18:親愛なる仮面
「時に陛下、夢魔が介入できない世界とは、正しき記録にございます」
衣装を押しつけた錬金術師は扉の前で、奇妙な問答を始める。
「夢として見る記憶は、全てが真実ではないのです。本人の願望や感情……自己防衛の意識により左右され客観性に乏しい。そして、奴が脚色も出来てしまう」
着替えながらの回答は、よく練る暇はなく、ルベカは思ったままの言葉を転がし返す。
「だから本を私に? 本だって書く人の気持ちで変わってしまいそうだけど。これから会う人は、貴方のようにとても長生きだとか、記憶がはっきりしているのかしら?」
「今生より先の記憶を見るには二つの方法があります。自身に聞くか、他人に聞くか。世の中には信じられるのは己だけ……などとお思いの方も大勢います。私も概ねその認識側におりますが、記憶に限っては自分ほど疑わしい者はおりません」
「……不思議なことを言うのね、ファウストさんは」
この時代の誰よりも、多くを知っている人が……自分の記憶を疑っている。
「他人に問う場合はなるべく大勢に聞くのが良いのです。多くの目が集まれば、より多くの角度から俯瞰的に事象を知ることが出来る」
「でも流されやすい人って居るわよね。騙されやすいって言うの? 他人の意見を自分の考えだと思っちゃう人。大勢居れば、その分騙される人の言葉も多く入ってきて――……結局は、嘘が上手い人の情報が真実ってことになると思うの」
「流石は陛下。実にご聡明であらせられる。ええ、まさに。故に最も信憑性があるのは、心のない物が見た風景なのです。より多くのそれから情報を引き出すことが、正しき記録へ繋がります」
「……私が会うのは“物”を持っている“人”ってことね。理解したわ。こうやって面倒なやり方なのも、“物”が奪われたら困るって理由なのよね?」
「どう思われようとも結構です、全ては陛下の御随意に」
はいともいいえとも答えない錬金術師。夢魔を警戒してか? 次第に彼を理解して来たように思うが、会話が疲れる辺りは変わらない。
「知ってる、ファウストさん? 貴方はとても頭の良い方だけど、本当に頭のいい人って……馬鹿でもちゃんと理解できる説明が出来る人のことなのよ?」
「おやおや。私がいつ、私が賢いなどと口にしました? そもそも陛下、真の愚者は停滞した人間ですよ。思考を止めた芦はもはや人とも呼べません。理解できないことを考え、自身の納得する答えを得る……その繰り返しが人間の生でありましょう」
「……悔しいけど私が負けたのだけは解ったわ」
「ふっ……もう着替えの方は終わりましたかな?」
「貴方が本気でそう思っているなら、貴方が交際して来た女性達ってみんな随分健気で大胆だったのね。貴方に服を脱がせる労力をかけることさえ嫌がったなんて」
随分と凝った衣装だ。コルセットなんて一人で着るなんて無理よ! ルベカが嫌味を直接ぶつけるを聞き、メフィスが現れ手を貸した。契約下にある悪魔とはなんとも便利なものである。
「これは失敬。ですが陛下、貴女は口があるのですから……手を貸して欲しいと一言口にすれば良いのです。何故我々が共に行動しているかお忘れ無きよう。我らはお互い、それぞれが単独では為せないことを成すために、こうして共にいるのでしょう?」
ファウストは変人だがたまにまともなことも言う。そうしていると年上の男らしい父性を感じる。
(…………私じゃなくて、あの子にもそういう所見せればよかったのに。本当に、変な人)
ミディアとも、良好な親子関係を築けただろうに。ミディア、フェレスにメフィス、レッド刑事、マルガレーテ――……。この人は何を考え、周りを巻き込み多くを傷付けているのだろう?
「ああ。ちなみに最初から手伝わせなかったのは、その方が面白いと思ったからです故。あの陛下が私なんぞに悪魔を貸せと懇願するのが見物だなと」
「ファウストさん、女王に何か恨みでもあるの?」
「まぁ、間接的にはそれなりに」
「まぁ、……そうよね」
扉の前の男が五月蠅い反動か、悪魔の方はとても静かだ。少々不気味な程である。ファウストに何か命令されている?
「ねぇ、メフィス……」
声を掛けて気が付いた。悪魔は既に着飾っていて仮面まで付けられていた。フルマスクの所為でメフィスは会話が出来ない状況にある。仮面を勝手に外すなと命令されているのだろう。
(…………なんか、本当に妙な感じね)
会話がないからどうすればいいか解らない。されるがままのルベカを悪魔は着飾らせていく。そんな中……ルベカは奇妙な既視感を覚え始めた。
(……記憶)
女王ならばこうやって。誰かに着替えも手伝わせていたに違いない。ルベカにその記憶は無い。それでも懐かしいと思うのは、“そうであろう”という記録……その再現を見せられて?
錬金術師はこのように、女王の歩いた道をルベカに辿らせ追体験させることで、過去を蘇らせようと企んでいる?
(でもそれって、おかしな話)
私情を挟まない、客観的な情報。女王の時代からの生き証人。大昔の遺物が隠されている? 当時の王城だって、どこにあるのか解らない。それともこの街に――……女王が訪れた? ファウストが会わせようとしているのは、物だけではないのだ。物の記憶を対象に、見せることが出来る者!!
「ファウストさん!!」
「良い表情です。やはり貴女は“生きて”いらっしゃる」
答えがわかったわ! 着替えが終わり部屋を飛び出すルベカを見、錬金術師は満足そうに頷いた。
*
汗ばむような熱気と香水の香り。目を閉じれば知らない誰かの息遣いを近くに感じて、居心地が悪い。ルベカは自身の容姿に無頓着ではない。他人から自分がどう見られているかを知っている。
(仮面舞踏会ねぇ――……)
密会の相手は王家縁の人物。相手はお忍びでやって来る。簡単に会えない相手に会うために、舞踏会は都合が良かった。大勢の人の中に姿を隠せるし、揃って消えていく理由も詮索されない。
赤いヒールのスティレット、赤く派手なドレスと仮面。こんな格好もルベカは嫌いではない。それでもこの数年、“彼”の作った服ばかり着て来た。肌触りの違和感。彼ならばどんなドレスを仕立てただろう。また同じ事を考える。
先方にはファウストが話を通し、ルベカの外見・服装は伝えられていた。ナンパを装っての合い言葉も決めてある。相手の使いは、ルベカを舞踏会へ誘い……主の待つ部屋まで連れて行く。
(大胆な奇策がかえって目立たないってことなのかしら)
この場では、地味な方が浮いて見える。その認識は正しいが……錬金術師が用意した衣装は下品でなくとも扇情的で、人の視線を集めてしまうが気分は悪くない。自主的に、仕立屋の看板役を買って出るくらいには……ルベカは自分に自信があった。突然用意された衣装でも、及第点以上の着こなしは出来ている。
それでもファイデのお手製ならまずこんな露出はあり得ない。意中の人を落とす以外で、自分の“女”を武器に使っているのが情けないし屈辱的だ。いいや、そんな物でも目的のために役立つならば意味はある。ルベカは自身の感情を一度捨て、状況の判断に努めた。
(凄く視線を感じるけど――……)
此方へ向いた無数の視線。その内のどれが本当の待ち人なのか。見極める必要がある。優しく微笑んでやれば、いくつかの影が動き出す。
「あ、あの……もう踊る方は決まっていますか?」
「これはこれは麗しのお嬢さん。いえ、私は妹の付き添いですよ」
声を掛けてきたのは意外にも、女性達。なるほど、視線のいくつかはファウストへのものか。自意識過剰だったかとルベカは自嘲した。
(……ふぅん、ああ見えて結構モテるのねファウストさん)
ミディアが高飛車ピエロに惹かれたように、危険な香りがする男性を魅力的に思う娘は少なくない。
(というか、素顔出してないわよね!? どうしてペストマスクであんなにモテるのよ!? 解らない、解らないわ!! これも悪魔の力って奴なの!?)
怪しさ満点。顔が隠されることで、彼の綺麗な髪と美しい指先に目が行く。不審者感は仮面に集約されている。一つ一つの動作も洗練されていて、中身はさぞ美しい貴公子なのだろうと勘違いさせているのだ。
「別に私はいいわよ。折角だから行ってきなさいよ兄さん」
視線の半分は、どうしてそんなに淑女から注目を集めているのだこの不審者がという、同性からの妬みであるのかも。ファウストが傍に居ない方が仕事が捗る。ルベカは微笑み、錬金術師を遠ざけた。
「む? そうかい? では私は行ってくるよ。彼方のお嬢さんと一曲」
「はいはい。行ってらっしゃい。私は外の空気を吸ってくるわ。なんだか疲れちゃった」
女達の視線をファウストが引き連れ離れると、視線のノイズは少なくなった。三人では目立ちすぎる。機を見て別行動は作戦の内。男女二人ならば目立たない……これから待ち人も近付いてくるだろう。ルベカは会場外のバルコニーへと移動した。
(厄介よねぇ。名前も顔も解らない相手を見つけろだなんて)
悪魔を使って手紙のやり取りをしていると言うのだから、先方も魔術的な方面に通じている。手紙で情報を送ってくれても良いのに、直接会う必要があるのは何故だろう? こんなに面倒なことをして。
バルコニーへのガラス扉には、メフィスが目を光らせている。会場には彼女? の使い魔も大勢放たれており、明らかに下心が透けて見える人間は……美女に変化したそれらがナンパ男を掻っ攫う手筈になっていた。しかし、バルコニーへルベカを追ってくるのが下心のない部外者である展開も起こり得る。それ以上はルベカが判断しなければならない。
(…………なかなか来ないわね)
本物まで悪魔に退けられていやしないか、少し不安になる。首、胸元の大きく開いたデコルテの所為で、次第に肌寒さを覚える。窓の中側では、また一人……口説けるか解らない女より、その気で誘ってくる女に靡いた者が居た。相手が人間ではないことに気付きもせずにデレデレと。お熱い夜を過ごしたとして、それで寿命何年分の生命エネルギーを吸われるのかしらね。自業自得の他人事ながら、ルベカは僅かばかりに哀れんだ。
(相手が慎重になっているのは、それだけ夢魔を恐れているからよ)
本人がバルカロラへ入れなくとも、他人を夢を使って操ることは可能。操った人間をこの都市に送り込めば良いだけ。悪魔の監視を掻い潜り、此方へ近付く恐れもあった。
(でも変ね。偽者が来たって、そいつはその人の居場所を知らない。王族が目的でも……相手の居場所を知らない私に近付く意味はない。精々人質にするくらい?)
むしろ、目的の人物と合流できても……敵に後を付けられる方が厄介だ。悪魔と錬金術師の力を信じるしかないか。ルベカは恨みがましく室内を見た。向こうでは幾人もの女性と談笑している錬金術師。大事な時に、ちゃんと力になってくれるか疑わしい。自分がしっかりしなくては。ルベカは気合いを入れ直す。それは、すぅと大きく息を吸った時だった。
「此方は涼しくて良いですね。貴女も風に当たりに?」
ルベカの隣。手摺りまで近付く影一つ。
早く来いと念じ続けた甲斐があって、ルベカの傍には仮面の青年が現れた。彼の仮面は、羽織っているのは黒マント。人気の正装、彼と同じ出で立ちの者は多い。しかし、仮面が彼らと違う。彼は長鼻の召使いの仮面。
本当に彼らが貴族である保証はないけれど、会場には顔全体を覆う貴族や幽霊の仮面が多かった。勿論召使いの仮面の人も、会場には何人も存在するが――……使者がそのまま使用人を名乗るのは不用心だ。それこそ敢えて――……道化の仮面でも付ければ良いのよ。男性にはハーレクインを付けての参加者も多い。ルベカが会場から離れた理由の一つがそこにある。道化仮面からの視線を受け続けるのが辛かった。その中に、よくない者が入り込んでいる気がして……それらしい言葉を並べて、逃げたのだ。
ルベカの心情を察して、使者は他の仮面を? 繁々と男の仮面を見上げると、男は少し照れ臭そうに微笑んだ。
「この街は初めてですかお嬢さん」
彼が王家の使者だろうか? ルベカは目元を隠す女召使いのハーフマスク。女性の多くは此方か幽霊のフルマスクを付けている。会話が成り立たなければならないもの。お互いフルマスクは付けられない。彼が本物か確かめるため、ルベカも微笑み言葉を返す。
「あら? どうしてそう思うの」
「あの橋を見るのは夕方と相場が決まっています。日も沈んだ後に橋を眺めるだなんて、不思議な方だなと」
「橋――……?」
「ええ」
青年が指さす方――……視線を下へと落とせば確かに橋がある。会場である宮殿と、隣接する建物をつないだ橋が。
「あれは、“嘘つき橋”と言うのです」
「変わった名前ね。何か謂われがあるんですか?」
「……約束をするなら嘘が良い。嘘を誓えばそれは真となるだろう。そんな話があるのです」
「一夜限りの恋が多いから?」
「さて、どうでしょうね。誓いの嘘は、夕暮れと言われています。“日没”に見る景色は絶景ですよ。どうです、明日でも私と?」
「まぁ! “夕暮れ”まで? “日の出”までではなく? “朝の歌”でお別れではなく? 貴方、とっても情熱的なのね。でもお断りします。私は――……」
「それは残念です。出来ることならお嬢さん、“水妖”に溺れる舟のよう、闇を彷徨いずっと夜であればいい! それが叶わぬのなら貴女のために“夜曲”でも。貴女の“扉の前で”歌いたいくらいです」
「でも、“雲”が出て来たわ。雨が降れば舟は二度と浮かび上がれない」
「“祭”はまだ始まったばかりでしょう? せめて一曲だけでもお付き合い願えませんか?」
メフィスが伝言として持ってきたのは音楽だった。三曲から成る夜想曲がある。錬金術師はそう言った。この会場に《祭》をかけて場所を教える。三つの曲名を交わし合え。 ルベカには何のことか解らないが、先方にはそれで通じた。合言葉に答えを返して来た。この男だ、間違いない。
「……ふふふ、私貴方が気に入ったわ。もっと話をしても良いかしら?」
「ええ。構いませんよ」
ルベカは男に腕を絡ませて、室内の錬金術師に視線を送った。彼はまた違う女性と踊っていたが、微かに頷いた風だった。
(会場が煙……《雲》に包まれた隙にこの場を離れよ!!)
*
ファウストがペストマスクの理由がこれだ。どんな煙を発生させたのか、火事と勘違いして窓から飛び降り水路へ飛び込む者もいた。会場は大混乱。バルコニーへ退避してくる者も大勢。人の波を目眩ましに、ルベカと男は上手くその場を脱出し――……目的地へとたどり着く。
目的地が何処かなど、ルベカに知るよしも無かったが――……奇しくも舞踏会会場と同じ建物内でその人物は待っていた。
「Benvenuta、陛下のなれの果てのお嬢様」
「…………は、初めまして」
通された宮殿内の一室には、亡霊仮面の女性が一人。夜の如き暗い髪に、純白のドレス。仮面も衣装同様に白一色。デザインなら婚礼衣装に見えるのだが、彼女の異様な空気のために墓から這い出して来た亡霊めいた印象を受ける。
声には感情も抑揚もなく不気味。そもそもフルマスクで会話が可能なんて彼女は一体どうなっているのか。ルベカは自分の耳を疑った。薄暗い室内……灯るのは燭台の僅かな明かりのみ。それでも目を懲らせば見えて来る。仮面の唇が確かに動いている様を!
「驚かせましたか? 申し訳ありません。主……レディは声を失っておられるのです。ですからあのように、仮面に喋らせているのです」
「しかし見れば見るほど本当にそっくりだ。おねーちゃんもっとこっちに来なさんな」
突如、仮面の声色が変わった。無機質な声から、悪戯好きの子供のように弾む声。仮面の声を聞いて、もう一人変わった者がいる。ルベカを招いた案内人だ。彼はこれまでの穏やかさを瞬時に捨てて、仮面に向かって怒声を浴びせた。
「真面目に代弁しろマスケラ! 今日の報酬を減らすぞ!」
「チッ! わかった! 解りました!!」
この場で最も立場の低い存在が、貴婦人の顔を覆った仮面。怒鳴られた仮面は渋々と、貴婦人の声を作り出す。今度はちゃんと彼女のものらしき感情もしっかり乗せて。
「ごほんっ……では改めて。“ようこそ、私は貴女を長い間待っておりました。ふふふ……私はメイトオルト。彼は従者のアバット”」
(メイトオルト様に、アバットさん――……)
“A Abut”に、“Mate Ort”。違う仮面を使った偽名。どちらも女召使いの仮面、貴族の仮面のアナグラム。
(もしかして、夢魔と名前って何か関係してるのかしら? ファイデ君もソルディも……あいつは家までやって来た。二人の名前を知ったこと――……あいつが攫うために必要な条件?)
ミディアはそれが彼女の真名では無かった。カイネスは、彼女を攫わなかったのではなく、“攫えなかった”?
彼らの名前に驚いて、挨拶が遅れてしまう。二人の視線に気が付いて、慌ててルベカもそれに習った。
「お招き頂き光栄です、レディ。私はルベカ……ロンド、です」
名乗った直後に、彼らに名前を教えて良かったのだろうかと不安を感じたが、ルベカの行動に女性はいたく感動している風だ。
「“良い名前ですね、名前までお美しいなんて。流石は陛下”」
「あ、ありがとうございます」
「“本当に嬉しい。真名を名乗って頂けるなんて。許されることなら再び私の名前を貴女に伝えたい――……それは叶わぬ夢ですが”」
恐らく名を伝えることで、彼らを信頼した――……ことになるのだろう。偽名を名乗った彼らに真実を伝えるリスク。ルベカの言葉を女性は覚悟と受け取っていた。
「“貴女になら、全てを伝えられます。ああ、本当に――……この日が来るのを私は、ずっとずっと待ちわびていた”」
(大事な話のようだけど、見えているものが気になりすぎて、どうにも話が頭に入ってこないわ)
ルベカが会話をしている相手は、仮面である。
レディの代弁をする、生きた仮面である。今更何があっても驚かない。そうは思って見たものの、生きている仮面? 何の力で動いているのか。やはり仮面の唇は動いている。あの仮面は目以外穴がない作りであるのに……仮面は鼻や口から呼吸をしている。けれどもそこから仮面の内は覗けない。
中の人物ではない、仮面自身が呼吸をしている。今の話も、仮面自身が語って聞かせてくれたのだ。
装着主の思考を読み取り話す仮面。案内人と仮面の関係は、錬金術師と悪魔を彷彿とさせる。彼は先程“報酬”と口にしていた。
「“ふふふ、マスケラが気になりますか?”」
「あっ……すみません。つい――……」
ルベカの視線に気が付いて、レディは仮面の内で目を細めて笑う。
「“いいえ、当然の疑問です。其方の悪魔とやり取り押したのもこの子なのですよ。私は声と素顔を失う代わりに、悪魔と縁が出来ました”」
「それでは、その仮面も……悪魔なのですか?」
「“悪魔を仮面という場に封じ込めたのです。そうして使役しています。教えてくれたのは、貴女もよく知る方ですよ”、くそぉ……ファウストあの野郎。“マスケラ?” はいぃ! すいませんレディっ!!」
器用だわとルベカは驚く。仮面はレディの声と自身の発言を交互に繰り返し、追求と謝罪を同一人物が行う珍事を見せる。
悪魔も使い方によっては便利なものだと彼女は笑う。レディ・メイトオルトは王家の血を引く。敬称から見るに、何らかの爵位持ちではあるのだろうが、身体のために現在の国政に携われていないよう。
「“いいえ。私は長く留まりすぎました。表舞台にはもう、出て良い時代にないのです”」
「!?」
此方の考えが読まれた? 彼女自身の力か悪魔の力か? どちらにせよ、迂闊なことは考えられない。緊張するルベカに、貴婦人は優しい瞳を向けて来る。
「“心の仮面を外されましたね、陛下。素顔の貴女はあの頃よりもっとお美しい”」
「え、ええと……その。ありがとう、ございます……?」
意味を理解しないまま、一応感謝を伝えるが。過去を知る物に触れたのは彼女なのか? しかしこの口ぶりでは、レディは女王の時代から生き続けているようではないか。どういうことだとルベカは唸る。
「“言葉では時間も掛かり、不安もあります。さぁ、陛下。私の顔から仮面を外して下さいな。そして貴女が付けて下さい。我らが知る全てがそこに……”」
「は、はい」
マスケラが、“当時を知る物”? そんなことが出来るのかしら。いやいや喋る仮面がいるのだから出来てもおかしくないけれど。迷いながらレディの顔に手を延ばす。そんなルベカを見て、彼女は喉の奥だけ震わせ無音で笑う。
「“アバット、陛下に水とハンカチを”」
「い、いえ! お構いなく!!」
このまま仮面を付けたなら、見知らぬ女性と関節キス。ルベカの恥じらいを不快に思うでもなくレディは面白がった。
「“今の陛下は本当に。普通の少女なのですね”」
お可哀想に。仮面の内に戻された、続く言葉が彼女の顔から読み取れる。外した仮面の下からは……もう一枚の仮面? 否。真っ白な肌の中心を黒く塗り潰した化粧。思わずギョッとしてしまう、女召使いの仮面そっくりのメイクをした女性。或いは本当に、もう一枚仮面を付けている? 触れてみなければ解らないが、失礼なことだと思い留まる。
「“さぁ陛下、怖がらずに早くその子を。貴女の疑問は全て、そのマスケラが知っています”」
レディの顔を離れた仮面が、彼女の言葉をまだ話す。マスケラという悪魔――……それ表面は幽霊の仮面だが――……内側には口で咥える突起があった。女召使いの仮面。
「レディ、間接キスよりすごい装着方法は、陛下の想像よりハードルが高めのようです。暫しお待ちください」
「あっ」
案内人はルベカの手から仮面を取り上げて、仮面の内側を水に浸した布でしっかり拭いてから此方へ戻した。
「申し訳ありませんね陛下。あの方は、長いこと箱入りも箱入り。今では棺桶骨壺入りでして」
「い、いえ……」
「気付かれなかったらあいつへの嫌がらせでそのまま仮面付けさせたかったんだろうけどな“お黙りなさいマスケラ!”はいっ!!」
掴んだ仮面が驚いて、勢いよく飛び跳ねた。ルベカも身体が少し浮く。主の言いつけを破り、自分で喋った事を二人に睨まれるマスケラ。触っていると仮面がしっとり汗ばむようだ。これは冷や汗なのだろう。ルベカはアバットからもう一度布巾を借りて、今度は仮面の外側を拭いてやる。
「“ほほほ、マスケラが失礼しました”」
「いえ……でも、どうして王家の血を引く方が、召使いの仮面なんて……?」
「“陛下。苦痛は時に代償となり、対価となります。それが悪魔の餌なのです。対価こそが力となり魔の源となる”」
身体的に喋れない、物理的にも喋れない。苦痛に苦痛を重ねた目的は、悪魔を使役する力になった。
「乙女のキスでマスケラの当面の餌を賄おうとしつつ、奴への嫌がらせと個人的願望を共に果たそうとするとは流石ですレディ!! それでこそ私の主!!」
「“貴方も黙りなさいアバット!!”」
真っ赤に染まった顔を手で覆い、仮面は何処と恥じらうレディ。ルベカは何も思い出せないが、彼女は女王に憧れ慕っていた風である。
ルベカを眺めるレディの目は、常に喜びと寂しさが残る。感じるのは悪意でも邪心でもなく、大人びた姿と異なる幼さだ。仮面を外した彼女の素顔は、想像よりも遥かに若い。見様によってはルベカより年下にも映る。
(王家の血を引いているのだから、女王とは遠い親戚とかで――……仲良くしていた子なのかしら?)
「レディは、陛下より与えられるものは全てが喜びなのです。思い切り仮面を拭いてもそれはそれでと喜びますのでお気になさらず」
「メンタル凄いですね」
ファウスト然りレディ然り。その位図太くなければ長すぎる時間を生きていられないのか。アバットの忠告にルベカはしみじみ感想を零した。
「“ご、ごほんっ!! その仮面は元々、私の仮面ではございません。故に、多くを見ているのです”」
仮面を付けると時を同じくし、レディが発したその言葉。ここで初めてルベカは総毛立つ。“幽霊の如き女召使いの仮面”――……持ち主の正体は、噂話で既に知っていた。噂話にはこうあった。“偽者の……お姫様”、と。
今回のサブタイトルはマスカレイドのアナグラムDear Masque。
本場の仮面について調べたら面白かったので、仮面要素多めになりました。いつか買いに行きたい。
まさかの新キャラ。大体イメージは決まっているけど彼らの歌は今後降ってくるのだろうか?
暗号はどびゅっしーさんの夜想曲。この世界にはこの時代には存在しない曲なので、悪魔使い達だけ安全にやり取りできるという仕組み。




