13:親愛なるボニー
「お前がもっと厳しく躾けていればこんなことには」
「私が悪いって言うんですか貴方は!」
「そうは言っていない。だが私は、不審者について行くような娘に育てた覚えはない!」
「何てことを言うんですか!! ソルディは誘拐された被害者なんですよ!? あの子を貴方は恥だとでも言うのですか!?」
「恥も恥だ! 世間にどう顔向けできる!? うちの商品を見る度に、取引先も顧客もどんな目で見てくるか知っているか!? 上辺だけの同情と、好奇心……見世物だとでも思っているのかっ!! 大体お前がもっとしっかりしていれば! どうしてファイデから目を離した!! あの子にまでなにかあったらどうする!」
鏡を通じて帰った仕立屋。両親の喧嘩が聞こえてくるが、責任の押し付け合いにソルディは呆れてしまう。この様子では二人が別れるのも時間の問題だろう。
(くっだらない。本当、愛って何なのかしら)
生前はそれなりに愛していた、愛されていたと思っていた両親が。見ていたのは娘や息子ではない。母は我が子を失った“自分自身”を哀れみ嘆き、父は店の評判を気にしている。ファイデを心配しているのも同じ理由。彼の死に様を知れば、もっと愉快なことになる。母は更に悲しみ、父は店を畳むしかなくなるだろう。
ああ、馬鹿みたい。そんな物のために私達はこれまで生きて来たのか。全ての元凶ではあれど、この道化の方が余程私のことを見ている。
「君は先に帰っても良いんだよ、ソルディ」
「私がいなきゃあんたの捜し物が見つからないんでしょ」
ソルディは自身の部屋に道化を招く。身体がないというのは便利な物で、壁でも扉でも簡単にすり抜けられる。しかし実体のある物をどうやって掴むのか? 男の捜し物は空想に囚われない物体だ。
「案内ありがとう。後はそうだな……こっちだよ」
室内の鏡に道化が入り込む。ソルディもその後を追うと、反転した自室が其方に広がっていた。鏡の世界は現実ではない。実体のない存在でも物に触れることが出来るよう。
「あれは確か……この引き出しね」
机の取っ手に手を掛ける。埃被った本を主に手渡すと、男は本と少女を交互に眺めた。
「聞いても良いかな。彼女に返さなかったのは何故?」
「あの子、苗字が変わったじゃない。何処かに引き取られたんだと思ったの」
ミディアには辛いことがあって、記憶を無くしたのだと思った。私も昔の彼女を取り戻したいと言うよりは、思い出して欲しくないことがあった。今の私を頼るミディアに、過去の弱々しい自分を知られたくない。昔のことを思い出させないよう、互いが傷つかないように……。過去を刺激するような物、返す機会を失って……ずっと引き出しにしまっていた。
ソルディの独白めいた返答を、男は黙って聞き入れる。やがて言葉が途切れると、一度は受け取った本を少女の手に戻す。
「それは君が持っていると良い。もう意味の無い物だからね、奴らの手に渡らなければ十分だ」
「カイネス、何なのこの本?」
「場所や空間に縛られた魔術。移動範囲を限定させる、行動制限することで力を持たせることが出来る。まぁ、約束ということだね」
「約束……?」
「昔の事件にも、僕以外の犯人がいるということさ。未だに僕を追うとはあの男には呆れてしまう」
悪魔は人を騙すが契約を遵守する。道化師の犯行手順もそう。この本も同様の力で不思議なことを引き起こしていた? その内容については男は語らない。しかしソルディが本を開くことを禁じることもない。
「君には居心地がよいかもしらないけれど、そろそろお暇しようか」
本なら向こうで読めば良い。男が差し出す手に、少女は素直に従った。
*
「まだいたのか、お嬢ちゃん」
「ひゃっ!」
声を掛けられミディアは飛び起きる。目覚めた時にはもう夕暮れ。声の主は呆れた様子で、ミディアを見下ろしていた。
「あれ……ここは」
ミディアが辺りを見回すとそこは警察署前。外に出てすぐに眠ってしまったのか、入り口前の階段に自分は座っていたようだ。
「署の石段はそんなに座り心地が良いか?」
「あ、いえ……すみません」
コートを着込んだ男性……ミディアの横に座り混むのは昼間に話した警官だ。慌てて立ち上がると彼も同様に立ち上がり煙草を吹かせる。事件の捜査が思うように進んでいないのか、男は苛立っている。
「失礼しました、帰ります……きゃっ!」
慌てた瞬間もつれた足に躓いて、階段から転げ落ちたミディアを見……刑事は革靴をコツコツ鳴らして道路へ降りる。
「どうせ交代の時間だ……送って行こう。これ以上事件が増えても迷惑だ」
「ご、ごめんなさい……」
「場所は?」
「えっと……確か、【Ear By Don】という宿です」
「【ドンの耳】か。……ふん、丁度いい」
宿の名を伝えると刑事はさっさと歩き出す。少し後を追いかける。立ち止まるとまた、あの不思議な街に迷い込んでしまいそう。そう思った瞬間に、後ろ髪を引かれる思いで足が止まった。
「おい」
幻想に囚われかけた所を、刑事に呼ばれて我に返る。今日はこんなことの繰り返しだ。彼は赤毛の髪を掻いた後、ぶっきらぼうに言い放つ。
「……背負うか?」
「だ、大丈夫です」
また眠ってしまうのかと疑われている。自分は変な子だと思われているに違いない。そう思うと気恥ずかしくて、何も話せなくなってしまった。気まずい沈黙の中、せめてはぐれないよう男のコートを追いかける。歩幅の差を感じない……速度を緩めてくれているのか。やがて男が立ち止まると、朝とは様子の変わった宿が見えて来た。
「君の宿はあそこだったな。……あそこの珈琲は美味いぞ。奢ってやる」
「え、でも……」
「どうせ十分寝ただろう。珈琲の一杯二杯変わらねぇ」
空いている宿をと探して見つけたその場所は、あまり人が来ないのか。宿代も安価だが宿自体も古く傷んでいる。他に宿泊客はいないようであったのに、灯りの灯る宿に踏み込めば、騒がしいほどの話し声。夜の間は一階は酒場になっていて、大勢客が入っていた。
「珈琲は好きか?」
「いえ、あんまり……」
「そうか。今はティーハウスばかりだからな。ここも廃れて今じゃ酒場で宿屋だ。だが、古い情報を集めるには悪くない場所だ。ここには古い客も来る」
「古い、客……?」
「魔術師、錬金術師……墓場に首まで埋まった前時代的な連中さ」
「おや、久しいね」
「ああ。しばらくぶりだなドリー。今夜も綺麗だ」
「お世辞でも酒代はまけないよボニー!! あんた稼いでるんだろ!」
「馬鹿言うな。何年俺が刑事やってると思ってやがる。稼ぎなんてあの頃から変わらねぇ! ……今日は珈琲だ。俺とこの嬢ちゃんの分」
女主人と刑事の会話を聞いてミディアは飛び上がる。確かに警官は、自身を男だとは一言も言ってはいなかった。彼? の屍のように冷めた瞳、陰鬱とした表情からは年齢も性別も正確には感じ取れない。
「ボニーって、刑事さん女の人なんですか?」
「笑わせるなお嬢ちゃん、この時代にそんなものいる訳がねぇ。今の時代に俺が刑事なら俺はどんな名前でも男だ」
「こ、この時代……?」
刑事の言葉は冗談には聞こえない。頭がクラクラする。酒場の空気の悪さの所為だけとは思えなかった。
「悪いねぇお嬢ちゃん、私らは昔なじみでね。愛称みたいなもんさ。ま、レッドとでも呼んでおやり」
「レッド……刑事?」
「ああ。ここいらでは有名な警官さ、招かれざるボニー=レッドってね。女王の庭警察ならぬ墓場警察ってね」
「ボーンヤード……??」
ここは普段暮らしている街から遠く離れた場所。それでも新聞に載るくらい有名なら、ルベカが話してくれそうなもの。本当に有名なの? そんな名前、聞いたことも無い。
墓場警察……不気味な響き。墓守なのか墓荒らしなのか。酒場も刑事もどこか怪しげな印象を受ける。
「今じゃ廃れちまったが、昔はこうして珈琲すすりながら情報を集めたもんだ。砂糖は要るか?」
「えっと……」
「話してみろ。俺は非番だ……夢みたいな事でも嘘でも構わねぇ。こいつの代金代わりに聞かせろよ。これは俺の勘だが、お嬢ちゃんは全部を話していないな?」
酒場は騒がしく、私の呟きくらいならすぐに掻き消されてしまうだろう。それでも話して何になる? 誰かに聞いて貰ってすっきりする? する訳がない。何も解決しないのだから。
迷うミディアの隣で、カップを口へと運ぶ。一口も口を付けないのは失礼だろう。慌てて自分も飲み込むと、熱さで舌をやられてしまう。
「熱っ!」
「……急ぐことはない。そいつが冷めて飲めるようになるまで、時間つぶしだ。何か話せ。退屈だろう?」
刑事は水を注文し、今度はそれを此方へ勧める。言われるがまま咽を潤すと、飲み込んだ水がそのまま涙になって溢れ出す。此方を労るような優しさが辛かった。優しくされる資格がないと誰より自分が知っている。
「おい、お嬢ちゃん」
意を決し、カップの珈琲を飲み干す。よく混ぜなかった所為だ。苦さの後に甘さが広がり美味しくない。熱さと痛みの方が余程強い。でも今の私には、そんな物が丁度良かった。
「レッド刑事さん……高飛車ピエロって、知ってますか」
「ああ。知っている。大勢あいつに殺された」
「殺された……?」
「あいつは並の警官じゃ捕まえられねぇ……実行犯を捕らえて始末したところで、あいつは止められない。あいつは犯人の欲望を煽り、肥大化させる。そして犠牲者には不注意な行動をさせやがる」
此方を子供と思って話を合わせてくれている? それにしては事情に通じている。刑事の横顔を覗けば相も変わらず、死人のような暗い表情。それでも彼の双眸は、激しい怒りの炎を宿している。
「……お嬢ちゃん、あいつを見たな」
「…………はい」
「何故無事だ?」
「友達が…………二人、犠牲になりました。私の、代わりに――……」
「そうか…………あいつのことは約束は出来ないが、少なくとも現実の仇は取ってやる」
「刑事さん?」
カウンターには多めの金とミディアを残し、刑事が席を立つ。振り返り刑事の背中を見つめると、おかしな物が飛び込んで来た。
「あいつが出たとなれば話は別だ。“目覚めろお前達! 愛しい野郎のお帰りだ!!”」
「え、え……えええ!?」
レッドの声に合わせて店の喧噪がピタリと止んだ。それまで酒場を埋め尽くしていた人々は、もうミディアの目では確認できない。代わりに辺りを漂うは、半透明な人の群れ。
「ゆ、ゆゆゆ……幽霊!?」
「おかしなお嬢ちゃんだ。こんな物が怖いのか? 可愛いもんさ。こいつらが殺したいのはたった一人。あいつより害のない存在だ」
「ボニーが出世出来ないのは、やり方が非現実的だからかねぇ」
「ふん、あまり笑わせるなよドリー。日陰者ってのは目立たなくてなんぼの世界だ」
「ははは、違いない」
(降霊術師の刑事さんなんて……私はまだ、夢でも見てるのかな)
とんでもない所に宿を取ってしまった。道化以外に幽霊が敵意を抱いていなくとも、これだけ大勢の死霊を目にしたら怖くもなる。腰を抜かして椅子から転がり落ちたミディアに、刑事は手を差し伸べ……躊躇し引き下がる。
「あいつは過去の歴史が生んだ化け物だ。化け物相手に人間だけで事件は解決出来ない」
この酒場は、古き時代の者が大勢流れ着く場所。刑事もそんな時代に関わる存在であるらしい。
「情報収集には打って付け。あいつが攫った分だけ恨みを抱えた死霊は増える。遺族の無念の分だけ情報も増える」
「そ、そうなんですか」
それなら近い内、事件は収束を迎える? 微かな希望をミディアは抱くも、刑事の険しい表情を見るに楽観視は出来ない。
「あの野郎…………俺の縄張りで好き勝手やるとは、随分大きく出たものだ。ここで攫えた試しがないのを忘れたか」
「え……!?」
道化は、殺害した場所からまた一人子供を連れ去り別の街へ行く。刑事の言葉が真実ならば、刑事が道化師の凶行を防ぐことに成功した。そして今回もそうなれば、彼の行方は一度ここで途切れるということ。
(違う……少なくとも今回は)
道化は理由があってこの街を訪れた。刑事が道化の天敵ならば……彼は挨拶に来たのだ。これから何か、とんでもないことを始めるぞと教えて挑発するために。
「…………あの人は、しばらく攫わないと思います」
「どうしてそう思う?」
「傍に置ける、大事な子達を見つけたから。ソルディちゃんと、ファイデ君がいる限り……次の子を探したりしないと思うんです」
「…………使い魔を得たか。なるほど。二十四年ぶりだな」
二十四年前? その頃なら刑事もまだ子供であったはず。それを昨日のことのよう、見知ったこととして語る刑事。全ては降霊術で得た情報なのか?
「助かったよお嬢ちゃん。捜査の進め方を変えるとしよう。“短期決戦だお前達!! これを逃せばチャンスは何十年後かわからねぇ。奴が飽きる前に終わらせる!! 見つけ次第俺に伝えろ!!”」
レッドの号令を受け、幽霊達は勢いよく飛び回り……酒場の壁をすり抜け外へと消えて行く。通りを行き交う人々は、彼らが見えていないのか……衝突されても驚きもせず帰路に就く。何とも異様な光景だ。
「あのっ……レッド刑事。あの人が使い魔を得ると……どうなるんですか? 二十四年前とか……それ以前にもあったこと、なんですよね!?」
道化が子供を攫わなくなると、足取りを掴むことも難しい。刑事のような力がない自分達では彼を追うことも出来ない。そうか、あの人は……私達と彼を引き合わせたかったのだ。抵抗の手段を与え、希望を見せて。それでも叶わない願いを見せつけようと。
「そんなしょぼくれた顔では台無しだよルベカ君。君の取り柄はその美しき外見くらいなものなんだからね」
「……失礼ねファウストさん」
「ははは、奴を釣る餌には元気でいて欲しい。それが私の願いだよ」
私と刑事の会話を遮るように、カランカラン……階段を下って来る二つの足音。一緒に聞こえてくるのは嫌味なほど明るい男の声と……苛立ちを隠さない女の声。どちらも聞き覚えのある。
(“ファウスト”……!?)
「空腹だろう? 戦い前の腹ごしらえと行こうじゃないか。今宵はおじさんの奢りだ。娘も君の世話になっているようだからね」
「お、お父さん!! な、なんでここに……!? どうしてルベカちゃんと一緒にいるの!?」
「おお、元気そうだね我が娘! しばらく見ぬうちに一段と美しさが増したようだ」
薄っぺらい美辞麗句。仰々しく両手を広げ、抱擁を求める父に応じないままミディアは不信感を募らせる。
(道化師とお父さん…………どちらを信じて良いか解らないけど)
道化に見せられた夢と記憶。自分自身が何者か、解らなくて気持ちが悪い。ミディアが殺される以前に父と呼んでいた人は、この怪しげな紳士ではなかった。
「お父さん……ミディアって、言って。私が貴方の娘なら」
「止しなさい可愛いミディア。ご友人の前だろう?」
両腕を下げ父が苦笑する。
「すまないねルベカ君。私が長いこと家を離れていて、娘は拗ねているんだよ」
「いえ……ミディアはしっかりしてますから」
「ルベカちゃぁああああん!!」
父ではなくルベカに抱き付いた私を、その場の人々が苦笑し眺める。いいや、一人だけ……笑みを凍らせた人がいた。レッド刑事だ。あの人だけは、驚愕の面持ちで彼女を見つめる。
「……ミディア、彼方の方は? 何だか凄い目をしてるけど」
「あ、私がお世話になったこの街の刑事さん。レッド刑事……此方は私と同じ仕立屋ミュラーのお針子、ルベカちゃんです」
「警察に睨まれるようなことした覚えがないんだけど。何なのかしら。……ご機嫌よう刑事さん」
「ファウスト……そうか、“ファウスト”。まさかとは思ったが。全てはお前の仕業か」
ルベカの挨拶を受け視線を外したレッド刑事……今度は父を睨み付ける。刑事は父と顔見知り? 父は私の時よりもっと大げさに両手を広げてみせる。勿論レッド刑事が駆け寄ることはない。
「おお、久しいなボニー君。しばらく見ない内に…………君は何にも変わらんね」
「化け物にだけは言われたくない言葉だな」
「ははははは! そっくりそのままお返ししよう」
歓談のように聞こえるが、二人の目は笑っていない。何らかの確執、因縁を感じさせる刺々しい空気。
「どうだい、四十八年ぶりに私と手を組むというのは」
「お前より先に、俺が全てを終わらせる。少女愛好の老い耄れはすっこんでいろ」
「十九世紀ともなれば結婚は十三歳から可能だろう? 私もあの憎き道化の相手選びも十四才なら合法さ」
「もう数百年もすれば違う罪状でお前を逮捕できるんだがな。残念だ」
「残念なのは、未だに奴を捕らえられない君のことではないかねボニー君」
「……それも昨日までの話だ。ミディア嬢ちゃん、それからルベカ嬢ちゃんだったか。お嬢ちゃん達、お前さんらだけじゃあいつに振り回されるがオチだ。そこの男も信用ならん。俺と手を組まないか?」
ルベカは二人の男を交互に見た後、決めかね重いため息を吐いていた。
「突然そんなことを言われても……貴方がたはあいつの何なんですか?」
協力者が得られるならば有り難い。それでも即答できないのは……父も刑事も怪しげだから。私でもそう思うのだから、彼女の目には余計にそう映っているに違いない。
「我々は復讐者。付加価値として私は錬金術を。ボニー君は降霊術を扱える。どちらも魔術畑に片足を突っ込んではいるがね」
にわかには信じがたい話。しかし、父の傍で彼女も不思議な物を見たのだろう。疑う言葉は共に出て来ない。唯のお針子でしかない私や彼女が、高飛車ピエロを追うには……あの道化師と同じ世界に通じる者が必要だった。
「あの……レッド刑事、お父さん。みんなで協力という訳にはいきませんか?」
「それは無理だよ我が娘」
「不本意ながら、四十八年ぶりに同意見だ」
「そういうことだ。ボニー君はあいつを捕らえたいが、私はあれを殺したい」
「まぁ、俺も最終的には滅ぼすつもりだ。俺とお嬢ちゃんの親父の違いは……皆で殺すか、一人で殺すかの差だな」
犠牲者遺族、恋人友人……そんな嘆き悲しむ死霊の手を借り戦う刑事と、一人で道化を追う父と。父は復讐者の中から一人抜け駆けをしようとしている状態らしい。刑事と意見が分かれる訳だ。
「ルベカちゃん……どうしよう」
「どうしたもこうしたも無いわ。私はあいつからファイデ君を取り戻す。そのためなら誰と手を組んでも良い。どんなことでもするわ。……あんたはどうしたいの? ソルディを助けたいんじゃないの?」
隣立つ少女は迷いがない。そんな姿が夢の女王と重なって……刺激される劣等感。こんな時彼女がいたら何かを言い返していただろう。でももう、“私”を庇ってくれる人はいない。
(私は――……)
私の本音は、父とも刑事とも違う。ソルディちゃん達を取り戻したい。そしてあの人の……カイネスという人に、もうあんな悲しいことをやめて欲しい。彼を滅ぼしたいとか消し去りたいと言った復讐心を抱けないのだ。あんな記憶を見た後じゃ。
(私は誰も殺していないけど……私の所為で死んでしまった人がいる)
私に誰を責めることが出来るだろうか。私も罪人だ。彼らと何が違うだろう?
自分の罪を逃れるために、全ては彼が悪いと言い放てる強さもない。それならと。全て私が悪いのだと、罰を望んだところで……誰も私を罰さない。精々ファイデやあの人が、酷い言葉を投げかけるだけ。“私”はどうすればいいの?
(ソルディちゃんは……私と会ってくれない)
ソルディが自分の前に現れない理由をミディアは考えた。その結果浮かんだ答えが一つ。例え世界中の人々が、彼女の死の理由・原因が私と答えても……彼女だけは私を責めたりしない。
(あの人が、思い出させてくれた……)
苦しめさせるために見せた夢。その中に、私が無くした光があった。その光を受け取るべきは私でないのだとしても、彼女の光を受け取って……あの日から私は生きて来た。
救いが目の前にありながら、そうと気付けず失った。私は過去と同じ事を繰り返している。私が救えた人に、私が救いを求めて沈ませた。
(あの人を追い詰めたのは。狂わせた一端は……私なのかもしれない)
飲み込んだ言葉、彼に吐き続けた嘘。彼を死へ追いやったのは私でもあるのに。彼は私に復讐も、罰も与えてくれない。私からの償いなど、彼は求めていないのだ。そう、眼中にない。誰からも。誰にも見えない惨めな女を見つめ、手を差し伸べてくれたのは……ソルディ=ミュラーだけだった。
(ソルディちゃんは……カイネスとは違う。私が“ミディア”ではないと感じながらも、いつだって私を助けてくれたのに)
胸に湧き上がるのは、過去へ縋り付く妄執めいた愛情と……全てを忘れ真っ新になった抜け殻に注がれた光。二つの重いに苛まれ、私は身動きが取れない。それでも。それでも“私”は藻掻きたかった。私達が知っていて、彼らが知らないこと。伝えることで、教えることで……違う方法が見つからないだろうか?
「ルベカちゃん。私は……どうしたらいいか、解らない。でも……ソルディちゃんが、ファイデ君が攫われた理由は解るの」
「……ミディア?」
「ルベカちゃんも本当は、解ってるでしょう? ソルディちゃんとファイデ君は……似ているんだよカイネスに。昔の、優しかった頃の……あの人に。だからルベカちゃんは……」
「馬鹿なことを言わないで。あんな奴と、ファイデ君が一緒なわけないじゃない!」
酒場と夜に響き渡った感情的な悲鳴は否定。吐き出す彼女の顔は青かった。
「…………二十四年前の使い魔も、確かにあいつと似ていたよ。似ていた所為で最後は目障りになり消されたが」
「そうだねボニー君。使い魔を得たなら、あの男の寵愛がある内に手を打つ必要があるだろう」
以前の事件を知る二人が、私の仮説を認めてしまった。高飛車ピエロの誘拐事件は、復讐以外に使い魔探しという目的があるのだと。
「そうなる前に、あいつを滅ぼせば良いのね?」
「使い魔は保険だ。使い魔より先に主を滅ぼせば、主の命令を果たし続ける。使い魔にされた時点で、残念だが…………彼らのことは諦めろ」
「ルベカ君。命令を下すのも退けるのも、主である悪魔にしか出来ないことなんだよ。あの腐れ道化が存在する内に、使い魔を手放さなければ彼らは決して自由になれない」
「……ルベカちゃん」
「嘘、よ……そんなの。そんなの…………」
怪しいけれど強力な味方。そんな彼らは強大な敵にもなり得る。どうしてファイデを攫ったか。理由はこれで明らかとなった。使い魔は、道化にとって実に使い勝手の良い存在。
道化が使い魔への愛を失う前に、彼らの解放を納得させる。もしくは……道化も使い魔も共に滅ぼす。刑事は父より親身であるが、後者を選ぶ人だろう。父は信用ならないが、私達を誘うため……使い魔の救済を取引条件に加えて来る。案の定、二人は想像通りに意見を違えた。
「ミディア、ルベカ君。二人とも、私と一緒に来なさい。私なら奴に囚われた二人を救う方法がある」
「悪魔を従えさせる男が平気で嘘を吐くとはな。足下を掬われるぞファウスト」
「ロマンのない男に女性は靡かんものさボニー君。君の有能さは冷静沈着ではなく冷酷なのだ」
「……好きにしろ。だがなファウスト。俺の仕事の邪魔だけはするな。二十四年前もそうだ。使い魔を……マルガレーテを救おうとした結果、彼女はどうなった!? 少なくともお前が邪魔をしなければ、あれ以降二十四年間の犠牲者は存在しなかった!!」
「彼女を見捨て、奴も殺せず解決を先送りした君に言えた義理かね!?」
「はいはい、そんな白熱しないの。お嬢さんらがびっくりしてるじゃないか。何時まで店で暴れているつもりだい!」
店主は水を男達に差し出すを装い、彼らの顔にぶちまける。豪快な、頭を冷やせのアドバイス。二人は店主の対応にも慣れているのか、そのまま黙って席に着く。
「あんたらも、お嬢さん達も時間が要るね。情報収集も時間がかかるんだろう? 何か出て来るまでゆっくり考えたら良いよ」
サブタイトルはDear Bony
新キャラの名前も店の名前も全部 Boneyard(墓場)のアナグラム。




