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夜の子シリーズ

温かい体温

作者: そら

夜の子供にリンクしてます。

 私は自分で言うのも何なんだが、思いきりのよい性格をしていると思う。


 中学を卒業して、そのまま家を出て奨学金のある高校に進んだのも、何のためらいもなかった。


 それはそのまま家族という人達との決別ではあったけど。


 父は大きな税理士事務所を構え、母はわがままなお嬢様のまま大人になった人で、嫁いでからも実家にべったりだった。


 私と兄は住み込みの家政婦さんの文子さんに育てられたようなものだった。


 二つ年上の兄の純君は、その名前の通りピュアな人とでも言っておこう。


 仲の良い妹としては優しくオブラートに包んで紹介するしかないもの。


 兄は小さい頃からお約束のような文武両道の優等生コースをぶっちぎりで歩んできた人なのだが、なぜかお年頃になって方針転換をして急にワルの道まっしぐらになった残念な人だ。


 兄の思いとはうらはらに突然優等生からリタイアして、どんなに兄が悪名をとどろかせ暴れまわろうが相変わらず両親はひとかけらも兄に関心を向ける事はなかった。


 ただし、親の派遣する優秀な弁護士の一人である吉崎さんとは、それが縁で妹の私も良いつきあいをさせてもらっている。


 兄がぐれてのたった一つの利点は、母方の祖父母と疎遠になれた事と、この吉崎さんの存在だけだ。


 あ、そう考えればグッジョブだ、兄よ。





 そうして相変わらず両親は、それぞれの時折入れ代わり立ち替わる愛人達で忙しい日々を送っている。


 中学生になった私の時には厳しく時には生暖かいドンマイな視線にもめげず、ワル路線に頑張っていた兄だが、とうとう何をやっても自分は、あの入れ代わり立ち代わる愛人の一人にさえその存在が負けると、ようやく数年かけて自分で立証し納得した。


 それを理解するやいなや兄は幼い頃のように妹の私にしがみつき静かに泣いた。


 その日は幼い頃のように一緒に眠りについた。


 私は寝たふりをしながら、兄が私の頭を撫でたあと窓辺で座り煙草をふかしたままじっとうなだれて動かないのを、そっと見守っていた。


 その翌朝、私がリビングにおりると、兄は文子さんの肩をもんであげていた。


 そして私の姿を見ると、私を抱きかかえてブンブン大きく振り回し、目が回る私にとんちゃくせず「俺は海賊王になる」とわけがわからない事を言い出し更に私を振り回した。


 小さい時、よく私がさびしくて泣くとこれをしてくれた兄。


 まあまあと笑う文子さんに、私も兄も大きな声をあげて笑った、


 兄はもうじき中三になる私の髪を突然ワシャワシャかきみだしたり、怒る私をハグしたり、急激なスキンシップを数日にわたってしていた。


 そうして次の週末にはアメリカに旅立っていった。


 こうなったら親のすねをかじりつつ、「16の春」とやらの旅立ちをするんだといって家を出た兄。


 16じゃないじゃん、 私は泣きたくなくて最後まで憎まれ口を聞いた。


 そうして私も一人になってはじめて考えた。


 私はどうしようかと。


 兄に続いて私もすねをかじる、そう決めた。


 兄に続くのも何なんだかな~と思いもしたが家政婦の文子さんも息子と暮らすいい機会だと思い私も中学でこの家を出る事にした。


 文子さんと文子さんの息子の隆さんは、この家で一緒に暮らした本当の家族みたいだった。


 だから独立して遠い地方で働く隆さんに文子さんを返してあげる事にした。


 心配する文子さんに兄も私もこの家には二度と帰らないだろうこと事をしっかり伝え、高校入学までの残り半年で、本格的に家事全般を教わった。


 高校入学と同時に比較的セキュリティの整ったマンションを親のすねをカジカジして手に入れ、そこから近い高校にこうして通いはじめた。


 順調に高校生活一年めを送っていた私にその知らせがきたのは、父親からの電話だった。


 とうとう離婚したらしい。


 それには今更だと思う私は冷めているんだろうか。


 両親と共に暮らした思い出などない。


 母は実家に入り浸り、愛人用のマンションも親に与えられていた。


 父は別宅のいくつかにその都度気に入りの愛人と住んでいた。


 母方の祖父母ははじめ私達にうるさく干渉してきたが、母の弟の結婚と兄がぐれて手におえない時期が重なり、そのまま疎遠となった。


 どうやら落ちこぼれの孫はいらないらしい。


 父方の方は最初から気に入らない嫁の孫などとは会う気もなかった。


 そういうわけで、父からは過分な生活費が送られてくるらしいし私は特別に感慨はわかなかった。


 私は何とも思わない、そう思っていたのが覆されたのは、父にその後呼び出され会いにいった先でだった。

 

 父に会った時、その隣りには三歳くらいの女の子がいた。


 再婚する相手との間にできていた子供を連れてきた父は、私に書類のサインをさせるために私を呼び出したのだった。


 何年単位で会ってなかった父。


 しかしその父は普通に親らしい世話をその子供にしていた。


 はたから見ればナゲットのソースのついた手をただ備え付けのナプキンで拭いてあげていただけだった。


 けれど私にはその光景はひどい衝撃だった。


 この人はちゃんと親なのだと見せられた。


 遺産放棄の手続きとやらについては、今住んでいるマンションも私名義であるし、生活費もこれまで通り大学を卒業するまで保障してくれるというので、すんなりサインをするつもりだった。


 けれど、ちゃんとその子に親らしい片鱗を与えているのを見て、私の心は何故か傷つき荒れていた。


 その勢いのまま私はトイレに立ち、携帯から弁護士の吉崎さんを呼び出し、この一件について話した。

 

 吉崎さんと話しているうちに涙がつっとこぼれていた。


 私は私と言う存在をこの人に刻み付けたい、そう吉崎さんに言った。


 席に戻って携帯を差し出す私に何事だ?という顔をする父に、


 「ごめんなさい、私と兄の代理人として弁護士の吉崎さんを通して頂く事にしました。お互い有意義な話し合いになるよう期待してるわ。」


 そう言ってそのまま店を出た。


 席を立つとき、父の隣に座る女の子をみないように目をそらしていた。


 私はそんな自分がとても嫌だった。



 私は知った。


 本当に私は子供だったと。


 兄のように動く事も悪あがきもせず、ただ逃げてばかりいた子供だった。


 やがて私は一人でいる重荷に耐えられず、高校にも行ったり行かなかったりと、フラフラと一日中街をさまよい歩くようになった。


 一人を感じない喧噪のなかでしか息ができなくなった。


 自分でもわかっていた。


 どんなに自分が金銭的に恵まれているかを。


 ただの甘えたの子供だという事も。


 それでも私はひとところに落ち着いている事などできなかった。


 心が悲鳴を上げてどうしていいかわからなかったからだ。


 


 ある日いつものようにフラフラしていると、ガラの悪いグループの男女にからまれてしまった。


 反応の薄い私に、


 「こいつ薬でも決めてんじゃねぇの」という派手な女の子の言葉に、別の男が「そりゃいい、それよこしな!」と更に面倒な事態になってしまった。


 店と店のカビくさい隙間につれていかれて、脅しのためか軽く蹴られた。


 そのまま倒れ動こうとしない私に、聞かれても答えない私に、


 「お前舐めてんのか!」と今度は本気の蹴りがきた。


 さすがに痛みでうずくまる私に更に暴力をふるいだしたした彼らは、どんどん声も大きくののしりはじめた。


 バカだこいつら、自分で興奮しはじめたら止まらないタイプだ。


 そう冷静に思う私は別にどうでも良かった。


 この痛みでさえ、私が一人じゃない証しだから。


 けれどその暴力は長く続かなかった。


 何がおきたのかよくわからないが、今度はそれよりもっと大きな音がした。


 それに続く悲鳴も聞こえる。


 それらの音をBGMにして、何とか顔をあげると逆光でわからないが誰かがそこに立っていた。


 「まったくよお、今時のガキはしつけがなってねえな」


 そういいながら私に近づいてきた男は若かった。


 それが私とタイガの出会いだった。


 私はそのまま近くのタイガの経営するスナックまで連れていかれ、手当てをされた。


 足首も腫れて顔もひどい事になってる私を家まで送るというのを私は断った。


 「お前これまためんどうそうだな~、まったく、しゃーねぇ、直るまでここにいろ」


 そう言って私を店の上にある部屋に連れていってくれた。


 それから私はそのままタイガの家にいついてしまった。


 タイガという人は、ひどく冷たそうに見えて一度その懐にいれたものには、ひどく優しかった。


 本職を持たず、このスナックも趣味だという。


 ここの常連はタイガの気に入った人間しかなれず、この界隈でも一目おかれれいるらしいが、私には理由がわからない。


 一度誰かがその話題に触れようとして、タイガに睨みつけられて終わってしまったから。


 男も女もこの店に客として認められるのが一種のステータスらしいのは、何となく私にもわかった。




 私は人とのつきあい方を知らない。


 距離の取り方も知らない。


 だからひっそりと一人ではない空間に満足できればそれだけでよかった。


 ましてここはまるでしゃぼん玉に包まれているような空間で私はそれだけで幸せだった。




 タイガの友人たちは私をタイガのネコと呼ぶ。


 しゃしゃり出る事もせず、いるのかいないのかの気配のみの存在だからだろう。


 自分でも自分の雰囲気がどんどん気薄になるのがわかった。


 階下の店の客やホステスさんの喧噪を聞きながら、ゆっくりと伸びをしつつ部屋でまどろむ。


 そうして一日がはじまり一日が終わる。


 時折届く吉崎さんからの父との話し合いの経過報告に、ちゃんと自分、人間としての工藤悠に戻るというを繰り返していた。


 


 やがて1年がすぎる頃、両親との話し合いもこちらに有利に終わった。


 彼らも育児放棄に近い事やそれぞれの愛人の事など持ち出されたくないらしく、兄と私には多額の養育費が支払われた。


これで綺麗に縁切りということ。


 その説明もかねて高校もやめてしまっている私を心配した吉崎さんに呼び出されて外出する事になった。


 自分でも驚いた事に、私が外に出るのはここで暮らしはじめてから初めてになる。


 必要なものはタイガが買ってくるから買い出しも必要ない。


 部屋にはしょっちゅうホステスのミカさんとかタイガの友人たちが遊びにくる。


 このタイガの部屋にあがれるのは、ほんの一握りの人しかいない。


 女の人では店のホステスをしているミカさんとサトさん。


 男の人では古くからのつきあいだという宏大さんと翔さんと明さん。


 ミカさんたちは私におやつをさしいれしてくれるから好き。


 だから本当にタイガの部屋から一歩もでないで暮らしていた。


 外に出る必要は全然なかったしタイガも外に出ろとは言わなかった。


 そんな私が、いつもジャージばかりで過ごしている私が普通に洋服をきて出かける事になった。


 自分でも久々すぎてドキドキする。


 階下におりた途端、昼間だというのに入り浸ってお酒の匂いのするそこにいた人間は目を見張って私を見た。


 失礼な!私だって普通?の女の子のはず、最近人間やめてたけど。


 私はカウンターで煙草をくわえているタイガに用事で出かける事を伝えた。


 何だろう、タイガがひどく驚いて私を見てる。


 そして何の用事だとか、タイガやみんなが言ってくるけど、何やら久々の人間バージョンが恥ずかしくて、私はすぐ帰るからと言ってそのまま店を飛び出した。


 久しぶりに外に出て、前はあれほどこの喧噪がなければいられなかったというのに、外のざまめきをうるさく感じるげんきんな自分にちょっと笑ってしまった。


 変哲もない駅前のマックで待ち合わせした吉崎さんは、普通に私を見て安心したみたいだ。


 アメリカにいったのまではよかったが、「伝説のお宝を探す」とか言ってそのまま世界中を放浪する宣言をして、どこにいるやら音信不通の兄にかわり、どうやら吉崎さんは私の保護者としての立場を得たらしい。


 そこでしばし説教タイムになった。


 私も兄もこの吉崎さんの説教タイムが昔から嬉し恥ずかしで大好きだったりする。


 久々の説教タイムの後、素直にごめんなさいをした私は反撃とばかりに、長年の片思いの幼馴染みの京子ちゃんとはどうなった、と聞いた。


 このなかなかに男義あふれる吉崎さんは、そこそこ弁護士という職業も父親の大きな弁護士事務所の後継者であることもありとてももてる。


 何せ兄のワル騒動の時、警察の婦警さんからも熱い告白をされていたのを見た事がある。


 エリートを絵に描いたような人なのだけど、残念な事に恋愛に関してだけは只のへたれに成り下がる。


 我が兄の純も吉崎さんに女の落とし方をレクチャーしたそうだが、当時まだ義務教育中の兄に教えられるなんてトホホでしかないと思う。


 吉崎さんいわく、こと幼馴染みの想い人に関してだけだと主張しているけど。


 まあ確かに父が兄の為に連れてきた弁護士なんだから一流なんだろうし、「結構あいつ鬼畜だぜ!」は我が兄の弁だ。


 私の反撃もここまでで、今度は私の現状を聞いてきた。


 曖昧に答えていたはずが、さすが敏腕弁護士。


 いつのまにかひとつ残らず現状を話してしまった。


 「タイガと同居」のくだりでは、その幻の鬼畜メガネがキラリンと光ったのを私は見た。


 とりあえず一度高校入学と共に手に入れたマンションに吉崎さんと帰る事になり、私はタイガの携帯も知らない事に気づいた。


 店の電話も知らないので連絡はあきらめた。


 マンションはひどい事になっていた。


 思わず帰ろうとした私だが、お父さんは許しません!的な吉崎さんの視線にしぶしぶ掃除をはじめた。


 吉崎さんも手伝ってくれたけど、その日は遅くまでかかっても終わらず泊まり込みになった。


 次の日も早くから吉崎さんがきて掃除の続きをした。


 結局三日かかってそうじを終えた。


 四日目に家庭裁判所に連れていかれ、簡単な面接をして、やっと終わった。


 昼食を食べながら、やっと帰れるとホッとした私に、昼食をおごってくれた吉崎さんの言葉が胸につきささった。


 タイガの所にいつまでもいられるのか、と。


 考えてみれば、タイガは私が転がり込んでからプライベートはない気がする。


 それってどう?


 けれど私はこの居心地がいい場所を動きたくなかった。


 何で私はタイガの携帯も店の電話でさえも聞かなかった?


 答えは・・・・聞いてもいい関係かわからなかったから。


 だって電話は人間のもの、ネコと呼ばれる私には必要のないもの。


 けれどそれを欲したら・・・。


 もし何でお前に教えなきゃいけないんだ、といわれるのが怖かった。


 きっと一緒に住み始めて一年もたってるのに私に教えてくれないのがその答え。


 もうじき店につくその時、私は足が動かなくなった。


 私は吉崎さんに会いにいくため、人間に戻った。


 人間に戻った私はあそこにいられる?


 怖くてこわくて固まったまま涙を流し続ける私に、声がかけられた。


 「お前、ネコ、どこいってたんだよ!連絡ぐらいよこせ!」


 そう言って腕を引っ張られたのは、タイガの友人の翔さんだった。


 私はフルフルと首をふり、嗚咽まじりに連絡先なんて知らない!と大声をあげた。


 逆ギレしながら泣く私に、


「おい、おい泣くな、なっ、泣くんじゃねえ」


 あ~っ、と面倒くさそうに自分の髪をかきむしりながら、その腕にぶら下がる女の子を追い払うと、私の頭を撫でながら、


「何だ、ほら聞いてやるから、言ってみろ」とぶっきらぼうに言ってきた。


 その言い方が、遠い昔の兄の口調に似ていて、私はつっかえながらも、タイガに捨てられるかもしれないし、いつまでもそばにいるのは迷惑なんじゃないかと話していた。


 泣いて歩こうとしない私に、翔さんは近くにいるはずだとサトさんを呼び出してくれて、近くの寂れた喫茶店まで、タイガの店じゃなければいいと言った私のために連れてきてくれた。


 そこでも同じことを繰り返す私に、2人は口々に、私がタイガの特別だと言ってくれた。


 「あんな冷酷非道の俺様が、人助けしたのも初めてなら、まして一緒に住み甲斐甲斐しく面倒を見るなんて初めてだ」


 「あんな女はただの道具の男が、あんただけは違うんだから自信を持ちなさいよ、つーかあんなにやさしいのはあんた限定よ、ばからしい悩みね」


 などと言ってくれた。


 私が本当にすがるような目をしていたんだろう。


 安心しな、と言って一緒に店までついてきてくれた。


 私は勇気をもって店の扉を開けた。


 宏大さん達が何やら深刻な顔をしていたが、なぜか私の顔を見た途端あわてだした。

 

 私はそれすら気にせずに挨拶もそこそこに部屋にいこうとしたが、なぜか明さんが立ち上がって私を止めようとする。


 その様子に翔さんが、あちゃーという顔をして、なぜかサトさんが、


 「あのバカ、やけになってんじゃないわよ!」


 と言いつつ、やはり私をとめようとする。


 不思議に思う私にかすかに聞こえてきたのは、女の人のあげる嬌声だった。


 それがどういうものか私だって知ってる。


 私は私を止めようと」したサトさんや明さんたちに、丁寧に頭を下げた。


 「やっぱりお邪魔だったんですね、ありがとうございました、忘れませんと伝えといてください」


 そう頑張って顔はあげれなかったけど、ひどく小さな震える声でお礼を言った。


 翔さんは、出て行こうとする私を「引き留めておけ!」と怒鳴り、嬌声のあがる部屋に駆け上がっていった。


 その後の事は覚えてない。


 ひきとめる彼らの腕を、本当の猫のようにかいくぐり私は店の外に飛び出していたらしい。


 気がつくと吉崎さんのところにいた。


 どうやら私が電話で泣きながら呼び出したらしい。


 ひどくひどく全てに一気に弱くなった私の為に例の幼馴染みの京子さんがそばにいてくれた。


 それでも虚脱状態の私に、吉崎さんはそばを離れず「お前は俺の娘だからな」と言って、とても大切だと言う自分の仲間たちに紹介してくれた。


 「普通はこうして連れてくるなんてないんだぞ、康平さんが璃乃さんの遊び相手にいいんじゃないかと言ってくれてな、お前もいい気分転換になれば、そういうわけだ」


 そうして連れていかれた先は、うつうつしている時間もないくらいぶっとんだ家だった。


 紹介されてあった璃乃さんは、とても綺麗だけどそれだけじゃない不思議な闇の底に引き込まれるような人だった。


 ただじっとしている私を時折頭を撫でてくる。


 お互い無言だけど、あの店を出てから久しぶりにゆっくり呼吸ができていた。


 しかしそんな空気も数時間とは持たず、「情報屋」とやらが乱入し、まず色とりどりの錠剤を部屋中にまき散らした。


 新しい仲間に乾杯、そういってその薬をむさぼりながら、


「これいろんなビタミン剤とかダイエットのだけど、中には超ビンゴがあるんよ」


「お祝いだあ」とわしゃわしゃそれを食べ、そのうち踊りだした。


 璃乃さんが「あっ、ビンゴだ、いくよ」


 そう言ってロフトに連れていかれた。


 不思議に思っていると、ロフトのはしごをするするあげて、私にあきれたように首をふると下を見てろという。


 すると突然部屋のドアを大きくあける音がした。


 それと同時に怒鳴り声。


 「俺の大事なトミ子さん、どこにやりやがったあ!」

 

 それからはヘラヘラ踊り歌う人と、俺のトミ子さん!と怒る人との壮絶な殴り合いになり、下の部屋は色とりどりの錠剤をバックにめちゃめちゃになっていった。


 おろおろする私に璃乃さんは大丈夫だというように、ほんの少し笑って私の手を握ると、2人とも強いから平気だと笑った。


 あの色とりどりの錠剤は、あの「俺のトミ子さん」と騒ぐ人、道端で偽物のバックやらを売る人の大事な売り物らしく、金づるだからトミ子さんと総称するそれらを、情報屋が入荷した途端全てかっさらったらしく、こうなったという。


 何でも恒例の行事らしく、今回はビンゴが入っていたため、余計ヒートアップしているという。


 それでもこんな騒ぎなんて目じゃないくらい、ここにいると次から次へといろいろな事がおこった。


 人が目の前で簡単に殺されるのも、それをあの吉崎さんが冷たく見下ろすのも、そして死んだ人がいなかったとされるのも知った。


 何が言いたいかと言うと、あまりにも自分の感情に浸っている暇などなく、その騒ぎの都度、振り回されたりする内に、普通が一番だと身に染みた。


 どこかの縁側ですわるお婆ちゃんのように、私は生きていきたい、そう思うようになった。


 彼らに言わせると、お婆ちゃんではなく私は「縁側でまどろむ爪をかくす猫」だな、という。


 ここでも猫か!ちょっとツキンと胸の奥がタイガを思い出して痛んだ。


 それとまた高校に通うことになった。


 何をしでかすかわからない璃乃ちゃん、そうなのだ、ちゃんづけで呼べるようになったんだ。


 その璃乃ちゃんのストッパーになればと、ついでに男よけになれと言われて同じ高校に同じクラスで編入した。


 何それ?と思うでしょ、力は使うためにあるそうです。


 男よけに関しては、私の方がとっつきやすく派手?だそうで、それでいいよろうとする最愛の璃子ちゃんによってくる害虫を私に引き寄せとけ、だそうです。


 ええ~!私は今度こそ同じ恋愛スキルの人と初めはドキドキ手をつなぎ、それから徐々にって夢みてるのに、何?何でそのゴキブリホイホイならぬ男ホイホイしなきゃいけないわけ~。


 あまり自己主張をしない私のヤダヤダぶりに、私が懇切丁寧にそこんところを説明してるのに、我らがボスである康平さんがニヤリと笑い、


 「お前初めて同士は悲惨だぞ、気持ちよくなれる要因が一つもない、マゾならいい奴紹介してやる、なあに遠慮なんかするな、うちの猫だからな、お前は」


 それを聞いて、それに触発されたかのよな、あれやこれの話しをちょうどいた我がメンバーの皆さんに懇切丁寧に説明され、私は恋愛をあきらめる事にした。


 セブンティーンって素敵な響きのはずなのに、私はその年に恋愛に夢見るのをあきらめた。




 何故か璃乃ちゃんやメンバーからもさえ、ただ一人ここにいるだけで避け続けられる人、自称冒険家の悟さんとは、なぜか馬が合う。


 「宝を探す」と世界を放浪するドンマイな兄に通ずるからだろうか?


 悟さんも私には初対面から噂に聞く無茶ぶりをせず、無茶ぶりをされなかったために、それはこのメンバーでは初めての事らしく、変な所で私も同じ素養を持つのではないかと危険認定されたのもいい思い出だ。


 その悟さんがたまたまその時にいて「サバイバルから何から、恋愛ごとも俺にまかればいい」と言った。


 ボスの康平さんはあれほど私に、えぐい話しをしていたのにもかかわらず、急に悟さんの言葉を聞いて、私に憐みの視線と共に、おこづかいを沢山くれた。


 情報屋は、いざという時の為の携帯電話をくれた。


 最高の逃がし屋につながるという。


 露天売りは一発で本当の意味で天国にいける薬を開発する事を約束してくれた。


 我が保護者でまだ30を少しすぎたばかりの吉崎さんは、青い顔をしてうんうんうなって考え込んだ。


 で、結局はじめの話しはなかった事になった。


 康平さんいわく「男よけにお前を使うもんなら、璃子が最強に危険になる」との事で。


 よくわからないが、何はともあれ私はゆっくり手をつなぐ恋愛をはじめられるという事か?


 


 今でも時々一人マンションの部屋で過ごすと、あの部屋のタイガさんの匂いが恋しくなる。


 けれどそれが恋愛だったのかはわからなくなってしまった。


 確かにあの時泣くほどの恋情はあったはずなのだが、目まぐるしいこの日常で、いつ何に巻き込まれるかわからない日々を過ごす内に、強烈な出来事の数々の中にそれは徐々に埋もれていき、その匂いもまた消えていった。


 ただときたまこうして夜の月を見上げながら、ふと思い出す。


 あの店でタイガさんはいつも通り生きているのかと。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 






 

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― 新着の感想 ―
[一言] 文章の使い方に誤りがあると思われたので、その報告です。 [誤]兄がぐれてのたった一つの利点は、母方の祖父母と疎遠になれた事と、この吉崎さんの存在だけだ。 [訂正] 兄がぐれた事での利…
[一言] 大半が瑠乃になっているけど瑠子の間違いでは?
2014/10/15 00:19 退会済み
管理
[一言] 雰囲気がいいです! そらさんの作品にはいつも引き込まれます! タイガのその後か続編が読みたいですね!
2014/01/28 18:11 退会済み
管理
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