銘菓といえばアレなのです。
「ユイ様、どうぞお助け下さい」
いきなり大げさなことを言ってきたのは、長い金髪と妖精族特有の耳が尖ったエルフの美少女でした。
彼女は部屋の入り口で膝を折りながら最大級の礼を示しています。
エルフは尊大な種族らしく、人に頭を下げることは珍しいそうです。
この状況を他の人が見れば驚愕のあまり顎が抜けるかもしれません。
「あらあら、まぁまぁ」
とりあえずお約束ということで、ソファに座ったまま大変そうな声を出してみました。
やる気が無いように聞こえるのは気のせいです。
「実は……」
エルフさんが話を進めようとするのを私が手で止めました。
「その前に――そこの席に座ってください。話辛いでしょ?」
「いえ、滅相もありません。此方がお願いする身、そのような真似出来る筈も御座いません」
中々手強いです。
「そうですか……それなら、座ってくれるまで私は話を聞いてあげませんよ?」
エルフさんは困惑した顔を浮べました。
その時です。クロちゃんがお盆に飲み物を三つ載せて部屋に入ってきました。
私達の話を聞いていたのか、すぐにエルフさんに声を掛けます。
「エクレア、主の言うことに従うがいい。でないと放置されるよ?」
「ですがクロロスフィア様、それでは立場が……」
2人の会話からエクレアさんと判りました。美味しそうな名前です。
それにしても、クロちゃんの本名を覚えているのも凄いですね。
私ですら長いと思うのに――
とか考えている間に、クロちゃんは飲み物を木製のテーブルに設置していきます。
そして、準備が終わると私の側のソファーに腰掛けました。
ちなみに、エルフさん、改めエクレアさんはカーペットに跪いたままです。
「クロちゃん、今日の飲み物はなんですか?」
早速クロちゃんに尋ねます。
「ふふふ、主が喜ぶと思って、クロ特製スペシャルミルクティにしてみたよ!」
「おお! それは素敵な響きです。クロちゃんは良い子ですね」
クロちゃんの頭をなでなでしてあげます。
「主、恥かしいから止めてよ!」
そんな台詞とは裏腹に、クロちゃんが何時ものように目を細めて喜んでいます。
素直じゃないですね。そのまま満足するまで黒髪をなでてあげました。
「ほら、冷めちゃうから早く飲んで!」
「ではでは、頂きますです」
クロちゃんに薦められるままカップを片手で持ち、紅茶の香りを堪能してから口に含みました。
「あの、ユイ様?」
このコクと穂のかに感じる甘さ、流石クロちゃんが特製とまでいう出来です。
「もしもーし」
うーん。でも、紅茶だけでは少し物足りないですね。
おやつが欲しいです。
「無視しないでくださいよ~」
そういえばバランさんから貰った、クッキーがあったような?
あれなら紅茶にぴったりかもしれません。
「ううううう」
遂にエクレアさんが半泣きしました。
私悪くないですよね?
「エクレア、だから言ったのに……主の正面に座ればちゃんと聞いてくれる筈。それ以外は頑固だから駄目だよ」
「はぅ……判りました」
クロちゃんの説得にエクレアさんがやっと立ち上がり、トボトボと歩いて私の対岸のソファーにちょこんと腰を落としました。綺麗なエメラルドの目が私を見ています。
さて、これで会話が出来ますね。
「エクレアさんでしたね。何の御用でしょうか?」
「何故私の名前をご存知なのでしょう?」
「先程からクロちゃんが呼んでいるじゃないですか、名乗らなくても判りますよ」
「確かに……失礼致しました。それでは改めまして、私の名前はエクレアと申します。この度はアイヤール国を代表して此方に参った次第です」
アイヤール国と言えば、エルフを中心とした国家の筈です。
森を大事にしようという、自然保護団体のような理念の国なのでしょうか?
まだ行ったことが無い為、詳しくは知らないのです。
「それは態々遠いところから。私はユイです。可愛いユイ、素敵なユイ、ラブリーなユイ、憧れのユイのどれかお好きな中から呼んでくださいな」
「…………」
エクレアさんが絶句しています。
ならば仕方ありません。
「クロちゃんはどれがいいですか?」
「僕は主と呼んでるから良いよ。そんな痛い呼び方出来ないし」
真実を話すのは、判ってても言い辛いと脳内変換することにしましょう。
「ええとですね。ユイ様、私が此方に来訪した理由と言うのが……ありまして」
どうやら、ユイ様になったみたいです。
エクレアさんは出来る娘だと思ったのですが……
やる気ゲージが大幅にダウンしました。
「理由ですか……お茶を一緒に楽しむ為だと嬉しいのですけど」
「さ、流石にそれは……」
「私とのお茶はツマラナイのですね、しくしく」
酷い話です。天使も真っ青になりますね。
「とんでもありません! ユイ様と飲食を共に出来る等、恐悦至極に存じます」
「なら良かったです。折角クロちゃんが淹れてくれた紅茶ですし、味わって下さいな」
「はい……」
私に勧められたエクレアさんは、恐る恐るという感じでカップを口元に持っていきます。
そして、一口含むと目が丸くなり、花が綻ぶような笑顔を浮かべました。
やはり、美味しいものは心を豊かにしますね。
「ねー。主、いい加減エクレアの用事を聞いてあげなよ。ちょっと可哀想だと思うよ」
「別に私は何もしてませんよ?」
「主は天然だから判らないんだよ!」
クロちゃんが呆れています。オカシイです私は普通でしたよね?
「いえ、ユイ様は悪くないです!」
ほら、エクレアさんも言っているじゃないですか。
「エクレア、正直になるといい。主に謙虚とかそういうものは通じない。このままだとずっと主のペースに巻き込まれて、何も話せないままお開きになるよ」
「クロちゃんは私と一緒に居るのが大好きですもんね」
「それは関係ないから!」
クロちゃんの顔が赤いです。可愛いじゃねーかコンチクショーと叫びたいですが、人前なので我慢しました。
しかし、クロちゃんの捨て身? の忠告に感化されたらしく、エクレアさんが用件を切り出してきます。
「ユイ様、今私達の国は滅亡の危機に面しているのです。是非お力添えを……」
物騒な話ですね。それなら聞いて置かないといけないことが出来ました。
「エクレアさんに質問があります」
エクレアさんがゴクリと喉を鳴らしました。
そして、覚悟を決めたかのように私の目を見て次の言葉を待っています。
「アイヤール国の名産は何でしょう?」
ご期待に応えて、最上級の笑顔を向けてあげます。命名エンジェルスマイルです。
ふふん、見惚れては駄目ですよ?
「…………」
エクレアさんは口をポカーンとして固まりました。
そこまで私の美貌が美しかったのでしょうか? 罪作りですね。
「はぁ……」
クロちゃんからは溜息が聞こえてきます。
偶には溜息だって出るものですし、気にしたらいけません。
「ひょっとして、名産無いのですか?」
未だに回答が無いという事は、そうなのかもしれません。
エルフ饅頭ぐらいはあってもいいのですが、いくら私でも○よこは期待してないですよ。
「……いえ、沢山あります。唯、あまりに意表をつかれた内容でしたので、少し頭が真っ白になっていました」
「それは良かったです。やっと遊びに行く気が沸いてきました」
「ということは、私達を助けて頂けるのですか?」
エクレアさんが期待の篭もった目を向けてきました。
緑の目がキラキラ光っています。
「一応初めからそのつもりではいましたよ。やる気が出るかどうかの差でしたから」
「そ、そうだったのですか……」
「ですです。それで、どうしてそこまで追い詰められたのですか? アイヤール国と言えばこの世界で四指に数えられる大国ですよね?」
「あ、はい、実は――」
エクレアさんの説明はこう続きます。
「理由は判りませんが、我が国の守護竜である古代緑竜様と、隣国オルフェン国の守護竜である古代赤竜様が喧嘩を始めてしまったのです。その結果、温厚な緑竜様と攻撃的な赤竜様では戦闘の方法が違い、我が国の領土でその喧嘩が続いているのです。我が国は殆どが森に囲まれていてるのはご存知の通りだと思います。その結果、2つの強大な力のぶつかり合いで森が破壊され、精霊達は痛みで泣き散らしているのです。そして、その悲鳴を直に聞き取れるエルフは、精神に多くのダメージを受けてしまいました。このままでは国は機能しなくなり、大げさではなく崩壊に向かうことになるのです」
つまりは、私にその古代竜達を説得して欲しいということですね。
「大体の話は判りました。でも、よく私の事を知りましたね? 可愛い以外有名じゃないと思うのですが」
クロちゃんがそれは余計だよとか呟いてますが、こういう時に言っておかないと駄目なのです。
どうも私の美貌が判って無い人が多過ぎます。
「ええ、勿論ユイ様の事は存じていなかったのです。そこで、我が国の女王が神にお伺いを立てたところ、古代黒竜を従えるユイ様に頼るべきだと告げる神託から判ったのです」
「ああ、そういうことですか……」
神というなら、リリム先輩のことでしょう。
きっと面倒事を私に押し付けたのですね。
仕事するなと言う癖にこれですから……後で貸しを返して貰うしかないですね。
そうだ、お醤油とお味噌の作り方を知りたかったところです。
この世界に無い調味料ですし、私の食生活が豊かになること請け合いですよね。
ええと、実は書いてる時に、某コンビニのエクレアが目の前にあったので、そのまま名前にしちゃったなんて言えません。
ごめんよ! エクレアさん。