第6話
俺はギルドの斡旋人に持たされた地図を片手にチェルク城にたどり着いた。
チェルク城は、石造りで塀が高く規模も大きい。
石造りの城としては中期以降の建物らしく、防衛機能としての建物と居住区としての建物が別で建てられていて、居住性もよさそうだ。
うむ。なかなか立派な城じゃないか。
では、早速入る事にしよう。
「すみませーん。ギルドに紹介されて依頼の件で来ました!」
俺が城門の前で叫ぶと、門番が「少しお待ちを」というので待っていると、執事らしい初老の男性が現れた。
「ようこそ、おいで下さいました。こちらへどうぞ」
俺は素直に先に歩く執事についていった。
しかしこういう城とかで雇われている執事って、どうしてどこも初老から老人にかけての男性なんだろう。
若い頃は雑用係をさせられていて、初老辺りでやっと執事に昇格されるのか?
まあ、どうでも良いか。
俺は執事の後ろを大人しくついていったが、使用人と思われる男やメイドが、ときおり俺を見ては、ひそひそと喋っている。
ときおり「魔王を……」という言葉がもれ聞こえて来るので、俺とまおうが村に入った時の騒動を見ていたのかもしれない。
しばらく歩くと、大きな扉の前にたどり着き、執事は軽く扉を叩いた。
「ギャストン様、例の依頼を受けたいという冒険者の方をお連れいたしました」
扉の向こうから「うむ。入れ」という言葉が聞こえて、執事が扉を開けて脇に下がったので、俺は「失礼します」と中に入った。
ギャストン様とやらは、まあ平凡な外見だった。
あえて特徴を挙げるとすれば、特徴が無いのが特徴という感じだ。
初老の執事よりは少し若そうだが、白髪交じりの黒髪に、精悍でも美形でもない顔。
背も高くも無く低くも無い。体格もまあ中肉中背だ。
その「ザ・平凡」は俺を見た瞬間、明らかにその表情を曇らせた。
「何かお飲み物をご用意しろ」
と執事に申し付けた言葉もなにやら力ない。
うーん。これは望み薄かな?
しかし、ろくに話もせずに遭ったばかりでこんなにも落胆されるとは、なにが問題っていうんだ?
「この城の城主のギャストン・カスタニエです」
城主はそう言いながら右手を差し出すので俺も
「冒険者のサイエスと申します」
と右手を差し出し、握手を交わした。
だが城主は握手を交わした瞬間手を離し、あまり熱意が感じられない。
城主は時間がもったいないと言った風に、俺にソファに座るように促し、自分もソファに座ると早速本題に入ってきた。
「それで、今までにはどの様な依頼を受けてきたのですかな?」
俺は、今までにこなして来た依頼内容を正直に喋った。
ギルドの依頼はすべて「サイエス」という名前で受けているのだ、ギルドに「サイエスの今までの経歴は?」と問い合わせられれば、もしここで嘘をついても、すぐに経歴詐称がばれてしまう。
もちろん偽名で依頼を受けることも出来るが、そうすると実績が積みあがらない事になるので、あまり得策ではない。
ちなみに、もし「サイエス」という名前の他の冒険者が居た場合、記録上は「サイエス-2」といった具合に番号が振られていくが、幸いにして「サイエス」という冒険者は俺しか居ない。
もし同じ名前の奴がいて、では、一番初めの冒険者は「サイエス-1」になるのかと言えば、そこはやっぱり「サイエス」だ。
今まで「サイエス」で登録していたのを、途中で「サイエス-1」に書類を全部変えるのも大変だからだ。
記録上とは言え、自分の名前の後ろに番号が振られるのはあまり気持ちの良いものじゃない。
しかも、経歴を言うときに一々「ギルドでの登録名は、サイエス-2です」なんて名乗らなくてはならなくなる。
冒険者達はギルド登録時に、自分の本名が他の冒険者に登録されていると知ると、仕方がないと名前を変更して登録する奴もいると言う。
ちなみに「マイケル」という名前の冒険者が一番多く、現在「マイケル-286」まで存在しているそうだ。
そして二番目に多いのは「ジョン」で、現在「ジョン-235」が存在する。
ここまで来るとお互い、むしろ数が多いのを誇っており、マイケル連合やらジョン共同体やらを作って、勢力拡大を目指している。
時には「君、マイケルにならないかい?」と本名がマイケルではない初心者冒険者を誘い、マイケル連合に入ればどれだけ仲間からの協力が得られるかを熱心に語り、マイケルの数を増やしているらしい。
数年前には、34人のマイケルによる冒険者のパーティーが、ドラゴン討伐に成功したという話もあったのだ。
ドラゴンと言えば、下手な魔王よりも遥かに強いといわれる魔物だ。
もちろん、最上級の魔王には一歩譲るが、なかなか倒せるものじゃない。
それを34人のマイケル達は助け合い。そして6名のマイケルを犠牲にしながらも倒す事に成功したのだ。
城主は俺の経歴を聞いて「うーん」と難しい表情で唸った。
だが、経歴に問題があるというより、先ほどからの城主の態度から見れば、はじめから断るつもりだったのを、経歴に問題があるかの様に言って断ろうとしている。
という風に感じられた。
「お待たせいたしました」
ちょうどそのとき執事が飲み物を持ってきてくれた。
その飲み物は透き通った赤色をしていて、どうやらぶどう酒の水割りらしい。
そして執事は、飲み物を俺と城主の前に置いた後、なにやら城主に耳打ちをした。
「なんだと!」
城主は執事が耳打ちした内容に、体を執事に向けて驚いた。
そして次に俺に向き直った。
その表情は、先ほどまでとはうって変わり、目は見開き、口は大きく開いて笑みを浮かべ、まさにこの人こそは! と顔全体で表していた。
「何かありましたか?」
俺はあまりの城主の変わり様に、不思議に思い問いかけた。
「いえ。あなた様は恐ろしげな「魔王」をお連れになっているとか……」
なるほど、執事はその事を城主に耳打ちしたのか。
しかし、はじめに執事と会ったときは執事もそのことは知らなさそうだったんだが……。
まぁ飲み物を用意するときに、使用人かメイドから聞いたのかも知れないな。
「ええ。そうです。ある秘術を使い。魔王を従わせる事に成功しました」
本当は、まおうを他の魔王の元へ連れて行くことになっているだけなんだが。
ちなみに「ある秘術とはどの様な?」と聞いてくる奴もいるが、そこは「それは秘中の秘」なのでと言わない事にしている。
しつこく食い下がられても、精々「ある秘術により、ある動物に魔王の力を封じ込めた」と言うだけだ。
「おお。それは素晴らしい! 従わせたという事は、当然依頼時にも魔王を連れて行くという事でしょうかな?」
「ええ。依頼によってはそうです」
生き物を討伐するといった類の依頼は、まおうが見たがらないので連れて行かないが、そうでない依頼なら連れて行く事もあるので嘘ではないだろう。
だが城主は俺の考えとは、逆の事を考えたようだった。
「なるほど。魔物を倒すといった依頼以外なら、魔王を連れて行く必要も無いものもあるでしょうからな。では、今度の依頼には魔王を連れて行くんでしょうな?」
うーん。
本当だったら今回の依頼には、まおうは連れて行かないつもりだったが、どうやら城主はまおうを連れて行くことを期待しているみたいだな……。
やっぱり、冒険者に関してこの城主はずぶの素人なんだろうか。
ゴブリン討伐なんて、まおうの力を借りなくても簡単なんだが……。
まぁ依頼主がそう望んでいるなら、希望通りに答えておこう。
まおうは連れて行くだけ連れて行って、ゴブリン発生地区の手前で待たせておけば良いだろう。
「もちろん、まおうは連れて行きますよ」
「すばらしい! これで依頼は達成された様なものです!」
城主はそう言うと、手を叩いて執事を呼び寄せ、前祝にと酒を持ってくる様に言いつけた。
よほど嬉しいのだろう。
しかも、こちらから頼みもしないのに、報酬の増額まで言い出したのだ。
もちろん、条件付であったが、その条件もたやすいものだった。
「この依頼はどうしても、冬前に。最悪でも年内に完了させて欲しいのです。もし達成できるならば、さらに100Gを上乗せしようではありませんか」
おいおい。まだ夏だぞ。
ゴブリン討伐にそんなに時間が掛かるわけがない。
とはいえ、わざわざこんな美味しい話を蹴る必要も無い。
ありがたく受けておくことにしよう。
だが聞いておかなくてはならない事がある。
「それは、取っ払いでしょうか?」
「もちろん取っ払いですとも」
城主はにこやかに答えた。
依頼料の上乗せ分も当然ギルドに申告しなくてはならないのだが、当然上乗せ分も20%源泉徴収される。
100Gなら20Gを引かれてしまうわけだが「取っ払い」とは、源泉徴収された後の金を俺は手に入れられるという事だ。
つまり実際は、城主は125Gを負担し、俺は100Gを丸々手にするのだ。
美味しい。美味しすぎる。
「分かりました。必ず冬前にはやり遂げましょう!」
俺と城主は改めて握手を交わした。
「取っ払い」には色々な意味がある様ですが、まあ作中ではああ言う意味の言葉という事で。