31:愛の毛皮で
(ファウストさん、ファイデ君……)
どうして二人の痛みが同調しているの? そこに理由があるのなら、それこそが彼が殺害された理由? 突拍子もない推測に、心臓は早鐘を打つ。
(でも本当に、それだけ?)
それならば、他にやり様があった。もっと早くに錬金術師に危害を加えられた。しかし彼らはそうしなかった。わざわざカイネスの侵入が困難な地を選び、潜伏した理由は何だ?
(さっきの記憶――……カイネスがファイデ君を攫ったのは。私に過去を思い出させたかったからではないの?)
痛々しい首。目を背けたくなるような傷跡。外見の違うファイデを前に、思い出すのは道化師の名前。
二人が重なる、過去が重なる。思うにカイネスは、自分と同じ存在を作りたかったのだ。
何処かに女王がいるのなら気付いてくれると期待して。一人では足りないから二人使った。
彼が子供達にしたことは、使い魔達にしたことは……彼の抱える過去や傷を映す鏡。決して言えない過去を、他人を犠牲に再現する。
(自分から、嫌いになって欲しいと言っているみたい)
悍ましいだろう、汚らわしいだろうと、笑いながら自分の傷をひけらかす。深く傷付いている癖に。彼が求めていたことは単純で。全てを知って見た上で、揺るがずあればそれで良かった。
「貴方が好き。大好きなの」
でも本当は。与えられるだけではなくて、私が返さなければならなかった。笑わせて貰った分だけ、彼を笑わせてあげたかった。許されることならば。
(“ベルカンヌ”は泣かせてしまったわ)
彼の涙と引き換えに、祖国を守った。今も同じ状況にあったなら、私は今抱き締めている人を……犠牲にするのだと思う。
それでも一人にさせたりしない。全てをやり遂げたら、追いかけて……私も同じ場所へ行く。ベルカンヌだってそうしただろう。そうする前に――……
(な、何よ……これ!)
コンマ数秒。息も出来ない圧迫感。心から溢れ出した感情が、突如押し止められる。ズキズキと痛む胸は警告のよう。
今ならば引き出せると思った女王の感情、記録が。痛みで途切れてしまっている。歴史上……女王ベルカンヌは天寿を全うしているはずだが、これではまるで。
(背後から、胸を刺されたみたいじゃない)
今のよう、抱き締めた相手から……背中を刺されたようではないか。
(ファイデ君……)
でもそれは貴方じゃない。彼でもない。どんな理由があるにしろ、なかったにしろ……愛する人から与えられる物ならば、私は痛みなんて感じない。
「…………首。触っても良い?」
自分で襟を寛げたのに、いざ問いかければ少年は、顔を背けて俯いた。こんなことでも恥ずかしがる子が、酷い殺され方をした。服を脱がせば傷がこの目に入るだろう。涙を堪え、ルベカは笑みを浮かべる。
*
「カイネス……まだ、起きてる?」
「眠れないのか、ベル?」
抱き締められたその後に、女王の口から零れた言葉。二人共に寝転がっても、何の意味も成さない夜伽。同衾しても、子供のように寝転がるだけ。
「……解っていたつもりでいたわ。あの薬は、良くないものだった」
一人の身体の内側で、男と女の人格を入れ換える。入れ換えるのではない、精神を作り換える。成長期にどちらか一つだけを摂取し続けていたのなら、彼は普通の男か女になれていただろう。
けれど主のために働いて。潜入任務を受けたカイネスは、性別さえ違う複数の人間を演じてみせた。
「私が止めさせた時にはもう、……遅かったのよね」
「僕が不甲斐ないばかりに、君の名誉が汚される。君がどれだけ民を思おうと、子を残せぬ王など……批判の的だ」
カイネスの身体は、正常に機能していない。彼との間に子は望めない。彼は男になり損なった。
「“ベル”……このまま僕と一緒に、逃げてくれ。これ以上……君が傷付く姿を見たくない。僕の所為で君までも、君の身体に問題があるなんて言われるんだ。僕はそれがもう、耐えられない……」
他国から、家臣から。他の男を迎えろと責められる。男を変えても産めないのなら問題があるのは女王の方だ。それを知られるのが怖くていつまでも道化を遊ばせている。揶揄する悪しき噂も広まっていた。ベルカンヌの耳にも当然それらは届いている。
「それでも彼らは。民は私と貴方の可愛い子でしょう? どんな子であっても親が子を、見捨てることは出来ない」
「君を王と認めない奴が、守るべき……僕らの子だって!?」
「国を害さない限り、どんな子も私達の子よ。貴方は私に国を捨てろと言うの? だとしたら貴方は本当に……とんでもない道化だわ。貴方から離れられないようにして、ご主人様の国盗りをさせるつもり?」
「ベルカンヌ!」
「冗談よ。貴方はそんな人じゃない」
道化の腕の中、女王は身体を反転し彼の方を見つめて言った。
「貴方の言う通り……私だって、時々思うわ。王冠を頂いて、椅子に座っているだけならば――……私でなければならない理由はないのかも」
「ベルカンヌ……」
「それでも私が唯の小娘だったなら、こうして貴方と共にいることもなかった。私が簡単に……全てを投げ出すような女なら、貴方は私を愛してくれなかったわ。いいこと、カイネス。お前が愛しているのはこの女王、ベルカンヌ様なのよ? その上で聞くわ。貴方は本当に、私を唯の女にしたいの?」
「そ、それは――……」
逃げたなら、もはや愛した人ではなくなる。次第に愛は薄れて行く。女王の追求に、道化は答える。それは実際に、攫ってみなければ解らないと。
「唯のベルカンヌには、何の値打ちもないのよカイネス」
「それは違う。違うよベル!」
女王の嘆息に、道化は食って掛かった。
「君だけだ。君だけなんだ! 僕のすることを見て、少しも僕を軽蔑せず、見下さず――……心から楽しいと笑ってくれたのは!! それに僕が、どれだけ救われた事か!!」
「私……満足に家事は出来ないわよ。着替えだってろくに。貴方に苦労をかけるだけ」
「君の笑顔は、ロンダルシアの宝だ。僕の宝だ。それ以上、価値のあるものなんて……何処にもない!!」
熱烈な言葉を受けて、女王の頬が羞恥に染まる。顔を背け背中を丸め……道化に表情を見せないようにして。彼女は小さく呟いた。
「……明日また、舟に乗らない?」
「勿論。何処へでも、お供しますよ」
「ありがとう……あのね、明日のいつか。私から貴方にキスをしてあげる。その時になら、どんな願いでも一つ叶えてあげるわ」
「ベル、それは……!?」
「本気で私を攫えると、貴方が思うのならそうしなさい」
お休みと、最後に女王は告げて。そこで会話を打ち切った。
狸寝入りの演技をし、幸せな夢を見ているように……口元を吊り上げた。何度か名前を呼ばれたが、聞こえない振りをして無視を決め込む。
暫く疑っていた風だが、数分経過した頃にようやく彼も演技を止める。
さっきまで貴方は笑っていたのに、此方が眠った後に泣き始めるのは卑怯だわ。貴方は今嬉しいの? それとも悲しいの?
私が貴方を選ぶことが嬉しいのに、私に国を捨てさせることが辛いのね。私が作った場所で、私達が幸せになれないことが呪わしいのね。
(泣かないで)
そう告げたなら、貴方は無理して笑うから。何も言わずに受け止める。
(カイネス……)
子に恵まれなかった、貴族の家。彼らは秘密裏に、人間を作り出そうとした。何とか形になった子は、生まれた後も欠けていた。
不完全なその子供は、薬によって欠けを補い完成を求められた。けれども所詮は紛い物。まともな人間のようにはなれない。一方を飲み続けても力は弱く、もう一方を飲み続けても身体はさほど丸みを帯びない。
完全な何かになれないのなら、不完全であることで意味を成そうと動いた先で……不完全のまま愛された。自身の全てを肯定された幸せの先……不完全であることが“彼”を苛み続ける。
(好きよ、カイネス。恋も愛も――……貴方が全て、教えてくれた)
貴方が本当の笑顔を見せてくれるなら。私は貴方に浚われても良い。この地上の何処にも行き場がないのなら、二人で海に沈んでも構わない。そう思っていたのにね。
始まる仮面舞踏会。口付けられた道化師は、許しが出たと女王を連れて逃げ出した。偽物の……女王の手を引いて。
“ベルカンヌ”の失態は、腹心の裏切りに気付けなかったこと。恋愛相談をした相手が悪かった。最愛の友が、最大の裏切り者。計画は、筒抜けだった。
カイネスに、キスをしたのは――……女王の影。カイネスは大事なときに、大事な人を見分けることが出来なかった。
*
「ルベカ、さん?」
首を吊られた縄の痕。彼の首筋に口付ける。舐めたら消えるかしらなんて、馬鹿なことを思いながら。
何度首にキスしても、それは消えない。この先へ進んでももっと多くの傷が、取り返しの付かない過去が見えて来るだけ。
(だけど、“ベルカンヌ”は……こうすることも出来なかった。あの人は、胴体に首が残らなかった。“私”がさせたんだ)
カイネスが犯人に殺害方法まで命じていたのなら。本当に復讐が目的だったなら、同じようにファイデの首を落としていたはずだ。単純に過去を思い出させたいのなら、そっくりそのまま何もかも。全てを再現すれば良い。
(何故カイネスは、ファイデ君の肉体を残させた?)
意識が余所へと向いていて、歯を立ててしまったか? 首筋を囓られファイデの身体が飛び跳ねる。
「ルベカさん、あの……くすぐったい、です」
嘘ばっかり。貴方は怖いのよ。それだけのことを、されたのだから。触れた首筋から伝わる震え。今彼が、感じているのは恐怖。痛々しい首に口付けた途端、ファイデは怯えた様子を見せる。口では何とでも言えるが、心までは騙せない。本当に……酷いことをされたのだろう。
(自分から誘ってきておいて、そんなに怯えないでよ。……こういうの、人によってはそそられるのかしら?)
確かに、悪くない。つり橋効果を狙った過去なら自分にもある。けれど、深く傷付けられた魂を……更に抉っていくことが愛を示すことには思えない。
ファイデの首を解放し、そのまま彼へと抱きついた。
「あの、何を……?」
問われても何も返さずぎゅっと抱擁を続ける。冷たい死人の身体が、少し温かくなったように感じるのは気のせいか?
「ルベカさんっ!」
叫ばれ顔を上げてみる。ファイデの顔は赤い。使い魔は酷く戸惑う素振りを見せていた。
「何って。愛しているのよファイデ君。遠慮しないで。いつでも私の中に入ってきて良いのよ」
「言動が矛盾しているような……」
「ここに、ファイデ君の霊と魂はあるんでしょう? それなら話は早いわ」
しっかり押さえつけられて、動けない。抱く抱かないの話ではないと訴える少年に、ルベカは微笑み言い放つ。
「私の身体を貴方にあげる。辛いというのなら、名前も身体も捨ててしまえば良いわ。親族もいないし、何の柵もない分気楽よ多分。貯金も残してあるからしばらくは生活に困らないと思うわ」
身体を捨てても私の魂はある。身体的な意味では私は死んでいない。カイネスとの賭けから逃げずに愛を示している。これ以上の回答があるものか!
「僕に……貴女の名前と身体で生きろと?」
「駄目ね、いけると思ったのに。こうしてくっ付いているだけじゃ、出来ないみたい。でも、ファウストさんなら出来るわ」
「…………そんな馬鹿げた話、あるわけが」
「そうやってミディアは甦ったの。本当よ」
友人を名前で呼ばなくなった、姉の彼女に対する微妙な距離感を彼は思い出した風。生前のミディア本人には、ファイデも確実に会っている。違和感ならば彼も感じていたのだろう。彼の口から反論の言葉が消えた。
「大丈夫よ、ファイデ君。辛いことも痛いことも嫌なことも怖いことも、もうしなくて良いの。全部私が代わるから……」
「っ、……離して下さい、もう。解りました」
「そういう訳にはいかないわ」
ルベカは身体を離し、ファイデをエスコートするよう今度は片手を差し出した。
「デートしましょうファイデ君」
「で、デート?」
「私はそれを知っているけど、君は何も知らないの。過程のない愛なんて唯の暴力よ。愛って言うのは、段階が必要なの。ここは時間が止まっているんでしょう? だったら“今だけ”なんて言わないで」
「ええと、……」
「少しでも、私のことを好きになってくれたなら……私の身体で生きるのも、悪くないって思えるはずよ」
戸惑う彼の手を引いて、賑やかな……パーティ会場へと足を運んだ。
(大丈夫、大丈夫……)
自分に出来ることをやる。私は間違えてはいない。困惑しているファイデの反応に、ルベカは確信を抱く。自分の行動は、この場を支配する者の思惑から外れていると。
(ファウストさんの方は大丈夫かしら?)
彼はこちらの会場には近付かない。ここにいる限り、彼の邪魔にはならない。私は私の仕事をするんだ。
通路の柱時計、針は眠ったまま。おかしな話だが、時が動き出すまでは時間稼ぎをしなければ。
(まだ、ファウストさんには会えない……ファイデ君を近づけられない)
身体を引き渡すのは、彼とクロニクルの戦いが終わった後。私もまだ、戦っている最中なのだ。
過去の再現を企む者は、これから此方に仕掛けて来る。いるのだ、きっと。エス=クロニクル以外に悪意を持った存在が。
(そうよ……来るなら来なさい。あの日の再現が目的なら、今度は私は間違えない。この手を絶対に……離したりなんかしないから)
彼への愛を守り切り、私は証明してみせる。女王がカイネスを、愛していたという“確かな記録”を。
*
キスをして連れ出した。途中からは彼が手を引いて、二人で息が切れるまで走った。
その頃にはもう、取り残された女王は……あの人に捕らえられている。
空には狂気が丸く明るく浮かんでいた。振り返った彼が目にした私も、月に似ていたことだろう。私は貴方という恋に、どうしようもない程狂っていた。
「……“ベル”?」
何を言われても答えない。此方の様子を不審に思われ、仮面を剥がされた。
仮面の下から赤らんだ私の顔を見つけた瞬間、彼の顔から血の気が引いた。私の正体を知り引き返そうとする彼を、私は言葉によって引き留める。
「待ってカイネス! もう、貴方は戻れない。このまま私と逃げましょう」
「…………断る! ……主を裏切るのか?」
「貴方がそれを言うの?」
今宵、道化と王を入れ換える。“正気”に戻った道化は王になり、女王は妃となって幸せに暮らせば良い。そんな治政の片隅で、私達も身の丈に合った幸福を得れば良い。
「クワラント様は、愚者よ。気付いていたから貴方は彼を見限った。違いますかカイネス?」
壊れ狂った男でも、元来彼は善人だ。人を信じすぎるきらいがある。そうやって、忠実な道化にすら裏切られたことを忘れたのかしら。それとも、女心も解らない無粋な男だから?
「クワラント様への侮辱は止せ。大恩ある主――……彼を裏切ったつもりはない。唯、僕は」
「愛に狂ったと? それなら私も同じよカイネス。私の行動は裏切りではなく、貴方への愛! 愛が免罪符になるというのなら、貴方は私を許すべきだわ」
「…………リュディア、いい加減にしてくれ。何を言われようと、僕は君と一緒に行けない」
仮面舞踏会で彼らを欺し引き裂いた。今頃女王はクワラントと共にいる。
「国にとって必要なのは無能で不能な貴方じゃない。王になるため生まれた彼の方。陛下の幸福は、御身の幸福ではない。国家の幸福。彼女を真に愛するのなら、貴方が身を退くのが愛でしょう?」
「仮にそうだとしても、誰を愛すかは僕の自由だ」
道化は馬鹿故に、主君をも誹れる。梃子でも動かぬと応じぬ男に、私は別の切り札で応じて見せた。
「クワラント様は、妃が私でも良いと仰った。道化の貴方でも、この意味は解りますね?」
要求に応じなければ女王を殺す。そう告げた時、彼の目の色が変わった。
「…………ベルカンヌを質に取るか。いかれた君は兎も角、あの方のお心が理解できない」
「貴方に解って? クワラント様は、愛する者を同時に二人失ったのよ。その一点だけでなら私は彼に深く同情しています。貴方と彼、間違ったことをしているのはどちら? 彼に“あんな事”をさせてしまったのは誰? あの方は、本来の在り方に道を正したいだけ。得るはずだった姫を得て、可愛い道化に仕えて貰う」
「奪った物を奪い返され、生涯指を咥えて見ていろとは……あの方も愉快な事を言う」
「ええ。だから……道化としてクワラントを殺しましょう。貴方が王になれば良い。彼が子供を産ませた後に」
「……下衆が」
此方を軽蔑する眼差しが心地良い。そんな忌み嫌う女を愛さなければ、お前は全てを失う。欲しかった物がもうすぐそこまで来ていると、私の胸は高鳴った。
「どうして? それで貴方もベルカンヌ様も幸せになれるのに?」
「彼女の心変わりを期待しながらよくもまぁ、舌が回るものだ」
「あの人は貴方になりたがった。疫病を国に持ち帰った責任で、道化は殺される。だから……あの人が道化になればいいじゃない。名前は変わっても、貴方は王のまま。陛下だってそれを望んでいらっしゃる!」
「変わるのは、名前だけじゃないだろう? お前はあの人と……同じ目をしている」
野心を抱いた瞳で何を言う。隣に座る女が入れ替わる。それが気に入らないと男は言った。
「王ならば、使用人の一人や二人……手を付けても何の問題はないのでは?」
愛する人が惨めな境遇に落ちようと、生きているだけで感謝して貰いたい。僅かばかりの慈悲を見せ、逃げ道を残す。愛する人の命を質に取られては、如何にこの男でも膝を折る。仕方ないと妥協させられる。それでも“いかれた”男は笑うのだ。
「髪の毛の先から、足のつま先まで。僕はあの人の物だ。名前もね。例えそれが死であろうとも、他の誰かに奪われるつもりはない。それは彼女も同じ事」
「そんなに愛されているのに……どうして陛下は御子を授からないのか不思議ですね?」
「そうだね。今となっては、触れることも叶わない」
カイネスは、笑いながら路地裏へ行く。そしてあろうことか、汚い鼠を拾い上げ……生きたまま食い千切る。
「さぁお嬢さん、哀れな道化を笑ってご覧なさい」
誰がお前のために生きてやるか。道化は私を嘲笑う。
彼女ために死ぬために。この狂人は、自ら病に感染をした。王国へ病を持ち帰れば命はなく、このままでも命を落とす。狂人は笑いながら、ロンダルシアの方角へと歩いて行った。
やがて王国で首を切り落とされた道化は、その後直ぐに身体を焼かれた。彼が隠し持っていた“秘密”が世に出ることもなく――……カイネスは“男”のまま死ねたのだ。
*
「さて。粗方見ただろう? どうするか心は決まったかい?」
記録から目覚めたミディアへと、ドロレスが問いかける。答えを探すどころか迷いと疑問が増えた。過去に呑み込まれて、大事な二人がどうでも良くなる程に……道化への想いが甦る。
(おかしい。おかしいです)
頭の中で紡がれる……復元された記憶に、ミディアは疑問符を浮かべる。
カイネスが納得して死んだなら、彼が今日までロンダルディアを恨み続ける理由がない。高飛車ピエロとして悲劇を生み出す理由は何だ?
(これなら無理矢理悪魔にされても、復讐なんて考えない。カイネスに何があったの?)
解ったことは僅か。“リュディア”が女王になりたかったのは、彼を追い求めたのは。想い合う二人の姿に魅せられて。私が彼女に成り代わっても、同じ目で彼は私を見てくれない。
血筋も身分も経歴も。申し分ない英雄を退けてまで求めた道化。女王がカイネスを選んだ瞬間に、価値なき道化は英雄以上の価値を得た。カイネスの存在は私に夢を、野望を抱かせた。女王の影に過ぎない私でも、彼のようになれるのではないか。彼が私を見つめてくれたなら。
「愛は身体を飾るもんじゃない。心を飾る宝石さ。いい加減解っただろう?」
即物的幸福のため、側に置き飾り立てる装飾具ではない。手に入らなくとも、己の心を磨けたのなら勝ちだ。ドロレスに、言葉にされて染みていく。
「お嬢ちゃん、あんたの中にはどんな石がある? どの石に輝きを戻したい? 頭で考えるんじゃない。心で決めて良いんだ」
「……選べない、です」
「はぁ……まだそんな事を言って」
「だって……! 私は酷いことをしたのに……ソルディちゃんも、レッド刑事も! ……本当に、私に大事なものをくれたんです! なのに……私は。リュディアはずっと……優しくなんか、されたくなかった。私達は罰を求めていましたっ!」
「…………罰、ねぇ」
犯した罪の報いに浸っていたかった。あの人は。カイネスだけは……私の罪を知っていて、私を軽蔑してくれる。私を許したり、優しくしたりしてくれない。それが何より、私には必要な事で。与えられる優しさを、受け取れるだけの土壌が私には欠けていた。
カイネスを想い続けた理由。彼を追いかければ身の破滅。それが自身の願望だった。
しかしいつも、周りの誰かが犠牲になり自分が生き残る。罪が増えれば増えただけ……彼を追いかけ罰を求めた。
「おあつらえ向きな話がある。我が儘なお嬢ちゃん、あんたの望みが叶う方法を私は一つ知っているよ。あんたはどうやって甦った?」
ドロレスの言葉の真意。使える死体を二体用意しろ。辺りを見回しミディアは気付く。他に使える身体とは、……
「ソルディちゃんの身体と……私の身体を使って、二人とも甦らせる?」
「そういうこった」
提案されたもう一つの選択肢。それは全てが解決する話。犠牲になった二人が何方も戻って来る。自分がいなくなってしまえば、甦ったソルディに責められたりしない。
簡単だ。あれだけ思っていたじゃないか。
(“私なんか何処にもいなくなってしまえばいい”)
過去の掘り下げ大体出せて満足です。
Faust lover ミディアの曲https://piapro.jp/t/m81D
タイトルをアナグラム。
At Love Furs
寝落ちしかけながらまとめたので、起きたら手直しするかも。




