎で使いやがって!! 今に見てろよ!!」





「妬けるなファウスト、そんなにこの女王様が大事か?」

「こんな私でも、最低限の敬愛は持ち合わせていますよ。私はロンダルディアの民なのでね。何処ぞの売国奴とは違って」


 死体人形の少年には、僅かな魂が戻されている。亀裂より逃れた自身の霊体をファイデ=ミュラーへと移す。


「一欠片でも、私の魂を使ってこれが動いているなら。不完全を完全にするのが我々錬金術師。其方が糸を切ってくれたお陰で容易に侵入出来ましたが?」

「そいつは良い。如何にお前が達人(アデプト)であろうと、人間である以上意識は一つ。俺とは違う。本体は無防備って事だろう?」

「ふっ、悔しいですがそうですね。では腹いせに其方の身内の方の前で色々暴露して差し上げましょうか? 麗しいご婦人、お宅の息子さんは実は――……」

「なぁに、時間の問題さ。その器がお前の牢獄だ。全てが終わった頃に元の身体に戻して差し上げますよ」


 男達の口撃に、女達は取り残されていた。


「ぶ、無事……なのよね? その声、ファウストさん……なのよね?」

「ええと……あら、ええと……私失礼なことを言ってしまったわ。もう一人お嬢さんがいらしたのね。ごめんなさい、見えていなくて」


 表の顔しか知らない婦人などは、少年の身体に宿った錬金術師を状況と声だけで判断し、当然女と思い込む。狼狽えているのは、普段と違う息子の言葉を聞いたためか。怯える母を安心させることもせず、クロニクルはもはや裏の顔を隠さない。


「どうだい、その身体は? よく馴染むだろう? 俺の全てを知っているファイデの身体は」

「興味深いことに、先程よりも虫唾が走りますね」


 ホールには何も知らない参加者が大勢いる。無関係の者を巻き込み、人の盾を使うつもりか。

 彼らは酒に酔い、時が止まっていることにも気付かない。良い気分になったあと……抜き抜けの上階にある客室へしけ込み遊び寝る。時が動き出すまで眠り続ける。


「……料理に盛ったか」

「料理だけだと? 当然飲料にも盛ったさ。酒には睡眠薬、それ以外には――……そろそろ効いてくる頃だ。其方のお嬢さんが好みそうなものにはとっておきのものをね」

「陛下っ!」


 ファウストが振り返れば、ルベカはその場に膝を突いていた。視線の迷い、声で此方を判断するあの様子……彼女は視界に異常が生じている。その隣で、“盲目”の婦人は唯戸惑う。元から見えない彼女には効果が無い――……否、“彼女”を使ってクロニクルは薬を開発していたのだ。


「お前は“また”、見ているだけだ陛下。いや、今度は見ることも出来なくなるか」


 ファウストの名を呼び狼狽える少女の様を、邪悪な医師は愉快と笑い飛ばした。

 飲料水と薬物によるメタノール中毒であるのなら、分解のため今すぐ彼女に(エタノール)を飲ませたい。しかしこの場に信頼出来る飲み物はない。


(俺のミスだ。だが、飲むな食うなとまで言わなければ解らないとは……)


 薬を拒んだ時の冷静さは何処へ行った。内心呆れるが、死んでいるファイデには効かない、横の女性も何ともない。ルベカは婦人に……毒味をさせた。それで彼女が何ともないことを知り、同じ飲み物を口にした。ダンスホールは人も多く熱気がある。生きた人間ならば喉の渇きも仕方の無いことか? クロニクルをあの場で殺せず、彼女を一人にした自分の責任でもある。それは認めよう。


「彼女の身体の時間も止めてやっても良い。それならまだ治療が間に合う」

「そんなに彼女への悪戯を、奴に知られるのが怖いのですか? 交換条件は、ボニーを復元するなと……そういう話ですか、なるほど。良いでしょう」

「そっちじゃない。なぁ、ファウスト。お前の傍に悪魔がいない。この世界の何処にもいないと“あいつ”が言っている。違う時代に、飛んだな?」


 こいつは狂人の癖に、冷静な思考も持っている。痛いところを突いてくる……全く嫌な男だ。本当に、良い悪魔を味方に付けているようだ。

 簡単な方の取引材料を潰され、錬金術師は自分に溜め息。


「お前が命じろ。時間軸が違っても、契約者なら声は届く。お前の悪魔とあの女を――……“リュディア”を契約させるな」

「…………不死を失っても、呪いを解きたいと?」

「過去へ遡れるお前の悪魔に、何故命じない? カイネスを、夢魔である高飛車ピエロを発生させない唯一の方法を何故試さない?」


 クロニクルの言葉は正しい。高飛車ピエロが誕生しなければ、呪われた一族も存在しない。マンドレイクの加護も消える。奴の存在に悩まされた全ての人が幸せになり、過去も未来も変わる唯一の方法だろう。

 それでも出来ないものは出来ないのだ。


「カイネスに力を与えたのは、私の悪魔ではない。あの悪魔は“魂を食わない”――……メフィスは上手く立ち回っただけですよ。あの女が願わなくとも、高飛車ピエロは甦る。彼の国が、奴の望まぬ姿に変わった以上」

「では違う提案だ。その前に一つ聞こう、何故“若返り”を行う? 人と遜色のない精巧なホムンクルスを作れるお前が、その肉体に固執する理由は? ああ、答えなくていい。言い当ててやるよ。……記憶の引き継ぎだ。別の器に入れ換える際、移し替えるに適合しない記憶が出る」

「それはそれは。随分と自信のある口ぶりですね」

「試したからな。カイネスが暴れてくれて、材料は潤沢だ」

「…………」

「無論そのままでは老化で忘却をする。だから若返らせる。しかし、人間であるお前は完全ではない。生きる内忘れ、多くを失った。これ以上を失いたくないと……オリジナルの肉体に固執する。そんなお前が今、ファイデに移った。大事な身体を空っぽにしてまで女王を守りに現れた」

「無反応の器と遊びたいとは奇特な方ですね」

「それも楽しそうだが、もっと面白い事がある。帰る家を失えば、ここにいるしかないだろう? すぐに壊しに行ってやるよ、何処かの俺がな」


 クロニクル。この医者はマンドレイクの力で、魂を意識を増殖させる。それこそその気になったなら――……この場にいる全ての人間の奪うことも叶うだろう。殺して魂を剥がせば良い。


(何が睡眠薬だ。既に奴の術中か!?)


 文字通り“飲もう、死は避けられない”だ。ホールにも客室にも……毒薬を盛られ、肉体時間を止められた者がいる。時を動かせば、すぐに死体の山。奴の手駒だらけになる。ファイデ=ミュラーに直接会わずに女王を救うための手段。そこにも罠を仕掛けられていた。


「随分焦っていたんだな……“ヘレネ”に魅入られたか?」

「笑えない冗談ですね。興味ありませんよ、過去の人間なんて……誰一人。俺の時代には全て等しく骨だ」

「骨の女王のために、大事な肉体を失う気分を聞いてみようか? 今すぐ戻れば間に合うが? どうするファウスト? 女王と自分、どちらを救う? 失ってもまた巻き戻すか? 無理な話だな。ここは止まっているんだ。此処で起きたことはやり直せない。その上で……可愛い女王様の視力と、お前の器。どちらも守れる道を示そうか? 今すぐ敗北を認めろ。俺と契約をしろ。はいと言え」


 勝利を確信した男の言葉。言い方を捻っていれば頷いてやっただろうに、勿体ない。男を哀れみ錬金術師はにたりと笑う。これで追い詰めたつもりか、と。


「…………長く悪魔と付き合うと、性格が悪くなるという話があります。まぁ、今私が考えたのですが。長く共に過ごせるくらい、気が合うと言うのですかね? 似た性格になり好みが似るのも自然なことでしょう」

「また時間稼ぎか? それ以上長くなるなら上の階で聞いてやろう。ああ、この場でも構わないがな? 残念ながら陛下には見えていないのが悔やまれる」

「おや、バレましたか。では簡潔に。お断りします。貴方が私の悔しがる顔を見たがるように、私はお前の喜ぶ顔が見たくない」


 交渉決裂と見て、クロニクルは僅かな間時を動かす。ホールの中でも上でも死体人形が造られ、此方を取り囲む。悪魔もいない、錬金炉も故障中。魂は一欠片、ファイデの遺体では硫黄も足りない。この場の味方は、視力を奪われた哀れな少女が一人だけ。そう、“この場”には。


「一つ誤解を解いておきましょう」

「気まぐれも魅力だな、その気になったか?」

「まさか! 愚かですね。悪魔に魂を売った男が、己の肉体などに固執するものですか。餌になる覚悟はとっくの昔に――……いいえ、遠い未来で決めていますとも。“腐敗せよ黒化(ニグレド)!!”」


 翳した手はルベカの胸へ。彼女の内にある物を、錬金術師は腐らせた。


「…………何をした」

「出掛ける前に果実を少々、陛下に召し上がって頂きました」


 果実からエタノールを作り出し、解毒を行う。安全な酒がないのなら、原料を予め入れておけば良い。というよりも、術に使えそうな物は一通り食べさせた。


「陛下、お加減は?」

「ファウスト、さん……? 本当に、貴方なのよね? 貴方が――……」


 ルベカはまだ完全に回復はしていないが、容態は落ち着いてきた様子。失明は免れたか。ほっと胸をなで下ろし――……そんな自分に錬金術師は驚いた。


(幾ら陛下であろうと、彼女は過去の人間だ。既に死んだ人間だと言うのに――……俺は何を)


「へぇ。“見せたい”とは良い趣味だ。俺なりの優しさが伝わらないようで悲しいが――……乱暴にされる方が良いってのは、ファイデ譲りだなぁファウストっ!!」


 ナイフを振り上げ男が狙うは、まだ立ち上がれないルベカ!?


「くっ――……」

「やっぱりな。庇うと思ったぜ……“先生”? その身体は死体だもんなぁ? 殺されても死なねぇよなぁ?」


 ファイデの死体では使える硫黄も水銀もない。先程のように、ルベカの中の物を使う暇もない。ならばと使うは既に死を迎えている器。斬られても刺されても痛覚を感じない肉の盾。やはり……ナイフを受け止めてもファウストは何の痛みも感じなかった。


「!?」


 ――……だが、問題はあった。


「言っただろう? 同じ魂だ、痛みは共有している。ファイデを仕留めた“凶器”でな、もう一度ファイデを刺せばファウスト――……お前の身体も死ぬんだよ。絶命の痛みがお前の身体まで届く」

「…………」

「しかし、まだ時を止めてある。今ならまだ間に合うぜ?」


 男はナイフで指先を切り、己の血を床へと落とす。そして、それを舐めろと命じて来た。


「俺の血だ。忠誠を誓い、呑み込めば――……晴れてお前も眷属だ。有り難く啜れ。ああ、嫌だというのなら別室で、違う物を飲ませてやっても良いんだが」


 クロニクルも人の子か。長年人間の仮面を付けてきた分、身内の前では抵抗があるのだろう。


「聞いてますか奥さん、お宅のお子さん――……幼気な美少年に向かって公然とセクハラを」

「この状況で余裕だな……それも時間稼ぎか? いいぜ、違う物を流し込んでやる」


 思い切り掴み上げられた顎、口から無理矢理飲ませるつもりか。悪くない。だが、少しばかり遅かった。時間稼ぎ、成功だ!


「“開け、錬金炉(アタノール)”」


 硫黄は既に、戻っている。戻さざるを得なかった――……高飛車ピエロがそう、判断した! 掌を向ける相手は目の前の男。炉より呼び出すは――……ボニーが見つけたはずの、“カイネス”だ。

 あいつの胃袋は底なし。これまでどれだけの魂を奪い喰らったか。一国を滅ぼすためにはいくら食っても足りないばかり。魂が無限に増えるマンドレイク男。食糧として飼われていた分際で、主に刃向かえばどうなるか。


「ぐっ、あっ……うぁああああっ!!」


 今度こそ、勝利を確信した。その刹那……苦しむ男の後方を動いた影。予想だにしない人物が、ファウストの視界を横切った。


「“凍れ”」

「!?」

「大丈夫ですよ、痛くない、痛くない」


 盲目のはずの婦人が動き、男の背を擦る。優しげな彼女の声は場違いで、此方の背筋も凍るよう。


「カイネスさん、この子の身体を奪うつもりなら僕は味方はしませんよ。今すぐ逃げ出さないと、貴方を僕が食べて消します」

「は、……ははは。これは、驚いた」


 二人いる。何処かには潜んでいるとは思ったが、人間として数十年も潜んでいたとは思わなかった。


「この子だけは死なせない。この子は誰にも殺させません」

「…………清廉潔白な領主殿、何故貴方が彼に与するのです? 如何に契約者と言えど、貴方の信条にはそぐわぬ輩! 女神ロンダルディカのため……手を引いて頂けませんか?」

「出来ませんね。僕はもう神ではない。悪魔ですから」




「えっと……はじめ、まして」

「へぇ、今度の悪魔は随分と可愛いな。お近づきの印に俺と一晩……」

「ラザレット、流石に彼女を口説くのは無礼と言うか……今の君はこの方の眷属。第四領主様は、君の主に当たる方だ」


 悪魔として彼の前に現れて、不思議な気持ちになった。その前に僕は彼と顔を合わせていたのだから。

 事の発端は、ほんの些細なことなのだけれど。


「喚び出し、ここだっけ? はじめて行く場所だし……五分前行動のはずが、五年前に来ちゃった――……」


 悪魔にとって、人の時間は短い。五年は誤差である。一度出直せば、五世紀後に来てしまうかも知れない。僕は約束の場所を、五年ほど眺め待ち合わせに備えていた。

 暫く眺めていると、その屋敷には養子がやって来た。外見はちょっと可愛いが、すれた表情をしている。大丈夫だろうか? 他人事ながらに心配だ。でも暇潰しにはなる。あの子の成長を見ていればあっという間に時間は過ぎるだろう。そう思ったのだが――……人が死んだ。

 彼が来て間もなく、両親が自決した。幼い彼には衝撃的な事件だろう。


(人間の一生は短い――……)


 貰われてきた彼は、愛情を受ける前に二人を失った。時期が悪い。家には財もある、遺産争いで揉める。自殺が殺人に変えられ、子供が罪を押しつけられ裁かれる未来は避けたい。こうして僕は、死んだ女性の死体に入り込み……彼女に成り代わった。

 彼からは第四魔力……罪の力を感じる。少しでも清められるよう愛情を注いで育てたつもりだが、それはとうとう叶わなかった。

 カイネスさんの導きで、僕は悪魔としてもラザレットに出会ってしまった。


「盟約により、彼に力を貸して頂けますね領主様?」

「あ、ああ……そうですね。では確認を。僕は彼の先祖であるマンドレイクと約束をしているんですよね?」

「マンドレイクを確認って、下でも見せれば良いのか?」

「えっと……血で大丈夫です。それから皮膚の上から、心臓に触れても良いですか?」


 悪魔になる以前のことはよく覚えているのに、悪魔になった後の記憶は意外とあやふや。どうでもいいことからすぐに忘れてしまう。

 彼の血を解析すると、そこには僕の魔力と言葉が残っていた。 約束をしている以上、守らなければならない。


「領主様?」


 彼の魂から、先祖の記憶を見ようとした。約束の場面を確認しようと思った。それ自体は確認出来たが、僕は一緒にとんでもない物を見てしまう。


(僕が、……いる)


 魂が再利用される以前の記憶だ。僕も知っている記憶だ。僕の探していた人は、こんな呪われた……救いようのない男として生を受けていた。

 幾つもの感情が呼び起こされ泣き出しそうになりながら、僕は笑顔を繕った。

 探しても、探しても見つからなかった。見つけられないはずだ。生まれ変わったその人は――……以前とはまるで別人だったから。


(君に言おうか? ……言えるわけがない)


 悪魔だって嘘を吐く。契約の上では嘘を言わないだけ。

 生まれ変わりは同一人物というよりは、子供のようなものである。そんなラザレットの持論は斬新だが、僕にも納得出来る言葉だ。昔の君が大好きだったけど、ラザレットは彼とは違う。

 君が何処までも愛を追いかけてしまうのは、手に入らなかったから。実は寂しいのは嫌いな所も、君の生まれ持った破壊衝動も。彼の魂を傷付けた、僕に責任がある。僕が君という化け物を作り出してしまった。


「対価が俺の子供? 魔女みたいな事を言うんだな」

「ふふふ、良いじゃないですか未来の事なんて」


 そう言っておけば、君は今度は幸せになれるでしょう? 寂しく一人で死ぬこともない。例え悪の道に踏み込んでいても、一人でなければ寂しくはない。

 一人くらい、昔の彼に似た性格の子が生まれたら、忘れ形見として傍に置きたいなーくらいの気持ちはありましたけど。人としての幸せを、貴方に掴んで欲しかったんですよ僕は!!

 それなのによりにもよって――……どうして惚れたりするんですかね!? 僕の天敵と契約している男の人なんかに!!

 ラザレット……この子は本当に、どうしようもない男に育ってしまった。いっぱい愛したのに、僕で毒薬の実験始める始末。血の繋がらない我が子を溺愛するお母さんの、視力奪うとか外道過ぎます!

 

(やっぱりこの子はあの人なんかじゃないぃい……魂は同じだけど、絶対あの人じゃないい……)


 とても酷い目に遭っている。陰で何度泣いたか解らない。それでも、それでも。短い人の一生が――……僕にはとても長かった。人として、我が子の成長を見守る。一年の四分の一しか生きられなかった“私”には、信じられないくらい長く……幸せな時間だったのです。


「この子に危害を加える“罪”は、誰であろうと見過ごせない」


 あの頃とは違う気持ち、違う名前の愛だけど。“私”は彼を愛している。これまでの眷属のように――……カイネスの企み通り、この子を消費させるものか。


「はじめまして、ファウストさん。僕は罪の悪魔エングリマ。本当の意味での“フェレス”。貴方の“メフィス”の半身です」


 敵と手を結んでまでこの子を始末したいか。氷の鎌を手にした僕に、錬金術師が息を呑む。先程のナイフなどより恐ろしい物だと知っている様子。


「“冬の悪魔”が相手です、もう時間稼ぎは使えませんよ」


連勤術死のためなかなかまとめられませんでした。

やっとここまで書けて満足です。もう3回くらい殺したつもりなんですが、あの悪魔がついていたせいでなかなか殺せませんでした。強敵です。(悪魔達については脚本シリーズの他作品を参照)


今回のサブタイトル

All Hallows' Eve → Save Allow Hell

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ