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9:崇拝者のいかさま

変態注意報。

 彼の噂を聞いた。だから追いかけた。そうして踏み込んだ街の中……不意に視界が暗くなる。


(ここ……どこ?)


 街が突然姿を変えた。ここにルベカ達が来たのは夜が間もなく明けるという頃。しかし街は再び暗さを取り戻す。それは、登りかけた太陽が再び沈んでしまったかのようだ。


(それに)


 今が夜なら、こんなに騒がしいはずがない。聞こえるのだ。すぐ傍からざわざわと……何者かが囁きあう声。迸る歓声。


(なんなの……ここ)


 とても不気味だ。それでもここに彼が居るなら、進まなければ。そうでしょと振り返った先、ミディアの姿はない。


「まさかっ!?」


 ミディアが言っていた。攫われかけた時、変な街に迷い込んだのだと。それがこの場所だとしたら……?あいつがミディアを攫った?


(いや、それはないわ)


 あいつ、私とあの子には興味ないって言ったもの。

 それじゃあこれは何?あいつは私に何を見せるつもりなの?

 これは道化師からの挑戦だと受け取ったルベカは、恐怖を押し殺し、急ぎ足で歩みを進めた。


(良い度胸じゃない!喧嘩なら買ってやる!それでファイデ君を私は助けるっ!)


「うわっ!」


 意気込んだところで誰かが横を通り過ぎた。ここに来て初めて他者に会い、ルベカは度肝を抜かされ息を呑む。通り過ぎた人物……その横顔。顔色は悪いが何処かで見たことが……


「ソルディ……?」


 ふらふらと、自分の前を歩いているドレスの少女。その姿には見覚えがあった。それでも彼女は死んだはずだ。そこでルベカは思い出す。


「ファイデ君!?」


 そうだあの服!あれはファウストの所で私達が彼に着替えをさせたのだ。あのままじゃ風邪を引くと思って。

 やっと見つけた!慌ててルベカは彼を追いかける。追いかければ追いかけるほど彼は遠離っていく。追いつけるとは思えない。それでも諦めきれずルベカは走る。その内に、前を行く少年の姿に変化が現れた。


「な、なっ……ど、どうしたのいきなり!?」


 驚きのあまり、思わず足を止めてしまった。それに伴い彼も足を止める。一歩詰める、一歩逃げられる。それから彼は一枚服を脱ぐ。


「や、止めてよ」


 そう言いながらも、足が勝手に彼の方へと歩き出す。彼は逃げだし、一枚脱いだ。気恥ずかしさから目を逸らしつつ、それでもちらちら見てしまう。次第にゆっくりなるけれど、私の足は止まらない。いつしか私が歩みを進めても、彼は逃げなくなった。脱ぐことが忙しいらしい。


「ふ、ファイデ君?」


 どうしちゃったのかしら。色んな意味で心配になりながら顔がよく見える距離まで近付けば、違う物が見えてきた。


「!?」


 薄着になった彼が脱いでも脱いでも、最後の肌着はどうしても脱げない。その代わり、服から滲むよう、一つ一つ……傷が増えていく。彼の身体のあちこちに、拷問でもされたような傷が浮かび上がるのだ。

 それに目を当てられず、ルベカがぎゅっと目を瞑った一瞬に、ファイデは目の前から消えてしまった。


「ファイデ君!?」


 ルベカが慌てて辺りを見回すと、一つ向こうの通りからけたたましい歓声と悲鳴のような高い楽器の音が響いた。


「あの音っ……ヴァイオリン!?」


 あいつが出た!高飛車ピエロっ!

 ということはまだ間に合う!ミディアだってその時に、ソルディから救い出されたんだとルベカは自分に言い聞かせ、通りまで息を切らせて駆けていく!


「ファイデくんっ!!」

「復讐は聞き心地良い旋律ですが、悲しいかな返り討ちの……無力な君に似合いのドレス」


 飛び込んだ裏通り。そこは開けた広場に繋がっていた。

 広場の中央に設けられた舞台。その脇で道化師の歌う声。奴は指揮者のようにヴァイオリンの弓を揮っている。


「さて皆様。運命の色とは何色でしょうか?人は言いますそれは赤だと」


 少年は赤いドレスを着せられて、舞台の中央に置かれた椅子に縛り付けられている。

 ルベカは助けに行こうと必死に藻掻いてみるが、見えない壁があるようで、それより先には進めない。混乱しながら暴れてみるが、やっぱり柔らかかったり固い壁に遮られて、その場に転んでしまう。


「今日はお忙しい中、お集まり頂きましてありがとうございます!」

「な、何の話よ!?」

「この度晴れて私は彼と結ばれることとなりまして。これはその披露宴のような物」

「あんた頭がおかしいわっ!」

「さ、可愛いファイデ。次のドレスを皆さんに見せてあげなさい」


 道化師の口上を邪魔したところで、奴には届いていないのか。それとも無視をされているのか、異様な演目はルベカを置き去りに進められていく。

 虚ろな目の少年が纏っていたドレス。それは道化師の言葉に促されれるよう自然に、はらと床へと落ちてく。そうすることでこれまでずっと隠されていた白い肌が顕わになった。それに気分を良くした見えない観客達は、いよいよどんちゃん騒ぎ。ルベカは見えない客達に足や手を踏まれたり、散々な目に遭った。


「おや、ちょっと化粧が足りないんじゃない?」


 そう言って道化師が取り出すのは……先程までの弓ではなく、黒い鞭だ。男は笑いながら、それを少年へと打ち付ける。一度や二度じゃない。その白い肌が赤く染まるほど、男は、何度もっ!何度もっ!


「な、何て事を!」


 虚ろな目の少年の代わりに、ルベカが泣き叫ぶ。ここで初めて道化師が、ルベカを視界に留めて笑う。


「ほら、見てご覧ファイデ。君のお友達も祝宴に来てくれたみたいだ。何?照れているのか、可愛いなぁ君は」


 そう言いながらもう一度打たれて、そこで少年の目に生気が戻る。


「ろ……ん、ド……さん?」

「ファイデ君っ!!」


 泣いているルベカに気付き、そこで我が身を省みた少年。その白い頬は打たれた場所のように真っ赤に染まる。


「な、なんだこれ!?何してるんだよ!?」

「何って?忘れたのかいファイデ君?」


 いつの間にか自分は裸。椅子に縛り付けられ鞭で打たれて……それを知り合いに見られている。こんな恥ずかしいことがあるかと涙を浮かべる少年を見て、満足そうに道化師は頷くのだ。


「これは実際にあったことじゃないか。君がそれを忘れたならば、これからそれをここでなぞってみせようか?あの子の目の前で……」

「や、止めろ!止めてくれっ!!お願いだから……」


 その狼狽え方が尋常ではない。これだけではなかった。もっと酷いことがあったのだと彼の態度が教えてくれる。


「変態っ!その子に何をしたのっ!?」

「僕は何も」

「嘘ばっかりっ!」

「違うよねファイデ君。君はあの男に何かされる現実より、僕に何かされる空想の方が良いと思った。だから僕の所へ逃げてきた。そうだよね。まだ僕の方が君を愛している。妄想の麻酔は痛みを和らげてくれる。現実から逃してくれる。僕のやり方の方が良いって君も思ったはずだろう?」

「あの男……?」

「う、うああああああああああああああああああああっっ!!!やめて!それ以上言うなっ!」


 泣き叫ぶ少年の頭を、歪んだ笑みを浮かべた道化師がよしよしと撫でている。人の良さそうな笑みが今は唯不気味だった。


「残念だけどそろそろ時間だ」


 歪んだ笑みを最後にルベカに投げかけて、道化師は再び歌ってから消える。


「羞恥心の赤い糸が君の肌に良く馴染んだでしょう」


 その歌声が消えた瞬間、暗い街は見えなくなって、視界が急に眩しくなった。反射的に目を瞑ったルベカが目を開けると、そこは見知らぬ街の中。


「待ってルベカちゃん」

「ミディア?」


 息を切らして追いかけて来るのは旅の連れ。その様子から、ここが本当の街なのだと気が付いた。先程まで見ていたのは幻覚。道化師に誘われて夢を見せられていたのだと知る。


「いきなり走り出すんだもん、吃驚しちゃった。でもここって……」


 目を覚ました場所は人だかり。見えない壁の正体がやっと分かった。私はここで先に行こうと行こうともがいていたのだ。ここは一体何なのか。何の騒ぎなのか。


「こりゃ酷い」

「女装した少年の惨殺死体だってよ」

「女装ねぇ……男でも騙して逆上されて殺されたって?」

「その割には相手が楽しんだ跡があるみたいだからなぁ……見ない顔だし何処かから攫われてきて捨てられたのか」

「どっちにしろ犯人も変態だな。女に手を出せばいいのに、子供女装させて遊んで殺すなんざ、世も末だぜ」


 これまで邪魔して通してくれなかった野次馬達が、海を割るよう道を空けて引き返す。開けていく視界。路上に捨て置かれたその少年。そのドレスには……見覚えが、あった。


(嘘よ嘘。こんなの悪い夢なのよ)


 気が遠くなる。空耳だろうか。直ぐ傍で、道化師の笑う声がした。私を嘲笑う、道化師の声が。


 *


「ソルディ……あんたの仕業なの?」


 私にあの子を渡したくないから。だから彼を道化師に殺させた?そんな馬鹿な!

 ルベカは縋るように少女だった物を見る。


「だって、あんなに彼のこと大事にしてたじゃない!それがどうしてっ!!」


 道化師に攫わせる、の意味がわかって言っているの?彼はあんな風に、酷く殺されてしまった。そこには道化師の影がある。奴の仕業だ!彼にあんな屈辱味わわせてまで、自分の傍に置こうだなんて……そんな愛情、歪んでいるじゃない。

 それはまるで、あの道化師そっくりだとルベカは叫ぶ。それでもソルディだった物は、人を見下すような嫌な笑みを浮かべるばかり。


「ファイデは私に罪を償いたかった。あれはあの子が望んだ事よ」

「嘘よっ!そんなはずないわ!」

「あんたはあの子を何も知らない!そんな奴が知った風な口聞くな!」

「……っ、これからっ!これから知るはずだったのよ!!それをおまえ達がっ!おまえ達があの子のっ!私の未来を奪ったんだ!!」


 泣きながら、ルベカはソルディを睨む。少女の形をしていても、それはもはやあの道化師と同じ物。その心は思考は歪んでいる。


「あいつが憎い?私が憎い?お生憎様っ!私もあの子もあんた達が憎いわ!」


 顔を歪ませ笑うソルディは、不思議な影を宿していて……不思議と泣いているようにも見えた。


「あの日、ファウストなんか助けなきゃ良かった!じゃなきゃ私はこんな風には歪まなかった!あの子だってそうよ!あの子がどうして攫われたか解る!?お前の所為だっ!」

「な、何の話よ!!攫った奴が悪いんじゃないっ!!」

「あんたの所為だっ!あんた、あいつが憎んでる女王様に似てるのよ!だからあんたへの嫌がらせでっ、カイネスはファイデに目を付けたっ!勿論ストライクゾーンばっちりだったってのもあるけど!」


 趣味と復讐を両立させた誘拐が出来て、あのピエロはご満悦なのだとソルディは言う。


「お前さえ……あの子に惚れなかったら、あの子だって。ファウストがカイネスに惚れなければ……私だって。攫われなければ……私だって、あの子を死なせようだなんて思わなかったっ!」


 ソルディが残した捨て台詞。最後の方はもう、彼女の悲鳴のようだった。

 痛々しい叫びを残して幻影が去った部屋。一人現実に残されたルベカは……その場にぱたんと座り込む。そうしてしまうともう……一人では立ち上がる気力もない。


「なによ、それ……全部、私が悪いって……そう、言いたいの?」


 夢魔の夢も、現実も……今は苦しいことばかり。どこへ逃げても逃げられない。追い詰められていく感覚だけが、一秒一秒と近付いてくる。それがルベカの現実だった。

今回はルベカ=ロンドのあなぐらむを翻訳に掛けたタイトル。

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