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32:激痛を食べなさい

 道化は死の病に感染した。

 未知なるものへの恐怖。感染すれば手の施しようがない。

 女王には影がいた。女王と道化が同じ場所に出ていた事実は伏せられて、白痴故何処で何をしていたか。城から抜け出した迷子の道化だけが病へ感染した。

 彼の存在は歴史上から葬られ、文献は数少ない。僅かな資料に基づけば、道化カイネスが処刑された理由は――……感染拡大防止である。

 聖なる炎は病を焼くと信じられ、道化は火刑にされたのだ。病を国内に持ち込ませないため、処刑は国外で行われたと言う――……。


 愛しい国を守るため、最愛の人を処刑する。せめて今後一切、他の誰も愛さないよう女王は国を伴侶とした。女王の悲壮な決意から生まれた奇跡。

 子を残さなかった女王は、代わりに神を産み落とした。これぞ女神ロンダルディカの誕生である。


 疫病を蔓延させる神がいるのなら、それを浄化する神もいる。

 道化の処刑と同年に、女王は国名を変えた。ロンダルシアは女神ロンダルディカを掲げ、ロンダルディアとして生まれ変わった。大きく変わったものは宗教だ。

 信仰により、確実な奇跡を起こす国神ロンダルディカ。女王の統治力と女神の奇跡は、死の病を国外まで追放したが――……奇跡は他国を救わない。女神の名を冠する王国へ組み込まれない限り、女神は彼らを救わない。

 命か誇りか。服従か復讐か。多くに愛された女神は、多くに憎まれる悪魔となった。

 国との再婚をした女王ベルカンヌ。女神ロンダルディカとの婚姻は、“契約”だった。


 神も悪魔も所詮は人の呼び方一つ。何方が優れているとも言わないが、信仰されれば神となり迫害されれば悪魔と変わる。“契約”を重んじる彼らの本質は、何ら変わらない。

 神とは信仰を対価に、奇跡を起こす存在。大国ロンダルディアを滅ぼすには、女神信仰を衰退させるが不可欠だ。


 そこで“僕ら”は、違う信仰を広め回った。高飛車ピエロという、恐怖から成る信仰を。





 道化は人にあらず。白痴故、罪を知らない。罪を知らないため許しも知らず、得られない。罪を知らない者は、救われることがない。死後、地獄にも煉獄にも彼らの居場所は存在しない。愚か者の行き着く果ては、辺獄だ。

 我々の辺獄は、何かと変わった場所であり……領主悪魔さえ容易には立ち入れない。

 最も容易く侵入出来る者と言えば――……あの変態、いや境界を司る第六領主の漁り場だ。幼子も多い場所なので彼に魂を好きにさせるは目に余り、僕はそこを支配した。よって今日の辺獄は第四領地内にある。


(いや、初めて得た領地……って言うべきでしょうか?)


 前任の領主が滅んだ時、その領地は同僚・部下達に蹂躙され奪われている。新たに生まれる悪魔は、領地を持たない。


(ここになら……あの人がいつかやって来るんじゃないかと思った)


 待って、待って、待ち続けて。結局今日まで会えていない。彼の一生なんて悪魔に比べれば直ぐに終わる。それなのに来ない。何処かで別の何かに生まれ変わっているのだろうか。領地を飛び出し、契約をして……色々な世界を見て回った。それでもあの人には出会えない。


(…………見つけられないはずだ)


 僕が見つけたその人は、もう少し先の未来にいて。そうなる前にその血は途切れてしまったから。


(けど、もう少し。もう少しだ)


 眷属に触れて見た未来。歴史の修正により消えてしまったクワラントの子・マンドラゴラ。その子孫である盗賊ラザレット。ここまで続いた。

 ここまで来ればもう一息。だからそれまでラザレットを死なせられない。


(ティモリアの企みは、ここで潰す。カタストロ様まで殺すなんて……許せない。僕の方が強い内に、彼を殺さなければ)


 受けた恩を、愛情を。それ以外のやり方で返すなんて許せない。幾ら報いの悪魔でも、やってはならないことはある。


「ラザレットさん、ラザレットさん」


 僕は契約者へと呼びかける。此方の手の内をわざわざ教える利点もないので、彼の頭の中だけに。


『なんだ、エングリマ?』

「約束通り、頂けるんですよね? 例の作戦で、女王様とは上手くいきそうですか?」


 自分に生まれた子供を寄越せ。童話で良くあるあれですね。本人が支払う代償がないため、すぐに対応してくれそうなものなのに……この男はなかなか子供を作らない。理由としては、マンドラゴラの加護が子に移り……自身の不死を失うため。

 高飛車ピエロ側も呪いを広めるため眷属は増やして欲しい。眷属が眷属を生み、国内外に蔓延させる。そのため彼は、それに代わるものを見つけてくれた。

 仕立屋ミュラーに隠されていた“本”だ。

 ラザレット自身をこの屋敷に縛り付ければ彼は無敵。生まれた子供は僕が領地へ連れ去る。それでその子の“不死”はラザレットに戻される。


『あれで勝てれば、あいつの勝利でおしまいだ。一族の呪いも消える。それで駄目なら――……あるんだろ? 錬金術師が貰った若返りの薬のように便利な奴が』

「まぁ、ありますね。性転換薬。以前……人魚と契約していた時に、呪いの解析は終えました。材料ならバルカロラ内で全て入手できます。凍らせる範囲を広げれば、貴方になら作れるはずです」

『そいつは良い。益々楽しくなって来た!』

「広げた分、破られやすくもなるので善し悪しですが」

『場所を組み替え、限定する。この屋敷は俺と同じく隔離病棟(ラザレット)だ』

「なるほど。丁度女王様と使い魔はダンスホールに居ますね。そこと錬金術師さんの所を限定して強化、他は薄めて広げましょう」

『……問題はカイネスと刑事か。手下を使うか?』

「いいえ。仕込みは終えています。同僚に賄賂を送っておきました。もう一人の使い魔も、此方にとって良いように動く。ホムンクルスの方も手を打っています、彼は使い物になりません」


 使い魔もホムンクルスも心を残し、心を持って……夢を見るのが徒となった。眠りの森の魔女の。第三領主は此方の味方。


『優秀だな。お前のような奴がどうして俺なんかに力を貸してくれるんだかな』

「ふふふ……僕は、悪魔ですから」





「あら……へぇー、そっかー」

「……お嬢様?」

「いや、ね? 私今回は狂言回しとしてプロローグとエピローグだけのつもりだったのよ」


 当初とは事情が少々違って来ている。あの二人の戦いとなれば、傍観ではない。静観に務めなければ厄介な者が現れる。

 この私、物語の悪魔もそれなりに、同僚達の面倒臭さと因果関係を理解している。


(メフィスという悪魔は、未来からやって来た第五領主ティモリア。それも、第二領主の力を奪っている――……順当に行けば遠くない将来、滅ぶのはエングリマ)


 不味い場面に出くわした。私の傍に居る使い魔は、監視役も兼ねた派遣使い魔。元は第六領主の手下である。


(第六領主にこの情報は筒抜け。未来を知れば、対抗策を練るものよ。第二領主の魔力を得た化け物なんて、あいつら程度では太刀打ち出来ない。その未来で、私が生きているかも解らない)


 そうなる前に私のように、ティモリアも潰されるか? 皆が団結し出る杭を打つ。そうなった時、暗躍するのも第六領主エペンヴァ。裏ではティモリアの味方に付く可能性もある。利益のために鞍替えをするクズ……簡単に裏切り信用できないが、仲間にも引き入れやすく、取引次第で容易に働いてくれる有能。あいつは悪い意味でトリックスター。


(エペンヴァがこの事実を誰に伝えるか、そこが重要よ。それに……)


 今、私達が治める地獄の均衡は――……眠れる魔王・第二領主によって保たれている。誰より力を持ち、誰より欲がなく……怠惰で働かない。絶対的な恐怖の存在、彼を刺激しない程度に私達は自由を謳歌している。未来で彼が滅ぶ。その事実は他の者に野心を抱かせる。

 野心を抱かないのは、統治に興味の無い私と無益な争いを好まない第四領主くらいか。

 エングリマは予知でその未来を知った。そうなればカタストロフの守りに入る。今この本の時代にいるのは――……過去か現在の彼?

 現在なら良い。問題は、過去の彼である場合。あんな優しげな面で、あの子は着々と準備を進めていたことになる。本の中の彼だけではない、現在の彼の動向も注視する必要があるだろう。


(第二領主の庇護がなければ生き延びられない、取るに足らない子供だと……誰もがあの子達を思っている)


 認識を改めなければならない。彼らは“夢の領地”も“脚本能力”も持っていないが、“時に関わる力”を持っている。現時点ではエングリマのみだが、いずれティモリアもそれに開花する。エングリマは時を凍らせ過去から未来に、ティモリアは時を遡り未来から過去に干渉する力。私やアムニシア程万能ではないが、使い方次第では恐ろしい存在となる。


「使い魔……」

「はい」

「あいつは何と言っている?」

「お嬢様はどうされたいのですか? 貴方は封印された。その場所に、俺は貴方と共にいる」

「……お前が報告のためゲートを開かなければ、奴に情報は届かないという訳ね。…………それが、償いのつもりなの?」

「…………そう、思って頂いても結構です」


 使い魔が、自身の上司に情報を伝えていない。決定権は私に委ねられたまま。私は封じられ弱体化したが、双子のどちらかを喚び出し今見えている物を伝えることは可能。そうした側に恩を売り、私の封印解除の一助と成すことも?


「私は物語の悪魔。契約者の物語を記録するのが基本。物語は天然物の方が美味しい魔力を生み出すの。だから過度な干渉は控えたい――……でも」


 まだまだ幼い双子の悪魔。姿はまやかし。かつての彼らには別の名と、別の姿と生がある。悪魔になる以前から、彼らはそれなりに長い年月を過ごしていたのだ。内面だけなら年相応とはいかない。

 彼らの正体を、私だけが知っている。他の“本”――……別の世界で私は彼らの過去を見た。


(あの子達は、愛する者は絶対に手に入らない。失い続けた。自身を、誰かを)


 それを踏まえて今一度。私は私として考える。


「使い魔、ティモリアを喚んで」

「畏まりました。ですが理由をお聞かせ下さい」

「悪魔として日々努力しているのはティモリアよ。あの性格じゃ、遅かれ早かれエングリマは滅ぶ。いつ死ぬかの違いでしかないわ」

「いずれ死ぬ相手にティモリア様が殺されるのは勿体ないと? お言葉ですが、ティモリア様は俺の主同様野心の塊。下位領主は得てしてそうです。恩は仇で返されますよ……お嬢様」

「だからよ。私は悪魔。より悪魔的なあの子の方が好きってだけ。第四領主は獲物としての好きよ。裏切りの方は約束で雁字搦めにしておきましょう」

「それは実害の及ばない範囲での話ですね。幾ら縛っても、時を操られれば意味が無い。害となり得る彼を助ける理由とは?」


 変な使い魔。大人しく従えば良いのに、私の判断にやけに食い下がる。

 納得させるには素直な言葉が必要か。


「……二面性」

「二面性……ですか?」

「ティモリアは残虐非道な拷問領主。それでも持ってる飴と鞭。むしろ逆なのよね。飴の存在を知られないために、あの子は鞭を磨くのよ。恐れられなければ、守れないから」


 第五領主は少し、私と似ているのだ。私情でしかないけれど、見ていられないのは彼の方。


「反対にエングリマは優しいわ。だけどその裏で何を考えているのかしらね? この本で私は初めてあの子が恐ろしいと思った。大勢の者を観察し続けたこの私を、今まで欺き続けたのだから」


 そう、恐ろしさ。理解できない者は私だって怖い。そんな相手が誰より大きな力を持つ未来など想像したくもないのだ。可愛らしい姿でも、完全体となって手に負えなくなるパターンはアムニシアで散々思い知らされている。


「あの子自身、まだ知らないのかも。内に秘めているものに気付いたら。エングリマが生き残る未来に代わったら、ティモリアの未来よりも恐ろしいことになると思うの」

「確かに……地獄全てがエングリマ様の領地と同じようになれば、多くの悪魔は滅びますね」

「そこまでは言わないけど、そういうところよ。あの子の正義は必ずしも善ではない。正しいけれど、人の心を理解できない。悪魔になっても神様なのよ、エングリマは」


 第二領主カタストロフ、彼の夢を私は観察した。頭の内側を覗いたに等しい。一方でティモリアは外からの観察のみでカタストロフを理解した。


「……これは私の推測でしかないけれど、あの子はカタストロの願いを叶えたように思うのよ」

「終末の悪魔の望みが、自身の終わりであると仰るのですか?」

「“あの本”を見てたら、なんとなくね。あいつが追いかけている美しい物は――……有限の世界にしか存在しないものなのよ」


 エングリマはカタストロフの心を理解できない。彼の持つ破滅願望を理解できない。助けようとする、生かそうとする。それは救いだろうか? ティモリアの拷問よりも、死の苦痛よりも非道な行為では?


「はぁ……お嬢様が、“人間”を愛していることは解りましたよ」

「はぁ? 何でそうなるのよ」

「何でもありませんよ」


 使い魔は小さく笑い、客人の召喚のため書斎を出て行く。


「何よあいつ。感じの悪い使い魔ねー」


 冷えた茶をスプーンでかき混ぜて、私はカップに口を付ける。美味しいけれど、変わらない味。いつまでも、いつまでも。だからこうして、わざと冷やしてみたくなる。わざと台無しにしてみせる。永遠とは、そういうこと。そういうことなのだ。






 身体の弱い彼と、踊れる日が来るなんて。

 細い指も握れば、私とは違う。夢のような時間はあっと言う間で。


(どのくらい時間を稼げた? ファウストさんはまだ……?)


 いつまで踊っていれば良いのだろう。楽しかったのは初めだけ。次第に焦燥感が膨らんで……


「ルベカさん。少し、休みませんか?」

「え、ええ。ごめんなさい……」


 呼吸が合わない。ファイデの足を踏み、ルベカは転倒してしまう。差し出された手に触れて、胸が締め付けられる。


(どうすればいいんだろう)


 こうして触れ合って、彼は少しでも私を好きになってくれた? 反対だ。もうすぐ手放すと思うと、私が私を惜しいと思う。彼だけの幸せを願いたいのに、彼との幸せを望む。

 早く錬金術師に助けて欲しいのに、この時が終わって欲しくない。

 私から言い出したことなのに、彼と踊らなければ良かった。そう思う。語らいを、触れ合いを。今迄以上を知ってしまえば未練が生まれる。こんな自分が嫌になる。

 彼に気付かれないように、仮面を外し……顔を背けて涙を拭ったその時だ。


「きゃっ……」

「ごめんなさい、お怪我はありませんか?」

「いいえ、此方こそすみません」


 前を良く見ていなかった。ルベカはぶつかり、よろめく婦人。彼女はそのままふらふらと床に倒れる。慌てて駆け寄り謝罪。先程のファイデのように婦人に手を差し伸べるが彼女は応えない。よくよく見れば……穏やかな笑みを浮かべた彼女は目を開かない。見ていないのではなく、見えていない。会場が眩しいからではなく、この女性は盲目なのだ。


(こんな場所に、一人にするなんて。いえ……この人混みだもの、連れとはぐれてしまった?)


「失礼します……」


 断った後婦人の手を握り、助け起こすと穏やかな声で礼を返される。


「ごめんなさいね、大げさだったでしょう? こんな所に私みたいな者が来るものじゃないですわね」

「そ、そんなことありませんよ! 貴女はとても魅力的です、私が殿方なら真っ先に声をかけていました」

「ふふふ、お上手ですね。もしも貴方にエスコートして貰えたら、きっと素敵でしょうね」

「えっと。お詫びと言ってはなんですが……何かお持ちしましょうか? お好きなお飲み物は? 彼方に座って落ち着けるところがありますよ」

「ふふふ……ではお言葉に甘えてしまおうかしら」


 盲目の婦人を席の方まで連れて行き、言われた通りの酒を持って行く。その間放置していたことをパートナーに謝るが……ファイデは嫌な顔はしていなかった。


「ご、ごめんファイデ君!」

「いえ。少し新鮮でした。僕以外の……誰かの世話を焼くルベカさんを見るのは」

「これ……お酒じゃないけど飲み物取ってきたから。温かくて美味しそうなの探してきたの。良かったらファイデ君も……」

「ふふふ……仲がよろしいのね、お嬢さんはバルカロラへはご旅行で?」

「え、ええ……まぁ、そ、そうです!」

「良いわねぇー! 私の息子も、そうなのよ。私に隠れて恋人を連れて来たって言うの。こちらにいる内に会わせてくれると言うから楽しみで」

「そうなんですか! 貴女のような方のご子息ならきっと素敵な方なんでしょうね。見初められた方が羨ましいです」

「ふふふ、自慢の息子なの。昔はとても可愛くて……目を悪くしてからは成長を見られないのが残念だけど。声だけならば素敵な紳士よ?」


 婦人は思いの他、若い。外見ではなく内面が。嬉しそうに笑った顔など、一瞬少女のようにも見える。心の若さが外にも漏れ出ているのだろうか? 控えめに見積もっても二回り以上は離れている女性が、時折同年代か年下の乙女のように見える。


「探しましたよ、母さん。こんな所にいたんですか」

「あら、見つかっちゃった。もうお仕事は良いの? 急患だったのでしょう?」

「ええ。終わりました。代理のエスコートを任せて悪かったね、“ミラ”」


 名を呼ばれた瞬間に、ファイデは人形のように固まった。ぴくりとも動かない。主の許しなく、言葉を発することも出来ない人形に。


(エス……クロニクルっ!?)


 自分は動けるはずなのに、ルベカも僅かに身体が強ばる。何故此処にこの男が? 錬金術師はどうなった?


「紹介しますよ母さん、彼女が私の恋人です」

(何を勝手なことを。誰がお前のような男に!)


 ファイデを殺した男が語る嘘に、ルベカは怒り狂った。けれどもファイデは男の手の内にある。意にそぐわぬ行動をすればどうなるか。嫌なやり方……そんな所で先祖を真似るか。


「まぁ! そうだったの!? 素敵な方だとは思ったのよ。貴女のような人が自分の娘になるなんて嬉しいわ!」


 答えられない。悪魔は約束事を重視する。この場を逃れるための嘘でも、カイネスに言質を取られかねない。ルベカは曖昧に、声を上げて笑いを零す。

 どうして私は、時間が凍った場所で……時間が止まってくれることを願っているのだろう。


(どうすればいい、どうすればいい? 神様神様ロンダルディカぁあああ!!)


 藁にも縋る勢いで、心の中で唱える名。後はもう神頼み。


(……あっ!!)


 笑って口を押さえる婦人。袖が下がり露わになった手の指に光る物。あの指輪こそ、此処にやって来た目的。

 目の前に目当ての品があるのに、最悪の敵が傍に居る。ルベカの肩を抱き、いつでも危害を加えられる距離にいる。


(悔しい……私には何も出来ないの?)


 呼びたい名はもう存在しない。クロニクルがここにいる以上……ファウストは頼れない。


(どうして、こんな時に)


 “カイネス”と、浮かんだ言葉。習慣は死んでも直らないのか。困ったときはいつも、彼を呼べば助けてくれると……まだこの魂は甘えているのか!? 誰が彼を呼ぶものか。私はベルカンヌではない。私はルベカ! ルベカ=ロンドという人間なのよ!!

 悔しさに唇を噛み目を伏せた瞬間、……硝子の弾ける音がした。弾かれるよう、ルベカの身体に自由が戻る。


「だ、大丈夫ですか!?」


 目を開ければ、婦人に液体がかけられている。また誰かにぶつかったのか? しかし好機! 男を振り払う口実、婦人に近付く理由を見つけた。婦人を助け起こしながら、ルベカは指輪を抜き取った!


「…………くくく、随分お早いお帰りで。そんなに恋しくなったのか?」


 そのまま人混みへ逃げ出そうとするルベカ。背中で聞いた男の声は荒く口調を変えていて……ルベカに向けられてはいない。恐る恐る振り向くと、ファイデが笑っていた。

 あれは人形の顔じゃない。錬金術師の不敵な笑みで。

解説回入れました。

差し込まないと、ややこしくなりそうなので。

領主悪魔達については『海神の歌姫』『終末のカタストロフ』等他の脚本シリーズをご参照下さい。


高飛車が初見の方は余計に混乱してしまうかも知れないので悪魔の解説パートは読み飛ばして下さい。


サブタイトルは

仮面劇pageantのアナグラム、Eat Pang のパンチ力を採用。

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